上 下
156 / 271

157 公爵家にお仕えしませんか?

しおりを挟む
 ウィザ・メラニアルは白狼のストーンブリードを連れて、公爵家の庭で寛いでいた。
所謂日向ぼっこ中である。
 公爵家の紅一点のご令嬢ノエミも側に張り付き、

「すちゅぅ」

と甘えた声で囁きながら白狼の毛皮に顔を埋めている。

「ウィザ先生!」

 トレモルが探しに来た。もう鍛錬の時間だっただろうか?
体が温まってうとうとしかけていたウィザは、ハッとした。

「トレモル、こっちよ」
「ああ、ノエミ様も!おやつ、一緒にいかがですか?」
「おやつ食べりゅ」

 ノエミは本当はちゃんと喋れるのだが、時折舌足らずに喋ると皆がめちゃくちゃ可愛がってくれるのに味をしめた。
そんなノエミの罠に簡単にかかったトレモルは

「食堂まで抱っこしていこうね」

甘ったれのノエミを抱き上げて歩き始める。

「トレモル!食堂って公爵様の?私は行けないわ」
「大丈夫、ドルたちもみんな使用人用の食堂にいるから、先生も行きましょう」

 もうこの食堂から離れられないんじゃないかと思うほど、ここで食べるあらゆる物に取り憑かれているウィザだが、こんな風におやつと誘われるのは初めてで、ちょっと胸がドキドキしている。

「料理長が新しいレシピを作ったから、みんなで試食会をするんですよ」

 トレモルの言葉は、ドキドキを加速させた。

「試食会、いつもすーっごく美味しいんです」
「おいしいんでしゅ」

 ウィザは期待に目の前がクラクラし始めた。

 食堂に着くと、もうドレイファスもグレイザールも席についている。

「この方が鞭使いの先生ですか?」

 見かけない料理人が、爆発的に売れている薄鉄鍋を手にドレイファスに訊ねると、

「そう、ウィザ・メラニアル先生だよ。先生、離れの料理長のボンディです」

 ふたりとも紹介してくれた。

「じゃあ、早速食べてもらおうかな」

 見たことのない四角く焼き上げられた菓子の断面に、干した木の実や果実が混ぜこまれ、小さな穴がたくさん開いている。

「干し果物を入れたケーキです。甘いクレーメをのせてティーと楽しんで」

 見たことがない物にウィザの目は吸いついているが、こどもたちは

「新しいケーキだね」

と意外と普通にしている。
 ウィザは公爵家で初めてクレーメの存在を知り、カリカリのブレッドにのせて食べることにハマッているが、今度はケーキだと?ケーキってなんだ?と小首を傾げながらこどもたちの真似をして口に入れると。

「なっ、これ!」
「美味いかね?」

 ボンディにこくこくこくと、高速で首を縦に振る。
信じられない舌触りと味、こんな食べ物が公爵家には普通にあるのだとと知ると、ずるいなと思ってしまう。

「ドレイファス様は気に入りましたでしょうか?」
「気に入りましたでしょう!」

 面白がって語尾を真似たドレイファスに、皆が吹き出す。

「では、本館のデザートに採用ということで」

 会話の中にふと違和感を感じたウィザは、

「離れって?」

口にしていた。

「離れ、そか、ウィザ先生は知らないんだね」

 ドレイファスが言ったので、てっきり答えをくれるものだと思ったのだが、それ以上は誰もそれに触れようとしない。
とても気になったが、訊いていい雰囲気とは思えず、踏み込むのはやめた。



「鞭使いの先生、離れに興味があるみたいだったぞ」

 ボンディがマトレイドに報せている。

「うん、メルクルも言っていたな。いっそ取り込んでしまったらどうかと」
「ドリアン様もそれでいいと?」
「ああ。鞭の鍛錬を取り入れた騎士たちの動きがよりなめらかになったとゾーラン様も評価されていらっしゃるからな。身上調査も問題なかったし、彼女が望めばそうなるだろう」
「そこまで考えているなら、下手に彼女に探らせず、さっさと話を詰めたほうがいいんじゃないか?」

 マトレイドはただ頷き、ボンディはその肩をぽんぽんと軽く叩いて情報室を出ていった。





 ドリアンに報告すると、こちらはそれほど深く考えていない。

「そうか。前にも言ったがこちらはいつでもよいぞ。ゾーランの評価も高いし、ノエミがよく懐いていると聞いている。ノエミにもそろそろ護衛が必要だから、それを任せてもよいだろう。シエルドのアーサのようにな」
「あ!なるほど」
「問題は冒険者をやめてもいいと言ってくれるかだな」
「わかりました。手を尽くします」


