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140 いもバター最高!

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 父ドリアンから、バターを売り出すと聞かされてドレイファスはその際に、一つのものを商品とするのにたくさんの人が関わり、たくさんの人の仕事を新たに生み出すものだと知った。
 父の話は恐ろしく感じることもあったが、それよりも大切に思われていることが伝わり、こどもながらに安心でき、そして父が自分の父でよかったとうれしくもなった。

「僕はいろいろと気をつけなくちゃいけないけど、みんなが守ってくれている」

 いくらみんなが守ってくれているとしても、自分が無防備すぎてはダメなのだということも理解でき、例えばいつも護衛についてくれているルジーやレイド、メルクルとワーキュロイが果たしている役割が今までよりずっとよくわかって、みんなにありがとうを言いたくなった。

「レイド、いる?」

 ドアを開けて廊下にいるはずのレイドを呼ぶと。

「おりますよ、何か御用ですか?」
「うーんとね。いつも守ってくれてありがとう。それだけ言いたかったの」

 すぐ行動に移す。
 思いがけず礼を言われたレイドは、びっくりした顔で、でもうれしそうににっこりした。

「そんなもったいない。ドレイファスの護衛になれて、とてもうれしかったんです。これからもお守り致します」

 そう答えて頭を下げた。

「ねえレイド、ボンディのところについてきて」

 ドレイファスは新たに視た夢を試しに離れの厨房へ、地下通路をレイドとともに向かう。
その道すがら、ドレイファスの頭に浮かんだ疑問を口にする。

「レイドは、どうして護衛になったの?」
「護衛ですか?元は情報部ですから、そういう任務もあると理解しておりましたので、命令を受けてなりました」

 ん?とドレイファスが小首を傾げた。

「なりたかったわけじゃないの?」
「そう言ったら否定的に聞こえますね、でも決してそうではありません。どう言えばいいのでしょうね。護衛はなりたくてもなかなかなれる仕事ではないのです。まして私のような若輩には通常は回ってこない任務なのです。私はドレイファス様の護衛になれて、とても幸運でした」

 レイドは、幸運という言葉に強い思いを込めてドレイファスに告げる。

「信じてくださいますか?」

 あまり疑うことのないドレイファスのこと。納得した顔で素直に頷くとレイドと手を繋ぎ、厨房へと歩いていった。

「ボンディ?」

 厨房には料理長がいつものように鉄鍋をふるっていた。

「おお、ドレイファス様!どうされました?」
「うん、作ってみたいものがあるの」
「おっ?どんなものでしょうな」

 わくわくした顔になったボンディは、腰を屈め、ドレイファスに目線をあわせて先を促す。

「えーとね。お野菜だと思うんだ。どれかわからないから、棚を見せてほしいんだけど」

 出来上がったものしか見たことがなければ、料理を見ても材料はわからない。
ボンディは厨房横の小振りな扉を開けて手招きする。

「ここに料理に使っている食材を置いているんですよ」

 入ると、窓はなくひんやりと薄暗い。

「なんか寒い」
「ええ、この方が野菜もつんです」

 へえ!と小さく声を漏らしながら、端から籠の中を覗き込んでいき、ぴたっと足を止めた。

「これが似てると思う」
「それはいもですよ」
「いも?」
「そうです、煮物によく入れています」

 頭の中に、あまり好きではない野菜の煮物の、いもと思われるものが浮かんでくる。

「いも?じゃあ、美味しくないかもしれないね・・・」

 ドレイファスはあの薄茶の煮崩れたほくほくが嫌いだった。
残念極まりないという顔で諦めようとするので、ボンディが引き留める。

「いやいや、せっかく来たんですから試しましょうよドレイファス様!ねっ?」

 ボンディがいもが入った籠を抱え、ドレイファスを逃さないよう手を繋ぐと厨房の釜の前に戻った。

「さあ、これをどうするんですかね?」
「んー。たぶんお鍋にお水ぐらぐらさせてこのままおいもいれるの」
「いもを茹でるのですね。皮ごとですか」
「皮ごと?皮って何?ゆでる?」
「ええ、そういう調理をゆでると言うのです。皮はこの茶色いところですね」

