神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

文字の大きさ
上 下
162 / 272

163 錬金術師、合流

しおりを挟む
 ノースロップ湖では、ひとりだけで帰るのは止めたドリアンがのんびり寛いでいた。
小さな小舟を浮かべて、その中に寝そべり、ひなたぼっこをしている。
 一度酷い船酔いを経験してから、船酔いをしなくなり、とっても快適に湖面の舟に揺られているところだ。

「ドーリアーンさまー」

 誰かの呼ぶ声が聞こえ、ひょこりとボートから顔を上げると、手を振るものがいる。
 目を凝らすと、ローザリオだった!

「え?先触れきたか?」

 来てくれるとは知らせがあったが、いつ来るのかわからないまま、当てもなく待っていたのだ。
 ひとりブツブツと呟きながら、ドリアンがオールをせっせと漕いで岸に戻ると、さっきまでの自分の文句などなかったかのように晴れやかに笑って語りかける。

「ローザリオ殿!遠路はるばるの御来訪感謝する!」

 がっつり握手をして挨拶を交わす。

「おお、シエルドとアーサもよく来てくれたな。今ドレイファスたちは昼寝中のはずだから、まずは、湯浴みして夕餉まで休むと良いぞ」

 侍女の一人が別邸を案内しに来てくれた。
ローザリオのための客間とシエルドにはアーサの控えの間がある客間を。もちろん御者も使用人たちの部屋をあてがわれている。

「あら、そちらの方は?」
「ウィザさんは初めてですか?」

 白狼を連れたウィザが廊下を歩いてきて、三人を見咎めた。

「ドリアン様がお呼びになられました錬金術師ローザリオ・シズルス様と、サンザルブ侯爵様の御令息シエルド様、その護衛アーサ・オウサルガ様でございます。こちらはノエミ様の護衛となりましたウ」
「ウィザ・メラニアルと申します」

 ウィザは深く腰を折って頭を下げ、挨拶をした。

「その白狼は?」
「私がテイムしております」
「ほお、テイマーか」

 ローザリオは興味を持ったようで、もっと話しを続けたそうだったが、シエルドかやたらと欠伸を続けるもので、しかたなく客間へといざなわれていった。

「機会あればぜひテイムスキルについて教えてくれ」

 一言叫んで。



 ドレイファスたちが昼寝から目覚めると、なぜかシエルドがいた。

「うそ!シエルどうしたの?いつ来たの?来るなら教えてよ~!」

 ドレイファスの絶叫に、トレモルとボルドアが、そして普段こども部屋にいて会うことがなかったノエミが廊下に姿を現した。

「師匠がドリアン様に呼ばれてさ」
「あ!きっとしゅわしゅわ水のことだ」
「しゅわしゅわ水?なにそれ」
「あとで飲ませてあげるから楽しみにしてて」

 少年たちが盛り上がっていると、とてとてと近づいてきた小さな女の子がシエルドをじーっと見つめていることに気がついた。

「ノエ!どうしたの?ウィザと一緒じゃないの?」

 さっとドレイファスが抱き上げる。

「にいしゃま、あのおにいしゃまはどなたでしゅか」

 目線を追うと、シエルドにたどり着く。

「あれ?ノエはシエルドに会ったことなかった?」
「ない。その子は?」

 ドレイファスが実にうれしそうに頬を擦り寄せながら

「めちゃくちゃかわいい僕の妹のノエミだよ」
「ノエでしゅ」

 にこにこにこっとドレイファスそっくりの容貌を持つ少女が挨拶をした。

「ふふ、かわいいね。僕はシエルド・サンザルブ。よろしくねノエミ嬢」
「はいっよろしくおねがいしましゅ」
「ノエを部屋に連れて行くから、先に厨房に案内していて」

 トレモルとボルドアが、そしてシエルドが、もみじのような小さな手をぶんぶんと振るノエミに手を振り返して見送った。

「ドルの妹初めて見たぞ」

 シエルドが本当に驚いたように言ったので、トレモルがその疑問を解消するように答えた。

「まだ普段はこども部屋にいるからね。食事も部屋食だし、護衛が先に決まったけど、マナー教師は今探してるって聞いたよ」
「そっか。マナー前じゃ、人前には出てこないよな」

 ふと見ると、ドレイファスに抱かれたノエミはまだ手を振っている。

「かーわいいなあ」

 このとき手を振り返してやったシエルドは、窓から射し込む夕日に照らされて、いつもの3倍増しくらいの目が眩むような美少年に見えた。

「シエルドしゃま、手を振ってくれた!」

 幼いノエミの目にも、その美しさは焼き付いたのだった。






 厨房に行くと、見慣れたボンディが鉄鍋を振るっている。

「おや?シエルド様ではありませんか!」
「こんにちは。なんかドリアン様に師匠が呼ばれました」
「ああ、これですね」

 ボンディがふたを閉めた瓶を振って見せた。

「何ですか、それ?」
「今、お出ししましょう。ドレイファス様は?」
「これから来ると言っていました」
「畏まりました。では味をお選び頂きましょうか」
「味を選ぶ?」

