神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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177 ローザリオの決意

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「なんだと?これがすべて毒草?これ全部か?」
「はい、中には棘に毒があるため触れただけで命に危険を及ぼすものすらございました」

 そう言われてエライオは、庭師たちが今も採取用の汚れた手袋を外していないことに気づく。

「その手袋は」
「はい、これがないと触れることができないものもいくつもございますので」

 青褪めたリリアントがエライオの腕を握りしめた。

「しかし何故・・・」
「庭園に毒草がこれだけ植え込まれていた理由はわかりませんが、ルートリア様がドレイファス様に庭の変わった植物を届けられたことで我らが気づきました」
「え!ルートリアが?ではルートリアに危険が及ぶのか!?」

 ローザリオは急に慌て出したエライオを落ち着かせるように、両手をあげて宥める仕草をして見せ、ゆっくり少し大きな声で話して聞かせる。

「いえ、ご安心ください。こちらのシエルドが、ルートリア様は植物に触れる際ハンカチを使われて、直接触れてはいないことを確認しておりますので」

 ほっとする侯爵夫妻だったが、ローザリオが訊ねた言葉で青ざめた顔が真っ赤に変わった。

「庭師が誰もいなかったのですが、本日休みを与えられているということはございますが?」
「何っ?休みどころか皆様を案内するよう今朝方申し付けておいた!いないとはどう言うことだ?」

 当主の言いつけを破り、姿を消した庭師。
考えられるのは拉致されたか、逃げたか。

「庭師の住まいを確認されたほうがよろしいかと」

 エライオはすぐに動いた。
そして家が空っぽになっているとの報告に肩を落とし、頭を掻き毟った。

「ジョリオ何故だ、良く仕えていてくれたのに」

 ─そう、庭師見習いは辞めさせたが庭師のジョリオは神殿契約にも応じた・・・。いや、あの見習いは確かジョリオが・・・

「・・・まさか・・」

 エライオの呟きにローザリオが声をかけたがそれには応えず、タンジェントたちにエライオが訊ねた。

「公爵家の庭師とのことだが、では皆ドリアン様と神殿契約を交わしているのか?」
「はい、もちろんです」

 答える庭師に交じり、ローザリオとアーサ、シエルドまでが返事をしたことにエライオは驚愕した。

「え?庭師だけではない?本当に?ドリアン様の話しは真実か・・・」
「ドリアン様と何を話されたかは存じませんが、ドリアン様の配下である我らをどうぞご信頼ください。ドリアン様のお考えにより内密に危険をお知らせしたのです。今庭に行けば我らが侯爵家の皆様の安全をお守りするために撤去した痕跡も、すべてご確認いただけるでしょう」

 シエルドも、またタンジェントもモリエールも、ローザリオのその言葉に驚かされた。
 自由気ままで、例え相手が王族であろうと、気が進まねば断りこそしなくてもそれを隠すこともしないようなローザリオが、自らをドリアンの配下と言ったのだから。

 ドリアンに傾倒するモリエールは、あまり好きではなかったローザリオが、その一言で仲間なのだと認識を新たにした。
 公爵家一派の表情の変化に気づくことのないエライオは、己の手のうちにいると思っていた者に害されたかもしれないと慄いている。リリアントも。

「庭師が逃げた以上いつからこれらが植わっていたかは使用人たちに聞かねばわかるまい。調べるのに少し時間がかかるだろう・・・しかし今私は屋敷の使用人たちを信じることが出来そうにないのだ。どうしたら・・・」

 ぼんやり呟くエライオに、おずおずとタンジェントが声をかける。

「まず、根一本も残さずに撤去したのでご安心ください。私たちの見たところ、根の張り具合から幼苗の頃には既に移植されていたと考えられます。
それからこれは参考までにお伝え致しますが、私ども公爵家の使用人は、秘密を保持することと公爵家の皆様を過去より未来まで害さないという神殿契約を交わしております。そのようになされば、これより以前に何かの企てを持つ者がおりましてもおわかりになると思いますが」

 顔を上げたエライオの目に光が戻る。

「おお、そうか!そう・・なのか!私は甘かったな・・・いまさらだが政敵というものをよく理解できていなかったと思う・・・。感謝する!まずは取り急ぎすべての使用人に神殿契約を」

