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160 ノエミの護衛

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 夏休みに入ると、フォンブランデイル公爵家はノースロップ湖へ、みんなで避暑に向かう。
 前回ボルドアとローライト・ヤンニル兄弟を一緒に連れて行ったが、今回も一緒に。もちろんトレモルも。

 グレイザールが大喜びでローライトに絡みついているのを悪いと思いながら、ドレイファスは今回の旅に同行したウィザ・メラニアルの白狼ストームブリードに絡みついていた。

「ノエミもなでなでしたいの」

 同じ馬車に乗りたがるが、少年たちと白狼を連れたウィザが乗り込むと中はぱんぱん!
 諦めさせようとするのだが、誰より可愛がっている愛しい妹に泣きそうな顔をして見つめられるとドレイファスは弱い。

「うううううん、どうしようかっ」

 困り果てたドレイファスに、ウィザが提案する。

「スチューはみなさんとこちらに乗せてもらって、私は御者台に乗りましょう!」

 そしてメルクルのいる御者台へ向かう。
御者のホーシンもいるのでちょっと狭そうだが、メルクルと身を寄せ合って乗り込んだ。
 馬に乗るワーキュロイはニヤニヤとふたりを見ている。レイドはマトレイドから話を聞いていたので見守ることにした。

「では出発いたしますよ」

 ノースロップまでは馬車で一日半。
今回はウィザだけが初めて。
他はみんな長い道のりも慣れたものだ。

「なんだ?」

 メルクルがウィザの異変に気づいて訊ねると

「久しぶりにこんなに長い時間馬車に揺られたから、お尻が痛くなっちゃったわ」

 貴族のご令嬢なら絶対に口にしないだろう事をケロリと言う。

「そうか。じゃあこれを敷いておけ」

 肩掛け鞄から折り畳まれたキルトケットを出して渡してやる。

「ありがとう、助かるわ」

 ウィザは遠慮もせずにささっとお尻の下に敷くと、満足そうな顔をした。

「メルクルとミルケラさんって顔が本当にそっくりね」
「あれ?ミルに会ったのか」
「ええ。間違えて声かけちゃった」
「兄弟の中ではミルが一番似てるからな」
「他にもいるの?」
「ああ、うちは男八人女一人の九人兄弟なんだ」

 ウィザが目を丸くしてメルクルを見つめる。

「多いってよくからかわれるよ」
「ち、違うのよ。実は私も九人兄弟で」
「えええ?本当に?」
「うちは女六人と男三人だけど。だから早く家を出なければならなくて」
「冒険者になった?嫁に行かずに?」
「失礼ね!まあ、でも本当にそうなんだけど。持参金もなかったし、幸い適性があったみたいで、早いうちに冒険者としてやっていけるようになったから」

 それからふたりは大いに盛り上がった。
 メルクルはウィザの肩を自分の肩で軽くつついて、くすくすと笑い、ウィザはメルクルの腿を叩きながら笑い転げ、それぞれの大家族ならではの面白エピソードを話しまくる。
 早くに剣の才能を見出されて辺境伯家の規律厳しい騎士団に放り込まれたメルクルは、まわりにほとんど女性がいなかった。
近隣諸国からの侵入を取り締まる国境警備や魔物との戦い、辺境伯騎士団は死と隣り合わせ故に女性や賭事に溺れる者もいたが、メルクルはだからこそ常に身辺をきれいにし、物作りに没頭して恐怖と向き合っていたのだ。女性とこんなに楽しく話したことは初めてかもしれなかった。

 宿に着いたとき、ふたりは本当に打ち解けていて、ワーキュロイは護衛のシフトをふたり一緒にさせ、自分はあえての別行動で様子をみることにした。

「ワーキュロイさん!」
「レイドか。なんかいい感じになってきたな」

 もちろんメルクルはまわりの意図など知らずにいるのだが、皆の「こうなったらいいな」という方向にどんどんと引き込まれていった。

 一晩を宿で過ごし、翌日の昼にノースロップ湖畔の別邸に着く。
 今回は、ドリアンが先に帰ることになっているが、いつものように三泊ではなく最低でも七日は逗留する予定だ。

「今度こそ湖で泳いでみせる!」

 これ、ドレイファスの夏の目標である。
逗留の予定が長くなったのも、元はドレイファスが泳ぎの練習に三日では短すぎるとぽろりと泣いたから。
 トレモルとボルドアはワーキュロイとたっぷり鍛錬してどちらがより強くなるかで燃え、ローライトは公爵家に世話になっている礼にグレイザールのお相手をするのだと決めている。
 それぞれが、やること、やりたいことを胸に秘めて美しい湖畔へとやって来たのだった。


