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128 閑話 スートレラ子爵家のトロンビー

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 話は少し遡る。

 カルルドがトロンビーと共にスートレラ子爵家に戻った日のこと。

 見慣れない家紋もない荷馬車が、子爵家の馬車を先導するように門から入ってきたので驚いた門番が屋敷に知らせに駆け込んで来た。
 よく見たら、荷馬車の御者台にカルルドが乗っているとわかったはずだが、哀れな門番は見逃してしまっていた。

 何事か!と嫡男エーメが飛び出してくると、機嫌よく荷馬車から手を振るカルルドが目に入る。

「カルディ!どうしたんだその荷馬車は?」
「フォンブランデイル公爵家の庭師のミルケラさんにトロンビーをテイムするのを手伝ってもらって。連れて帰ってきたから」
「テイムできたのか?」

 スキルがあるとはわかっていたが、実際できるかは未知数だと思っていたエーメは素直に驚いた。

 そのあとのことは、カルルドもエーメもきっと一生忘れないだろう。

「ギャアッ!」

 荷馬車の幌を開けると、中には伐られた枯木と蜂がぎっしり。

「お、おまえ!!一匹じゃないのか」

 エーメのそのびっくりした顔ときたら!
みるみるエーメの顔が赤く染まっていき、怒られる!とカルルドが首を竦めたとき。

「あの、カルルドくんの兄君、このトロンビーは全部カルルドくんの指示下にあるから心配いりませんよ。公爵邸でいろいろ試してテイムの効果は確認してますから安心してください」

 人の良さそうなミルケラが助け舟を出してくれた。
 しかしエーメはじとりと不躾にミルケラを見ただけ。

 全部テイムされていようが、了解も得ずこんなにたくさんデカい蜂を連れ帰ったことについてエーメは怒っているのだ。
おとなしかろうが、テイムされて言うことを聞こうが、スートレラ子爵家の庭にこれだけの蜂が住むことがどうかと言っているのだが。

「ほら、兄君に見せて差し上げたら?」

 カルルドが見上げると、花蜜をいれた小瓶を手に

「待てをさせてから、ね」

ミルケラが片目をパチンとつむって見せたので

『まだ食べちゃダメ』

とエーメに聞こえるように言った。

 カルルドは落ちていた枝を拾って花の蜜をツツーと掛け、地面に置いた。ツヤやかな蜜が目の前にあるのにトロンビーはじっとしている。

(ん?蜜に気付いていないのか?)

 エーメが蜂の様子に疑問を感じたのとほぼ同時にか。

『食べていいょ』

 カルルドが言い終わる前に、トロンビーたちは蜜に襲いかかる勢いで群がった。

「ひっ」

 エーメが小さな声をもらすが。

「大丈夫、ちゃんとカルルドくんの言うことを聞いて動いているから心配いらないよ」

 諭すようにミルケラがエーメに言い聞かせた。

(何を言ってもムダ・・・?)

 エーメは諦めて

「あとの判断は父に任せます。ここまでの御助力に感謝申し上げます」

 そう頭を下げたが。

「じゃあどこに置こうか?」

とミルケラが荷馬車から木を下ろして置く場所を探し始めたことに頭を抱えた。

「家の裏の庭にお願いします。左手が僕の部屋が近いので」

 それを訊いたミルケラが木を担いで歩くと、隊列を組んだようにトロンビーたちがついて飛んでいくのだ・・・。
 エーメは弟と共に屋敷の裏に消えた蜂とミルケラを呆然と見送った。

 エーメは屋敷に戻ると母の所在を執事に訊ねたが、知らぬ間に外出していた。帰宅は夕方らしく、両親が揃ったところで話すしかなさそうだ。
 執事に、庭の東側にトロンビーの巣があるのでおとなしいが近寄らないようにと申しつけて、茶を頼むと自分の部屋へ引き篭もる。
 頭が混乱して少し休みたくなった。


 エーメを寝台送りにしたカルルドは、蜂の巣を設置して公爵邸に戻るミルケラに丁寧に礼を言った。

「うん、トロンビーとなかよくね」

 このあと数日に渡りドレイファスに蜂がいなくなったと拗ねられ、弱り果てることになるとは露ほども思わずに機嫌よく帰路についた。


 ひとりになって、巣箱のそばに座り込んだカルルドのまわりを蜂がブンブンと飛び回るが、危険は感じない。もちろん言葉はわからないが、なぜかカルルドに好意的な気がするのだ。
 肩にかけていたかばんから小瓶を出し、小枝を探すと枝に花蜜を垂らして

『まだあるから焦らないで、一度にみんなはダメだよ。少しづつ食べに来て』

 トロンビーたちはちゃんと理解したようで、誰がどのように分けたのやら、いくつかのグループになり順番を守って花蜜を味わっている。

『君たちって本当におりこうなんだね、いままで知らなかったよ。これから君たちがどんな花蜜が好きかとかそういうことをたくさん教えてほしいんだ。だからね、引っ越しさせて悪かったんだけど、これからはここで暮らしてくれるかな』

 ふと気づくとトロンビーたちはじっとカルルドを見つめている。
 急にぶわっとあたたかい気持ちが胸に広がった。

 かわいい!

