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163 錬金術師、合流

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 ノースロップ湖では、ひとりだけで帰るのは止めたドリアンがのんびり寛いでいた。
小さな小舟を浮かべて、その中に寝そべり、ひなたぼっこをしている。
 一度酷い船酔いを経験してから、船酔いをしなくなり、とっても快適に湖面の舟に揺られているところだ。

「ドーリアーンさまー」

 誰かの呼ぶ声が聞こえ、ひょこりとボートから顔を上げると、手を振るものがいる。
 目を凝らすと、ローザリオだった!

「え?先触れきたか?」

 来てくれるとは知らせがあったが、いつ来るのかわからないまま、当てもなく待っていたのだ。
 ひとりブツブツと呟きながら、ドリアンがオールをせっせと漕いで岸に戻ると、さっきまでの自分の文句などなかったかのように晴れやかに笑って語りかける。

「ローザリオ殿!遠路はるばるの御来訪感謝する!」

 がっつり握手をして挨拶を交わす。

「おお、シエルドとアーサもよく来てくれたな。今ドレイファスたちは昼寝中のはずだから、まずは、湯浴みして夕餉まで休むと良いぞ」

 侍女の一人が別邸を案内しに来てくれた。
ローザリオのための客間とシエルドにはアーサの控えの間がある客間を。もちろん御者も使用人たちの部屋をあてがわれている。

「あら、そちらの方は?」
「ウィザさんは初めてですか?」

 白狼を連れたウィザが廊下を歩いてきて、三人を見咎めた。

「ドリアン様がお呼びになられました錬金術師ローザリオ・シズルス様と、サンザルブ侯爵様の御令息シエルド様、その護衛アーサ・オウサルガ様でございます。こちらはノエミ様の護衛となりましたウ」
「ウィザ・メラニアルと申します」

 ウィザは深く腰を折って頭を下げ、挨拶をした。

「その白狼は?」
「私がテイムしております」
「ほお、テイマーか」

 ローザリオは興味を持ったようで、もっと話しを続けたそうだったが、シエルドかやたらと欠伸を続けるもので、しかたなく客間へといざなわれていった。

「機会あればぜひテイムスキルについて教えてくれ」

 一言叫んで。



 ドレイファスたちが昼寝から目覚めると、なぜかシエルドがいた。

「うそ!シエルどうしたの?いつ来たの?来るなら教えてよ~!」

 ドレイファスの絶叫に、トレモルとボルドアが、そして普段こども部屋にいて会うことがなかったノエミが廊下に姿を現した。

「師匠がドリアン様に呼ばれてさ」
「あ!きっとしゅわしゅわ水のことだ」
「しゅわしゅわ水?なにそれ」
「あとで飲ませてあげるから楽しみにしてて」

 少年たちが盛り上がっていると、とてとてと近づいてきた小さな女の子がシエルドをじーっと見つめていることに気がついた。

「ノエ!どうしたの?ウィザと一緒じゃないの?」

 さっとドレイファスが抱き上げる。

「にいしゃま、あのおにいしゃまはどなたでしゅか」

 目線を追うと、シエルドにたどり着く。

「あれ?ノエはシエルドに会ったことなかった?」
「ない。その子は?」

 ドレイファスが実にうれしそうに頬を擦り寄せながら

「めちゃくちゃかわいい僕の妹のノエミだよ」
「ノエでしゅ」

 にこにこにこっとドレイファスそっくりの容貌を持つ少女が挨拶をした。

「ふふ、かわいいね。僕はシエルド・サンザルブ。よろしくねノエミ嬢」
「はいっよろしくおねがいしましゅ」
「ノエを部屋に連れて行くから、先に厨房に案内していて」

 トレモルとボルドアが、そしてシエルドが、もみじのような小さな手をぶんぶんと振るノエミに手を振り返して見送った。

「ドルの妹初めて見たぞ」

 シエルドが本当に驚いたように言ったので、トレモルがその疑問を解消するように答えた。

「まだ普段はこども部屋にいるからね。食事も部屋食だし、護衛が先に決まったけど、マナー教師は今探してるって聞いたよ」
「そっか。マナー前じゃ、人前には出てこないよな」

 ふと見ると、ドレイファスに抱かれたノエミはまだ手を振っている。

「かーわいいなあ」

 このとき手を振り返してやったシエルドは、窓から射し込む夕日に照らされて、いつもの3倍増しくらいの目が眩むような美少年に見えた。

「シエルドしゃま、手を振ってくれた!」

 幼いノエミの目にも、その美しさは焼き付いたのだった。






 厨房に行くと、見慣れたボンディが鉄鍋を振るっている。

「おや?シエルド様ではありませんか!」
「こんにちは。なんかドリアン様に師匠が呼ばれました」
「ああ、これですね」

 ボンディがふたを閉めた瓶を振って見せた。

「何ですか、それ?」
「今、お出ししましょう。ドレイファス様は?」
「これから来ると言っていました」
「畏まりました。では味をお選び頂きましょうか」
「味を選ぶ?」

