神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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176 驚愕

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 エライオ・ハミンバール侯爵と侯爵夫人リリアントは、次女ルートリアから聞かされていた錬金術師ローザリオ・シズルスからの、訪問を打診する書状に大喜びしていた。

 当代随一の錬金術師と呼び声の高いローザリオは、貴族の中でも、というか、末端の王族くらいではおいそれとは会えないほどの人気者である。
 以前は王都に店とアトリエを持ち、そこに行けば運良く会えることもあったと聞くが、エライオたちにその機会は訪れなかった。
 それがあちらから家を訪問するというではないか!

「すごいわ、ぜひこれを機会に親しくなりたい」
「ああ、本当に。ローザリオ・シズルスと親しいと言ったら皆が羨ましがるぞ」

 堅物と言われるエライオも意外とミーハーであった。
 ただローザリオの書状を見る限り、エライオに会いに来るわけではなく、花の採取が目的のようだが。

 約束の日、時間どおりにローザリオ・シズルスとルートリアの同級生でもあるシエルド・サンザルブ侯爵令息、護衛のアーサ・オウサルガと同じく護衛という名目でタンジェント・モイヤーの四人がハミンバール侯爵家を訪問した。

「これは!高名なシズルス様にいらして頂けるなど光栄です」

 ローザリオはシズルス伯爵家の末子で、来年叙爵して男爵になる。はるかに高い爵位のハミンバール侯爵にこのように言われて背中が痒くなり、落ち着きなくむずむずと体を捻った。

「師匠?」
「あ、ああ。失礼いたしました。ルートリア様からフォンブランデイル公爵家や傘下貴族家の領地にはない植物があると伺い、ぜひ採取させて頂きたいとお願いした次第でございます。侯爵閣下に御快諾を賜り、有り難く存じます」

 普段砕けまくっているローザリオもやる時はやる。
 シエルドが尊敬の眼差しを向けていることに満足したローザリオは、まず茶でもてなしたいというエライオを無下にすることなく付き合い、失礼にならない程度の距離を保って採取へと向かった。

 ルートリアには、今回の訪問の目的を誰にも言わないよう口止めしてあるので、エライオたちは自宅の庭に美しいとは言え触れれば毒ともなる花が植えられていることをまだ知らずにいる。

 ローザリオはその毒草の刈り取りと、他にも侯爵邸に毒物がないか、そしてそれが持ち込まれたことに悪意があったのかを確認しに来たのだ。
 ついてこようとするエライオに、失礼にならないように採取は土が飛んだりと汚れるからと断り、庭に下りる。
 さすがに侯爵家の庭は広いが、安全のために一段にまとまり、園路に沿って両側をローザリオとタンジェントが鑑定しながら進む。シエルドは採取籠を持ち、アーサは警戒した。

「あ、これダメだ」

 タンジェントの声に皆が覗き込むと、先日ローザリオが気づいた花とは違う毒草が生えており、ローザリオも手を翳してタンジェントと頷きあう。

 鮮やかな紫色の美しい花を咲かせているが、それも毒草だ。
 手袋をはめたタンジェントが根も残さないように注意深く採取する間に、また低いローザリオの声が聞こえた。

「これもだ!」

今度は濃いピンクの拳ほどの大きさをした花。
そしてまたローザリオが見つけてしまう、白いラッパのような花。

「なあ、一体ここはなんだ?毒草でも集めているというのか?」

 四人は困惑して互いの顔を見合わせた。

「モリエールでも連れてくればよかったな」

 ひとりで採取を続けるタンジェントがボヤく。

「多すぎるだろう、ここ!」
「そうだな・・・、今からでも誰か来てもらうか?」
「呼べますか?」
「庭師で誰か伝言鳥使えるものはいるだろうか?」
「あー、どうかな?庭師じゃなくて離れの警備を管轄しているマトレイドなら」
「私が知らない相手ではダメだな、ミルケラは?」
「ダメです」
「・・・ではマーリアル様に頼むか」
「ではモリエールを。彼も鑑定ができる」

