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135 ダルスラは義理堅い

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 ロンドリン一家がフォンブランデイル公爵邸に身を寄せた夜、ドレイファスは父の腕に抱かれて眠りについた。

 ドリアンは小さな呻き声で目が覚めた。
魔石に手をかざすとぼんやり照らされたドレイファスがうなされているとわかる。

「ゆき、壁つくって止めるの?穴掘るの?うわあっ」

 大きな声で叫んだが目覚めはしない。

「おうちの下、土たくさん?」

 ─そうか、これが夢の・・・

 寝言の理由に気づいたドリアンはメモを取り始めた。

『雪、かべをつくってとめるの。穴掘る。家の下につちたくさん・・・』

 ドレイファスの寝言をひとつひとつ書き留め、並べてみてみると、雪崩の被害を小さくするための方策のように思えた。
 さっきまでまるで起きて誰かと話しているような口調だったドレイファスは、今は静かに寝息を立てている。三歳から一人で寝ているため、こんな寝言に気づくものがいなかったが、スキルが発現してからはこうしてひとり、みたものを言葉にしていたに違いない。

 小さな額にはうっすら汗が浮かんでいる。
タオルを取り、そっと汗を拭き取ってやった。



 ドレイファスの朝は、いつもなら侍女のユライヤかカイラが起こしてくれる。しかし今朝は

「ドレイファス、朝だ起きろ」

 父に揺さぶられてぱちりと目が開いた。

「おはよ・・うございます」
「うむ、おはよう」

 寝台に隣り合って座ると、早速質問が始まった。

「ドレイファス、昨夜見た夢を覚えているか?」
「ゆめ?」

 ─みたような気がする。どんな夢だった?

 うーんうーんと考えこむと、父が手を貸した。

「雪が崩れて来る夢ではなかったか?」

 碧い目が父を見る、なぜ知っているんだと言わんばかりに。

「うなされて、そんなことを言っていたんだ」
「そう、雪かも」
「では聞いてくれ」

 昨夜のメモを読み上げていく。

「雪が崩れてきたとき、壁で受け止めるというのはわかるんだ。穴を掘る、家の下に土たくさんというのがよくわからない」

 碧い瞳があちこち視線を彷徨わせる。

「・・・家の前は穴になってて、そこに落ちたのかな?あと家の下に土いっぱい敷き詰めて他より高いところに家が建ってたかも?」

 聞いているうちに、イメージが湧いてきた。

 山から雪崩が押し寄せたとき、屋敷の前に穴?溝があれば多少は止められるかもしれない。それを乗り越えてしまったときも、高い頑丈な壁があればもう一つの障害になりえる。その壁の上に屋敷を建てたら?雪崩が壁を駆け上がったらどうしようもないが、ないよりはマシだ。

 ドリアンはふと気づいた。

 今年は例年にない雪害だが、もともとロンドリン領で一番問題になっているのは水害である。ニ、三年おきに、大雨で洪水被害に見舞われているのだ。
 しかし川の両側に壁を立てれば氾濫が抑えられるのでは?仮に氾濫しても建物が氾濫する位置より高い位置にあれば被害はより小さくできるのではないか?
 ということは、今、壊れたところだけ直すのではなく、町自体を作り変えてしまえば災害に強くなるのではないだろうか!

 ・・・ダルスラは景観が悪くなるから嫌だと言うだろうか・・・

 視線を感じ、横を見るとドレイファスがじっと見つめている。

「アラミスたちのそばにいてやりなさい、私はロンドリン領に支援に行くから皆を頼むな」

 急いでローザリオにポーションを上級、特級もと頼む。イルドアがかなり汚れたまま運ばれてきたので、消毒液とソープも在庫を吐き出させた。ミルケラに穴掘り棒も馬車に積めるだけ用意させて、領内と傘下貴族の元にいる土木士をロンドリン領へ向かわせて。

 ─土木士たちには無理をさせることになるが─

 ダルスラがなんと言おうと、ロンドリン領民のために口を出そうと決めて、馬車に乗り込んだ。



 ロンドリン伯爵家に着くと、ドリアンの想像以上の損害が広がっていた。死亡者がいないことが不思議なほど、あちこちで建物が雪に押し潰されている。

「ドリアン様っ!」
「ダルスラ、大丈夫か?」

 服も顔も泥まみれで駆けてきた姿には、疲労が滲んでいる。

「イルドアは大丈夫でしょうか?」
「ああ、単純骨折だから、骨がつけばちゃんと歩けるようになるそうだ。治るまでは我が家で預かろう」

 深々と頭を下げ「よろしくお願いします」と、いつも陽気な男が低い声で吐き出した。

「ところで提案がある。ドレイファスの例のアレから災害対策を考えた。ダルスラは嫌だと言うかもしれないが、是非飲んでもらいたい」

 ドリアンは、自分が考えてきたことを土木士も交えて説明した。

「ということは、閣下はこのロンドリン領の地面を土魔法で嵩上げしようとお考えですか?」
「さすがに全域ではない。とりあえず山裾や川の流域、水害が頻発している低い場所に限定して?それだけでも土木士には相当な負担をかけるが、我が公爵家で費用を支援する」
「え?すごい費用がかかりますが」

