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186 閑話 エーメとトロイラ

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 フォンブランデイル公爵家の応接で、エミルの予想どおりの反応を示したマーリアルが、ランカイドに微笑んだ。

「私、エーメが大好きですわ。利発で己を良く弁え、カルルドの成功に妬むことも拗ねることもなく、自らの好機と変えようと挑戦する力!エーメに婚約者がいないことは気にしておりましたのよ」

 いつも美しい碧い目が、今日はにやけて半月のようになっている。

「あの子にぴったりなご令嬢!私、心当たりがございますわ。でも確か一つか二つ年上なのですけれど、それでもよろしくて?」

 マーリアルの頭の中に、メイベルの末妹トロイラの顔が浮かんでいた。
マーリアルの知る限り、トロイラは今20歳。
エーメより三歳上なのだが、しっかり者でやさしくメイベルとよく似ている。
こう言ってはなんだがすぐ上の姉リンラより機転が利いて、マーリアルのお気に入りだ。
誰か見つけてやらねばと思っていたが、リンラが公爵家の騎士と結婚したあと、どうもこれという相手が見つからなかった。
 商会のようなところも向いているのではないかと思っていたが、どこを見てもマーリアルのお眼鏡に適わず。
 しかし待ちに待った相手が現れた。

 公爵家で行儀見習いをしており、姉が男爵位を継ぐとだけ伝え、茶会で顔合わせをさせることにさっさと決める。

「トロイラを呼んでくれる?」

 控えていたアリサに声をかけると、悪戯を諌めるような目の侍女長に睨まれた。

「まさかトロイラをお考えですか?では何故正直に三つ年上と仰らないのです?トロイラの肩身が狭くなりませんでしょうか?」
「いいえ、スートレラの人々はそんな偏狭ではないわ。領地をエーメと守っていけるしっかり者で、あの勢いもいなせることができて、しかも可愛らしい令嬢なんてそうは見つからないわよ。三つ上くらい、何だと言うの?きっと大切にしてくれるに違いないわ」

 そう言われると確かにそうかもしれない。
公爵家の集まりにカルルドたちと顔を出すようになったエーメは颯爽として、いつもものすごい勢いで動き回っていた。カルルドに負けないように、張り切っているのだ。
 マーリアルに付き添うアリサの目にも、その猛烈な働きっぷりは焼き付いており、将来は力のある領主になるだろうと期待されている。
 しかし善き人々がマーリアルの嘘を許すかは別の問題なのだが。

「マーリアル様、お呼びでしょうか」

 何も知らないトロイラが顔を出すと、ご機嫌にぶんぶんと手招きするマーリアルに、警戒の視線を送りながらそばへと歩み寄った。

「ねえトロイラ、十日後にお客様がいらっしゃるのだけど、ちょっと年の若い方も含まれるの。我が家はちょうど良い年頃のこどもがおりませんから、退屈なさらないようにあなたも手伝ってくれるかしら」

 トロイラはてっきり若い客人は令嬢だと思い込んだ。

「はい、畏まりました」
「ではその日はアリサに支度をしてもらってね」
「は?支度でございますか?」

 トロイラの眉尻が上がる。

「そうよ、御仕着せを着ているあなたをお客様のお子さまのお相手に紹介するとでも?」
「は、はい。では当日なにか服を」
「ああ、いいわ。こちらで用意させるからそれを着てくれたら。我が家で行儀見習い中のサイルズ男爵令嬢としておもてなしをお願いね」

 アリサはマーリアルの意図がわからない。
トロイラの見合いだと何故言わないのだろうか。何故まるで少し年若い令嬢が来るかのように言っているのだろうかと、首を傾げていた。
トロイラか部屋を出ると、もちろんすぐに訊ねる。

「マーリアル様、何故本当のことを言わないのですか?」
「うーん、そうね。アリサの言うように、土壇場でやっぱり三つ上はイヤって言われることもあるかもしれないし。そうしたらトロイラが傷つくかもしれないから、結果がわかるまでは内緒にしておこうかと思ったのよ」

 ランカイドにトロイラの歳を鯖読んで言う前に気づくべきであったと、アリサは呆れながらもこれがマーリアルと諦める。
 しかし、マーリアルの人を見る目は意外と確かで、今までも人を引き合わせてまとめたことが何度もあった。

