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145 シエルドは鑑定に夢中
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フォンブランデイル公爵家から燻し干し肉のための木くずや瓶の液体を貰って、ザンザルブ侯爵家の実験室に籠もったシエルドは、早速作業台にすべてを並べて、まず単体の素材を鑑定していく。
元々シエルドは鑑定スキルを持っていなかったのだが、ローザリオに錬金術師に鑑定スキルがないのは不便極まりないと勧められて、神殿で密かに行われているスキル譲渡という裏ワザでそれを手にすることができた。
ワルターは何も言わなかったが、相当高かったらしい。考えればわかる。一生に二つ三つしか持てないスキルを手放すのだから。目先のスキルより今の現金が必要で、そのスキルを使う予定がないと考えている者から譲ってもらう。
「お互いの役に立つ交換だと割り切ればいい」
ローザリオに言われたので、それでいい事にしたが。
神殿で鑑定スキルを譲り受けたのは、同じくらいの年の平民のこどもだった。貧しそうな身なりで、スキルを売るなどと自分自身で決めたようにはとても見えなかった。スキルを手放したことをいつか後悔しないとよいがと子供心に心配になったが、ワルターから金を受け取ったときの晴れやかな笑顔を見て、お互いの役に立つというローザリオの言葉が腹に落ちた。
ともかく、父が大枚(たぶん)をはたき、あのこどもが手放した鑑定スキルを、自分は大切に使わねばならないと強く思ったことは間違いない。
実際、毎日それこそ一日中、手に触れたものを片っ端から鑑定してメモを取っているので、鑑定資料も既にかなり増え、資料整理に従者を一人当ててもらっているほど。
レベルアップも何度かしており、タンジェントほどではないが少し踏み込んだ詳細な鑑定ができるようになっている。
ボンディの作った液体を皿に移し、観察する。鑑定を始めると、水と塩とサトーがベースになり、いくつかのハーブが入れられていた。
液体は味付けが役割だと思っていたが、調べてみると味付けより保存効果が目についたので、塩を鑑定してみることにする。
「へえ、塩って味付けだけじゃないってこと?」
自分の鑑定ボードに現れた『水分排出効果があり、腐敗しにくくする』という言葉の意味を考える。
「水分があると腐る、腐りやすいってこと?塩つけると水が抜ける?じゃあいっぱい塩つけたほうが、すごくもつようになるのかな?」
それは師匠に聞いてみようと、次のサトーに手を伸ばす。
『親水性が高く、腐敗しにくくする』
シエルドは目を見開いて、シエルド以外の他の誰にも視えない鑑定ボードに目を近づける。
「なにこれ?水分出すから腐りにくいって言ったと思ったら親水ってなんだ?もうっ」
今日は鑑定したいものが大量にあり、いちいち図書室に調べに行くのが面倒なシエルドは、これも師匠に聞こうとメモを書きとめ、次に進むことにする。
わかるまで一つのことを調べ続けるのも有りだが、調べてわからなければ早めに調べ方を変えるローザリオのやり方を踏襲しているのだ。
気持ちと頭を切り替え、鍋で木くずを焼くことにする。
小さく切った干し肉を用意してボンディこら貰った液体につける前と、漬かった後と、火にかけた後。そしてそれを木くずの種類ごとに細かく鑑定していく。
ただ。鑑定が教えてくれたことが今一つ理解できなかった。
シエルドは、ローザリオに教えてもらっても自分に理解ができないことにぶつかると、きっとまだ早いってやつだと資料だけを作っていつか使う日のためにしまっておく。
これもローザリオの真似っ子だ。
昔の資料などそのまま忘れてしまいそうだが、ローザリオは不思議と必要な資料がどこにあるかすぐ思い出せるらしく、シエルドは自分もきっとそうだと信じている。
「んー。塩が多すぎだと水分はより少ないけどパサつく」
そうなのか!
