神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

文字の大きさ
上 下
143 / 272

144 アーサの太鼓判

しおりを挟む
「シエルってば!そんな一度にボンディに聞かないで」

 ドレイファスがシエルドを止めに入り、ハッとする。

「ごめんなさい、つい夢中になっちゃった」
「いいんですよ、ドレイファス様もときどきなさいますからね」
「えっうそ!やらないよ」

 すぐ否定したドレイファスだが、みんなかボンディの言葉に頷いているのを見て頬が膨らんだ。

「なに、もうみんなっ」

 見かねたアーサがあいだに入る。

「まあまあ、せっかくドレイファス様がシエルド様の質問攻めをお止めになられたのですから、この辺で」
「アーサ先生、ありがとうっ!」

 ドレイファスとシエルドの魔法の先生でもあるアーサは、うんうんと、ドレイファスの頭を撫でた。
 それを見たシエルドが膨れる・・・。

「シエルド様も、素材の分析に熱心で素晴らしいですね」

 すかさずシエルドも褒めて機嫌をなおし、ボンディはアーサのそつのなさに舌を巻いた。

「じゃあボンディさん、やり方を僕にも教えて下さい。家で実験するから」

 希望を聞いたボンディが、厨房横の倉庫から様々な種類の木くずを紙袋に入れていき、最後に干し肉も入れようとしたボンディを当のシエルドが止める。

「干し肉はサンザルブ家にもたくさんあるからいいです。作り方を」

 鉄鍋を出すと木くずを敷き詰め、鉄網に液につけておいた干し肉を乗せる。
少し高さのある蓋を被せると、魔石で火を起こした。

 シエルドは釜に張り付いて火加減を観察しているが、ドレイファスはアーサと干し肉を齧っている。

「これ、この前とは味が違いますね」

 気づいたアーサが、次の干し肉に手を伸ばす。

「あっ、これはハーブが使われているのか!私はこちらが好きだなあ」
「そう言ってもらえるとうれしいな」
「これ、売り出す予定は?」
「まだ試作段階だし、干し肉は既にあるものだからなぁ」
「元冒険者として言うが、旧来の干し肉とこれが並んでいたら絶対にこちらを買うよ!」
「そうか?」
「もちろん!だってダンジョンに長く潜入するときは、荷物を減らすためにあの干し肉や干し魚をひたすら食べ続けるんだ。味がいろいろあったらどんなにいいか」

 冒険などしたことのないボンディには、毎日同じものを食べ続けねばならないなど想像が難しい話だが、確かに同じ物を食べ続けねばならないとしたら、臭みのある干し肉より香ばしい干し肉の方がうれしいに決まっている。

 ─というか、携帯食料か・・・─

 ボンディは目覚めていた。
公爵家の料理人になり、公爵一家やパーティーの来賓を喜ばせる料理を作るのは当然。
 しかし、ここではその枠を超えて、例えば鉄薄鍋を作ったら自分の名を入れて商品化されたりする。枠を超えたいと願えば、いくらでもやらせてもらえるのだ。
そして今、新しいアイデアがボンディの頭に浮かんでいる。

「シエルド様はこれを研究してどうされるのですか?」
「ぼくはいつか背が伸びるポーションを作りたいけど、まだ作れないから、今はあらゆる素材の成分を分析しているんだ」

 想像を超えた答えにびっくりしたが、ボンディの企みとは被らなそうだとわかると、にっこりして。

「それはすごい!応援していますよ」

 シエルドはこくんと頷くと、また釜の火加減に意識を戻した。
時間を見てボンディが火を止め、蓋をずらすと僅かに漏れていた香りがより強く漂い、鍋を覗き込んだシエルドがくんと鼻を鳴らす。

「少し冷ましてから試食しましょう」
「ぼくが冷ますからちょっと貸してください」

 そう言うとシエルドは氷魔法で冷気を当てて一気に・・・

 ボンディはローザリオと全く同じことをするシエルドを見て、堪えきれずにくすりと笑いを漏らした。

 むしろ冷え過ぎというほどに冷気を当てたシエルドが、もう食べられると干し肉をボンディに返してきたので小さくカットしてやると、待ちわびたみんな一斉に手を伸ばす。

「ん。んぐ。おいしい!」
「この前とも少し風味が違うような」

 アーサの問いにボンディがうれしそうに小さな瓶を見せた。

「干し肉を一度、この塩水に漬けてみたんだ。普通捌いたら表面を軽く水で洗って干すだけだろう?臭うわけだ。でも公爵領内は塩が取れるおかげで他より安い。まあさすがに干し肉ごときに塗りたくって使えるほど安いわけでもないんだが、塩を水に溶かして、臭みを抑えるハーブなどを入れてやれば」
「少ない塩でたくさんの肉に使えるってことだ!」

 シエルドはすぐに気がついた。

「そのとおり!このくらいの塩の使い方ならできます。他領では塩が貴重すぎてそれも難しいでしょうけど」
「よく気づきましたね」

 アーサの言葉にボンディがちらりとドレイファスを見る。

「え、ぼく?ぼく何にも」
「いえ、ちゃんと教えて下さいましたよ、ドレイファス様が」
「そ、そうだっけ?」

 何を教えたか思い出せないようで、小首を傾げている。

「これは実験のために時間短縮で干し肉を漬けているんですが、あちらの瓶には血抜きした肉を漬け込んでいるんです。干し肉から作ってみようと思って。魚もありますよ、臓物を全部取って漬けていましてね、それを・・・」