 荷物を解き、こどもたちはまず湯浴みしてお昼寝を。
 日が落ちるまでに、湖畔にテーブルをセットして、夕日を見ながら美味しい食事を頂くことから本格的な避暑が始まる。


「ドリアン様、マーリアル様、お食事の用意ができました」

 侍女のカラが迎えに来て、給仕をする使用人以外の全員が席につくと。
 ウィザがきょろきょろと辺りを見回し、心配そうに同じテーブルのメルクルに小さな声で訊ねた。

「ねえ、本当にいいの?公爵閣下と奥方様が座られているのに、私たちもここにいて」

 こくんと頷き、メルクルが答える。

「このノースロップ別邸では、ドリアン様は毎回、使用人たちもテーブルにつかせてくださるんだ」
「本当に?そんな貴族がいるなんて驚きだわ」

 心から感嘆したように呟き返す。

「フォンブランデイル公爵家の皆様は、いろいろと規格外なんだ。お仕えする甲斐があるよ。待遇がいいのはもちろんなんだが、使用人も大切にしてくださるんだよなあ、本当に。辺境伯家からここに移れて、弟に感謝しかない」
「辺境伯家?」
「ああ、前は、辺境伯騎士隊にいたんだが、こっちにこいってミルが言ってくれてね」
「辺境伯騎士隊!辞めたの?うそ!そんなもったいない!」

 にっこりとメルクルが笑うと、傾き始めた夕日がその彫りの深さを強調した。

「うん、辺境伯騎士隊が世間的にどう評価されているかは知っているんだが、常に死と隣り合わせだし、ミルに危ないから辞めてくれって頼まれてね」

 ステイタスの高い仕事を辞めるなんてと思ったが、給料やステイタスよりメルクルの身の安全を願ったミルケラの想いを聞いて、ウィザは恥ずかしくなった。

「ごめんなさい、もったいないなんて言って」
「いや、向こうでもかなり言われたよ。でもね、こっちに来たら、公爵家の騎士団のほうが休みは多いし俸給高いし、寮だってまさかの個室で新品のふかふか寝具まで用意されてて!しかもあの食事が三食支給なんて、なんだこりゃー!って思ったよ。結果的に全然もったいなくなかったのさ」

 楽しそうに幸せそうに話すメルクルを見て、ウィザはとても羨ましくなった。

「ねえメルクル、前に公爵家にお仕えしたらって言ってくれたじゃない?平民の私でもそんなこと叶うのかしら?」

 夢かもしれない。
平民の一冒険者に過ぎない自分が、公爵家にお仕えするなど。
でも声をかけてもらえたのは一度や二度ではなかったから、もしかしたらチャンスを掴めるのではないか・・・。

「ウィザ!叶うに決まっている!ちょっと待って」

 メルクルは食事中だったが、立ち上がってドリアンの元に駆け寄り、耳元で何か囁いた。
 予想外の展開にウィザが呆気に取られていると、メルクルが手招きしていることに気づく。
 ナプキンを外して立ち上がり、引き寄せられるようにふらふらとドリアンの元へ歩いていくと

「ウィザ・メラニアル、メルクルから我が公爵家に仕えたいと聞いたが本心かね?」

 いきなり訊かれて、心の準備も出来ていなかったが。

「はっはい!お仕えしたいですっ」

 裏返った声で、はっきりと答えた。

「それはよかった」

 あっさりそう言ったドリアンの声に「はっ?」と聞き返してしまう。

「騎士団長のゾーランも鞭の練習を始めた者の動きが格段に良くなったと評価しているし、ノエミがよく懐いているだろう?そろそろ護衛をつけねばと思っていたから、もし我が家に来てくれるなら屋敷内のノエミの護衛を頼みたいと思っていたのだよ」

 ぱあぁっと顔が赤くなったのは、夕日のせいではない。

「あっ、あああありがとうございますっ、一生懸命お仕えいたしますのでよろしくお願いいたします」

 バッと頭を下げ、顔を上げたときは目が真っ赤になっていた。

「詳しいことはまた改めて話すが、ひとつだけ。どんな貴族家にも何らかの秘密はあるものだ。我が家の使用人はすべて神殿契約を結ぶことになっているのだが、異論はないだろうか?」
「はい、もちろんです」

 ドリアンは満足そうに微笑んで、マーリアルと目配せした。

「では、料理が冷めないうちにテーブルに戻って続きをおあがりなさいな」

 マーリアルからもやさしく声をかけられて、ふわふわとしたままメルクルとテーブルに戻る。

「ねえ!今のって全部本当に本当のことかしら?夢じゃない?」
「夢じゃないよ、大丈夫。神殿契約はきっと明日にでも近くの神殿で交わされるだろうから、そうしたら正式な公爵家の使用人さ。おめでとうウィザ!」

 メルクルの言ったとおり、翌日ノースロップの小さな神殿で公爵家と不思議な神殿契約を交わし、正式に迎え入れられたウィザ・メラニアルは、そのままノエミの護衛に任命されてノエミを大喜びさせたのだった。
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