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138 父子の絆
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ドレイファスがバターを作って以来、公爵家の食事は格段に豊かになった。
「本当に美味いな、これは。ううむ」
フォンブランデイル公爵ドリアンは、嫡男ドレイファスがそのスキルで初めて自分自身で作ったバターをふんだんに使った、スピルナ草とドードボアの炒めものを食べながら唸る。
バターの材料は牛乳だけ。
偶然の産物と言っても通りそうだと、ドリアンはバターを流通させることを考え始めていた。
領内に牛飼いを増やし、それを合同ギルドで買い上げて加工、売り出せば領内の仕事が増える。
平民には牛を飼う者が多いから、自家消費以外の分を買取れば、領民の小遣い稼ぎにもなるだろう。
「マドゥーン、ローザリオ殿を呼んでくれ。それとドレイファスも呼ぶように」
「畏まりました」
訳などは訊ねない。
それから一刻ほどでローザリオがやって来た。
ドレイファスは既に呼ばれて、父と応接室にて待っており、今は果実水を啜っているところ。
「これはドリアン様、ドレイファス様ご機嫌麗しゅう」
「忙しいところ呼び立てて申し訳なかった」
ローザリオは、錬金術師としては破格の商品力で今や錬金術師番付の一番手に駆け上がったため、とにかく忙しい。
弟子のシエルドももちろん頑張っているがとても手が足りずに、錬金術師として腕はあるが経営能力の問題で独立が叶わなかった者を三人雇い、フラワーオイルやフラワーウォーターを作りまくっている。
それを元にした化粧品も作ったのだが、これがとてもよく売れるのだ。
取り分があるローザリオとシエルドの他、フォンブランデイル家とともに御用達ラベルに名を連ねる数貴族も、何もしなくても儲かってしまう。
広大な領地を持つフォンブランデイル公爵家やザンザルブ侯爵家はともかく、モンガル伯爵家、ロンドリン伯爵家やスートレラ子爵家、ヤンニル騎士爵家にとってはその収入は得難いものとなっていた。
ローザリオの元には、他の貴族からも出資の申し出が殺到しているが、それはもちろんお断りしてフォンブランデイル公爵一派は結束を崩すことなく、一丸となって金儲けに邁進している。
ドリアンがドレイファスを自分の隣に呼び寄せて、空いた席にローザリオを座らせると早速話を初めた。
「ドレイファスも一緒にいるが、これはドレイファス自身が作ったものなので本人にも話を聞かせたい。よろしく頼む」
ローザリオは軽く頷いたが、ドレイファスはまだことを把握しておらずきょとんとしている。
「バターのことなんだが。機械をもっと作ってもらいたい」
「売り出しますか?」
「ああ。そう考えている。今のところ類似のものもないようだし、各領地で牛飼いを増やしてバターを売ってもいいんじゃないかとね」
「なるほど。機械は何台欲しいですか?」
「そこを相談したくてな」
ローザリオはうんうんと頷き、
「バターを売るときはどのようにしますか?皿を持ってこさせて計り売りされるのでしょうか」
「ああ、そこは考えていなかった。何か方法があるだろうか?」
「そうですね。紙で包むか小さな入れ物か。・・・ちょっと考えさせてください」
静かに考え込んだローザリオを見て、ドリアンはドレイファスに話しかけた。
「ドレイファス、おまえが作ったバターを聞いたように商品化しようと思う」
こくりと小さな顔が頷いた。
「商品化することで、領内で牛を飼うことを仕事にするものが増える。仕事がひとつ増えるということは、仕事に就ける領民が増え、生活が安定する領民が増えることになる」
碧い目が理解し始めたように、きらりとした。
「合同ギルドでもバター作りのために人を雇うことができ、さっきローザリオ殿が言ったように紙包みならその紙を作る仕事、容器に入れて売るなら容器を作る仕事が増えることになる。わかるか?」
「はい」
「うん、ようするにドレイファスがバターを作ったことで、領民たちに新しい仕事がいくつもできると、領民はどうなる?」
「働ける」
「うん、そうだ。働くと何を得ることができるかは知っているか?」
「俸給?」
「そうだ、よくできたな。」
