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182 ゼノとハミングバードエリア

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「そうか!ミルケラ・グゥザヴィだ、よろしく。こちらは兄のコバルド、甥のエイルだ」

 どこかで会ったことがあるような、屈託なく家族を紹介するミルケラが、少し眩しく見えた気がして。

 やはりここは自分がいるべきところではないと、逃げ道を探せないものかと踏み出したところは小屋の入口で、結局そのまま吸い込まれてしまう。
 ミルケラに案内されて部屋に入ると、真新しい布団がセットされた寝台のある個室が用意されている。
 机には本棚が設置され、そこには自分が長いこと書き足してきた記録の紙綴りが置かれていた。

「これはっ!私のではないかっ!」

 カイドとハルーサが大急ぎで写しを作り、原本をこちらに持ってきておいたのだ。

「ああ。それは私の兄が回収してきた。
あ、ハミンバール侯爵家に植えられていた毒草もすべて回収済でね、こちらにある」

 ゼノは、どこかで会った?と思ったミルケラが、自分を尋問した二人の片割れだと気がついた。

「あの庭からすべてだと?どれほどあったかわかっているのか?」
「ああ、もちろん。鑑定しながら、直接触れてはいけないものはちゃんと手袋をはめて抜いてきたと言っていたな」

 うんうんとヨルトラも頷いている。

「それらは今、あの保管小屋に保管しているんだ」
「保管?」
「ほら、こっちだ!見せてあげよう」

 保管小屋の扉を開け放ち、ミルケラが手招きをする。
ジョリオは、乾燥させて置いてあるのだろうと想像した。ドライフラワーと化した大切な草花たちを思い、切なくなったのも束の間。

 連れて行かれた小屋は想像とはまったく違い、水に根を浸けて、青々としているのだ。

「これは、抜いたと言っていなかったか?あれからもう数日が経つのに、なぜ萎れてさえいないのだ?」
「水に浸けてあるから」
「そんな理由で?」
「数日水に浸けておくと、かなりの確率で根が伸びたり新たに生えたりして、植え替えるとすごく定着がよくなるんだよ!それを移植して畑を作り、取れた粒からまた来年育てるんだ」

 目を白黒させるという表現があるが、ミルケラは今それを初めて目の前で見ていた。

「そんなに一度に話したらパンクしてしまうぞ」

 ヨルトラに諌められて肩を竦める。

「すまないな、私たちは慣れているからつい。おいおい私たちがやってきたことを知ってもらえればいいと考えているので、急がなくともいい。宿泊小屋を案内しよう」

 離れのログハウスのような小屋があり、シャワーやトイレはもちろん、個室の窓には濁りガラスがはめ込まれ、ふかふかの布団が敷かれた寝台が置かれている。

 ─こんな山の中の作業小屋に過ぎないのに、この寝具は・・・。まして危うく処断されるところだった自分に用意したわけではなかろう?

 公爵と、それを取り巻く庭師たちがあまりにとっぴ過ぎて、ジョリオはまったくついていかれない。

「そこ、ゼノの部屋にしていいぞ」

 まさかと思ったのに、この居心地良さそうな個室を使っていいと言われ、ジョリオはいよいよこの話は何かの罠ではないかと疑いだした。

「おい、この部屋には何が仕掛けてあるんだ?寝台に横になったら串刺しにでもなるんじゃないのか?」

 真剣な顔でそんなことを言い始めたジョリオに、ミルケラもヨルトラも大声で笑いだした。

「まあな、後ろ暗いことのあるやつには罠にしか思えないかもしれないがね」

 そう言ったミルケラが、一気に寝台に飛び込んでいく。

「うわあ、ふっかふかだなぁ!最高だ!」

 ぽんほんと布団を叩き、ジョリオを手招きする。

「騙されたと思って転がってみてくれ」

 とても嫌そうな顔をしたジョリオは、仕方なさそうに寝台に腰を下ろし、固まった。
掌で布団をそっと押してみている。

「やわらかい」
「だろう?公爵家の使用人の寮は、見習い以外すべて個室で、すべて新品のふかふか寝具付きなんだ」
「すべて?」
「そう、すべて!」

 ジョリオが身を寝台に横たえて、天井を見上げている。

「私は足を斬られ、歩けなくなったのをドリアン様に拾っていただいた。
だから恩に報いるため歩けるよう訓練をしたんだ。だってそうだろう?こんなに手厚く迎えて頂いて、それに応えたいと思わない者などいない」

 目だけ、ちらりとヨルトラに向けたゼノは、また天井を見つめた。

「今夜はゆっくり休むといいぞ。食事は運ばせる。夜が明けたらいろいろと話そう」
「ちょっ、待ってくれ」
「なんだ?」
「あの・・・、これは本当に本当?私がここに寝てもいいのだろうか?」
「ああ。なんだ、待遇が良すぎて不安になったか?他所から来る者はみなそうなんだ。貴方だけではないから安心してよい」