ナイフでひとつのいもの皮を少しだけ剥いてみせると、ドレイファスも指先でいもの皮をさらに剥いた。
そのいももそのまま、ボンディが火の魔石を使って手早く湯を沸かした鍋に放り込むと少し待たされ、数分後にようやく呼ばれる。

「茹で上がりましたけど、これからどうします?」
「ナイフでここをばってんに切って」

 真ん中に切り目を入れさせる。

「バターのせて、石窯にいれてみて」

 言われるままにやってみる。
 するとほんの数分で石窯から香ばしいバターの香りが漂い、ドレイファスがゴクンと唾を飲んだ。

「適当に出しますよ」

 焼き加減はボンディにお任せだ。
釜からいもを引っ張り出すと、皮が焼けて乾燥し、ぱりぱりと剥ける。
そして何より、ナイフでばってんに切り込んだところに蕩けたバターが溜まって、高く香るのだがそれがたまらなく美味そうなのだ。

「まだかなり熱いから、いきなりかぶりついてはダメですよ、ドレイファス様」

 そう言って小さな皿にバターが零れそうないもをのせると、手渡してくれる。

「これはどうやって食べるんですか?」
「かぷっって食べてた」
「かぷっ?」

 ボンディがニヤ~としたかと思うと、ドレイファスには熱いからと注意したのに、いきなりガブリと噛みついた。

「ほふっほっあつっ」

 ほふほふ言いながら、どんどん食べて。

「うんっまい!これはうまい!いもか?これは本当にいつものいもか?信じられん!」

 そう叫んだ。

 ドレイファスとレイドは、ふーふーして少し冷めてからかぷっとかぶりつく。

 口いっぱいにバターが広がり、それを含んだいもは、ドレイファスが嫌いなパサつきはない。
 ボンディではないが、本当にこれがあのいもか?というくらいの美味さに三人は一気に盛り上がった。


「いもとバター、最っ高っっだぁ!」


 今夜の夕餉に出すとボンディが約束してくれたので、満足して屋敷に戻ったドレイファスは、いもバターをメモに書き起こし始める。
あとでカイドに渡し、保管してもらうために。
 以前はこのメモもみんな人任せだったが、自分がスキルで視たものは自分で記録しようと決めた。
少し前とは明らかに自覚が違うのだ。
 シエルドやカルルド、トレモルのように自分が選んだものでは無くとも、自分にしかないスキルをもっと大切にしようと、それこそが自分のコレだと言えるんじゃないかと気がついたから。


 夕餉に出されたいもバターは、バターが大好きなドリアンはもちろん、食いしん坊のマーリアルをも熱狂させた。

「とぉってもおいしいわ!誰のレシピかしら?」

 マーリアルが訊ねると、総料理長がボンディの名を挙げた。
そう聞けば公爵夫妻はピンとくる。

「これはとてもうまいな、ドレイファス」

 父が、それしか言わなくてもすべてわかってくれていると、今のドレイファスにはわかる。
両親がうまいうまいとどんどんおかわりするのを見て、ドレイファスは満たされた。

 ─ボンディの名で世に出されても、私たちはドレイファスが作ったものだとわかっている─

 そう、父の心の声が聞こえた気がしたから。

「ああーっ!これおいしいねっ!」

 グレイザールも三個目のいもを頬張って、その夜の公爵家族の腹はいもで満たされることとなった。

 しあわせな夜。
 仲間に比べて何かが自分には足りないと感じていたドレイファスだが、ぽっかりとあいた穴がようやく埋まった気がしていた。



 その夜の夢は、またいもバターだった。

「もうおなかいっぱいなの」

 寝言でこれ以上食べられないと呟いている。

「それなに?」

 鼻がくんくんと動いているが、夢の中で匂いがわかるわけがない。

「それ、なに?ねえ?」

 寝台から手を伸ばしたかと思うと、パタッと腕が落ち、すぅっと深い眠りに引き込まれて静かになった。
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