塩を多くすればもっと保ちがよくなるのかと思ったが、ローザリオに聞くまでもなく答えが転がり込んできた。
さらさらとペンを走らせながら書き終えると、その燻した干し肉を口に放り込んで、顔を顰める。
「これ塩っ辛っ!」
急いで水を含み、口を濯いで吐き出した。
「これはダメ、絶対。こんなに塩辛かったら病気になっちゃうよ」
独り言ちたシエルドは今の自分にわかることを丁寧に手紙にして、翌日学院でドレイファスに渡し、その手によりボンディへと伝えられた。
「これ、シエルド様が?」
ボンディは予想を超える細やかな分析に、目を丸くする。
「親水ってなんのことだろう?まあとにかく、塩とサトーはほどほどの量を使えば保存に役立つということか。木くずと焼くことの効果はまだ不明・・・。美味ければそれで十分だがな」
細かすぎてよくわからないことも多いけれど、木くずで焼く前に液体に漬けるのは保存効果を高めるかもしれないと書かれていて、美味くなって保存もより長くできるようになるなど、いいことづくめではないかとほくそ笑む。
この燻した干し肉と干し魚をもっと極めようとボンディは心に決めて、それからはそれこそシエルドを見習い、肉や魚の種類、捌き方、塩水をベースにした幾種類かの液体に何をどれくらいの時間漬け込むか、どの木くずを使うかなど、様々な試作を重ね始めたのである。
「ボンディ?また干し肉作ってるの?」
またシエルドからの手紙を預かったドレイファスが離れの厨房を覗くと、いつもの瓶の中に開いた魚を漬け込んでいるボンディが見えた。
「今日は魚ですよ、ほら。何か食べて行きますか?」
といいつつ、食べていけとボンディの目は語っている。
「そんなに毎日干し肉も干し魚もいらない。甘いおやつなら食べるけど」
はっきり断ると見るからに残念そうな目をしたが、シエルドからの手紙を見せるとパッと表情が変わった。
「はい、ありがとうございます!おやつ、お作りしましょうね!何がよろしいでしょうね?」
ドレイファスにおやつの甘い卵焼きを作ってから、漸くボンディはシエルドからの手紙に目を通す。
また新たなことに気づいたらしい!
─さすが、王国一と名高い錬金術師・・・とは本人を知るととてもそう思えないが、幼少よりあのローザリオ・シズルスの弟子になるだけのことはある─
塩水に何を加えると、どのような効果があがるのか。
ガーリーや唐辛子を入れた場合など、それぞれの考察が書かれていて、風味を上げたいならこれを入れろ、保存効果を高めたいならこれを追加しろなどと書いてあった。
─これでドレイファス様と同じ年なのか。とてもそうは思えない、優秀すぎて怖いほどだ。
しかし幸い、ドレイファス様の側近となる身、縁戚であり、友でもある。そして何よりドレイファス様のスキルの恩恵を誰よりも受けている一人・・・。
ボンディはふたりの少年がいついつまでも今のまま、仲よく肩を並べ続けることを、心から祈った。
シエルドからの定期的な分析を受けて、ボンディの乾燥携帯食料は進化していった。
離れでスライムを吊るしている棚をミルケラに増やしてもらい、最近は干した肉や魚、そしてときどき野菜がひらひらとはためいているようになった。
干し果物は元々いろいろと作られている。野菜なら干しいもがもっともポピュラーだ。
ボンディはそれらを干す前に、塩を直接振ってみたり、塩水に漬けたりと干す前の行程でも手を加えて試している。
「干しいもはやっぱりこれが一番だな。燻さなくてもいい仕上がりだ!甘さが引き立つな」
そう言いながら薄鉄鍋に木くずを敷いて網を乗せ、干しいもを乗せる。
蓋を被せて燻した芋は、塩味をほんのり纏うようになり、甘いだけではない大人を喜ばせる風味を持って姿を現した。
「うん、これはいいな」
今ボンディの脳内は、星を見ながら焚き火に当たって燻したものを食す旅人を想像している。
移動に疲れた身に、この複雑な味わいを持つ甘みはきっと喜ばれるだろう。
そう考えるといつしか顔がにやついていた。
「ボンディ?」
「うわ!ドレイファス様、いつから」
「いも食べ始めた頃かな」
「声かけてくださいよ、もっと前に!」
バツの悪そうな顔をしているが、ドレイファスは気にしない。
