神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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170 ドレイファスも。

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 ハミンバール侯爵家では今、フォンブランデイル公爵家から譲られた泡の水が大ブームとなっている。
 そしてもう一つ、ドレイファスにもらったスートレラはちみつも。
 泡の水に入れても、ブレッドに塗ってもしつこすぎない甘さや爽やかな香りに家族みんなすっかり虜になってしまった。

「はちみつがもうじき無くなってしまうわ」

 リリアントが悲しそうに瓶を覗き込んで呟くと、長女のラライヤも母に強請る。

「早く買ってください、お母さま!」
「これ、スートレラと書かれているから、有名なスートレラ子爵家のはちみつかしらね」

 母の何気ない言葉にルートリアが反応した。

「有名なのですか?」
「そう、スートレラはちみつはその味も香りも素晴らしくて大人気なのよ、予約したくても、予約もなかなかできないの」
「まあ、そんなものを下さったのね」
「ねえ、くださったのよルートリアに」

 にやにやとリリアントが言った。

「お母さま、何ですの?何かおっしゃりたいことでも?」
「いいえ、特には」

 母の答えは待たず、瓶のラベルを見つめていたルートリアが呟く。

「カルルド様に聞いてみようかしら」
「カルルド?誰それ」

 ラライヤが訊ねると、

「スートレラ子爵様のご令息カルルド様ですわ」

 ラライヤとリリアントは顔を見合わせた。

「ええっ?スートレラ子爵家のご令息ですって?なんで知っているの?」
「同級生ですもの」
「なんで早く言わないの!分けてもらえないか聞いてみて!」

 結果から言うと、カルルドにはルートリアへのドレイファスのような忖度はなく、はちみつ欲しかったらグゥザヴィ商会を紹介するとだけ。
 但し、カルルドからの紹介と言ったところグゥザヴイ商会は予約を飛ばして融通してくれたが。

「やっぱりフォンブランデイル公爵の派閥はすごいわね。何か素敵な物を見つけると、たいてい公爵家の派閥から売り出されているのよ、次から次から」

 リリアントが、やっと買えたカルルドのはちみつを眺めながらぽつんと言った。

「公爵様は代々傘下貴族にも教育支援をされていらっしゃるそうですよ」

 ルートリアが小難しそうなことを言うのでラライヤが目を丸くする。

「何それ、どういうこと?」
「カルルド様はドレイファス様の側近候補のおひとりなのですけど、公爵家から家庭教師の派遣や学費支援を受けていらっしゃるそうですわ」
「誰から聞いたの、そんなこと?」

 貴族は経済的なことはあまり話したがらないのが普通だから、リリアントは気になったのだ。

「カルルド様ご本人からですわ。カルルド様が蜂の研究をされていて、それでこのはちみつが採れたそうなのです。素晴らしいと私が申しましたら、公爵家が後援してくださっているからできたのだとおっしゃって。でもカルルド様が特別なのではなく、公爵家は家臣や傘下貴族への教育支援を惜しまず与え、引き立てるというのが家訓なのですって」
「なるほど、優秀な人材を輩出し続けるのは理由があるのね。ハミンバールも見習うところがあるわ」

 リリアントの疑問の目は、ルートリアの言葉に誘導されて公爵家の秘密に辿り着くことはなかった。
そのリリアントはカルルドのはちみつをじっと見つめている。

「はあ、それにしてもこれ、本当に美味しいわ。グゥザヴィ商会で毎回買えるのかしら?」
「さあ、今回は特別ということではございませんか?本当は予約して待たないと買えないそうですから」
「でも予約を飛ばしても売れる分もあったのよね」
「お母さま、それって私たちが割り込んで、予約の方の順番が遅くなってしまっただけじゃありませんか?」

 ラライヤが気がついたことを口にすると、ルートリアもハッとする。

「きっとそうですわ、申し訳ないことを致しました」

 泣きそうな顔をしたルートリアだが、リリアントは違う。

「きっと公爵家の派閥貴族はいつもそうして便宜を図って貰っているのよ。いいわね」





 ルートリアがドレイファスの婚約者になったら、ハミンバール侯爵家も公爵家の派閥貴族と同等の扱いを受けることを許されるのだろうか。
 ハミンバール家の執務室で、エライオとリリアントは例えばフォンブランデイル公爵家とサンザルブ侯爵家の紋をつけて売られているローザリオ・シズルスのソープや、今回の泡の水やスートレラのはちみつなど、公爵家の派閥貴族から売り出される様々な商品に少しでも関わりを持てないか、既に世に出ている物が難しければこれから作られる物でもいい、なんとかその輪の中に入り込めないものかと頭を巡らせていた。

 公爵家派閥の結束は信義・経済とも非常に固く、傘下に下りたいと言っても簡単には認められない。まして自ら派閥を率いている筆頭貴族のハミンバール侯爵家では、もし公爵家派閥に入りたいなどと言えばハミンバール傘下の貴族の動向が不穏になってしまう上、公爵派閥が大きくなり過ぎて王家から睨まれることも間違いない。


