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179 ハミングバード計画

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 ドレイファスは、シエルドやトレモルたち側近候補、というより既に側近と呼んで間違いない五人の令息とローザリオ、選ばれた数人の庭師たちとともにドリアンに呼ばれて、その集まった顔ぶれに首を傾げていた。

「皆、忙しいところすまない。手早く話を済ませよう」

 集めた人数が多いので一番広い会議室を使うことにしたが、手狭にさえ感じられる。そのせいか部屋が暑いようで、ドリアンは氷の魔石に手を触れて冷気を流していた。

「さて、シエルドとタンジー以外は初めて聞く話かと思うが」

 そう言いおいて、今回のハミンバール侯爵家の出来事を説明していく。
判明してからハミンバール侯爵との話し合い、どのような対策を取って今に至るかなど。

「みんなが無事で本当によかった」

 ドレイファスの小さな声が、皆の胸に染み込んだ。

「では、あとはドリアン様が道筋をつけられるということで?」

 ローザリオが訊ねると、仕方なさそうに頷いたドリアンが肩を竦めた。

「エライオ殿ときたら、のんびりしていてな。とても待ってはいられない」

 そのあと真面目な顔をしたドリアンが、庭師たちに向かうと皆の想定外の話を始めた。

「実は今回採取した毒草を我が家で増やせないかと考えているのだが、庭師諸君どうだろうな?」
「それは一体何故にございますか?」

 ヨルトラが訊ねると、なぜかシエルドが答えた。

「毒は、それを解毒する薬を作る素材にもなりますし、少量なら薬になる物もたくさんあるのです」

 シエルドの答えに満足したドリアンが先を続ける。

「これほど多種の毒草を入手するのは大変なんだそうだ。しかしこれらを育てることができれば、新薬の開発もできるかもしれない。だからこその頼みなのだが、どうであろう?」
「・・・やってみたいです」

 ヨルトラとモリエール、そしてヨルトラ派と自ら称している旧アサルティ家にいた庭師たちがこぞって手を挙げる。
 今は亡きアサルティ伯爵が政敵を毒にて害そうとしたとき、効き目を試すために使用人仲間が命を落としたことがあった。
 解毒薬はいくらあっても良い、誰かが助かるのであれば。
 なんの迷いもなく手を挙げた庭師たちの顔ぶれに納得したようにドリアンが頷き、

「畑に交じると危険だから、畑とも牧場とも離れたところに・・・ロプモス山の、畑と反対側の尾根にでも専用の小屋を作るか?」

 タンジェントがサールフラワーの群生地を見つけて以来、公爵の許可ある者しか入れない広い山である。

「それが良いと思います」

 ヨルトラの賛成で、方向性は固められた。

「安定して増やせるようになったら、私とシエルドで新薬開発に取り組もう」

 ローザリオは新しい研究に早くもわくわくしていた。それだけではない、シエルドに早いうちから危険な毒の取り扱いをしっかりと教えこんでやれることは、将来ひとりで研究しなくてばならなくなった時のシエルドの危険を減らしてやれるのだ。願ってもなかなか得難い機会なのである。

 シエルド以外の少年たちはことの経緯に驚いたが、何よりも自分たちが想像もしないような悪意の存在を知り、気を引き締めていた。

「今回はハミンバール侯爵家の爵位を狙った身内の犯行だったが、これは特別なことではない。貴族だけではなく、豪商にも頻繁に起きているのだ。
これを機会にドレイファスたちには、如何にまわりを固めてくれる者と信義を持って信頼関係を結び、一丸となるか。どういったことが不満の元となりやすいのかを学び、先手を打つことを覚えてほしい。危機意識と注意力で危険を察知し、素早く手を打つ行動力を持つことが家族や仲間を守るのだからな」

 少年たちは真剣に話に聞き入り、何度も頷き合った。


 さて。
 ハミングバード計画と名付けられた毒草栽培のために、最初にロプモス山に入ったのは土魔法の使い手であるタンジェントとヨルトラ、小屋を建てるミルケラ組。
兄コバルドと甥のエイル、そしてロンドリン領から合同ギルドの制作部にやって来たベレスとガンリス。揃ってガタガタと馬車に揺られて山に入っていく。
 入口から山頂までの間にサールフラワーの畑があり、その先にスライム小屋や宿泊小屋を建てて様々な野菜を育てている。
 しかし今回はそこを通り過ぎて山頂を越えた先を拓き、新たにスライム小屋を建てるのだ。

