127 / 260
127 ドレイファスのおねだり
しおりを挟む
フォンブランデイル公爵家の離れから一本の木が伐られて運び出されて以来、嫡男のドレイファスは庭師たちに
「ぼくの蜂、ちゃんといる?」
としつこく訊くようになった。
「大丈夫、ちゃんと他の蜂もきてるよ」
庭師たちが安心させるよう、毎回同じことを言うのだが、ドレイファスはあれ以来畑で蜂を見かけない。確かに少なくなった蜂に庭師たちも不安にかられていた。
暑さが厳しくなり、日中に飛ばなくなっただけなのだが、みんなそんなことは知らない。
「でも全然蜂いないよ」
泣きそうな顔をされるとみんな弱い。
特にミルケラは木ごと巣をスートレラ家に持っていった張本人だから胸が痛む。
なだめすかしてドレイファスを屋敷に戻すと、ミルケラは森に蜂を探しに行くことにした。
確かに森までの道でトロンビーどころか虫をほとんど見かけない。汗が額から目尻に流れ込んで染みてくるので手で拭うと、木陰に入って一息つくことにした。
切り株に腰をかけると、目の前をブーンと蜂が通り過ぎていく。
えっ!トロンビー?
すぐ追いかけていくと、森を分け入ったところにある古い木の枝にぶら下がるように蜂の巣が作られているのが見えた!
「よし、やった!」
あまり近づくと巣から蜂たちが飛び出してくるが、一定の距離があれば無視できるようだ。
「この蜂が畑に間違いなく来てくれたらありがたいんだが、どうしたら?カルルド君に訊く?いやまずヨルトラにでも訊いてみるか」
ミルケラは早速ヨルトラに蜂をこの畑に呼ぶにはと聞いた。
「蜂を?」
トロンビーの巣をカルルドにあげてからのドレイファスに参ってしまい、困っていると正直に話した。
「そうか。んー。カルルドくんにテイムしてもらって畑に来てもらうように頼む?責任取ってやってくれるかもしれないぞ」
ヨルトラのアイデアもたいしたことはなかった。
そういえばドレイファスの夢で蜂の巣が箱に入ってるようなのがなかったか?
(あ!箱を作って、トロンビーが出入りできる大きさの入口と、屋根を開け閉めできるようにしたら、その中に巣を入れちゃえばいいんじゃないか!巣ごと畑のそばに設置すれば、いやでも畑で蜜を集めるに違いない!)
すごくいいことを思いついたと、ミルケラはひとりでにんまりとした。
作り出すと早い。ほぼ自分の想像通り、さっき見た巣がまるっと入れられそうな大きさに作った箱を巣のそばに運んでおく。
あとは夜、蜂が寝静まってから。
朝みんなをびっくりさせようと誰にも秘密にして、蜂だけではなく庭師たちも寝静まるのを待ってそっとログハウスを抜け出す。
荷車の車輪が軋む音と梟の鳴き声だけの、静かな夜だ。
トロンビーの巣の前につくと、カンテラを近くの枝にかけ、荷車に乗せてきた網を巣に巻きつけて、万一中で目を覚ましても出てこないように準備をする。
巣は木の枝からぶら下がるように作られていて、入り口は下部にある。はしごを登って枝ごと切ると、その枝を作ってきた箱の両端にひっかけて巣が箱の中でぶら下がるようにした。巣にかけた網をそっと外して、枝があるためぴったり閉まらなくなった蓋の隙間に詰め物をしながら閉め、箱を荷車に乗せて畑へと戻る。
畑のそばには数本、畑作業をする庭師に木陰を提供してくれる大木がある。そのうちの一本、ログハウスから一番遠い木の根元に巣箱を置いた。
巣箱の入口に詰めてあった網を引き出すと、ようやくミルケラは自分の部屋へと戻って布団に潜り込んだ。
翌朝。
「うわっ、トロンビーがすげえたくさんいる!」
アイルムの叫び声でミルケラの目が覚めた。
ガバッと起きて部屋を飛び出すと、曇っているのか窓から薄暗い外を見た。
確かにすごくたくさん飛んでいる・・・。
もしかして蜂は怒っているだろうか?
そろりとログハウスの扉を開けてみると、ただブンブンと飛び回っているだけで、大群といえるが人を襲うようなこともなく、開け放しているスライム小屋にも元気に出入りをくり返している。巣が勝手に移されたことには気づいているのか?