「それよりやってみたいのがあるんだけど」
新たに夢で見たことが一つ。試そうと厨房にやってきたのだ。
「鉄のお皿ってある?」
「鉄の皿ですか?銀ではなく?」
「銀と鉄って違うの?」
「ええ、まったく違いますよ」
食器棚から銀食器を下ろし、鉄の鍋と比べて見せる。
「銀は美しいでしょう?」
「本当だ!でもなんか違う気がする。鉄の皿はないの?」
「これはどうですか?」
鉄板皿を持ってきた。
公爵家では、食卓に出すときは違う皿に乗せ換えるのでドレイファスたちが目にすることはないが、汁を逃さぬよう焼くときに使っている。
「あ!これでいいと思う。お皿に塩入れて、お皿ごと網に乗せてみて」
「え!塩をですか?」
「そう、塩・・・だったと思う」
元々シエルドは鑑定スキルを持っていなかったのだが、ローザリオに錬金術師に鑑定スキルがないのは不便極まりないと勧められて、神殿で密かに行われているスキル譲渡という裏ワザでそれを手にすることができた。
ワルターは何も言わなかったが、相当高かったらしい。考えればわかる。一生に二つ三つしか持てないスキルを手放すのだから。目先のスキルより今の現金が必要で、そのスキルを使う予定がないと考えている者から譲ってもらう。
「お互いの役に立つ交換だと割り切ればいい」
ローザリオに言われたので、それでいい事にしたが。
神殿で鑑定スキルを譲り受けたのは、同じくらいの年の平民のこどもだった。貧しそうな身なりで、スキルを売るなどと自分自身で決めたようにはとても見えなかった。スキルを手放したことをいつか後悔しないとよいがと子供心に心配になったが、ワルターから金を受け取ったときの晴れやかな笑顔を見て、お互いの役に立つというローザリオの言葉が腹に落ちた。
ともかく、父が大枚(たぶん)をはたき、あのこどもが手放した鑑定スキルを、自分は大切に使わねばならないと強く思ったことは間違いない。
実際、毎日それこそ一日中、手に触れたものを片っ端から鑑定してメモを取っているので、鑑定資料も既にかなり増え、資料整理に従者を一人当ててもらっているほど。
レベルアップも何度かしており、タンジェントほどではないが少し踏み込んだ詳細な鑑定ができるようになっている。
ボンディの作った液体を皿に移し、観察する。鑑定を始めると、水と塩とサトーがベースになり、いくつかのハーブが入れられていた。
液体は味付けが役割だと思っていたが、調べてみると味付けより保存効果が目についたので、塩を鑑定してみることにする。
「へえ、塩って味付けだけじゃないってこと?」
自分の鑑定ボードに現れた『水分排出効果があり、腐敗しにくくする』という言葉の意味を考える。
「水分があると腐る、腐りやすいってこと?塩つけると水が抜ける?じゃあいっぱい塩つけたほうが、すごくもつようになるのかな?」
それは師匠に聞いてみようと、次のサトーに手を伸ばす。
『親水性が高く、腐敗しにくくする』
シエルドは目を見開いて、シエルド以外の他の誰にも視えない鑑定ボードに目を近づける。
「なにこれ?水分出すから腐りにくいって言ったと思ったら親水ってなんだ?もうっ」
今日は鑑定したいものが大量にあり、いちいち図書室に調べに行くのが面倒なシエルドは、これも師匠に聞こうとメモを書きとめ、次に進むことにする。
わかるまで一つのことを調べ続けるのも有りだが、調べてわからなければ早めに調べ方を変えるローザリオのやり方を踏襲しているのだ。
気持ちと頭を切り替え、鍋で木くずを焼くことにする。
小さく切った干し肉を用意してボンディこら貰った液体につける前と、漬かった後と、火にかけた後。そしてそれを木くずの種類ごとに細かく鑑定していく。
ただ。鑑定が教えてくれたことが今一つ理解できなかった。
シエルドは、ローザリオに教えてもらっても自分に理解ができないことにぶつかると、きっとまだ早いってやつだと資料だけを作っていつか使う日のためにしまっておく。
これもローザリオの真似っ子だ。
昔の資料などそのまま忘れてしまいそうだが、ローザリオは不思議と必要な資料がどこにあるかすぐ思い出せるらしく、シエルドは自分もきっとそうだと信じている。
「んー。塩が多すぎだと水分はより少ないけどパサつく」
そうなのか!
