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144 アーサの太鼓判

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「シエルってば!そんな一度にボンディに聞かないで」

 ドレイファスがシエルドを止めに入り、ハッとする。

「ごめんなさい、つい夢中になっちゃった」
「いいんですよ、ドレイファス様もときどきなさいますからね」
「えっうそ!やらないよ」

 すぐ否定したドレイファスだが、みんなかボンディの言葉に頷いているのを見て頬が膨らんだ。

「なに、もうみんなっ」

 見かねたアーサがあいだに入る。

「まあまあ、せっかくドレイファス様がシエルド様の質問攻めをお止めになられたのですから、この辺で」
「アーサ先生、ありがとうっ!」

 ドレイファスとシエルドの魔法の先生でもあるアーサは、うんうんと、ドレイファスの頭を撫でた。
 それを見たシエルドが膨れる・・・。

「シエルド様も、素材の分析に熱心で素晴らしいですね」

 すかさずシエルドも褒めて機嫌をなおし、ボンディはアーサのそつのなさに舌を巻いた。

「じゃあボンディさん、やり方を僕にも教えて下さい。家で実験するから」

 希望を聞いたボンディが、厨房横の倉庫から様々な種類の木くずを紙袋に入れていき、最後に干し肉も入れようとしたボンディを当のシエルドが止める。

「干し肉はサンザルブ家にもたくさんあるからいいです。作り方を」

 鉄鍋を出すと木くずを敷き詰め、鉄網に液につけておいた干し肉を乗せる。
少し高さのある蓋を被せると、魔石で火を起こした。

 シエルドは釜に張り付いて火加減を観察しているが、ドレイファスはアーサと干し肉を齧っている。

「これ、この前とは味が違いますね」

 気づいたアーサが、次の干し肉に手を伸ばす。

「あっ、これはハーブが使われているのか!私はこちらが好きだなあ」
「そう言ってもらえるとうれしいな」
「これ、売り出す予定は?」
「まだ試作段階だし、干し肉は既にあるものだからなぁ」
「元冒険者として言うが、旧来の干し肉とこれが並んでいたら絶対にこちらを買うよ!」
「そうか?」
「もちろん!だってダンジョンに長く潜入するときは、荷物を減らすためにあの干し肉や干し魚をひたすら食べ続けるんだ。味がいろいろあったらどんなにいいか」

 冒険などしたことのないボンディには、毎日同じものを食べ続けねばならないなど想像が難しい話だが、確かに同じ物を食べ続けねばならないとしたら、臭みのある干し肉より香ばしい干し肉の方がうれしいに決まっている。

 ─というか、携帯食料か・・・─

 ボンディは目覚めていた。
公爵家の料理人になり、公爵一家やパーティーの来賓を喜ばせる料理を作るのは当然。
 しかし、ここではその枠を超えて、例えば鉄薄鍋を作ったら自分の名を入れて商品化されたりする。枠を超えたいと願えば、いくらでもやらせてもらえるのだ。
そして今、新しいアイデアがボンディの頭に浮かんでいる。

「シエルド様はこれを研究してどうされるのですか?」
「ぼくはいつか背が伸びるポーションを作りたいけど、まだ作れないから、今はあらゆる素材の成分を分析しているんだ」

 想像を超えた答えにびっくりしたが、ボンディの企みとは被らなそうだとわかると、にっこりして。

「それはすごい!応援していますよ」

 シエルドはこくんと頷くと、また釜の火加減に意識を戻した。
時間を見てボンディが火を止め、蓋をずらすと僅かに漏れていた香りがより強く漂い、鍋を覗き込んだシエルドがくんと鼻を鳴らす。

「少し冷ましてから試食しましょう」
「ぼくが冷ますからちょっと貸してください」

 そう言うとシエルドは氷魔法で冷気を当てて一気に・・・

 ボンディはローザリオと全く同じことをするシエルドを見て、堪えきれずにくすりと笑いを漏らした。

 むしろ冷え過ぎというほどに冷気を当てたシエルドが、もう食べられると干し肉をボンディに返してきたので小さくカットしてやると、待ちわびたみんな一斉に手を伸ばす。

「ん。んぐ。おいしい!」
「この前とも少し風味が違うような」

 アーサの問いにボンディがうれしそうに小さな瓶を見せた。

「干し肉を一度、この塩水に漬けてみたんだ。普通捌いたら表面を軽く水で洗って干すだけだろう?臭うわけだ。でも公爵領内は塩が取れるおかげで他より安い。まあさすがに干し肉ごときに塗りたくって使えるほど安いわけでもないんだが、塩を水に溶かして、臭みを抑えるハーブなどを入れてやれば」
「少ない塩でたくさんの肉に使えるってことだ!」