「あ、侯爵閣下とではなく、侯爵家と結ばせてください。そうでないと契約の効力が閣下おひとりに対してだけになってしまいますので」

 付け加えたタンジェントの手首をガシッと握り、今日一番大きな声で告げた。

「ありがとうっ!改めてシズルス様とドリアン様のところに礼に参るつもりだが、申し訳ないのだが本日はこれにて失礼をしたい」

 ローザリオたちは素早く身支度をし、毒草を入れたかごを持ってエライオとリリアント、侯爵夫妻にいとまを告げた。

 フォンブランデイル公爵家へ行きたがったシエルドを言い聞かせ、サンザルブ侯爵家へ送り届けると、ローザリオは庭師たちと公爵家へ帰還した。
 毒草はタンジェントが詳細な鑑定を行うことにして、ローザリオはドリアンが王城より戻り次第至急の面会を執事マドゥーンに言付け、庭へと戻るとまたタンジェントに合流する。
 ログハウス前の作業台に布を敷いてモリエールと三人、話しながら選り分けて。

「しかし、これだけの種類をよく集めたものだ」
「本当に。何か目的がなければここまで集めることはとてもできないと思うが。ジョリオと呼ばれていましたね」

 畑の緑に潜っていたヨルトラが顔を出した。

「ジョリオ?」
「ヨルトラ、知っているのか?」
「ジョリオ・メーラのことでしょうか?」
「フルネームは知らんのだが」
「てはそのジョリオが何故に話のネタになっているか伺っても?」

 ローザリオが手招きし、作業台の上の植物を見せると、ヨルトラは顔を顰めて呟いた。

「ジョリオ・メーラは庭師ですが、庭師の世界では毒草の研究者としてのほうが有名です」
「え?」
「しかし奴は、毒の効果を試すために人を害し、まあ解毒薬も準備していたので大事には至らなかったそうですが、それなりに処罰されたはずです」
「それは間違いない話なのか?」
「ええ、だいぶ前の出来事ですが、当時の雇い主であられたターミル子爵家で処罰を与えたと聞いております。当時、危険人物なので他のところで雇うことがないようにと、ターミル子爵様から直々に注意の書状を頂いた記憶がございます」
「それが何故ハミンバール侯爵家に潜り込んだのだろうな」

 ヨルトラはハッとした顔でローザリオを見た。

「ドリアン様がお戻りになられたら、今日の出来事を報告するのだが、その際ヨルトラも同席してもらえないか?ドレイファス様の婚約者の家の話だからな」
「はい、もちろんです。ですがジョリオは?」
「ああ、侯爵の手の者が探したが逃げたあとだった。なんというか、ハミンバール侯爵は真面目とは聞くが、危機意識が低いというかだな、多分あれは身上調査などもなおざりにしていたのだろう」
「え、まさか」

 笑いかけたヨルトラだが、確かに少し調べればわかりそうなこと。しかも偽名すら使っていないと考えると・・・

「しかしエライオ卿も人を疑うことをしないというか、本当にお人好しなのだろうが、これはさすがに許さんだろうな」

 日暮れ過ぎ、ドリアンが戻るとすぐローザリオとヨルトラに面会した。
 しかしハミンバールの政敵が毒草を植えさせた!というエライオの言葉を聞いたドリアンは変な顔をする。

「ハミンバールの政敵と言えば、すぐ思いつくのはトネレルド侯爵だが、わざわざ庭に毒草を植えるようなまわりくどいことをするだろうか?直接の手段などいくらでもある。庭に危険な植物を植えて危険に晒されるのはむしろ、花を好む夫人や令嬢たちだろう。気に入った花を摘み、部屋に飾っていたとしたら?」
「確かにそうですね」
「どちらかというと、侯爵家の女性たちに恨みを持つ者や、一族の後継争いのような内敵ではないかな。
しかし、危険の芽は早く摘み取ったほうがよいからうちの者にも調査をさせよう」

 僅かな情報でローザリオたちが導き出した考えより、さらに広がった。

 ─ドリアン・フォンブランデイル公爵、流石だ。やはりお仕えしたいとまで思えるのはドリアン様しかいない─

 誰にも言ったことはなかったが、ローザリオはドリアンの洞察力や先見の明、公明正大であり、真面目できめ細やかかと思うと大胆に決断するその人となりに心酔していた。
 国王よりずっと王に相応しいとさえ思うが、ドリアンは国を治めたいなどとは毛ほども思わないに違いない。
 家族と領地領民のために、そして傘下貴族のために公爵を全うするドリアンのため、そしてドレイファスのために、これからも出来うるすべてを公爵家に捧げようと、心のなかで密かに誓うのだった。
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