「ミル、この辺でいいと思うか?」

 御者台に乗っていたタンジェントと隣りに座るミルケラが、場所を決めるためにああでもないこうでもないと話しながら手綱を捌いている。

「もう少し下りれば広く拓けた場所があるよ」

 タンジェントはそうだったかと首を捻ったが、ロプモス山にはミルケラの方が多く通っているので素直に従う。

 蹄の音が山に木霊する。
畑を荒らされないために、結界内は公爵騎士団が徹底的に大きな魔物を駆除しており、小物しかいない安全な場所である。
馬たちもわかっているのか、のんびりと歩いていた。

「この下辺りだったと思うんだが」

 ミルケラがきょろきょろしだす。

「あ、あの岩のあたりだよきっと」

 すぐ手前に馬車を停めたが、こんもり緑が茂り、拓けた土地などどこにもないとタンジェントが言おうとした時。
 馬車から飛び降りたミルケラが草むらに分け入って中でぴょんぴょん跳ね始めると、草がどんどんと引き倒されていく。

「ほらぁ!」

 こどものように頬を染めたミルケラが、自分の足で倒した草の上で大の字になって
ゴロゴロと草まみれになりながら転がってみせた。

「本当だ!よく見つけたな、ミル!」

 タンジェントも草の上をどすどすと踏み固めながら、背の高い草に隠されていた平らな土地に目を瞠る。

「ミル?」

 いつまで経っても呼ばれないので馬車からヨルトラとコバルドたちが下りて来ると、ミルケラとタンジェントは草まみれで転がっていた。

「何やっているんだ、ふたりとも」
「ああ、どのくらい真っ平らか試してたんだ」

 明らかに嘘である。
どう見ても草原を転がって楽しんでいただけ。

「じゃあ、ここでやるか?」

 タンジェントの問いにニヤッと笑ったミルケラ。同時にヨルトラを見ると頷いたので、タンジェントが魔力を流す準備を始める。

「コバルド、エイル、ベレスたちも馬車まで下がって」

 ミルケラが馬車から下りてきた皆を後ろに押し戻すと

「タンジーが土を混ぜるから、そこで見てて」

 土魔法使いは意外と少ない。
ほとんどが土木士になる中、タンジェントは庭師になった変わり者だ。花が好きで、父に土魔法で植え替えが楽にできるのでは?と教えられて迷わずに選んだ。
 タンジェントの流す魔力は、土を解して撹拌しながら草を引き抜き、中に鋤き込んでいく。それはどんどんと左右に広がりを見せ、半刻もしないうちに広く耕された土地が現れた。

「少し休むよ」
「では、タンジーが休んでる間に、四阿を一つ作ってしまおうかな」

 ミルケラ組が機敏に板などを運び込み、釘を打ち付けて屋根付きの四阿を打ち建てた。

「これで今雨が降っても大丈夫だね」

 エイルがにっこりと笑うと、ミルケラが頭を撫でてやる。

「ミルおじさんてば!」

 もうそんなこどもじゃないとよく言われるのに、つい癖でやってしまうのだ。

「タンジーはあの辺を拡張するだろうから、そうだな。こちらからスライム小屋を建て始めようか」

 タンジェントが耕した上に、ミルケラたちがスライム小屋を建てていく。
 来たときはただの草むらだったが、あっという間にスライム小屋がいくつも建ち並ぶ畑の準備が整って。日が暮れて、公爵家に戻る頃にはあらかたの作業が終わっているほど、すべてがスムーズに進められた。
 ただ一日、その場に佇んでいたヨルトラは、満足そうに拓かれた土地と迅速に建てられた小屋を見渡している。

「もう少し拓くか?タンジー」
「ではもう一日、ここに来よう」

 翌日は、タンジェントとモリエール、ミルケラとベレスでここまでやって来た。
ハミングバード計画はヨルトラがドリアンと話を進めてきたが、実際の責任者はモリエールに任せたいと昨夜ヨルトラが指名したから。
モリエールは一度断わったのだが。

「モリエール、おまえに任せたいんだよ。いつまでも私の弟子であり続けることに変わりないが、だからこそ私を超えていって欲しいんだ。頼むから引き受けてくれ」

 そうヨルトラに言われて、必ず期待に応える、全力を尽くすとモリエールは誓った。



 土の適性を上げるため、タンジェントの鑑定内容をモリエールが記録していく。屋敷に戻ったらそれを元にローザリオに毒草ごとのポーションを作ってもらい、一つの小屋に一種類づつの毒草を育てることにした。

「まさか毒草のためにポーションを作る日がくるとはな」

 ローザリオは苦笑したが、この先に自分の新薬開発が控えているので真剣だ。

 そうして一月も経とうかという頃。
ベルシドア子爵を探っていたロイダルが、ジョリオを発見したと知らせてきた。
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