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181 ゼノ
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ジョリオが引きずられていくと、ドリアンは窓を開けて外の空気を思いっきり吸い込んだ。
「はーっ。疲れた」
マドゥーンがくすくすと笑い出す。
「柄にもないことをなさるからですよ。何ですかあの田舎芝居は」
「田舎芝居とは酷い言われようだ!不敬だぞ」
と言いながら、自分で吹き出してしまう。
「ベルシドア子爵はもうどうにもならんな。陛下にお任せだ」
侯爵家乗っ取りを企て、未遂とは言え間違いなく害そうとした子爵の行く末はひとつしかない。
「嫌な気分だな。陛下は毎日のように裁可されていらっしゃると思うと、気の毒に思う。私には到底無理だ」
熱いレッドティーに最近公爵一家がお気に入りのミンツのはちみつを落として、マドゥーンがドリアンの前に置いた。
「ん」
熱いはずだが、こくこくと一気に飲み干し、窓からアイルムが庭の植物に水魔法を施す様をぼんやりと眺めると、霧のように降らせた水に虹がかかるのが見えた。
「きれいだな」
「はい」
「我が家の平和が本当にありがたく感じるな」
「はい」
「あ、ミルケラと・・・そうだな、ヨルトラを呼んでくれ」
頭を下げ、部屋を出るマドゥーンにちらりと視線をやり、庭に目を向けると既に虹は消えている。
「一瞬だけか。儚いものだな」
名残惜しそうに窓を閉めた。
「お呼びと伺い、参上致しました」
「ミルケラ、ヨルトラも忙しいところをすぐに来てくれて礼を言う」
ドリアンは、家を守っている使用人たちに片っ端から礼を言いたい気分であったが、主に呼ばれて駆けつけるなど当たり前のミルケラたちはきょとんとしている。
笑いを堪えたマドゥーンが、長い話になるとふたりをソファに座らせると控えにまわった。
「ヨルトラ、ジョリオを捕縛した」
「え!本当ですか?」
メルクルが回収してきた資料をバサっとテーブルに落として。
「すごい厚みですね!」
細かな字でみっちりと書かれた資料を一枚めくったミルケラが、感嘆したように言う。
「まずヨルトラ、これの写しを二部作ってくれ。カイドとハルーサに手伝ってもらうといい。一部はローザリオ殿、一部はヨルトラに。原本はとりあえずカイドに預けておくように。それからジョリオなのだが、生かすかは私たち次第だ」
ジョリオにも見せた二枚の書状を二人に読ませてやる。
「ベルシドア子爵とともに陛下に突き出せば命はない」
ミルケラが少しだけヨルトラに身を寄せた。
二枚のうちの一枚をドリアンが縦にビリビリと破り捨てて見せる。
「あの!しかしまだ生きているのですよね?その報告をされた場合は陛下を謀ることに」
「物騒なことを言うなヨルトラ」
「申し訳ございませんっ」
「よいか?ジョリオは怒りで見境なくなったベルシドアの手にかかり死んだのだ。
だから、公爵家が陛下に差し出す顔を斬られた遺体が本当にジョリオかどうかは、誰にも確認のしようがないというだけのこと」
ヨルトラは慎重に頷いたが、ミルケラは首を傾げている。
「ミルケラが深く考えることはない。が、二人を呼んだのはこの件についてでもある」
残されたもう一枚の、自らが書き起こした書状をテーブルに置いて、指先でとんとんと叩いてみせる。
「ジョリオという庭師はこの世から抹殺された。
我が家にいるのは、行き倒れていたのを公爵家にて救命した・・・ゼノ、そうだ!ゼノにしよう。ゼノは庭師になりたいと田舎から出てきたが、下働きのまま年を重ねた今、働き口を失い路上で倒れたのだそうだ。縁あって助けた公爵家は気の毒に思い、下働きとして雇うこととした」
すらすらと筋書きを唱えるドリアンに、唖然とするミルケラとヨルトラである。
「但し氏素性のわからぬものを我が屋敷に置くわけにもいかないので、ゼノの処遇は・・・」
食い入るように見つめてくるミルケラとヨルトラを漫然と見つめ返したドリアンが、表情を変えずにひとつの足輪をテーブルに置くと話を続けた。
「ゼノにはこれをプレゼントしてやって、ロプモス山のハミングバード計画地結界内で、下働きに雇おうと考えているのだが。どうだろうかな?」
