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122 夏の思い出2

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 一言憎まれ口を叩いたドレイファスだが、はい、とメイベルが渡してくれたそれは、こどもの手にもコインがたくさん詰め込まれているのがわかる皮袋。落とさないようにしっかりと握る。

「坊ちゃま、お店の方にお願いしてきましたから、存分にお買い物の練習してきてください。私、外で待っておりますわ」

 初めてのおつかいであるとメイベルは店員に根回しし、ついでに、たとえ頼まれなくても!ブローチはちゃんとブルーのリボンをかけてラッピングするようにと頼んできた。

 メイベルが店の外に出たのを確認すると、三つとも手にして店員に渡す。

「三品ともでよろしいのでしょうか?」

 店員にもさっきの会話が聞こえていたので、侍女が気に入っていると指差した物は買わないだろうと思っていたのだが。

「三つとも買います」

 小さな貴族ははっきりそう言った。

「包装致しますが、ご希望はございますか?」
「ないけど、どれがどれかわかるようにしてほしいです」

 店員はメイベルに頼まれたとおり、薄い、濃い、碧の、すべてブルー三色のリボンを持ってきた。

「こちらのお色でよろしいでしょうか?」
「いいです」

 まだドレイファスはプレゼントに自分の色を選ぶ意味を知らないので、どれでもいいからという態度だが、店員はよく気が利いた。

「どんな方に贈られるか、教えていただけますか?」
「これは妹、これは今の侍女、こっちは・・・ともだ・・・ちに」
「まあ、侍女の方にも?お優しいのですね」

 少年はチラッと視線を横に逸して。

「もうじきけっこんしてやめちゃうから」

 口を尖らせて拗ねたように言った。

 優しい小さな主の想いに応えるように、侍女へのプレゼントには濃いブルーのリボンをかけて。妹の分にと選んだブローチへは明るいイエローのリボンを。そして少年が言い淀んだあと、ともだちにと言ったものには碧いリボンをかけて、三つの小さな包みを紙袋に入れる。

「三点で50000ロブでございます」

 皮袋を開き、教えられたとおりに金貨を10枚取って店員に手渡す。

「はい、確かにぴったり頂戴致しました。またぜひご贔屓くださいませ、若様」

 そう言って扉を開けた店員は、外で待っていたメイベルに三つの品物を入れた小袋を渡した。

(自分のためのプレゼントが入っているとは知らないのね、それをもらうときの彼女はどんな顔をするかしら)

 決して高位貴族の選ぶグレードではない、土産にしては良い物と言われる程度のブローチだが。店員は、きっと幸せに満たされるだろう侍女が羨ましくなった。

「ありがとうございます」

 メイベルが店員に礼を告げると、少年と護衛と干しアンズを買いに他の店へと移っていく。

「いいわねえ、主に恵まれるってああいうことね」

 店員はため息とともに、店のオーナーの後ろ姿を見て肩を竦めたのだった。

「ね、メルクル」

 メルクルは袖先を引っ張られてドレイファスが呼ぶことに気づいた。
見ると、人差し指を口に当てている。

「メルクル、さっきの店で買ったものはメイベルには内緒にして」

 メルクルはパチッと片目を瞑って「了解」と合図した。

 秋が来て、少し涼しくなり始めた頃にメイベルとルジーの結婚式が行われ、それをもってメイベルは公爵家を退職する。
それまでは内緒にしておかなくてはいけないから。

 干しアンズは、ドライフルーツ好きのタンジーのために多めに買い込んだが、それでもコインが入った皮袋が軽くなることはなかった。

 公爵はいったい一月の小遣いをいくら渡しているのやら。

「もっといろいろ買ったほうがいいかな?」
「いいえ、もう十分ですわ」

 皮袋をメイベルに取り上げられ、他の店を回っていたボルドアたちと合流したあと、大量の干しアンズと別邸へ戻って、そのアンズの多さに母に呆れられたのだった・・・。

「タンジェントがドライフルーツが好きだからって、あなたこれはいくらなんでも買いすぎよ」
「クラスのともだちにも持っていくから」

 そう言われたら、それ以上は言えない。
マーリアルは、ハアとため息ひとつついて部屋に戻ろうとしたが、

「待っておかあさま」と腕を掴まれた。
「お願いあるの」
「あら、何かしら」

 母に訊かれても、すぐには話さないでチラッとまわりを見て。すっと母から離れ、メルクルに何か耳打ちしにいって、戻ってきた。

 ひと呼吸置いたくらいの間で、メルクルがメイベルに声をかけてその場を離れたのを見計らうと。

「おかあさま、こっちに来て」

 ドレイファスは母を両親の部屋に引っ張って行くと、扉を閉めて部屋の中を見回した。

「ふたつお願いがあるの」

 学院にあがってからは珍しくなった、息子の甘えた言葉遣いがくすぐったくもうれしい。

「なんでもお願いしなさい、おかあさまに」

 息子の可愛さに大盤振る舞いが止められなくなりそうな母である。

「ひとつはね、これをメイベルがけっこんするときまで隠しててほしいの。ぼくが持ってるとバレちゃうから」
「これはなあに?」
「さっき土産屋でメイベルがほしいって言ってたブローチ。こっそり買ったの」
「まあ!そうなの、じゃあおかあさまが預かって隠しておくわね」