 ドリアンに飛ばせれば簡単なのだが、今は王城にいる時間だ。

『マーリアル様ご機嫌よろしゅう』

 マーリアルの前にローザリオが飛ばした光の鳥がぼうっと現れると、すぐ返事が戻ってきた。

『ローザリオ様御機嫌よう!承りましたわ、すぐ向かわせます』

 マーリアルの手配によりモリエールが単騎で駆けつけると採取は一気に進み始めたが、その毒草の量の多さにモリエールも呆れ果てるほど。

「ここは毒草園なのか?」

 そう聞きたくなるのも当然だと、皆が納得すること自体が異様・・・。

 日が傾き始めるまで目につく毒草を採取したが、公爵家で用意した籠が足りなくなり、ハミンバール家の庭師小屋から勝手に借りた。

「そういえばここの庭師はどうしたんだ?」

 タンジェントが漏らす。
半日庭をぐるぐる歩き回ったが、誰にも会っていない。侯爵ともあろう家の庭を管理する者がいないなどありえない事なのだが。

「今日は休みとか?」

 首を傾げるタンジェントにモリエールが返す。

「ひとりしかいなければそう言うこともあり得るが。なあ、タンジー。来客が庭の植物を採取に来ると聞いたら、私なら必ずいて無下に荒らされないようついて回るぞ。他の理由を疑うほうが早い」
「確かにそうだな」

 庭師二人の囁くような会話を耳にし、ローザリオはやはりエライオにしっかり話してから帰るべきと判断した。

「タンジェントとモリエールはハミンバール侯爵に毒草の説明をしてやってくれ。一つの庭園にこれほどの毒草が植えられているのは、鑑定できない庭師だったとしてもいくら何でも異常だ」
「鑑定ができなくとも、これは毒のある花だとかなり知られているものです。庭師でありながら知らないとは考えにくいですね」

 モリエールが手袋をはめたままでかごから引き抜いた赤い花は、ローザリオですら鑑定せずともわかったほどポピュラーな毒草である。

「よし、ではもう一度ハミンバール侯爵・・・閣下に目通りを願おう」

 屋敷へ戻り、迎えに出た執事に閣下に挨拶をと願い出ると、エライオとリリアントは既に応接間にて皆を待っていると案内される。
 執事から聞くところによると、二人は今か今かとずっと待っていたそうで、そんなに楽しみにしている侯爵夫妻にこの事実を突きつけるのは酷なような、気の毒に思えたがしかし避けては通れない。
 ローザリオは自分の足が酷く重く感じられた。


「やあ、シズルス様。随分と時間がかかりましたな」

 来たときよりひとり、男が増えていることにエライオは違和感を感じたが、リリアントは美しいモリエールに目が逸らせないようで夫婦がまったく統一できていないことが見て取れる。
 ただどちらも浮足立っていることは間違いなく、それをぶち壊すことに申し訳無さを感じながらローザリオは人払いを願い出た。

「え?」

 エライオが怪訝な、今度こそ浮かれた頭を冷静に戻した顔をする。

「再度お願い申し上げます、お人払いを」

 ローザリオにそこまで言われては仕方ない、護衛のみ残し、執事と侍従、リリアントの侍女を部屋から出した。

「そういえばそちらの方は?」

 まだ浮かれたリリアントがモリエールについて訊ねると、ローザリオがタンジェントとモリエールを前に立たせて紹介する。

「こちらを護衛とお伝えしておりましたが、実はフォンブランデイル公爵家の庭師タンジェント・モイヤー、そして途中、公爵夫人マーリアル様にご手配頂き合流した、同じく公爵家の庭師モリエール・ソラスです」
「なんと!公爵家の庭師だと?」
「騙したことはお詫び申し上げますが、我らの目的を秘匿するためでございましたので、何卒御容赦くださるようお願い申し上げます」

 さすがにリリアントも変な顔をする。

「まずはこちらをご覧ください。タンジー、説明を頼む」

 大きな採取かご三つにこれでもかと詰め込まれた花々を見たとき、リリアントは庭がどうなってしまったかと心配になったほど。
 しかしタンジェントの話しが進むほどにそんなことは吹き飛んでしまった。
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