ヨルトラはドリアンの奸計にやられた!と思った。
確かにジョリオの持つ豊富な毒草の知識は捨てがたい。しかし、だからといってどうしようもないと思っていたのだが。
ハミングバード計画地は、外部には決して漏らさない秘密の場所である。畑を守るために関係者以外立入禁止、結界と鍵魔法で隠しながら研究目的の毒草を栽培する。
それは新薬開発のためだが、王家に二心ありと見做されてもおかしくない数の毒草を一手に集めているため、厳重にセキュリティをかける。
ドリアンが置いた足輪はヨルトラの知る限り隷属の足輪のはずだ。山の畑から出られないよう制限をかければ、ジョリオいやゼノの存在もまるごとロプモス山の秘密の一つとしてしまえるだろう。
「なかなかよい思いつきだと思うのだが、どうだろう?」
「危険ではありませんか?逃げたりは?」
心配そうにミルケラが訊ねるが。
「神殿契約をさせ、加えて隷属の足輪でがんじがらめにしておけば問題なかろう。
我らとしては、とにかくハミングバード計画地をうまく隠すことに尽きるだろうな」
続けるようにヨルトラが話し始める。
「何の手も打たなくともジョリオはハミングバードからは出ないでしょう」
「ほお、そう言い切れるものか?」
「はい。季節を問わず、好きなだけ毒草を育てられるのです。今までとは違い、誰の目も気にせず堂々と。庭師にとってそれほど最高なことはありません!現に私は、離れの畑を出たのは四回だけ。ロプモス山へ行ったのとグゥザヴィ商会に行っただけですが、用がなければそれすら行かなかったでしょう。それほどに今が、この場所にいることが幸せなのです。ですから外になど行く必要がないのです。きっとジョリオもそう感じると思いますよ、畑を見たら」
それでも公爵が発行した身分証を持たされたジョリオもといゼノは、詳細な条件を入れた神殿契約を交わし、印象操作の魔道具と、足首にはめる脱走・暴力禁止のリングを嵌められて、まったく自由のない姿を強いられて。
荷馬車に乗せられ、ロプモス山へと運ばれて行った。
「どこへ連れて行くんだ?」
ジョリオに答えるものはいない。
ガタガタと馬車の揺れにふり飛ばされそうになりながら、なんとか踏ん張り、そして目的地について下ろされると。
「ここが貴方の生涯を過ごす山となります」
落ち着いた声で、壮年の男が語りかける。
「お・・あ、あなたは?」
「私は公爵家にお仕えする庭師ヨルトラ・ソイラスと申します」
「ヨルトラ・ソイラス?その名は聞いたことがある!」
「それは光栄です。私も貴方の名を、いえ、既に遥か高みに上られた方の名は聞いたことがありました」
ジョリオは複雑そうな顔を見せたが。
「あなたは下働きのゼノです。どれほど経験があろうと、下働きであることは変わりません。不満を覚えられるかもしれませんが、生きているだけで良しと思うか死ぬかしか選択肢はないとお心得を。ではこちらへ」
ヨルトラについていくと、小さな小屋が木陰に隠れるように建てられていた。いくつもいくつも。
「まずこの山は公爵家の私有地で、畑を有する山のためドリアン様の許可ある者しか立ち入ることはできません。
よって、貴方が公爵家関係者以外と接する可能性はかなり低いものと言えるでしょう」
ジョリオは浅く頷いた。
「さらに、この山全体には結界が張られ、その内側に鍵魔法をかけています。貴方にかけられた鍵魔法は中に入れますが外には出られないもの」
「では逃げることもできないと?」
面白そうに笑ったヨルトラが、ゆっくりと言い聞かせる。
「逃げるどころか、貴方はここから一生出たくなくなるでしょう」
「はあ?何を言っているんだ!如何に庭師といえど採取の旅にも出られず、山に閉じ込められたら」
「まあ聞いてください。あの小屋を見て何か気づきませんか?」
ヨルトラの指先にあるのは、先ほどちらりと見た小屋だ。
「ん?何だ、小屋だろうが」
「ただの小屋ではありません。見に行きましょう」
枯れた草を踏みしめながら、ヨルトラが先に歩く。
「そんな無防備に背中を向けて、不安にはならないのかね?」
振り向きもせず、ヨルトラはまた笑った。
「私は貴方の記録を拝見しました。貴方のような庭師が私を襲うわけがない。私を襲ってこの機会を失うわけがない。