 目を細め、一匹づつじっくりと見ると微妙に模様の位置が違っていることがわかる。
 恐る恐る指先を差し出すと、巣からとびきり大きな蜂が舞い降りた。

 威圧感さえ感じるそれこそ女王蜂なのだろう。

『あ、君たちに名前つけてあげたいんだけど、ぼくが覚えられないかなあ。少しづつね。まずは女王の君、クイーンイザベラルダはどう?』

 女王蜂は小首を傾げたが、飛び上がると大きくくるりと一回転してみせてくれた。

『気に入ってくれた?蜜食べていきなよ』

 カルルドは、蜂の巣箱を守る屋根を作ってもらおうと決めた。そこに水場と自分がおやつをやるときの皿を設置して。
 頭の中がトロンビーにしてやりたいことでいっぱいになった頃、帰宅した両親から呼ばれていると使用人が探しにやって来た。



「おとうさま、おかあさま、おかえりなさい」
「カルルド、エーメから聞いたがトロンビーをテイムしたと?」
「はいっ!みんなすっごくかわいいんです」

 ランカイドとエミルは蜂がかわいいと聞きたかったわけではないため、話がずれたと感じたが。

「みんなびっくりするほどぼくのいうことをわかってくれて、ごはんもまだだよって言うとちゃんと我慢もできて、本当にすっごくおりこうなんです」

 おとなしいカルルドが両親に食いつくように身を乗り出し、トロンビーの魅力を身振り手振りで話しまくる。

「みんなにはまだ無理だけど、女王蜂にクイーンイザベラルダって名前をつけてあげたら、喜んで一回転してくれて!」

 両親は呆気にとられて何も言えなくなった。
 本当はエーメに聞いてすぐ、庭でわざわざトロンビーを飼うなんてとんでもないと叱り、テイムを解除させるつもりだったのだが。
 ほんの短い時間でまるでともだちにでもなったかのようにトロンビーについて話す息子に戸惑っていた。
 少なくとも今、無理矢理手放させるのはよくないかもしれない・・・そう逡巡するほどののめり込みぶりに、スートレラ子爵ランカイドは妥協案を決める。

「もしトロンビーが使用人などに怪我をさせることがあったら即テイム解除すること」

 そう約束させた。
 父がすぐに蜂を追い出すと思っていたエーメは拍子抜けしたが、カルルドの様子を見ると仕方ないような気もしたので意は唱えず。

 母エミルは・・・
 カルルドがこんなに夢中になれるものが見つかってよかったと、例えそれがトロンビーだろうと歓迎した。ただ庭の東側には行かないことにしようと決めたが。

 カルルドはそれ以降毎日トロンビーに張り付いている。
 いままであまり使うこともなく貯めていた小遣いで、花蜜を買い足したことと、ミルケラに巣箱の上に屋根をつけてほしいと幾ばくかのコインを包んで渡そうとし、いらないと返されたということはあったが。
 ミース先生の生物教室でトロンビーについて話してから、観察のポイントなどを詳しく教えてもらったので観察日記はさらに詳細になった。
 夏休みの間、ミース先生はフィールドワークに出ているため時折先生から手紙が届くのだが、どこかに長逗留するときは宿宛てに出しても良いことになったので、いつでも出せるように観察日記をまとめておくのも毎日の課題の一つとなった。

 世話を焼くほどトロンビーは懐いてくる気がして、餌をやり、小屋のまわりをきれいにして。
 まめに声をかけては名前をつける。模様のわずかな違いも全部記録しているので、かなり見分けることができるようになってきたのだ。
 冒険者ギルドの資料室で読んだものに、テイムされた魔物は野生でいるより寿命もかなり長くなると書いてあったので、蜂が安心して暮らせる環境に気を配り、気温が高い日は巣箱に熱が籠もらないようミルケラが隙間を塞いだところに敢えて通気口を開けてもらった。

 カルルドは。
 トロンビーと出会って、自分の中の何かが大きく変わっていくような予感がしていた。
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