 とは言ったものの。

「誰が彼女の首に鈴をつけるかなんだよなあ」

 執務室を辞して、考えごとをしながら廊下を歩いていると、庭で噂のウィザとメルクルが狼を挟んで話しているのが見えた。

「ん?」

 とても仲が良さそうだった。
メルクルは誰とでも仲良くなれる性格だが、ウィザと話しこむメルクルは、なんというか少し違う表情や仕草が見て取れる。

「んん?あれ?もしかしてメルクル、そうなのかな!」

 貴族家出身だと、嫡男以外は叙爵するか、婿養子先でも見つからない限り、なかなか結婚ができない。相手が平民なら別だが。
メルクル・・・というか、グゥザヴィ家は相手の出自はきっとそんなに気にしないだろう。

「よし、これで行こう」

 マトレイドはまずミルケラに相談した。

「え、メル兄に好きな人が?」
「ああ、たぶん」
「どんな人?」

 コバルドも興味津々だ。

「鞭使いのAランクの冒険者で、テイマーだから白狼を連れて歩いている」

 グゥザヴィ家のふたりは目を丸くしたが、

「なんかメルらしいなあ」
「そうそう、普通じゃないのがいい!」

 笑っている。

「彼女平民なんだが」
「問題ないよ、兄たちの嫁さんはみんな平民だ」

 いい感じである。

「じゃあ、メルクルの気持ちを探ってくれないか?」
「ああ。明日からしばらく本館で食事してみるよ」

 ミルケラが実に楽しそうにニヤニヤしながらコバルドに言うと

「いや、俺も見に行きたいんだけど」

 参戦を仄めかすが、マトレイドがそれを押しとどめる。

「あのな、わかっているのか知らんが、君ら兄弟瓜三つだから!ふたりで雁首並べたらさすがに不審がられるぞ」



 というわけで、ミルケラが本館の使用人食堂で張り込みを開始する。
まあたいして待たずにウィザは現れ、テーブルに座るミルケラを見つけると、機嫌よく声をかけてきた。

「メルクルおはよう!」
「あ、メルクルは兄で、私はミルケラです」
「え!あっ!弟さんなの?本当にそっくりね!」

 からからと笑うウィザをミルケラはいいなと思った。メルクルの隣りに並ぶ姿が想像できたのだ。

「よかったらご一緒しませんか?」

 ミルケラが誘うと、特に構えもせず前に座る。
冒険者といえば、庭師はレベルの差はあってもみんな冒険者の端くれだ。しかし、その誰とも違う、アーサとも違う、女だてらにという言葉が似合いそうな豪胆さが垣間見えた。

「フォンブランデイル公爵家にはもう慣れましたか?」
「ええ、おかげさまで」
「居心地いいでしょう、ここ?」
「そうねえ。今まで知らなかった世界。自分が今ここにいることが可笑しいくらいなのよ。少なくともまだフィットはしてないわね」
「じゃあ仕事が終わったら辞めちゃうんですか?」
「そうねえ、それがなんとも。ここでの暮らしに慣れてきちゃうと、なんだかもう冒険者として、旅と戦いを続ける緊張感に耐えきれないんじゃないかって心配もあって。こちらの使用人になって残ったらと勧めてくれる人もいるから、ちょっと考えているところなの」

 もしかしてメルクルが勧めているのだろうかと頭を掠めたが。
 
「そう、使用人になるの、私もお勧めしますよ!」
「でも所詮は冒険者あがりの平民だしと、気が引けてもいるのよね」

 なるほどとミルケラは考えた。
ウィザは至極真っ当な感覚の持ち主だと。
ふわっとアーサ・オウサルガが頭に浮かんだ。
彼はサンザルブ侯爵家に仕えることになったとき、どう思ったのだろう。

「でも辞めたらこれ食べられなくなるのよね」

 迷いを滲ませた小さな声を、ミルケラの耳が拾う。

 ─もしかして食いしん坊か?─

「食事、美味いでしょ?」

 きらきらとウィザの瞳が反応する。

「最高!本当に最高よ。ブレッド一つ取っても、何が違ったらこんなに美味しくなるのかしらって。クレーメ?卵焼き?あのいいにおいの黄色い油は何?いろいろと旅してきたけど、どこでも見たことも食べたこともないものばかりが出されて、一体公爵家ってどうなってるの?」

