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166 父は初めて知った

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 夏も終わろうとする頃。
 ローザリオが試作を重ねてようやく完成したポンプとタンクを湖に設置し、皆で試運転を見守った。
せっかくの美しい景色を損ねないように、木陰に隠れるようにと場所には工夫して。
魔石を使い動かしてみると、静かな、まるでそっと水を飲み込むような音が聞こえてくる。

「上手くいったようだ」
「そのようですね」

 ローザリオは満足そうに腕を組んで湖面の動きを追っている。

「一日一回タンクいっぱいに汲んだら、その日の採水は止めるから。いくら豊富な水源があると言っても、限界を決めておくことは大切だからな」
「タンクいっぱいで、どのくらいの量になるんですか?」

 シエルドがローザリオに訊ね、わからんと首をふるローザリオをドレイファスはぼんやりと見ていた。
 自分も最近がんばってると思うのだが、シエルドにはいつも置いていかれている気がして。
寂しいような悔しいような、もっと何かやれることはないのかと焦ったりもする。

「汲むのはいいが、まだ瓶が出来上がっていないんだ。瓶の大きさが決まらないと、いっぱいのタンクで何本できるかわからないだろう?」

 ちなみに瓶は筒形をしていて、コルクのような木の蓋をはめ込む意匠になっていて、その瓶の大きさで揉めているのだ。
 大きな瓶だと本数が少なくなり、重くて持ち運びが大変だとか、小さな瓶だと持ち帰りは簡単だが、瓶がそこまで多く作れそうにないなど、みんなで喧々囂々して。

「ローザリオ先生。訊いてもいいですか?」
「もちろんですよ、何でしょう」

 少し屈んだローザリオが、ドレイファスと目線を合わせて聞き返す。

「瓶、大きいのと小さいのと作るのはダメなんですか?」

 素朴な質問だったが、そう言われてみればそうだと思い至る。

「ドレイファス様、そうだっ!それでいきましょう!ああ、何故思いつかなかったんだ!一つの大きさに拘るなんて必要なかった。瓶は大中小でもいいかもしれませんね。ありがとうございますっ!」

 そう言って走り出す。

「師匠!」
「ああ、シエルドは自由時間だ、ちょっと行ってくるのでアーサ、シエルドのこと頼むな」

 風が駆け抜けるようにローザリオが消え去って、

「ローザリオ先生どうしたの?」
「何か閃いたみたい」
「いつもあんななの?」
「うん、割とね」

 淡々と言うシエルド。
王都一の錬金術師であるローザリオの弟子だなんて羨ましいと思っていたドレイファスだが、ここ暫くを共に別邸で過ごすうち、おとななのにすごくこどもっぽかったり、急に何か始めたり止めたりとその慌ただしさや唐突さに驚いてしまい、ローザリオと長い時間を過ごしているシエルドってすごいなと思うようになっていった。

 ─僕にはちょっとむりかも─

 素顔のローザリオを知ってシエルドを羨ましがる気持ちが薄れ、シエルドもあの師匠の元でがんばっているんだから自分も一生懸命がんばろうという素直な気持ちになれたのだった。


 ドレイファスの一言をヒントに、走り出したローザリオは瓶の試作をしている陶芸工房へ向かっていた。
 どうして一つの大きさに拘っていたのやら。
買う立場になればいくつかの大きさから選べるほうがいい。

「こんにちは、ドーザーはいるかな?」
「おや、ローザリオ様。いらっしゃいませ」
「ああよかった!例の瓶なのだが三種類作ってもらうのはどうだ?」
「三種類といいますと?形を?」
「いや、大きさだよ。用途に合わせられるよう大中小で用意するのはどうかと思ってね」
「なるほど、ではちょっとお待ちください」

 職人ドーザーは、作業小屋の奥から何種類かの瓶を持って現れた。

 元々作ってあった試作品の中間の大きさだが、微妙に大きすぎたり小さすぎて、ぱっと見た感じ今あるものとたいして変わらない。

「これとこれの間のものを一つ作ってみてくれないか?」

 ローザリオが指示を出す。


「シズルス様はいつまでこちらにご滞在されますか?」
「あと四日、それが限界だ」
「では明日お届けいたします」



 翌日ドーザーから届けられた三つの大きさの瓶何本かに泡の水を詰めたローザリオが、ドリアンにこれで泡の保ちを確認すると伝えると、それをシエルドに委ねた。
 学院がじきに始まるため、ドーザーにできる限り多くの瓶を作ってもらい、ローザリオの馬車半分以上を瓶が占めるほどに積み込んで、それぞれが帰宅の途につく。
 馬車が重くなり過ぎて馬がかわいそうだと、二頭引きから急遽四頭引きにローザリオがハーネスを取り付け直したほどの荷物であった。
 ちなみに水を詰めた瓶は観察係のシエルドが持ち帰り、毎日一瓶開けて泡の保ちを確認している。
がっちり閉められた蓋は、まだシエルドには開けられないのでアーサが開けてやって。
 そして蓋を開けた泡の水は、シエルドやワルターたちが毎日食事とともに腹におさめている。