 ミルケラがまた笑い出す。

「ああ、そういえばみんなそうだった!うちのメル兄もコバ兄も、エイルだってこの布団の虜になったもんな。ヨルトラの言うように今夜はゆっくり休んで。また明日」

 食事はコバルドがかごに入れて運んでやった。
スープとバターを塗ったブレッド、焼いた肉とサラダが入っていて、それもジョリオを驚かせた。
 庭師への食事なんて、スープとただの固いブレッドが普通なのに。今までそれが当たり前だと思っていたのに。

 ─私はハミンバール侯爵家のみなさんを害するかもしれない毒草を、わかっていながら庭に植えた犯罪者だ。処刑されると聞いたのに一体これはどういう?公爵は私をどうしたいのだ?─

 何かおかしい、考えなければと思うのに、布団の信じられない柔らかさにとろりと眠りに落ちていった。

 翌朝。
 日が昇る前にミルケラに起こされた。
昨日はいなかったアイルムが合流している。

「ゼノが来たから、今日は一気にこの毒草を植えてしまおう」

 保管小屋に入れてあった毒草が、樽ごと外に運ばれている。

「ゼノは毒草の取り扱いに慣れているだろう?これはすべて君が植えてくれ。土の調整はタンジーが終わらせているから何をどこに植えるかはタンジーから聞いてやってくれたまえ」

 ヨルトラは昨日とはまったく違う、あくまで下働きのゼノという態度で接している。
エイルやコバルドはジョリオのことは聞かされていない。
ミルケラは最初から何も知らないという体を貫いているが、すべての事実を飲み込んで、ジョリオが更生し公爵家の役に立とうとするなら応援するつもりだ。
 タンジェントとアイルムも、ここの責任者となるモリエールももちろん知っているが、飽くなき毒草への熱意がいろいろと行き過ぎたということは三人とも理解している。
 深入りするつもりはないアイルムだが、大量の水が必要な間は水の補給に来る予定でいる。ジョリオのためではない。新薬を作ろうというドリアンやローザリオのためだ。

「この先に小川があるから、タンジーがそこから水路を作ればいつでも水が撒けるようになる」

 タンジェントが土魔法で水路を作ったあと、引いた水を貯める大樽を今、ミルケラが作り始めている。

「この山には昨日立ち寄った畑と、この毒草エリアと、もう一つ自然の畑の3箇所の畑があるんだ。宿泊小屋があるのはここと昨日の畑で、ゼノは責任者となるモリエールとここを管理してもらう。こちらへ」

 タンジェントがスライム小屋の前で待ち受けている。

「タンジェント・モイヤーだ」

 握手するわけでもなく、簡単に名乗るとスライム小屋の扉を開けた。

「その草にここの土の適性を合わせてある」
「土の適性?」
「ああ。私たちが一から畑を作っているとヨルトラから?」
「聞いた、いや聞きました」

 ジョリオは姿勢と口調を正した。
あきらかに自分より若い庭師だが、大きな過ちを犯した自分の更生を見守り、手助けしてくれているのだ。

 ─ここでゼノとして生きていこう─

 ジョリオは本当に本気の決意を固めた。




 ゼノがハミングバード計画地エリアに常駐するようになって一月も経つと、毒草たちはしっかりと根づき、あるものは新たな蕾を持ち始めてもいる。
 時折モリエールが様子を見に行き、進捗の確認や、粒が取れるものがないかなどを確認しているが、モリエールは必要最低限の会話だけでさっさと帰っていく。
ヨルトラから責任者にと言われて張り切っていたのに、結局ほとんどゼノがやるのが面白くないだけなのだが、ゼノは犯罪者の自分が嫌いなのだろうと考え、お互い距離を近づけることはしていない。
 元からあるサールフラワーの畑、レッドメルやペリル、グリーンボールなどの野菜を大量に作っているスライム小屋の畑にも、グリーンエリアとかブラックエリアなどコードネームを付けてそれぞれに責任者を置いたことで、それまでより管理がしやすくなった。
ハミングバードとグリーンには宿泊小屋があり、グリーンの方は庭師の中からペドロとジリ、料理人のロニも常駐している。ゆえにゼノは毎食グリーンエリアの食堂まで歩いて通っている。
最初聞いたときは面倒くさいと思ったが、ロニの料理が美味すぎて、そしてモリエールが来ない限り一人きりでハミングバードにいるゼノは、ロニやペドロ、ジリと挨拶を交わすのが楽しみとなった。

 夜になるとヨルトラの言葉を思い出す。

『私は足を斬られ、歩けなくなったのをドリアン様に拾っていただいた。
恩に報いるため歩けるよう訓練をしたんだ。だってそうだろう?こんなに手厚く迎えて頂いて、それに応えたいと思わない者などいない』

 ─私は大きな過ちを犯したにも関わらず命を救われ、ここで何より興味深い毒草を育てさせて頂いている。名を変え、姿を変えたが安全に仕事に取り組める。それもすべて公爵様のおかげだ。恩に報いるため・・・そうだ。公爵様のお役に立てるように頑張ろう。
私はここで生まれ変わるんだ!─
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