 ボンディが、オレルの実や数種類の風味の違うはちみつなどをテーブルに並べると、トレモルとボルドアが好きなものに手をのばしていく。

「シエルはどれにする?ぼくのおすすめはミンツのはちみつだよ」

 トレモルもボルドアも同じものを差し出してきたので、シエルドは素直にそれを選ぶことにする。

「みなさま同じでよろしいでしょうか?」

 こくこくとこどもたちが頷いたので、まだ来ていないドレイファスやグレイザールと世話をしているだろうローライトの分も、ミンツはちみつで味をつけたしゅわしゅわ水を作ってやった。

「あの、できたら師匠とアーサの分もお願いしたいのだけど」
「ああ!なるほどそうですね。では追加しましょう。そうだ!シエルド様、氷魔法で少しだけ冷やして頂けないでしょうか?」

 ボンディが全員の分をトレーにのせると、訊ねた。

「どこで飲まれますか?」
「外のテーブルがいい!」

 廊下からドレイファスの声が響くと

「はーい、そのように」

 ボンディが大きな声で返事をした。
声は聞こえてもドレイファスは現れない。
シエルドは気になったことをトレモルに訊ねた。

「トリィ、外のテーブルって?」
「うん、食事は外にテーブル置いて食べるんだよ。行こう!」
「じゃあ師匠たち呼んで来なくちゃ」
「シエルド様は皆様とお先にどうぞ。私がお連れしますからね」

 トレーを持ったまま、ボンディがすたすた客間の方へ歩いていくと、トレモルがシエルドの手を引いて駆け出した。ボルドアもついて走り出す。

「わわ、待ってよ!」
「すっごい景色なんだよ、早く見に行こう!」

 するりと前に抜け出したボルドアが扉を開け放つと、シエルドの目の前に美しい湖の全景が開けた。

「え・・・」
「すごいだろ?すっごいきれいなんだ、ここからの夕日!」
「ほんとだ・・・すご」

 いつも冷静なシエルドが呆然と、景色に見惚れていると、背後からローザリオの声がシエルドを包む。

「うわ、なんと素晴らしいんだ!」
「師匠!」
「この景色を見ただけでも来てよかったな」

 ふたりで、いや控えているアーサと三人でぽけっと見惚れていると、ボンディの声がした。

「さあ、ぬるくなる前におあがりください」

 テーブルに手早くとコップを並べていくと、トレモルとローザリオがほぼ同時に手を伸ばし、トレモルは飲み干し、ローザリオは覗き込んだ。

「泡が立っている?ん?泡が生まれてきては、消えていくのか?なんだこれ、泡はどこから現れるのだ?」
「おいしいから、泡消える前に飲んでくたさいローザリオ先生!」

 追いついてきたドレイファスが早く飲めと急かした。

「ドル、どこに行ってたの遅かったね?」
「ノエがぼくからなかなか離れなくてさぁ」

 くっついて離れない妹にデレながら、宥めすかして部屋に置いてきたのだ。
トレモルは見慣れている。
ボルドアも前にノースロップに来たときに見て、へぇぇドルってそうなんだ!と経験済。
 妹がいることは知っていても、妹といる姿は初めて見たシエルドは、デレデレしたドレイファスに戸惑いを隠せない。

「何、じっと見て」
「なんか、目尻たれてるんじゃない?」
「ええっ」

 両手で目尻を押さえて引き上げようとしたので、みんな一斉に吹き出した。

「ドレイファス様、シエルドの冗談ですから。こらシエルド!」

 ローザリオにメッ!とされてペロリと舌を出したシエルドは反省なんかしていないが。

「あの、早く飲んでくださいませんか?泡出なくなっちゃいますよ」

 ボンディに注意されて、皆の注意がコップに戻った。

「そうだ、このあわあわしたのは何だね?」
「それを調べてもらいたくて、ドリアン様はローザリオ様をお呼びになられたのですよ」

 ボンディの答えに、ひとつ疑問が湧いた。

「正体がわかっていないのに、飲んで大丈夫なのかね?」
「はい、地元の者は腹がむかむかするときなどに飲んでいるそうですから」
「腹がむかむか?飲むと良くなるのかね?」
「そう思っているらしいですよ」

 ドリアンが何を期待して自分を呼んだのか、だいたい想像がついてきたローザリオだった。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

異世界無宿

ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。 アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。 映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。 訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。 一目惚れで購入した車の納車日。 エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた… 神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。 アクション有り! ロマンス控えめ! ご都合主義展開あり! ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。 不定期投稿になります。 投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...