 ボンディが、オレルの実や数種類の風味の違うはちみつなどをテーブルに並べると、トレモルとボルドアが好きなものに手をのばしていく。

「シエルはどれにする?ぼくのおすすめはミンツのはちみつだよ」

 トレモルもボルドアも同じものを差し出してきたので、シエルドは素直にそれを選ぶことにする。

「みなさま同じでよろしいでしょうか?」

 こくこくとこどもたちが頷いたので、まだ来ていないドレイファスやグレイザールと世話をしているだろうローライトの分も、ミンツはちみつで味をつけたしゅわしゅわ水を作ってやった。

「あの、できたら師匠とアーサの分もお願いしたいのだけど」
「ああ!なるほどそうですね。では追加しましょう。そうだ!シエルド様、氷魔法で少しだけ冷やして頂けないでしょうか?」

 ボンディが全員の分をトレーにのせると、訊ねた。

「どこで飲まれますか?」
「外のテーブルがいい!」

 廊下からドレイファスの声が響くと

「はーい、そのように」

 ボンディが大きな声で返事をした。
声は聞こえてもドレイファスは現れない。
シエルドは気になったことをトレモルに訊ねた。

「トリィ、外のテーブルって?」
「うん、食事は外にテーブル置いて食べるんだよ。行こう!」
「じゃあ師匠たち呼んで来なくちゃ」
「シエルド様は皆様とお先にどうぞ。私がお連れしますからね」

 トレーを持ったまま、ボンディがすたすた客間の方へ歩いていくと、トレモルがシエルドの手を引いて駆け出した。ボルドアもついて走り出す。

「わわ、待ってよ!」
「すっごい景色なんだよ、早く見に行こう!」

 するりと前に抜け出したボルドアが扉を開け放つと、シエルドの目の前に美しい湖の全景が開けた。

「え・・・」
「すごいだろ?すっごいきれいなんだ、ここからの夕日!」
「ほんとだ・・・すご」

 いつも冷静なシエルドが呆然と、景色に見惚れていると、背後からローザリオの声がシエルドを包む。

「うわ、なんと素晴らしいんだ!」
「師匠!」
「この景色を見ただけでも来てよかったな」

 ふたりで、いや控えているアーサと三人でぽけっと見惚れていると、ボンディの声がした。

「さあ、ぬるくなる前におあがりください」

 テーブルに手早くとコップを並べていくと、トレモルとローザリオがほぼ同時に手を伸ばし、トレモルは飲み干し、ローザリオは覗き込んだ。

「泡が立っている?ん?泡が生まれてきては、消えていくのか?なんだこれ、泡はどこから現れるのだ?」
「おいしいから、泡消える前に飲んでくたさいローザリオ先生!」

 追いついてきたドレイファスが早く飲めと急かした。

「ドル、どこに行ってたの遅かったね?」
「ノエがぼくからなかなか離れなくてさぁ」

 くっついて離れない妹にデレながら、宥めすかして部屋に置いてきたのだ。
トレモルは見慣れている。
ボルドアも前にノースロップに来たときに見て、へぇぇドルってそうなんだ!と経験済。
 妹がいることは知っていても、妹といる姿は初めて見たシエルドは、デレデレしたドレイファスに戸惑いを隠せない。

「何、じっと見て」
「なんか、目尻たれてるんじゃない?」
「ええっ」

 両手で目尻を押さえて引き上げようとしたので、みんな一斉に吹き出した。

「ドレイファス様、シエルドの冗談ですから。こらシエルド!」

 ローザリオにメッ!とされてペロリと舌を出したシエルドは反省なんかしていないが。

「あの、早く飲んでくださいませんか?泡出なくなっちゃいますよ」

 ボンディに注意されて、皆の注意がコップに戻った。

「そうだ、このあわあわしたのは何だね?」
「それを調べてもらいたくて、ドリアン様はローザリオ様をお呼びになられたのですよ」

 ボンディの答えに、ひとつ疑問が湧いた。

「正体がわかっていないのに、飲んで大丈夫なのかね?」
「はい、地元の者は腹がむかむかするときなどに飲んでいるそうですから」
「腹がむかむか?飲むと良くなるのかね?」
「そう思っているらしいですよ」

 ドリアンが何を期待して自分を呼んだのか、だいたい想像がついてきたローザリオだった。
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