「フォンブランデイル公爵と派閥協定を結べるだけでも、かなりありがたいんだがな。あの派閥は末端貴族まで一丸となっていて、驚くほど隙がない」
「ルートリアが言っていたのだけど、フォンブランデイル公爵家は代々傘下貴族に教育支援を続けていて、優秀な者は公爵家で引き立てているそうよ」
「そうか!そうして自ら育て上げている者たちだから離反が少ないのか。すぐに効果が現れるわけでもないだろうが、我らもやってみるか」


 ルートリアをドレイファスの婚約者にするのは、ハミンバール一族の経済基盤をより強固に変えるということなのだ。
 公爵家に認められるため、少しでも印象を良くするためにできそうなことは何でもやろうとエライオは決めていた。


 ドリアンとマーリアルはハミンバール侯爵家の動向を常に探っており、新たに自分たちを手本として教育支援を始めたことを知って、にんまりと笑う。

「派閥が違っていてもお互いに良いところを認めて取り入れられる、ハミンバール侯爵はいいな」
「ええ、あのご夫妻の育てられたお子様なら安心ですわよね」

 公爵夫妻の中ではもうルートリア・ハミンバール侯爵令嬢が、ドレイファスの婚約者として定まった。

「面倒くさいことにならぬよう、早めに申し入れをするか」
「ですわね」
「王家が認めるのに時間がかかるかも知れぬな」
「ありえますわね」
「王家がごねたらどうする?」
「初恋同士、幼いながらも相思相愛と突っぱねてくださいな」

 マーリアルが楽しそうにカラカラと笑い声をあげ、続けた。

「ふたり一緒の姿を見たら、誰だって納得すると思いますわ」
「ではドレイファスを呼んでくれ」

 執務室に呼ばれたドレイファスは、両親が揃っているのを見て嫌な予感に襲われた。

「あの・・・」
「先日話したとおり、ドレイファスの婚約申し入れを決めた。王家の承認が必要なため、正式に相手と調印できるようになるのはまだだいぶ先になるだろうが、心の準備が必要だろうから伝えておこうと思ってな」
「あの・・・、そ、それは」
「誰かは秘密だ」
「ええっ!なぜ」

 楽しそうなマーリアルが小鳥が囀るようにドレイファスに語りかける。

「だって王家が認めないと成立しないのよ。聞いて期待して、成立しなかったら悲しいでしょう?」
「え?なにそれ・・・」

 予想外のことを言われて、ドレイファスはぽかんと口を開けたまま思考停止した。

「あら、いやだドレイファス大丈夫?ねえ?心配しないで。お相手は貴方が大好きなご令嬢だから」

 マーリアルと同じドレイファスの碧い目が、ゆっくりと母を見た。

「ぼくが・・・大好きなご令嬢って、だ・・れ?」

 まわりにはわかっても、まだまだ初恋の自覚のないドレイファスだった。





 数日後。
 エライオ・ハミンバール侯爵に、ドリアン・フォンブランデイル公爵より正式な書状が届けられた。

 エライオとリリアントは手を取り合って喜んだが、書状にあった、正式に承認があるまで侯爵夫妻の胸に納めておくことという指示のため、うれしくて口がムズムズするのに我慢の日々を送った。

 承認が下りた日、ドリアンとエライオは王宮に呼び出され、大きな派閥を率いる筆頭貴族同士の婚約の理由を国王陛下直々に訊ねられた。
 もちろん、マーリアルに言われたとおりに口裏を合わせて乗り切った。

「ふたりはこの二年を学院でともに過ごし、幼いながらも初恋同士の相思相愛。故に我らも派閥を超えて申し入れを行ったのでございます」

 ドリアンは正直こんな言い訳が通じるものかと疑問に思っていたのだが、国王陛下は普段がくそ真面目なドリアンだからこそ、こどもの初恋を真剣に叶えようとしているのだと考え、通常より時間はかかったが無事に婚約が成立することになった。

「ドレイファス様、ドリアン様がお呼びでございます」

 マドゥーンがやって来て呼ばれるなど、絶対に悪い話に違いないと、ドレイファスはわかりやすく項垂れ、レイドに手を引かれて執務室に現れた。

「ドレイファス、国王陛下の承認が下りた」

 それを聞きたくなかったと、ドレイファスは肩を落とす。できれば耳も塞ぎたいほどの絶望感が胸に広がる。

「相手は」

 せめてもの抵抗にぎゅっと目を強く瞑る。

「ハミンバール侯爵家のルートリア嬢だ」
「・・・・・・?」

 ドレイファスはそろそろと目を開け、父を見る。

「おまえの同級生のルートリア・ハミンバール侯爵令嬢だ」
「え?ルートリア嬢?」
「ドレイファス、ルートリア嬢好きでしょう?」

 マーリアルが畳みかけた。

「う、うそ!ルートリア嬢何も言ってなかった」
「ああ、国王陛下の承認が下りるまでは秘密にしていたから、今頃聞いておるだろう」

 ドレイファスはレイドの手を掴んだまま、ふらふらと歩いて執務室を出ていった。

「あら、衝撃強すぎたかしらね?」

 狙い通りにすべてうまくいっているマーリアルは機嫌が良い。
暫くはぎくしゃくするだろうが、あのふたりならきっとずっと仲良くいられるだろうと、ドレイファスの揺れる背中を見守っていた。
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