 濃いブルーのリボンが結かれた小さな袋を、母は自分のポーチに仕舞った。
それを確認して、話を続ける。

「もう一つのお願いは?」
「ボルディがうちにお泊りとか来るとき、ロー兄も一緒に来られるようにしてほしい。他のみんなも兄弟がいたら一緒に」

 マーリアルは(あっ!)と思った。
 いままでローライトは公爵家に来たことがなかったが、この旅行で弟がどんな待遇を受けているか知ったのだ。兄弟なのにずるいとか、負の感情を弟に抱いてもおかしくない。
 そう推察できるような何かを言ったりしたのだろうか?

「ロー兄も来たら、グレイも喜ぶと思うの」
「そうね。確かにそうだわ。兄弟がいる家のこどもはいつも留守番していたのよね・・・。そうだわ、今度からは家族みんなで来てもらいましょう!お父様には私からお話ししてみるわ。ただローライトにはお父様の了解が出るまでは言わないでね」

 頼もしい母の言葉に、ドレイファスは大きく深く頷いて。

「おかあさまありがとう」

と、うれしそうに干しアンズひと袋を母に渡して部屋へと戻っていった。

 部屋に残されたマーリアルは、侍女のナラを呼んで干しアンズに合うお茶を所望し、ドリアンの戻るのを待つ。

「あんなにたくさん干しアンズをどうするのかと思ったけど、こうやって配って歩くつもりなのかしら」

 菓子皿に並べられた干しアンズをひとつ摘むと、甘酸っぱい風味が口にひろがる。

「あら、意外と美味しいのね」

 気配りではカルルドが一番かと思っていたのだけど、ドレイファスのほうが細やかかもしれないと今更ながら気づいてしまう。

 メイベルのために買った包みを見る。
 辞めるその日に渡すつもりで、メイベル自身に選ばせたものを秘かに用意するとは。
 ローライトの気持ちが歪む前にその兆しを読み取り、拙いながら手を打つことができるとは。

 どんどん成長していく息子がうれしくもあり、さみしくもある。あっという間に手を離れてしまいそうで。

「あら!私にはブローチ買ってきてくれなかったのかしら?」

 気づくとますます寂しさが募る母であった。


 夫である公爵のドリアンが部屋に戻ってくると、先程のことを話して聞かせる。

「そうか・・・、私たちは配慮が足りなかったな」
「そうね、私も反省したわ」
「支援金は兄弟たちの学費にも使用可能と言ってあったが、それでは片手落ちだったか」
「ローライトはもちろんですけど、例えばアラミスやカルルドにも兄弟がおりますし」
「そうだな。ワルターのところもシエルドしか連れてきたことがない。ワルターにそのへんを訊いてみて、我らは柔軟に対応しなければならんな」

 そう言いながら、干しアンズをひとつ口に入れる。

「ん、うまい」
「ね。私もそう思いましたわ。ドレイファスが土産屋で買ってきたのですけど、この辺はアンズの群生地があるそうですよ」
「え!そんな報告は聞いた記憶がないな。畑にはなっていないのか。安定的に収穫できるものか確認させるか」
「あら。気に入られたの?」

 ごくんと飲み込み、すぐ次の干しアンズを摘んだ夫が流通を目論んだことに気づいて、

「私もこれがいつも食べられるようになったらうれしいですわ」

 やさしくその決断に背中を押して、うふと微笑みを浮かべる食いしん坊の妻であった。

 翌日、短い避暑は終わりを告げる。
 ヤンニル兄弟の母の出産前に戻らねばならないから。
 結局ドレイファスは舟に乗ってもよいと許可が下りるほどには泳げるようにならず、ふて腐りながら馬車に乗り込んだ。
 ボルドアとローライトは次はみんなで舟に乗ろうと慰めまくり、トレモルは屋敷の池で練習しようと言って更にへそを曲げさせた。

「そんなのみんなに泳げないのがバレて恥ずかしい!」

とぷんすかしたのだ。
 だが、ドレイファスが買い込んだ干しアンズが行中におやつとして配られると好評を呼び、褒められたドレイファスの機嫌も回復する。
 楽しい想い出が詰め込まれた避暑は、無事帰宅とともに終わりを迎えることができたのだった。
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