貴方はこの誘惑には勝てないでしょう」
そういうと小屋の前に立って振り返った。
「え?中が見える!今流行の濁りガラスか?しかし何だこれは!」
「中にどうぞ」
扉を開けてジョリオを入れてやると、叫び声が響いた。
「なっ、何だこれは!何故この季節にレッドメルがなっているんだっ?どうしてだ?」
飛び出してきたジョリオは興奮してすでに顔が真っ赤になっている。
「私を襲えば貴方はこの秘密を知ることなく、今度こそ処刑されるでしょう。知りたくないですか?それとも逃げ出しますか?」
ジョリオは、いやゼノは目をカッと見開いて、ヨルトラに飛びついた。
「知りたいっ!知りたいに決まっている!これはなんだ?どうして今レッドメルの実があるんだ?何故真っ直ぐきれいに並んで生えているんだ?この小屋は何だ?ここは異常だ!何もかも異常だぞ、その秘密を知らずに出ていくなんて頭のおかしいヤツがやることだ!」
ヨルトラの襟を掴み、ゆさゆさと揺さぶりながら叫び続ける。
「そうですよね。私も初めてこの畑を見たとき、似たような反応をしましたよ。懐かしいな」
「畑?やはり畑なのか、これは」
「ええ。土を解し、植物の粒や茎から増やして、一から私たちが作り上げた畑です」
ジョリオは、ぽかんとヨルトラを見つめた。
襟を掴んでいた手を離すと、大声で笑い出す。
「あっははは、自分たちで畑を作り上げただと?頭おかしいんじゃないのか?ありえん!騙されるところだった」
最後は文句に変わったそれを聞き終えると特に言い返しもせず、ヨルトラは話を続けた。
「では次のところへ行きましょう」
また馬車に乗り、山頂を超えてハミングバード計画地へと向かう。
「ここですよ」
今、ミルケラたちが小ぶりな宿泊小屋とスライム小屋を大急ぎで建てているところである。
「ここが本当の、ゼノさんの仕事場です」
ミルケラが手を振った。
「もう寝泊まりできるよ」
「相変わらず仕事が早いな」
「早く中を見て」
ヨルトラはジョリオの背を押し、ミルケラやコバルドたちに新しい下働きだと紹介した。
「こちらはゼノだ。下働きだが経験が長く、知識も豊富な者だよ」
ゼノは、ジョリオとしての自分が終わりを告げた瞬間を目の当たりにして、とても不思議な空気に触れていた。
「はーっ。疲れた」
マドゥーンがくすくすと笑い出す。
「柄にもないことをなさるからですよ。何ですかあの田舎芝居は」
「田舎芝居とは酷い言われようだ!不敬だぞ」
と言いながら、自分で吹き出してしまう。
「ベルシドア子爵はもうどうにもならんな。陛下にお任せだ」
侯爵家乗っ取りを企て、未遂とは言え間違いなく害そうとした子爵の行く末はひとつしかない。
「嫌な気分だな。陛下は毎日のように裁可されていらっしゃると思うと、気の毒に思う。私には到底無理だ」
熱いレッドティーに最近公爵一家がお気に入りのミンツのはちみつを落として、マドゥーンがドリアンの前に置いた。
「ん」
熱いはずだが、こくこくと一気に飲み干し、窓からアイルムが庭の植物に水魔法を施す様をぼんやりと眺めると、霧のように降らせた水に虹がかかるのが見えた。
「きれいだな」
「はい」
「我が家の平和が本当にありがたく感じるな」
「はい」
「あ、ミルケラと・・・そうだな、ヨルトラを呼んでくれ」
頭を下げ、部屋を出るマドゥーンにちらりと視線をやり、庭に目を向けると既に虹は消えている。
「一瞬だけか。儚いものだな」
名残惜しそうに窓を閉めた。
「お呼びと伺い、参上致しました」
「ミルケラ、ヨルトラも忙しいところをすぐに来てくれて礼を言う」
ドリアンは、家を守っている使用人たちに片っ端から礼を言いたい気分であったが、主に呼ばれて駆けつけるなど当たり前のミルケラたちはきょとんとしている。
笑いを堪えたマドゥーンが、長い話になるとふたりをソファに座らせると控えにまわった。
「ヨルトラ、ジョリオを捕縛した」
「え!本当ですか?」
メルクルが回収してきた資料をバサっとテーブルに落として。
「すごい厚みですね!」
細かな字でみっちりと書かれた資料を一枚めくったミルケラが、感嘆したように言う。
「まずヨルトラ、これの写しを二部作ってくれ。カイドとハルーサに手伝ってもらうといい。一部はローザリオ殿、一部はヨルトラに。原本はとりあえずカイドに預けておくように。それからジョリオなのだが、生かすかは私たち次第だ」