「うん、これは喉越しがよくて気持ちいいな!早く売り出してもらいたい」

 そう言いながら。

 ドリアンにシエルドからの結果が届いたのは二か月後。
 土産として持ち帰ったあと飲むため、賞味期限の目安である。泡のそのものの保ち、瓶の性能などで移動の間に泡が抜けてしまわないかなどを確認した。
 ドリアンが一ヶ月保てば及第点と言っていたので、念を入れ二か月調査していたのだ。

「よし、ではこれをノースロップ名物として売りに出そう。グゥザヴイ商会を呼べ、地元に還元できる販売方法を相談したいと」

 泡の水を汲み、瓶に詰めて製品化する工房はミルケラが管理する合同ギルドのノースロップ支店が行うが、働く者はすべて地元の平民たちである。
 グゥザヴィ商会にも支店を置かせて、一旦そこに納入し、地元の土産物屋や宿屋と食堂は超優待価格で卸す。
 たくさん欲しい公爵家はというと、今までのように公爵邸内で密かに作ったものとはわけが違うので、優待価格でグゥザヴィ商会から買うと決めた。
地元の民の利益は大切だから。

 公爵家傘下の貴族へはグゥザヴイ商会から直接優先販売するが、採取量を守るために他貴族には流さない。万一横流しなどをした場合は厳罰に処すとルールを決めた。
 公爵家や傘下貴族が土産として広めつつ、ノースロップに行かないと買えない物にする戦略である。

 折しも秋真っ盛り。
 ガーデンパーティーによい季節を迎え、公爵家傘下の各貴族たちは茶会のメニューに新しい泡の水を使ったドリンクを取り入れて、ノースロップを宣伝した。
 旅人が増えたことで宿が増設され、仕事が増えることで町や人々が潤うと、泡の水を見い出し、事業を起こしたドリアンに感謝の目が向けられるようになった。

「さすが領主様だ!公爵様の民でよかった!」

 自分を讃える声を耳にして、ドリアンは初めて、料理長ボンディが言っていたことが理解できた。

「ドレイファスの手柄を掠めているよう・・・か。なるほどな、今なら私にもそれがわかる」

 ─もし自分が【神の眼】を今も持ち続けていたらどうだっただろう─

 もし先代公爵が、自分が視たもの、作ったものを他者の名で世界に送り出すのは、おまえを守る為だから僻むな妬むなと言ったら、自分はそれを受け止められただろうか。
 そう考えるとドレイファスが幼いなりに理解して、素直にまわりに感謝の気持ちを伝えられるというのはすごいことだと思えた。

 ドレイファスの顔が見たくなり、マドゥーンに訊くと離れに行っていると言う。

「離れに行く」

 ドリアンが離れに足を運ぶのはずいぶんと久しぶりだ。地下通路を抜け、小さな扉を開けて外に放り出されると抜けるような青空と深い緑、無数のスライム小屋が目に入る。

「こんなに?いつの間にこんなに増えたんだ」

 前に来たときはまだ数棟だった。
眼下の光景に立ち尽くして目を見張っていると、ドレイファスが駆け寄ってきた。

「お父さまっ!どうしたのですか?」

 妻そっくりの愛おしい愛息子は満面の笑顔だ!

「ドレイファスの顔を見に来たのだよ」

 腰を屈めて顔を寄せ、視線を合わせて一緒に笑う。
陽の光に照らされて、いつもよりさらに美しく光る金色の髪が眩しいほど。

「それにしてもすごいな、想像以上に広がっていて驚いたよ」
「お父さま、そういえばスローバードは見ましたか」
「あっ!まだだ」

 落下したものを捕まえて飼い始めたと聞いてはいたが、興味がなかったので見に来ようとも特には思わなかったのだ。

「僕、案内します」

 後ろにレイドを従えて。
ドリアンと手を繋いで、畑の中を引っ張っていくと。

「あっ!ドリアン様!」

 ヨルトラが頭を下げたので軽く手を振ると、次から次から庭師たちが頭を下げるので挨拶を交わして。
 畑を抜け、スライム小屋の隙間を通り過ぎると、牛の鳴き声が聞こえてくる。
 マーリアルが設えた牧場の手前に、これまた見慣れぬいくつかの小屋が建てられ、鳥の羽が散らばり始めた。

「一番大きな小屋がスローバードのです!」

 近寄ると、知らない人間を警戒したスローバードが奇声を上げた。

「クェーッ」
「こらこら、ぼくのお父さまにそんな風に言わないの!」

 ドレイファスがまるで人に言うように鳥に注意を与えると、スローバードはこてんと首を傾げて話しを聞いているように見える。

 ドリアンは、いつも見てわかっているつもりだったドレイファスが知らないところでどんどんと成長していくのだと、うれしいようなさびしいような、一瞬を見逃すことのもったいなさを感じていた。
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