 ウィザが話し出してから一番饒舌に語ったのは料理についてだった。

 ─これはやっぱり食いしん坊だな─

 ミルケラは悟られないように俯いて笑いを噛み殺し、キリっと整えた顔を上げた。

「長くいれば、もっとたくさんの美味いものが食べられますよ。辞めるなんてもったいないなー」

 最後にさらりと言うと、ウィザが悔しそうな顔をしたのが見え、ミルケラは笑わずにいることに集中する。

「そ、それじゃ、もう行かなくては。またそのうちに」



 離れに戻ると、マトレイドに面会して先程のウィザの様子を話した。

「そうか。メルクルのことはともかく、ここに残ることは見込みがありそうだな」
「平民なのにって抵抗感があるようなんで、次にアーサ先生が来たら話してみてもらうのはどうかなって」
「なるほど、いいなそれ。頼んでおこう。それでミルケラ、会ってみてどうだった?」

 くすっと笑う。

「すごくいい、メル兄と似合いだと思ったな。メル兄が彼女が好きならいくらでも応援したいよ」
「うん、じゃあ次はメルクルを頼むな」

しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて

ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記  大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。 それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。  生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、 まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。  しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。 無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。 これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?  依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、 いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。 誰かこの悪循環、何とかして! まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

【完結】その令嬢は、鬼神と呼ばれて微笑んだ

やまぐちこはる
恋愛
マリエンザ・ムリエルガ辺境伯令嬢は王命により結ばれた婚約者ツィータードに恋い焦がれるあまり、言いたいこともろくに言えず、おどおどと顔色を伺ってしまうほど。ある時、愛してやまない婚約者が別の令嬢といる姿を見、ふたりに親密な噂があると耳にしたことで深く傷ついて領地へと逃げ戻る。しかし家族と、幼少から彼女を見守る使用人たちに迎えられ、心が落ち着いてくると本来の自分らしさを取り戻していった。それは自信に溢れ、辺境伯家ならではの強さを持つ、令嬢としては規格外の姿。 素顔のマリエンザを見たツィータードとは関係が変わっていくが、ツィータードに想いを寄せ、侯爵夫人を夢みる男爵令嬢が稚拙な策を企てる。 ※2022/3/20マリエンザの父の名を混同しており、訂正致しました。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 本編は37話で完結、毎日8時更新です。 お楽しみいただけたらうれしいです。 よろしくお願いいたします。

王家から追放された貴族の次男、レアスキルを授かったので成り上がることにした【クラス“陰キャ”】

時沢秋水
ファンタジー
「恥さらしめ、王家の血筋でありながら、クラスを授からないとは」 俺は断崖絶壁の崖っぷちで国王である祖父から暴言を吐かれていた。 「爺様、たとえ後継者になれずとも私には生きる権利がございます」 「黙れ!お前のような無能が我が血筋から出たと世間に知られれば、儂の名誉に傷がつくのだ」 俺は爺さんにより谷底へと突き落とされてしまうが、奇跡の生還を遂げた。すると、谷底で幸運にも討伐できた魔獣からレアクラスである“陰キャ”を受け継いだ。 俺は【クラス“陰キャ”】の力で冒険者として成り上がることを決意した。 主人公:レオ・グリフォン 14歳 金髪イケメン

異世界転生 我が主のために ~不幸から始まる絶対忠義~ 冒険・戦い・感動を織りなすファンタジー

紫電のチュウニー
ファンタジー
 第四部第一章 新大陸開始中。 開始中(初投稿作品)  転生前も、転生後も 俺は不幸だった。  生まれる前は弱視。  生まれ変わり後は盲目。  そんな人生をメルザは救ってくれた。  あいつのためならば 俺はどんなことでもしよう。  あいつの傍にずっといて、この生涯を捧げたい。  苦楽を共にする多くの仲間たち。自分たちだけの領域。  オリジナルの世界観で描く 感動ストーリーをお届けします。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

ドラゴンなのに飛べません!〜しかし他のドラゴンの500倍の強さ♪規格外ですが、愛されてます♪〜

藤*鳳
ファンタジー
 人間としての寿命を終えて、生まれ変わった先が...。 なんと異世界で、しかもドラゴンの子供だった。 しかしドラゴンの中でも小柄で、翼も小さいため空を飛ぶことができない。 しかも断片的にだが、前世の記憶もあったのだ。 人としての人生を終えて、次はドラゴンの子供として生まれた主人公。 色んなハンデを持ちつつも、今度はどんな人生を送る事ができるのでしょうか?

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~

冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。  俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。 そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・ 「俺、死んでるじゃん・・・」 目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。 新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。  元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。

処理中です...