塩を多くすればもっと保ちがよくなるのかと思ったが、ローザリオに聞くまでもなく答えが転がり込んできた。
さらさらとペンを走らせながら書き終えると、その燻した干し肉を口に放り込んで、顔を顰める。
「これ塩っ辛っ!」
急いで水を含み、口を濯いで吐き出した。
「これはダメ、絶対。こんなに塩辛かったら病気になっちゃうよ」
独り言ちたシエルドは今の自分にわかることを丁寧に手紙にして、翌日学院でドレイファスに渡し、その手によりボンディへと伝えられた。
「これ、シエルド様が?」
ボンディは予想を超える細やかな分析に、目を丸くする。
「親水ってなんのことだろう?まあとにかく、塩とサトーはほどほどの量を使えば保存に役立つということか。木くずと焼くことの効果はまだ不明・・・。美味ければそれで十分だがな」
細かすぎてよくわからないことも多いけれど、木くずで焼く前に液体に漬けるのは保存効果を高めるかもしれないと書かれていて、美味くなって保存もより長くできるようになるなど、いいことづくめではないかとほくそ笑む。
この燻した干し肉と干し魚をもっと極めようとボンディは心に決めて、それからはそれこそシエルドを見習い、肉や魚の種類、捌き方、塩水をベースにした幾種類かの液体に何をどれくらいの時間漬け込むか、どの木くずを使うかなど、様々な試作を重ね始めたのである。
「ボンディ?また干し肉作ってるの?」
またシエルドからの手紙を預かったドレイファスが離れの厨房を覗くと、いつもの瓶の中に開いた魚を漬け込んでいるボンディが見えた。
「今日は魚ですよ、ほら。何か食べて行きますか?」
といいつつ、食べていけとボンディの目は語っている。
「そんなに毎日干し肉も干し魚もいらない。甘いおやつなら食べるけど」
はっきり断ると見るからに残念そうな目をしたが、シエルドからの手紙を見せるとパッと表情が変わった。
「はい、ありがとうございます!おやつ、お作りしましょうね!何がよろしいでしょうね?」
ドレイファスにおやつの甘い卵焼きを作ってから、漸くボンディはシエルドからの手紙に目を通す。
また新たなことに気づいたらしい!
─さすが、王国一と名高い錬金術師・・・とは本人を知るととてもそう思えないが、幼少よりあのローザリオ・シズルスの弟子になるだけのことはある─
塩水に何を加えると、どのような効果があがるのか。
ガーリーや唐辛子を入れた場合など、それぞれの考察が書かれていて、風味を上げたいならこれを入れろ、保存効果を高めたいならこれを追加しろなどと書いてあった。
─これでドレイファス様と同じ年なのか。とてもそうは思えない、優秀すぎて怖いほどだ。
しかし幸い、ドレイファス様の側近となる身、縁戚であり、友でもある。そして何よりドレイファス様のスキルの恩恵を誰よりも受けている一人・・・。
ボンディはふたりの少年がいついつまでも今のまま、仲よく肩を並べ続けることを、心から祈った。
シエルドからの定期的な分析を受けて、ボンディの乾燥携帯食料は進化していった。
離れでスライムを吊るしている棚をミルケラに増やしてもらい、最近は干した肉や魚、そしてときどき野菜がひらひらとはためいているようになった。
干し果物は元々いろいろと作られている。野菜なら干しいもがもっともポピュラーだ。
ボンディはそれらを干す前に、塩を直接振ってみたり、塩水に漬けたりと干す前の行程でも手を加えて試している。
「干しいもはやっぱりこれが一番だな。燻さなくてもいい仕上がりだ!甘さが引き立つな」
そう言いながら薄鉄鍋に木くずを敷いて網を乗せ、干しいもを乗せる。
蓋を被せて燻した芋は、塩味をほんのり纏うようになり、甘いだけではない大人を喜ばせる風味を持って姿を現した。
「うん、これはいいな」
今ボンディの脳内は、星を見ながら焚き火に当たって燻したものを食す旅人を想像している。
移動に疲れた身に、この複雑な味わいを持つ甘みはきっと喜ばれるだろう。
そう考えるといつしか顔がにやついていた。
「ボンディ?」
「うわ!ドレイファス様、いつから」
「いも食べ始めた頃かな」
「声かけてくださいよ、もっと前に!」
バツの悪そうな顔をしているが、ドレイファスは気にしない。
「それよりやってみたいのがあるんだけど」
新たに夢で見たことが一つ。試そうと厨房にやってきたのだ。
「鉄のお皿ってある?」
「鉄の皿ですか?銀ではなく?」
「銀と鉄って違うの?」
「ええ、まったく違いますよ」
食器棚から銀食器を下ろし、鉄の鍋と比べて見せる。
「銀は美しいでしょう?」
「本当だ!でもなんか違う気がする。鉄の皿はないの?」
「これはどうですか?」
鉄板皿を持ってきた。
公爵家では、食卓に出すときは違う皿に乗せ換えるのでドレイファスたちが目にすることはないが、汁を逃さぬよう焼くときに使っている。
「あ!これでいいと思う。お皿に塩入れて、お皿ごと網に乗せてみて」
「え!塩をですか?」
「そう、塩・・・だったと思う」
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