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189 水を狙う者

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「今日は茶会をしたのだろう?誰を呼んだのだ?」

 ドリアンに訊ねられたドレイファスは指折りしながら答えた。

「シエル、ボルディ、カルディとアラミス、トリィとエズ」
「エズ?それは誰だ?」
「エメリーズ・ラスライト伯爵令息です」

 ドリアンが眉を寄せた。

「あの、いけませんでしたか?」
「ん?いや構わない。あの事件はまだ解決していないのだろう?」
「はい、エメリーズの兄上はいなくなってしまったそうなのです」
「家族には手がかりはないのか?」
「手紙も何もなかったそうです」

 エメリーズから聞いたとおりに答えたドレイファスの言葉は、ドリアンに不審を抱かせた。

「そうか」

 騙し取られたと訴えた一派が言う金は、持って逃げるには大きすぎる金額だが、使った形跡もなく、ラスライト家に入った捜索でも見つけられなかった。
 そしてエメリーズの兄は煙のように消えた。

 ─学院を出て一年経つかの若僧が、こんなにも痕跡なく姿を消せるものだろうか─

「マドゥーン、ウディルを呼んでくれ」

 関わる気はなかった。
だが今はラスライトと組み、あの一派を一掃しなければならない切迫した事情があった。



「サンドノブ侯爵とその周辺を調べながら、ラスライトの長男も追ってくれ。くれぐれも気をつけてな」

 ドリアンの指示に情報室総長ウディルは、潜入捜査を得意とし長らく刺激不足で渇きを訴えていたロイダルを投入した。やる気のない仕事には始末の悪い怠け者だが、やる気があるときは別人だ。

 サンドノブ侯爵は、元は数年前に謀叛の罪で一族郎党が粛清されたアサルティ伯爵と同じ派閥に属していたが、アサルティとの勢力争いに負けたことで離脱し、自ら派閥を起こした野心の強い侯爵である。
 あのまま派閥に残っていればともに処罰されただろうから、悪運が強いと言えるだろう。
 しかし、やっていることはアサルティと同じ。
あれよりうまく立ち回っていることと、アサルティより爵位が高い分始末が悪い。
 潰したいと思っている者はたくさんいるのだ、ドリアンの味方につくだろう者は他派閥でも何人もすぐ思い浮かぶ。

「大掃除になるな」

 積極的にやりたいわけではないが、見過ごすこともできなくなった。
 何故かというと、泡の水に手を伸ばしたから。

 少し前のこと。

 泡の水を王家に献上した際、パーティで知ったそれをサンドノブ侯爵はたいそう気に入り、製造元であるノースロップ湖の採取場を探し回った。

 ミルケラが責任者を務める合同ギルドのノースロップ支店、通称“ノースロップのほとり”が採取権を持つが、合同ギルドとは名乗っていないため、公爵家直轄事業と気づかなかったようだ。
 しかし、泡の水のラベルにはフォンブランデイルの公爵紋とサンザルブ侯爵紋、シズルス伯爵紋が刷り込まれており、この三家の共同事業だとわからないはずがないと思うのだが。

 サンドノブ侯爵は次男を使いに出し、店の店長に採取権とノースロップ湖周辺の土地を安く売り渡すように圧力をかけた。
 支店からドリアンに伝言鳥が飛ばされると、すぐ公爵騎士団がノースロップに向かった。
騎士たちはドレイファスらが馬車で移動するのとは違い、馬を乗り継ぎ、最低限の休憩で道程を駆け抜けて行く。
 翌日、早くもギルドの支店の前に立った騎士の物々しさに、サンドノブ侯爵令息ボーガは気後れした。

「私はメザ・サンドノブ侯爵の次男ボーガだ。店長に用があるので通してもらいたい」

 断る理由はないと、その場は通されるが昨日と違い、騎士たちがぞろぞろとついてくる。

「なんだ?失礼だろう」
「我らは職務を果たしているに過ぎません」
「なんだ、警備如きが偉そうに。私はサンドノブ侯爵直々の命を受けてこちらに来ているのだぞ!」

 ところが騎士はまったく怯むこともなく、名乗りを上げた。

「申し遅れました。私はドリアン・フォンブランデイル公爵閣下の命で、閣下と傘下貴族が経営する合同ギルドのノースロップ支店“ノースロップのほとり”に警備に遣わされました、フォンブランデイル公爵騎士団副団長ノーラ厶・トルドスと申します」