「あの、みんな、ごめん」
ミルケラは安心しつつも、想像以上の蜂の出現に謝らねばダメそうだと感じた。
「夜のうちに蜂の巣を奥の木の下に移したんだ」
「ええ!ひとりで?」
「うん、驚かそうと思って」
「驚いた、ものすっごく!ってか驚くに決まってるだろうがっ!」
ミルケラはアイルムに叱られた!
「うん、かなり驚いた。朝、羽音がすごくて目が覚めたぞ」
ヨルトラも渋い顔をしていたが
「まあでもこれでドレイファス様の機嫌も直るだろう」と付け加えてくすっと笑った。
「トロンビーだから大丈夫だと思うんだが、ミルケラ、責任取って外に出てみてくれ」
アイルムが冷たく言う。
「うん、もちろん行ってくるよ」
ログハウスの扉を少し開けると、すり抜けるように外に出る。
怖くないと言えば嘘になる。
しかし蜂は目の前をブンブンと音を立てて飛び回るが、ミルケラのことはまったく見ていないようだ。木が生い茂った森より、目の前にある花々に夢中らしい。
畑に水を撒いても大丈夫だろうか?
水やり樽を手に畑に入って水を撒くと蜂たちは水滴を避けて飛び回るが、撒いたミルケラに向かってくるわけではない。
どうやら大丈夫そうだとログハウスへ戻り、そのように報告した。
「ミルケラ、屋敷に行ってドレイファス様に蜂がものすごくたくさん飛んでいるから注意するように言っておいたほうがいいと思うよ」
冷静なヨルトラが、何か言いたそうなアイルムを抑えて送り出してやる。
ミルケラはもう一度、頭を下げてから外へ出て行った。
「いや、しかしすごいねこれは」
笑い出したヨルトラは
「空が黒くすら見える」
と窓から外を眺めた。
トロンビーは攻撃的な蜂ではないが、驚いたり攻撃されれば、自衛のために襲いかかってくることもある。
体長が大人の拳ほどはあるので、多少でもまとまって飛んでいればかなり迫力があるし、それなりに力もある。
「壮観だな」
ヨルトラの一言が合図のようにみんなで笑い出した。
ドレイファスの控えの間にミルケラが待ち受けていると、侍女のタイリーが中から扉を開け、金色の頭がひょこっと現れた。
「あっ!おはようミルケラ、どうしたの?」
あの恨み節は忘れたのだろうかという、キョトンとした顔だ。
「今離れの庭は、大量のトロンビーが飛び交っておりまして、人を刺したりはしてきませんが驚かせたりした場合も大丈夫とは限らないので、できたら落ち着くまで離れに来るのはおやすみしたほうがよろしいかと」
いつもと違い、使用人として然るべき態度で報告する。護衛のレイドはそれを聞き、ドレイファスの上着をもう一度ハンガーにかけ直したのだが。
「やだ、行く。飛んでるトロンビー見たい」
「いや、やめてくださいドレイファス様」
ミルケラが止めようとするが、
「行くもん」と足を止めない。
「刺さないなら大丈夫だもん!」
レイドとミルケラの目があい、諦めたように肩を竦めあった。
「ドレイファス様!ちょっとお待ちください、せめて上着を着て」
レイドがまわりこんで肩に掛けてやると、自分で袖に腕を通したが曲がっている。
「直しますよ」
上着の両肩を軽く摘み、左右に動かしてうまく着せてくれた。
タイリーはぼんやり見ている・・・。
それに気づくと、ドレイファスの機嫌は少し悪くなった。
「さあ、それでは行きましょうか。もしものときは私がお守りします」
そう言って差し出したレイドの手を、ドレイファスは何も言わずにしっかりと握ると頷いた。
地下通路を三人で行く。
「何度歩いてもわくわくしますね、ここ」
レイドはこの通路を通るのが気に入っている。秘密基地に行くような気がするそうだ。
「そう?」
毎朝夕歩くドレイファスも忘れただけで最初はいつもわくわくしていたのだが。
地下通路の扉を少しだけ開けたレイドは、危険がないか確認してから慎重に少しづつ開いていく。
ブーンと羽音が聞こえ、レイドが顔をそむけると蜂が通り過ぎていく。
確かに人間に興味はないようだが。
念のため蜂を刺激しないよう静かに畑へ踏み出すと、あちらこちらで羽音が響いているのがわかる。
「ほんとだ、しゅごい」
緊張したらしく少し噛んだドレイファスは眉間に皺を寄せ、レイドの手をぎゅっと握りしめた。
「蜂さんこわい・・・。もうかえる」
良かれとやったミルケラの好意は裏目に出た。
ミルケラが蜂の巣を森の入口に戻すまで、ドレイファスは畑に姿を見せることはなかった・・・。
「ぼくの蜂、ちゃんといる?」
としつこく訊くようになった。
「大丈夫、ちゃんと他の蜂もきてるよ」
庭師たちが安心させるよう、毎回同じことを言うのだが、ドレイファスはあれ以来畑で蜂を見かけない。確かに少なくなった蜂に庭師たちも不安にかられていた。
暑さが厳しくなり、日中に飛ばなくなっただけなのだが、みんなそんなことは知らない。
「でも全然蜂いないよ」
泣きそうな顔をされるとみんな弱い。
特にミルケラは木ごと巣をスートレラ家に持っていった張本人だから胸が痛む。
なだめすかしてドレイファスを屋敷に戻すと、ミルケラは森に蜂を探しに行くことにした。
確かに森までの道でトロンビーどころか虫をほとんど見かけない。汗が額から目尻に流れ込んで染みてくるので手で拭うと、木陰に入って一息つくことにした。
切り株に腰をかけると、目の前をブーンと蜂が通り過ぎていく。
えっ!トロンビー?