 土木士のメゲが公爵に注意を促すが

「構わない。困ったときはお互いさまだ。どうだろうかな、ダルスラ?」

 下を向いてじっとしているロンドリン伯爵は何も答えない。

「ダルスラ?」

 もう一度名を呼ばれて、やっと顔を上げると。
目から涙をぽろぽろと流し、真っ赤な顔をしている。口を開こうとするのだが、しゃくりあげてうまく喋れないようだ。

「私の提案を飲むか?」

 コクンと頷いた。

「よしっ。よかった!正直景観が悪くなりそうだからイヤだと駄々をこねるかと心配していたんだがな」

 その言葉を聞き、ダルスラは「あっ!」と言ったがもう遅い。
メゲはさっさと地図を広げて土木士たちの配置を考え始めている。

「なるべく景観が変わらないようにしてやりたいが、それより今後水災害が起きないほうが領民のためにもよかろう?なあ、そうだろうダルスラよ」

 ダルスラには勝ち目はなさそうだ。
公爵がやってくれると言うなら、任せてしまおうと頷いて見せた。



 それからのロンドリン復興は、土木士たちが地獄というほど厳しいものだった。
日々魔力を使い切るぎりぎりまで、氾濫したことのある川の両側を土魔法で高く隆起させ、岩化させて堤に作り変える。周辺の土地も堤より高く盛り上げて。

 領地の半分が低地だったので、まずどこまでに手を入れるかを決めた。
今回、嵩上げの対象から漏れた土地に家を建てる場合は、必ず嵩上げをすることと定めて。

 広範囲の土地を建物ごと嵩上げするのは土木士に経験のない負担となったが、疲れきって倒れ込むと公爵がポーション片手にすすっと現れて耳打ちする。

 メゲのような公爵家の土木士には特別報奨を。
 公爵領から招集された一般の土木士には、ここでの活躍を評価して公爵家で召し抱えると。
 他領から借りた土木士は引き抜けないため、頑張ってくれたら自分が別途に褒美を出そうと。

 言うだけではない。
実際に紙に包んだ金貨をポケットに放り込んでいくのだから、がんばろう!という気持ちにもなる。
 限界を超えさせる指示を出しながら、絶妙なタイミングで飴を与えるドリアンに操られた土木士たちの奮闘により、二ヶ月という短期間で復興、いや、新しい防災都市ロンドリンを作り上げた。そこから建物の修復にさらに一ヶ月。

 三ヶ月近くロンドリン領に通い詰めたドリアンは領民たちとも親しくなり、その中に何人かいた木工職人をフォンブランデイル領に転居させることで、ダルスラと手を打った。
 ミルケラの下につかせて、濁りガラスなど外部には発注できないものを手がけさせようと考えてのことだ。

 ロンドリン伯爵家本宅は、壊れた家ごと土魔法で雪崩の影響を受けないところまで移動させ、さらに他のところと同じように嵩上げをした。
小さな戸建と違い、数名の土木士が一気に魔法をかけてやったのだが、それが一番大変だったとのちのちまでメゲがボヤいていたそうだ。
 屋敷の工事がすべて終わる頃、漸くルマリが戻ってきた。もちろんアラミス、イルドアを連れて。イルドアは今歩く練習中。骨がつくまで歩かずにいたら筋肉が衰えてしまったから。

「父上!」
「イルドア!まだ歩くのは難しいのか?」

 久しぶりに息子と再会したダルスラが開口一番にそう訊ねて、もっと頑張ってみると無理したイルドアに痛みが生じた。
 ルマリがダルスラに無神経だと激怒したので平身低頭で謝り、イルドアにも無理をしないよう厳重注意がなされたが、イルドアはこっそりポーションを飲みながら歩行訓練を続けている。

「イルドアとアラミスは新しい部屋なんだ」

 潰れてしまった部屋は取り壊し、新たに増築した部屋は今までより広い。

「すごくきれいでいいな」
「気に入ったか?」
「はい、父上。ありがとうございます」

 イルドアが礼を言うと、アラミスもこくこくしてから「ありがとうございます」と付け加えた。

 ロンドリン伯爵領地の大規模な改造は、ダルスラでは思いつかず、また仮に思いついたとしても資金的に難しいことだった。
ドリアンがいて、ドレイファスがいたからこそ。そしてドレイファスのそばにアラミスがいるからこそである。
 公爵に今までより更にがっつりと握られたが、ダルスラは悪くないと思った。
 合同ギルドに参加したことで新しい仕事が増えて、領民は少し豊かになり、今回安全な家も与えることができたが、緊急のときは公爵家の庇護下にあることを感謝するほどの支援が受けられる。
 王家は何もしてくれなかったことを考えると、公爵家がいかに手厚く目をかけてくれているかがよくわかった。
 ワルター・サンザルブ侯爵がよく

『我らは一蓮托生』

と言うが、まったくそのとおりだなとダルスラも思う。
 公爵一派が順調に富んでいくことで、筆頭のフォンブランデイル公爵家が王家に目を向けられることがないよう、ロンドリンも今まで以上にその役目を果たしていこうと、ダルスラは強く心に誓ったのだった。

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