ジョリオにも見せた二枚の書状を二人に読ませてやる。
「ベルシドア子爵とともに陛下に突き出せば命はない」
ミルケラが少しだけヨルトラに身を寄せた。
二枚のうちの一枚をドリアンが縦にビリビリと破り捨てて見せる。
「あの!しかしまだ生きているのですよね?その報告をされた場合は陛下を謀ることに」
「物騒なことを言うなヨルトラ」
「申し訳ございませんっ」
「よいか?ジョリオは怒りで見境なくなったベルシドアの手にかかり死んだのだ。
だから、公爵家が陛下に差し出す顔を斬られた遺体が本当にジョリオかどうかは、誰にも確認のしようがないというだけのこと」
ヨルトラは慎重に頷いたが、ミルケラは首を傾げている。
「ミルケラが深く考えることはない。が、二人を呼んだのはこの件についてでもある」
残されたもう一枚の、自らが書き起こした書状をテーブルに置いて、指先でとんとんと叩いてみせる。
「ジョリオという庭師はこの世から抹殺された。
我が家にいるのは、行き倒れていたのを公爵家にて救命した・・・ゼノ、そうだ!ゼノにしよう。ゼノは庭師になりたいと田舎から出てきたが、下働きのまま年を重ねた今、働き口を失い路上で倒れたのだそうだ。縁あって助けた公爵家は気の毒に思い、下働きとして雇うこととした」
すらすらと筋書きを唱えるドリアンに、唖然とするミルケラとヨルトラである。
「但し氏素性のわからぬものを我が屋敷に置くわけにもいかないので、ゼノの処遇は・・・」
食い入るように見つめてくるミルケラとヨルトラを漫然と見つめ返したドリアンが、表情を変えずにひとつの足輪をテーブルに置くと話を続けた。
「ゼノにはこれをプレゼントしてやって、ロプモス山のハミングバード計画地結界内で、下働きに雇おうと考えているのだが。どうだろうかな?」
ヨルトラはドリアンの奸計にやられた!と思った。
確かにジョリオの持つ豊富な毒草の知識は捨てがたい。しかし、だからといってどうしようもないと思っていたのだが。
ハミングバード計画地は、外部には決して漏らさない秘密の場所である。畑を守るために関係者以外立入禁止、結界と鍵魔法で隠しながら研究目的の毒草を栽培する。
それは新薬開発のためだが、王家に二心ありと見做されてもおかしくない数の毒草を一手に集めているため、厳重にセキュリティをかける。
ドリアンが置いた足輪はヨルトラの知る限り隷属の足輪のはずだ。山の畑から出られないよう制限をかければ、ジョリオいやゼノの存在もまるごとロプモス山の秘密の一つとしてしまえるだろう。
「なかなかよい思いつきだと思うのだが、どうだろう?」
「危険ではありませんか?逃げたりは?」
心配そうにミルケラが訊ねるが。
「神殿契約をさせ、加えて隷属の足輪でがんじがらめにしておけば問題なかろう。
我らとしては、とにかくハミングバード計画地をうまく隠すことに尽きるだろうな」
続けるようにヨルトラが話し始める。
「何の手も打たなくともジョリオはハミングバードからは出ないでしょう」
「ほお、そう言い切れるものか?」
「はい。季節を問わず、好きなだけ毒草を育てられるのです。今までとは違い、誰の目も気にせず堂々と。庭師にとってそれほど最高なことはありません!現に私は、離れの畑を出たのは四回だけ。ロプモス山へ行ったのとグゥザヴィ商会に行っただけですが、用がなければそれすら行かなかったでしょう。それほどに今が、この場所にいることが幸せなのです。ですから外になど行く必要がないのです。きっとジョリオもそう感じると思いますよ、畑を見たら」
それでも公爵が発行した身分証を持たされたジョリオもといゼノは、詳細な条件を入れた神殿契約を交わし、印象操作の魔道具と、足首にはめる脱走・暴力禁止のリングを嵌められて、まったく自由のない姿を強いられて。
荷馬車に乗せられ、ロプモス山へと運ばれて行った。
「どこへ連れて行くんだ?」
ジョリオに答えるものはいない。
ガタガタと馬車の揺れにふり飛ばされそうになりながら、なんとか踏ん張り、そして目的地について下ろされると。
「ここが貴方の生涯を過ごす山となります」
落ち着いた声で、壮年の男が語りかける。
「お・・あ、あなたは?」