学院で貴族とそれを支える使用人について習ったばかり。俸給も具体的によく知るわけではなかったが、とりあえず言ってみたら当たっていた。
「俸給で金を手に入れることができれば、その者たちの暮らしの質がよくなる。おまえが何かを作り出すことが、民の暮らしを良くするきっかけになると知ってほしい」
「はい」
ドリアンも頷き、真剣な目でドレイファスを覗き込むと先を続ける。
「以前にも話したことだが、よく聞いてほしい。
ドレイファスが何かを作り出すことで、金が動くということは今理解してくれたと思うが、悪いことを考えるやつもいる。
ドレイファスを攫い、その力を自分のために使わせようとするかもしれない。そういう者からおまえを守るために、ドレイファスが作ったということを伏せなくてはならないんだ。わかるか?」
ずっと以前。
父からそんなことを聞かされた記憶が、ドレイファスには確かにあった。
恐ろしくて父に抱きつき、震えた記憶。
「はい、わかります」
「ん、よかった。これから先もお前の名が表に出ることはない。しかしそれを不満に思うな。私もローザリオ殿も使用人たちも皆、それらをおまえが作り、私たちの生活を豊かにしてくれていると、ちゃんと知っている。皆、ドレイファスに感謝しているんだ。それを忘れずにな」
父の大きな手がやさしく頭を撫でると、ドレイファスは気持ちよさそうに目を細めた。
ローザリオはバターを紙包みにしない場合の持ち帰り方法に思いついたことがあり、顔を上げたが、ドリアンがドレイファスに真剣な話をしていたので、黙って聞いている。
この朗らかな少年に付き纏う危険は、普段忘れがちなことだが、ローザリオも改めて認識した。
「特に、王家にだけは絶対知られてはならない」
最後の一言で背中に冷たさが走る。
─そうか。小者から守るのももちろんだが、王家を恐れていたのか─
「ドリアン様、ちょっと聞いてもよろしいですか?」
「ああ」
「王家をそこまで恐れる理由は?」
こどもドレイファス団の親たちは、当初から王家に目をつけられることがないよう、利益とリスクを分散して担うという話がされているが、ローザリオのように途中からその中に入ってきた者にはその説明がされていない。
「ローザリオ殿には『神の眼』がどういうものかしか話していなかったか?」
ドリアンは一瞬意外そうな顔を見せたが。
「それはすまなかった。王家に知られてはならない理由は、我らフォンブランデイル公爵家に『神の眼』がどうして与えられたかにある」
天孫降臨により神姫が王子二人に嫁ぎ、王家に嫁いだ姫は後々まで馴染まずにその御子ごと天へ還ったが、初代公爵と夫人はその血筋を今に至るまで脈々と繋いでいること。
『神の眼』はその神姫が公爵家嫡男のみに継承させており、王家に継承されるはずだった『千里眼』は血筋とともに途絶えてしまったことなどをかいつまんで説明した。
利益を守るとか、こどもたちが攫われることなどから守るとしか考えていなかったローザリオは、ぶるっと小さく震えて。
「それは王家に決して知られてはならないことですね」
視線を遠くに飛ばしながら呟いた。
「そうか。王家ではなく、フォンブランデイル公爵家が神の血筋・・・」
ドレイファスも前に一度聞いているはずだが、ローザリオの様子からただ事ではないと今更ながら深く理解したようだ。
自分の腕で自分を抱き締めているのを見たドリアンが、まだ八歳なのに重荷を背負う息子を抱き寄せると膝にのせた。
「ドレイファス、怯えなくていいんだ。自分で自分の身を守れるようになるまで、私たちは徹底的にドレイファスを守り抜く。ただ、私たちには王家さえ妬ませる血が流れていると、それが仲間以外に知られたら危険だということだけは理解してほしい。
先程も言ったが、ドレイファスが視て作った物を他の者の名で発表したとしても、それは奪ったのではない。王家の目からドレイファスを隠すために、その者が危険を代わりに受けて前に立ってくれていると考えてくれ」
もっと小さな頃は、父や母、庭師、なぜか護衛の膝に座っているのをよく見かけたが、さすがにくすぐったそうな顔をしている。
しかし自分からおりようとはしないところを見るとうれしいのだろうと、ローザリオは父子の姿を微笑ましく見つめていた。
「だから安心してたくさん夢を視て、たくさん物を生み出してくれて構わないぞ」