 ボーガはてっきり店長が自分に対抗するために、領内警備の騎士でも呼んだのだと思っていた。

「え?公爵騎士団?なぜ?」
「フォンブランデイル公爵家の領地でございますから領内は我等の管轄です。
なにやら店に強引な客が現れるようで」

 強引な客と言われてボーガはカッと赤くなった。

「まさかサンドノブ侯爵様のご令息がその客ではございませんね?」

 ノーラムは顔色一つ変えずそう言ってみせたが、もちろん嫌味である。

「ちっ、違う。私は強引な言動などしていない!ただの商談だ」
「では公爵閣下のご命令どおり、私どもがここにおりましても問題ございませんね?」

 ボーガは詰んだ。
海千山千のノーラムに、学校出たての若い貴族では相手にもならない。

「それでご用とは?」

 この状況で圧力などかけようものなら、あっという間に摘み出されてしまうだろう。

「・・・昨日の件の回答を聞きに来ただけだ」
「それは私がお答えしましょう」

 オレンジ色の髪の男が出てきて言った。

「おまえは誰だ?」
「私はこの採取工房の責任者、ミルケラ・グゥザヴィと申します」
「ん?ここの責任者はそこにいる店長だろう」
「いえ。ここはフォンブランデイル公爵閣下以下、サンザルブ侯爵、ロンドリン伯爵、モンガル伯爵、スートレラ子爵、ヤンニル騎士爵方がお起ち上げになられた合同ギルドのノースロップ支店で、私がギルド長として彼に店長を任せております」

 ボーガにもようやく事態が飲み込めてきた。
 辺鄙な田舎町の小さな工房だ。少し脅せば言うことを聞かせるなど簡単だと考えていたが、小さな工房を装っていただけの、しかもフォンブランデイル公爵家直轄と言って良い工房なのだ。
 それを脅して採取権や土地を安く買い叩こうとしたと知られたら、相手はフォンブランデイル公爵・・・。

「あ、あの」
「昨日店長が承った件ですが、お断り申し上げます」
「はい、いや、それでは困るのだ」
「これはフォンブランデイル公爵閣下からの回答でございます。翻ることはございませんのでご了承ください」

 ─まずい─

 公爵直轄の事業だと知らなかったこととは言え、サンドノブ侯爵家が手を出したことが伝わっている・・・。
引くしかないと悔し気な顔を見せたボーガに、殊更丁寧にミルケラは接した。

「ではお引取りをお願いしてもよろしいでしょうか」



 工房から叩き出されるような気分で退出したボーガには、進める道はなかった。

「悪手だった」

 それはここを手に入れようとしたことか、それともそのやり方か。
そもそも、フォンブランデイル公爵領地だということに注意を払うべきだったと、深いため息をつく。

「父上になんとお伝えしたものかな」

 偏執的に物にこだわる父に、この失態を告げたときの顔を想像して肩を落とした。
ノースロップに来た時は、地元の中だけで利益を回しているなら簡単に手に入るおいしい話だと思っていたのだ。まさかこんなことになるとは。

 公爵を敵に回すことはできないが、なんとかこの利権を一部でも手に入れる方法はないか。
 考えあぐね、水を汲むことさえできれば別に工房を買えなくともいいのではないかと思いつく。
 一日の採取量を決めているなどはボーガには関係ない。一度にたくさん採って瓶に詰め、こっそり運び出せばいいではないか。
 瓶を作っている工房も公爵の息がかかっているかもしれない、サンドノブの工房に似た物を作らせればいいと考えをまとめた。

「そうと決めたら、瓶とラベルの手配を急ごう」

 模造のサンプルを買うため、土産物屋に向かう。まったく同じように作り、横流し品として売ればよい。
 ボーガは自分の思いつきは素晴らしいと自画自賛しながら、馬車を走らせた。
 

「あれで諦めたと思うか?」
「いいや、何か悪企みしそうな感じだった」

 ノーラムは、ドリアンにボーガから目を離さぬよう伝言鳥を飛ばして進言した。
そして自分たちはしばらく別邸に滞在し、周囲の警戒に当たると。
 ノーラムの勘働きは、そう遠くないある夜に力を発揮する。

 急拵きゅうごしらえの粗悪な模造瓶を用意したボーガが、ノースロップに水を盗みに来たのは十四日後。
 あの直後ならいざ知らず、もうほとぼりも冷め、自分を警戒するものなどいないだろうと踏んで。
 しかし、ノーラムはウディルと連携し、一時も手を緩めることなくボーガの動向を見張っていたのだ。
 そんなこととは知らないボーガは夜中にボートを用意して水を汲みに湖面を進んだ。
意気揚々とボーガらが岸に戻り、船から水を下ろそうとしたとき、ノーラムら騎士が一斉に襲いかかる。

「水泥棒を捕まえろ!」
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