「私は公爵家にお仕えする庭師ヨルトラ・ソイラスと申します」
「ヨルトラ・ソイラス?その名は聞いたことがある!」
「それは光栄です。私も貴方の名を、いえ、既に遥か高みに上られた方の名は聞いたことがありました」
ジョリオは複雑そうな顔を見せたが。
「あなたは下働きのゼノです。どれほど経験があろうと、下働きであることは変わりません。不満を覚えられるかもしれませんが、生きているだけで良しと思うか死ぬかしか選択肢はないとお心得を。ではこちらへ」
ヨルトラについていくと、小さな小屋が木陰に隠れるように建てられていた。いくつもいくつも。
「まずこの山は公爵家の私有地で、畑を有する山のためドリアン様の許可ある者しか立ち入ることはできません。
よって、貴方が公爵家関係者以外と接する可能性はかなり低いものと言えるでしょう」
ジョリオは浅く頷いた。
「さらに、この山全体には結界が張られ、その内側に鍵魔法をかけています。貴方にかけられた鍵魔法は中に入れますが外には出られないもの」
「では逃げることもできないと?」
面白そうに笑ったヨルトラが、ゆっくりと言い聞かせる。
「逃げるどころか、貴方はここから一生出たくなくなるでしょう」
「はあ?何を言っているんだ!如何に庭師といえど採取の旅にも出られず、山に閉じ込められたら」
「まあ聞いてください。あの小屋を見て何か気づきませんか?」
ヨルトラの指先にあるのは、先ほどちらりと見た小屋だ。
「ん?何だ、小屋だろうが」
「ただの小屋ではありません。見に行きましょう」
枯れた草を踏みしめながら、ヨルトラが先に歩く。
「そんな無防備に背中を向けて、不安にはならないのかね?」
振り向きもせず、ヨルトラはまた笑った。
「私は貴方の記録を拝見しました。貴方のような庭師が私を襲うわけがない。私を襲ってこの機会を失うわけがない。
貴方はこの誘惑には勝てないでしょう」
そういうと小屋の前に立って振り返った。
「え?中が見える!今流行の濁りガラスか?しかし何だこれは!」
「中にどうぞ」
扉を開けてジョリオを入れてやると、叫び声が響いた。
「なっ、何だこれは!何故この季節にレッドメルがなっているんだっ?どうしてだ?」
飛び出してきたジョリオは興奮してすでに顔が真っ赤になっている。
「私を襲えば貴方はこの秘密を知ることなく、今度こそ処刑されるでしょう。知りたくないですか?それとも逃げ出しますか?」
ジョリオは、いやゼノは目をカッと見開いて、ヨルトラに飛びついた。
「知りたいっ!知りたいに決まっている!これはなんだ?どうして今レッドメルの実があるんだ?何故真っ直ぐきれいに並んで生えているんだ?この小屋は何だ?ここは異常だ!何もかも異常だぞ、その秘密を知らずに出ていくなんて頭のおかしいヤツがやることだ!」
ヨルトラの襟を掴み、ゆさゆさと揺さぶりながら叫び続ける。
「そうですよね。私も初めてこの畑を見たとき、似たような反応をしましたよ。懐かしいな」
「畑?やはり畑なのか、これは」
「ええ。土を解し、植物の粒や茎から増やして、一から私たちが作り上げた畑です」
ジョリオは、ぽかんとヨルトラを見つめた。
襟を掴んでいた手を離すと、大声で笑い出す。
「あっははは、自分たちで畑を作り上げただと?頭おかしいんじゃないのか?ありえん!騙されるところだった」
最後は文句に変わったそれを聞き終えると特に言い返しもせず、ヨルトラは話を続けた。
「では次のところへ行きましょう」
また馬車に乗り、山頂を超えてハミングバード計画地へと向かう。
「ここですよ」
今、ミルケラたちが小ぶりな宿泊小屋とスライム小屋を大急ぎで建てているところである。
「ここが本当の、ゼノさんの仕事場です」
ミルケラが手を振った。
「もう寝泊まりできるよ」
「相変わらず仕事が早いな」
「早く中を見て」
ヨルトラはジョリオの背を押し、ミルケラやコバルドたちに新しい下働きだと紹介した。
「こちらはゼノだ。下働きだが経験が長く、知識も豊富な者だよ」
ゼノは、ジョリオとしての自分が終わりを告げた瞬間を目の当たりにして、とても不思議な空気に触れていた。
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