父を信頼して見上げるドレイファスは、視線を父から逸らさずに大きくゆっくり頷いた。
「本当に美味いな、これは。ううむ」
フォンブランデイル公爵ドリアンは、嫡男ドレイファスがそのスキルで初めて自分自身で作ったバターをふんだんに使った、スピルナ草とドードボアの炒めものを食べながら唸る。
バターの材料は牛乳だけ。
偶然の産物と言っても通りそうだと、ドリアンはバターを流通させることを考え始めていた。
領内に牛飼いを増やし、それを合同ギルドで買い上げて加工、売り出せば領内の仕事が増える。
平民には牛を飼う者が多いから、自家消費以外の分を買取れば、領民の小遣い稼ぎにもなるだろう。
「マドゥーン、ローザリオ殿を呼んでくれ。それとドレイファスも呼ぶように」
「畏まりました」
訳などは訊ねない。
それから一刻ほどでローザリオがやって来た。
ドレイファスは既に呼ばれて、父と応接室にて待っており、今は果実水を啜っているところ。
「これはドリアン様、ドレイファス様ご機嫌麗しゅう」
「忙しいところ呼び立てて申し訳なかった」
ローザリオは、錬金術師としては破格の商品力で今や錬金術師番付の一番手に駆け上がったため、とにかく忙しい。
弟子のシエルドももちろん頑張っているがとても手が足りずに、錬金術師として腕はあるが経営能力の問題で独立が叶わなかった者を三人雇い、フラワーオイルやフラワーウォーターを作りまくっている。
それを元にした化粧品も作ったのだが、これがとてもよく売れるのだ。
取り分があるローザリオとシエルドの他、フォンブランデイル家とともに御用達ラベルに名を連ねる数貴族も、何もしなくても儲かってしまう。
広大な領地を持つフォンブランデイル公爵家やザンザルブ侯爵家はともかく、モンガル伯爵家、ロンドリン伯爵家やスートレラ子爵家、ヤンニル騎士爵家にとってはその収入は得難いものとなっていた。
ローザリオの元には、他の貴族からも出資の申し出が殺到しているが、それはもちろんお断りしてフォンブランデイル公爵一派は結束を崩すことなく、一丸となって金儲けに邁進している。
ドリアンがドレイファスを自分の隣に呼び寄せて、空いた席にローザリオを座らせると早速話を初めた。
「ドレイファスも一緒にいるが、これはドレイファス自身が作ったものなので本人にも話を聞かせたい。よろしく頼む」
ローザリオは軽く頷いたが、ドレイファスはまだことを把握しておらずきょとんとしている。
「バターのことなんだが。機械をもっと作ってもらいたい」
「売り出しますか?」
「ああ。そう考えている。今のところ類似のものもないようだし、各領地で牛飼いを増やしてバターを売ってもいいんじゃないかとね」
「なるほど。機械は何台欲しいですか?」
「そこを相談したくてな」
ローザリオはうんうんと頷き、
「バターを売るときはどのようにしますか?皿を持ってこさせて計り売りされるのでしょうか」
「ああ、そこは考えていなかった。何か方法があるだろうか?」
「そうですね。紙で包むか小さな入れ物か。・・・ちょっと考えさせてください」
静かに考え込んだローザリオを見て、ドリアンはドレイファスに話しかけた。
「ドレイファス、おまえが作ったバターを聞いたように商品化しようと思う」
こくりと小さな顔が頷いた。
「商品化することで、領内で牛を飼うことを仕事にするものが増える。仕事がひとつ増えるということは、仕事に就ける領民が増え、生活が安定する領民が増えることになる」
碧い目が理解し始めたように、きらりとした。
「合同ギルドでもバター作りのために人を雇うことができ、さっきローザリオ殿が言ったように紙包みならその紙を作る仕事、容器に入れて売るなら容器を作る仕事が増えることになる。わかるか?」
「はい」
「うん、ようするにドレイファスがバターを作ったことで、領民たちに新しい仕事がいくつもできると、領民はどうなる?」
「働ける」
「うん、そうだ。働くと何を得ることができるかは知っているか?」
「俸給?」
「そうだ、よくできたな。」
学院で貴族とそれを支える使用人について習ったばかり。俸給も具体的によく知るわけではなかったが、とりあえず言ってみたら当たっていた。
「俸給で金を手に入れることができれば、その者たちの暮らしの質がよくなる。おまえが何かを作り出すことが、民の暮らしを良くするきっかけになると知ってほしい」