すぐ追いかけていくと、森を分け入ったところにある古い木の枝にぶら下がるように蜂の巣が作られているのが見えた!
「よし、やった!」
あまり近づくと巣から蜂たちが飛び出してくるが、一定の距離があれば無視できるようだ。
「この蜂が畑に間違いなく来てくれたらありがたいんだが、どうしたら?カルルド君に訊く?いやまずヨルトラにでも訊いてみるか」
ミルケラは早速ヨルトラに蜂をこの畑に呼ぶにはと聞いた。
「蜂を?」
トロンビーの巣をカルルドにあげてからのドレイファスに参ってしまい、困っていると正直に話した。
「そうか。んー。カルルドくんにテイムしてもらって畑に来てもらうように頼む?責任取ってやってくれるかもしれないぞ」
ヨルトラのアイデアもたいしたことはなかった。
そういえばドレイファスの夢で蜂の巣が箱に入ってるようなのがなかったか?
(あ!箱を作って、トロンビーが出入りできる大きさの入口と、屋根を開け閉めできるようにしたら、その中に巣を入れちゃえばいいんじゃないか!巣ごと畑のそばに設置すれば、いやでも畑で蜜を集めるに違いない!)
すごくいいことを思いついたと、ミルケラはひとりでにんまりとした。
作り出すと早い。ほぼ自分の想像通り、さっき見た巣がまるっと入れられそうな大きさに作った箱を巣のそばに運んでおく。
あとは夜、蜂が寝静まってから。
朝みんなをびっくりさせようと誰にも秘密にして、蜂だけではなく庭師たちも寝静まるのを待ってそっとログハウスを抜け出す。
荷車の車輪が軋む音と梟の鳴き声だけの、静かな夜だ。
トロンビーの巣の前につくと、カンテラを近くの枝にかけ、荷車に乗せてきた網を巣に巻きつけて、万一中で目を覚ましても出てこないように準備をする。
巣は木の枝からぶら下がるように作られていて、入り口は下部にある。はしごを登って枝ごと切ると、その枝を作ってきた箱の両端にひっかけて巣が箱の中でぶら下がるようにした。巣にかけた網をそっと外して、枝があるためぴったり閉まらなくなった蓋の隙間に詰め物をしながら閉め、箱を荷車に乗せて畑へと戻る。
畑のそばには数本、畑作業をする庭師に木陰を提供してくれる大木がある。そのうちの一本、ログハウスから一番遠い木の根元に巣箱を置いた。
巣箱の入口に詰めてあった網を引き出すと、ようやくミルケラは自分の部屋へと戻って布団に潜り込んだ。
翌朝。
「うわっ、トロンビーがすげえたくさんいる!」
アイルムの叫び声でミルケラの目が覚めた。
ガバッと起きて部屋を飛び出すと、曇っているのか窓から薄暗い外を見た。
確かにすごくたくさん飛んでいる・・・。
もしかして蜂は怒っているだろうか?
そろりとログハウスの扉を開けてみると、ただブンブンと飛び回っているだけで、大群といえるが人を襲うようなこともなく、開け放しているスライム小屋にも元気に出入りをくり返している。巣が勝手に移されたことには気づいているのか?
「あの、みんな、ごめん」
ミルケラは安心しつつも、想像以上の蜂の出現に謝らねばダメそうだと感じた。
「夜のうちに蜂の巣を奥の木の下に移したんだ」
「ええ!ひとりで?」
「うん、驚かそうと思って」
「驚いた、ものすっごく!ってか驚くに決まってるだろうがっ!」
ミルケラはアイルムに叱られた!