「とりあえず、トロイラの美しさが引き立つようなドレスを急いで仕立ててやって。もちろんお代は私が持ちますからね」

 気前もよい。

「いろいろ考えたらお腹が空いたわ。んー、ウィーを焼いてクレーメかけて持って来てとボンディに伝えてくれないかしら」
「ボンディですか?シズルではなく?」

 マーリアルが唇に人差し指を当てて声を潜める。

「ボンディのものが一番美味しいのよね。離れで頼んできて頂戴」

 アリサは頭を下げ、部屋を出た。

 ボンディにスイーツを頼み、ドレスをオーダーするためドレス工房から人を呼ぶ。
トロイラは明らかに異変を感じているが、着せ替え人形のように次から次から美しいドレスを当てられていった。

「サンプルでお気に召した意匠がございましたら、全体のイメージを残して細かい部分はご希望に合わせて参ります」

 そうすることでより早く仕上げることができるようだ。
イージーオーダーのようなものだが、それでもサイルズ男爵家で作ってもらったどのドレスより美しく滑らかな手触りで、トロイラはうっとりとしていた。

「アリサ様、こんな高価なもの本当によろしいのでしょうか?」
「マーリアル様が楽しそうだからいいと思うわ」

 トロイラに貸すアクセサリーも見繕い、エーメの訪問する日がやってきた。

 茶会の体を取っているので、本館庭園の四阿にエーメとエミル、マーリアルとトロイラが会する。

 ─やられた!─

 トロイラはようやく気がついた。
相手をする令嬢などどこにもいない。
これは見合いだと。

 じっとりとマーリアルを見たが、気づかずに夫人同士で笑っている。
令息は少し困ったような顔で、話に付き合うような笑みを浮かべていた。

「エーメ、こちらはサイルズ男爵家のトロイラよ。エミル様とお話が済むまではトロイラに庭園を案内させるからよろしくね。ではトロイラ、お願いね」

 所謂ここから先は若いふたりでというやつである。

 見合いだと最初から聞いているエーメは少し緊張の面持ちだが、スマートにトロイラをエスコートしてみせた。
エーメも何度か訪れたことのある庭園だ、トロイラに案内してもらうほどのこともなく、ただあてもなく園路を進む。

「あの」

 エーメの足の速さについていけなくなったトロイラが声をかけると、ハッとしたように振り向いたエーメが頭を下げ、言った。

「申し訳ない、お嫌だったのでしょう?」
「え?」

 トロイラは何を言われているかわからず、小首を傾げている。
その姿がとても可愛らしかった。

「何のことでしょうか」
「見合い、したくなかったのでしょう?さっきマーリアル様を睨んでいらした」
「えっ?」

 トロイラは、自分がマーリアルに騙されたと気づいたとき、どんな顔をしていたかに気づいて真っ赤になった。

「いえ、違うのです!見合いと聞かされていなかったもので。見合いがいやなわけではないのです」

 ぶんぶんと手を振りながら慌てて否定する。
その様子がまたなんとも可愛らしいと、安堵したエーメも頬を染めた。

「マーリアル様が見合いと伝えなかったのは、きっと私を慮ってのことでしょう。
実は私は何度も見合い相手から断られているもので」

 トロイラがエーメを見た。
うっすらと頬を赤くして、少し俯き加減で話したくないだろうことを正直に告げるエーメに、トロイラは好感を持った。

「私が商売に夢中なもので、お相手にもそれを手伝わせると思われてしまうようで」
「ご商売ですか?」
「はい、はちみつです」
「あ!スートレラの高級はちみつ!私も大好きですわ」
「ありがとうございます!それをいろいろな貴族に持ち込んで勧めているのですが、私と結婚したらそれをやらされると」

 トロイラは小首を傾げた。

「え?あのはちみつを持って、いろいろな貴族を訪ねて勧めるのですか?それがお嫌なの?どうして?どこにお持ちになっても喜ばれるのではないでしょうか?」
「え、ええ!そうなんです!どこに持って行っても必ず取引して頂けるようになるんです、あのはちみつは最高なんですよ!」

 興奮して少し声が大きくなってきたエーメだが、トロイラはニコニコしながら話を聞いていたかと思うと。

「あのはちみつなら自信を持って誰にでもお勧めできますわ、私だって!」

 一つ上と聞いていたのは話をするうちに実は三つ上だとわかったが、年がいくつかなどエーメは気にならなかった。
トロイラがいいと、この人だけは自分を断らないでほしいと心の奥で願うようになっていた。

 トロイラも。
なによりも弟が作るはちみつを誇りに思い、たくさんの人に広め、領地を豊かにしたいと夢を語るエーメを素敵だと感じていた。
 そして、エーメが望めば自分も大好きなあのはちみつを、自ら人に勧めてみたいとも思い始めていた。



 トロイラの年齢を考えて婚約期間を短くし、スートレラ家に華燭の宴が開かれたのはその十月後。
 マーリアルの企みどおりに、幸せなカップルが誕生したのであった。
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