 少し言い淀んでから、先を続ける。

「乾燥スライムを作っている棚に一緒に干してもらえないかと思っているんですが、ドレイファス様はどう思いますか?」

 みんなの頭の中に、大量のスライムがはためく端っこに吊るされた肉と魚の姿が浮かび上がった。

「陰干しじゃないのか?」

 アーサの問いは想定済だ。

「陰干しも、それから外干しもやってみるつもりでね。せっかく思いついたことだから、いろいろ試して一番いい物を・・・商品化してもらえるようドリアン様にお願いしようと思っているんですよ」

 ふふっと笑う。
笑ってから、ふと気づいてしまった。

 作り出した物を自分の名で世に出す愉しみを、ドレイファスは生涯味わうことがないのだと。
すべて発端はドレイファスなのに。
ボンディの胸がちくちくと痛み、無意識に口を開いていた。

「ドレイファス様。私たちがこうして様々なものを思いつき、作り出せるのはすべて、ドレイファス様がいろいろと気づきを与えてくださるからなのです。ドレイファス様の御名が製作者として出ることがなくとも、私たちはそれがドレイファス様がお作りになる物と弁えておりますことを、どうかお忘れにならずにいてください」

 いつになく真剣に話すボンディに、疑うことのない碧い瞳はほんわりと笑って。

「うん、大丈夫。お父さまから何度も言われているから。ぼくを守るためにぼくの名を出してはならないから、名前が出ないことを拗ねたり妬んだりしてはいけないって。ボンディもぼくが狙われないようにしてくれているんでしょう?ありがとう、いつも守ってくれて」

 ちくちくとした胸の痛みは、ギュウッと掴み上げられるような痛みに変わり、あまりの切なさにボンディは思わずドレイファスを抱きしめてしまった。

 ─ドレイファス様に比べて、なんて自分は小さいんだ─

 そう思いながら、口から言葉が溢れていた。

「一生お守りいたします、必ず必ず」
「うん、ありがとう。ボンディ大好きだよ、ボンディの料理も」

 ボンディの瞳から、つーと一滴零れ落ちそうになったが。

「だからウィーのふっくら焼きペリル増し増しクレーメがけを今日のおやつに作ってくれない?」

 それに気づいたのか、気づかぬままの天然なのか、最高の笑顔でそうおねだりしてきたドレイファスに、涙は危ういところで踏みとどまり、ボンディは吹き出した。

「はい!はい、もちろんそう致しましょう!」



 アーサにはボンディの心の内が読めたのでいつものように静観し、シエルドは早く次をと催促しようとしたら、思いもかけず素晴らしいおやつにありつけそうだと、様子を見ている。
 レイドは・・・ドレイファスの側にいることについて、少しだけ理解を深めた出来事だった。



「鍛錬場にトリィがいると思うから、おやつだって呼んできてくれないかな?」

 ドレイファスがレイドに頼む。

「私がついております」

 アーサが請け負ったので、レイドはトレモルを探しにその場を離れた。
仮にアーサがいなくとも、結界や鍵魔法で離れには許された者以外は入れないのだから、あの中にいる限り心配はいらないのだが、万一誰かが裏切るようなことがあれば話は変わる。
 小さな主を守る仲間からそのような者が現れなることがないことを、心から祈るレイドだった。



「おーいしい!」

 ボンディの大盤振る舞いは、アーサやレイドまで及び、みんなふんわりふっくらな柔らかさのウィー焼きと、とろけるクレーメに濃厚な甘さを感じさせるペリルのはちみつ漬けを堪能した。

「ああっ、本当においしいい!」

 トレモルも鍛錬後の汗を垂らしたままの姿で駆けつけてきた。
ちょうど鍛錬を終えてワーキュロイと体術の話しをしていたところにレイドが呼びに来たので、ワーキュロイの話もそこそこに飛んできたのだ。

 シエルドも、このおやつには分析だのなんとは言わずに黙って食べては、ほわ~と笑う。
その笑みがとってもしあわせそうで、アーサもようやく最初の一切れを口に放り込んだ。

「うん、本当にうまいです」

 みんながしあわせになったデザートに、ボンディは少しだけ罪滅ぼしができたような気がしていた。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

【幸せスキル】は蜜の味 ハイハイしてたらレベルアップ

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアーリー 不慮な事故で死んでしまった僕は転生することになりました 今度は幸せになってほしいという事でチートな能力を神様から授った まさかの転生という事でチートを駆使して暮らしていきたいと思います ーーーー 間違い召喚3巻発売記念として投稿いたします アーリーは間違い召喚と同じ時期に生まれた作品です 読んでいただけると嬉しいです 23話で一時終了となります

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

異世界のんびりワークライフ ~生産チートを貰ったので好き勝手生きることにします~

樋川カイト
ファンタジー
友人の借金を押し付けられて馬車馬のように働いていた青年、三上彰。 無理がたたって過労死してしまった彼は、神を自称する男から自分の不幸の理由を知らされる。 そのお詫びにとチートスキルとともに異世界へと転生させられた彰は、そこで出会った人々と交流しながら日々を過ごすこととなる。 そんな彼に訪れるのは平和な未来か、はたまた更なる困難か。 色々と吹っ切れてしまった彼にとってその全てはただ人生の彩りになる、のかも知れない……。 ※この作品はカクヨム様でも掲載しています。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

処理中です...