「はい」
ドリアンも頷き、真剣な目でドレイファスを覗き込むと先を続ける。
「以前にも話したことだが、よく聞いてほしい。
ドレイファスが何かを作り出すことで、金が動くということは今理解してくれたと思うが、悪いことを考えるやつもいる。
ドレイファスを攫い、その力を自分のために使わせようとするかもしれない。そういう者からおまえを守るために、ドレイファスが作ったということを伏せなくてはならないんだ。わかるか?」
ずっと以前。
父からそんなことを聞かされた記憶が、ドレイファスには確かにあった。
恐ろしくて父に抱きつき、震えた記憶。
「はい、わかります」
「ん、よかった。これから先もお前の名が表に出ることはない。しかしそれを不満に思うな。私もローザリオ殿も使用人たちも皆、それらをおまえが作り、私たちの生活を豊かにしてくれていると、ちゃんと知っている。皆、ドレイファスに感謝しているんだ。それを忘れずにな」
父の大きな手がやさしく頭を撫でると、ドレイファスは気持ちよさそうに目を細めた。
ローザリオはバターを紙包みにしない場合の持ち帰り方法に思いついたことがあり、顔を上げたが、ドリアンがドレイファスに真剣な話をしていたので、黙って聞いている。
この朗らかな少年に付き纏う危険は、普段忘れがちなことだが、ローザリオも改めて認識した。
「特に、王家にだけは絶対知られてはならない」
最後の一言で背中に冷たさが走る。
─そうか。小者から守るのももちろんだが、王家を恐れていたのか─
「ドリアン様、ちょっと聞いてもよろしいですか?」
「ああ」
「王家をそこまで恐れる理由は?」
こどもドレイファス団の親たちは、当初から王家に目をつけられることがないよう、利益とリスクを分散して担うという話がされているが、ローザリオのように途中からその中に入ってきた者にはその説明がされていない。
「ローザリオ殿には『神の眼』がどういうものかしか話していなかったか?」
ドリアンは一瞬意外そうな顔を見せたが。
「それはすまなかった。王家に知られてはならない理由は、我らフォンブランデイル公爵家に『神の眼』がどうして与えられたかにある」
天孫降臨により神姫が王子二人に嫁ぎ、王家に嫁いだ姫は後々まで馴染まずにその御子ごと天へ還ったが、初代公爵と夫人はその血筋を今に至るまで脈々と繋いでいること。
『神の眼』はその神姫が公爵家嫡男のみに継承させており、王家に継承されるはずだった『千里眼』は血筋とともに途絶えてしまったことなどをかいつまんで説明した。
利益を守るとか、こどもたちが攫われることなどから守るとしか考えていなかったローザリオは、ぶるっと小さく震えて。
「それは王家に決して知られてはならないことですね」
視線を遠くに飛ばしながら呟いた。
「そうか。王家ではなく、フォンブランデイル公爵家が神の血筋・・・」
ドレイファスも前に一度聞いているはずだが、ローザリオの様子からただ事ではないと今更ながら深く理解したようだ。
自分の腕で自分を抱き締めているのを見たドリアンが、まだ八歳なのに重荷を背負う息子を抱き寄せると膝にのせた。
「ドレイファス、怯えなくていいんだ。自分で自分の身を守れるようになるまで、私たちは徹底的にドレイファスを守り抜く。ただ、私たちには王家さえ妬ませる血が流れていると、それが仲間以外に知られたら危険だということだけは理解してほしい。
先程も言ったが、ドレイファスが視て作った物を他の者の名で発表したとしても、それは奪ったのではない。王家の目からドレイファスを隠すために、その者が危険を代わりに受けて前に立ってくれていると考えてくれ」
もっと小さな頃は、父や母、庭師、なぜか護衛の膝に座っているのをよく見かけたが、さすがにくすぐったそうな顔をしている。
しかし自分からおりようとはしないところを見るとうれしいのだろうと、ローザリオは父子の姿を微笑ましく見つめていた。
「だから安心してたくさん夢を視て、たくさん物を生み出してくれて構わないぞ」
父を信頼して見上げるドレイファスは、視線を父から逸らさずに大きくゆっくり頷いた。
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