 シエルドはすぐに気がついた。

「そのとおり!このくらいの塩の使い方ならできます。他領では塩が貴重すぎてそれも難しいでしょうけど」
「よく気づきましたね」

 アーサの言葉にボンディがちらりとドレイファスを見る。

「え、ぼく?ぼく何にも」
「いえ、ちゃんと教えて下さいましたよ、ドレイファス様が」
「そ、そうだっけ?」

 何を教えたか思い出せないようで、小首を傾げている。

「これは実験のために時間短縮で干し肉を漬けているんですが、あちらの瓶には血抜きした肉を漬け込んでいるんです。干し肉から作ってみようと思って。魚もありますよ、臓物を全部取って漬けていましてね、それを・・・」

 少し言い淀んでから、先を続ける。

「乾燥スライムを作っている棚に一緒に干してもらえないかと思っているんですが、ドレイファス様はどう思いますか?」

 みんなの頭の中に、大量のスライムがはためく端っこに吊るされた肉と魚の姿が浮かび上がった。

「陰干しじゃないのか?」

 アーサの問いは想定済だ。

「陰干しも、それから外干しもやってみるつもりでね。せっかく思いついたことだから、いろいろ試して一番いい物を・・・商品化してもらえるようドリアン様にお願いしようと思っているんですよ」

 ふふっと笑う。
笑ってから、ふと気づいてしまった。

 作り出した物を自分の名で世に出す愉しみを、ドレイファスは生涯味わうことがないのだと。
すべて発端はドレイファスなのに。
ボンディの胸がちくちくと痛み、無意識に口を開いていた。

「ドレイファス様。私たちがこうして様々なものを思いつき、作り出せるのはすべて、ドレイファス様がいろいろと気づきを与えてくださるからなのです。ドレイファス様の御名が製作者として出ることがなくとも、私たちはそれがドレイファス様がお作りになる物と弁えておりますことを、どうかお忘れにならずにいてください」

 いつになく真剣に話すボンディに、疑うことのない碧い瞳はほんわりと笑って。

「うん、大丈夫。お父さまから何度も言われているから。ぼくを守るためにぼくの名を出してはならないから、名前が出ないことを拗ねたり妬んだりしてはいけないって。ボンディもぼくが狙われないようにしてくれているんでしょう?ありがとう、いつも守ってくれて」

 ちくちくとした胸の痛みは、ギュウッと掴み上げられるような痛みに変わり、あまりの切なさにボンディは思わずドレイファスを抱きしめてしまった。

 ─ドレイファス様に比べて、なんて自分は小さいんだ─

 そう思いながら、口から言葉が溢れていた。

「一生お守りいたします、必ず必ず」
「うん、ありがとう。ボンディ大好きだよ、ボンディの料理も」

 ボンディの瞳から、つーと一滴零れ落ちそうになったが。

「だからウィーのふっくら焼きペリル増し増しクレーメがけを今日のおやつに作ってくれない?」

 それに気づいたのか、気づかぬままの天然なのか、最高の笑顔でそうおねだりしてきたドレイファスに、涙は危ういところで踏みとどまり、ボンディは吹き出した。

「はい!はい、もちろんそう致しましょう!」



 アーサにはボンディの心の内が読めたのでいつものように静観し、シエルドは早く次をと催促しようとしたら、思いもかけず素晴らしいおやつにありつけそうだと、様子を見ている。
 レイドは・・・ドレイファスの側にいることについて、少しだけ理解を深めた出来事だった。



「鍛錬場にトリィがいると思うから、おやつだって呼んできてくれないかな?」

 ドレイファスがレイドに頼む。

「私がついております」

 アーサが請け負ったので、レイドはトレモルを探しにその場を離れた。
仮にアーサがいなくとも、結界や鍵魔法で離れには許された者以外は入れないのだから、あの中にいる限り心配はいらないのだが、万一誰かが裏切るようなことがあれば話は変わる。
 小さな主を守る仲間からそのような者が現れなることがないことを、心から祈るレイドだった。



「おーいしい!」

 ボンディの大盤振る舞いは、アーサやレイドまで及び、みんなふんわりふっくらな柔らかさのウィー焼きと、とろけるクレーメに濃厚な甘さを感じさせるペリルのはちみつ漬けを堪能した。

「ああっ、本当においしいい!」

 トレモルも鍛錬後の汗を垂らしたままの姿で駆けつけてきた。
ちょうど鍛錬を終えてワーキュロイと体術の話しをしていたところにレイドが呼びに来たので、ワーキュロイの話もそこそこに飛んできたのだ。

 シエルドも、このおやつには分析だのなんとは言わずに黙って食べては、ほわ~と笑う。
その笑みがとってもしあわせそうで、アーサもようやく最初の一切れを口に放り込んだ。

「うん、本当にうまいです」

 みんながしあわせになったデザートに、ボンディは少しだけ罪滅ぼしができたような気がしていた。
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