「うん、かなり驚いた。朝、羽音がすごくて目が覚めたぞ」
ヨルトラも渋い顔をしていたが
「まあでもこれでドレイファス様の機嫌も直るだろう」と付け加えてくすっと笑った。
「トロンビーだから大丈夫だと思うんだが、ミルケラ、責任取って外に出てみてくれ」
アイルムが冷たく言う。
「うん、もちろん行ってくるよ」
ログハウスの扉を少し開けると、すり抜けるように外に出る。
怖くないと言えば嘘になる。
しかし蜂は目の前をブンブンと音を立てて飛び回るが、ミルケラのことはまったく見ていないようだ。木が生い茂った森より、目の前にある花々に夢中らしい。
畑に水を撒いても大丈夫だろうか?
水やり樽を手に畑に入って水を撒くと蜂たちは水滴を避けて飛び回るが、撒いたミルケラに向かってくるわけではない。
どうやら大丈夫そうだとログハウスへ戻り、そのように報告した。
「ミルケラ、屋敷に行ってドレイファス様に蜂がものすごくたくさん飛んでいるから注意するように言っておいたほうがいいと思うよ」
冷静なヨルトラが、何か言いたそうなアイルムを抑えて送り出してやる。
ミルケラはもう一度、頭を下げてから外へ出て行った。
「いや、しかしすごいねこれは」
笑い出したヨルトラは
「空が黒くすら見える」
と窓から外を眺めた。
トロンビーは攻撃的な蜂ではないが、驚いたり攻撃されれば、自衛のために襲いかかってくることもある。
体長が大人の拳ほどはあるので、多少でもまとまって飛んでいればかなり迫力があるし、それなりに力もある。
「壮観だな」
ヨルトラの一言が合図のようにみんなで笑い出した。
ドレイファスの控えの間にミルケラが待ち受けていると、侍女のタイリーが中から扉を開け、金色の頭がひょこっと現れた。
「あっ!おはようミルケラ、どうしたの?」
あの恨み節は忘れたのだろうかという、キョトンとした顔だ。
「今離れの庭は、大量のトロンビーが飛び交っておりまして、人を刺したりはしてきませんが驚かせたりした場合も大丈夫とは限らないので、できたら落ち着くまで離れに来るのはおやすみしたほうがよろしいかと」
いつもと違い、使用人として然るべき態度で報告する。護衛のレイドはそれを聞き、ドレイファスの上着をもう一度ハンガーにかけ直したのだが。
「やだ、行く。飛んでるトロンビー見たい」
「いや、やめてくださいドレイファス様」
ミルケラが止めようとするが、
「行くもん」と足を止めない。
「刺さないなら大丈夫だもん!」
レイドとミルケラの目があい、諦めたように肩を竦めあった。
「ドレイファス様!ちょっとお待ちください、せめて上着を着て」
レイドがまわりこんで肩に掛けてやると、自分で袖に腕を通したが曲がっている。
「直しますよ」
上着の両肩を軽く摘み、左右に動かしてうまく着せてくれた。
タイリーはぼんやり見ている・・・。
それに気づくと、ドレイファスの機嫌は少し悪くなった。
「さあ、それでは行きましょうか。もしものときは私がお守りします」
そう言って差し出したレイドの手を、ドレイファスは何も言わずにしっかりと握ると頷いた。
地下通路を三人で行く。
「何度歩いてもわくわくしますね、ここ」
レイドはこの通路を通るのが気に入っている。秘密基地に行くような気がするそうだ。
「そう?」
毎朝夕歩くドレイファスも忘れただけで最初はいつもわくわくしていたのだが。
地下通路の扉を少しだけ開けたレイドは、危険がないか確認してから慎重に少しづつ開いていく。
ブーンと羽音が聞こえ、レイドが顔をそむけると蜂が通り過ぎていく。
確かに人間に興味はないようだが。
念のため蜂を刺激しないよう静かに畑へ踏み出すと、あちらこちらで羽音が響いているのがわかる。
「ほんとだ、しゅごい」
緊張したらしく少し噛んだドレイファスは眉間に皺を寄せ、レイドの手をぎゅっと握りしめた。
「蜂さんこわい・・・。もうかえる」
良かれとやったミルケラの好意は裏目に出た。
ミルケラが蜂の巣を森の入口に戻すまで、ドレイファスは畑に姿を見せることはなかった・・・。
応援ありがとうございます!
20
お気に入りに追加
431
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる