120 / 272
120 ドレイファスの茶会
しおりを挟む
夏の強い日射しと抜けるような青空に、一つだけ大きな白い雲がポツっと浮かぶその日。
待ちに待った、ドレイファスの級友たちとの茶会の日である。
本格的な避暑に入る前がよさそうだと、夏休みから中八日で開催に漕ぎ着けた。
今日はもちろん離れではなく、タンジェントとアイルムが手塩にかけて育てている庭園で開かれる。
新しく建てられた屋敷の庭は、真ん中に浅い池が作られ、それが見渡せる広場に広めの四阿が設えられて、囲むように美しい花が植えられている。
四阿は天気の良い日に庭で茶会をしても日陰ができるようにと、ミルケラが作ってくれたものだ。
大きな円卓に主賓の各母子の椅子、少し離れたところに控え用のテーブルが置かれ、護衛や侍女たちでも一息つけるように準備されていた。
準備に抜かりがないか、マーリアルはドレイファスを連れてひとつひとつ確認してまわる。
今回自分がなんの気なく言った茶会が、手間ひまとかなりの金がかかると知ったドレイファスは、父や母に何か家のことで手伝えることがあるかを尋ね、両親を感激で震えさせた。
これは貴族の自覚の現れだとひどく喜んだドリアンは、これからも定期的に茶会を開催するようドレイファスに言付けて彼自身の人脈を作らせることにした。そして次からは母に手伝ってもらいながら、より自分主体で行うようにとも言いつけた。
「こうしておとなに、立派な公爵になってもらえたら良いなあ」
そう夫婦で茶会を見守っていた。
続々とやってくる馬車をドレイファス自らが出迎える。本日のお供、いや護衛はルジー。
母マーリアルと母の執事ルザールの四人でエントランスにて待ち受けていると、まずシエルドがやってきた。
「ドル!」
馬車の扉をサンザルブ家の護衛アーサが開けると、ストンと飛び降りた・・・。
「手伝ってやろうと思って早めに来たぞ。
あっ、マーリアルおばさまこんにちは。失礼しました」
公爵夫人に気づいて、慌てて挨拶する。
元はといえばシエルドの一言で始まったとも言える。一応気にして、早めに来たようだ。
「じゃあ、ここにいて。ぼくが案内から戻るのが間に合わないうちに次の人が来たら、庭園の四阿に案内してくれる?」
「いいよ」
新しく建てられた屋敷も離れも、勝手知ったる我が家のようなシエルドだ。
ふたりで課題の進み具合などを話していると、ハミンバール侯爵家の馬車が到着した。
扉が開かれると、制服とはまったく印象の違うルートリアが降りてきた。
紺のワンピースの制服に紺のリボンのおさげしか見たことがなかったのに、今日のルートリアは美しい銀髪をハーフアップにして、髪の色艶一層が映えるシアーピンクのリボンと、同色のワンピースを着ている。丁寧なピンタックを施した胸元や、襟と袖、裾にあしらわれた細かい刺繍とレースから一目で高級な仕立てとわかるものだ。
「ごきげんよう、ドレイファスさま。本日はお招きに預かりありがとうございます」
侯爵家の令嬢らしく、美しい姿勢でカーテシーをして見せた。
ハミンバール侯爵夫人リリアントも馬車から降りて、カーテシーのあと
「ごきげんよう。本日はルートリア共々ご招待に預かり、ご縁に感謝いたします」
付き添いらしい挨拶をしてからマーリアルに手を振った。
「マーリアル様!ごきげんよう、お久しぶりですわ」
「リリアント様!本当にお久しぶりですわね」
ふたりは学院の同級生で親しい間柄だったが、お互いの出産が続いたり、こどもたちの入学のときも最初は別のクラスだったため行き違っており、会うのは久方ぶりであった。
「え、おかあさまたち仲いい?」
ルートリアとドレイファスは顔を見合わせた。
(あっ、しまった!ルートリア嬢がかわいいんだけどどうしよう)
急に気がついて、あたふたする。
「あ、あの、おお席にごあんな」
「あ、ドレイファスよろしくてよ。私がリリアント様とルートリア嬢をご案内しますわ」
マーリアルが、さーっとふたりとお付きの者たちを連れて行ってしまった。
「え?なんで?」
今度はシエルドと顔を見合わせる。
「なに、顔赤いぞ?」
シエルドは敏感だ。
実験のとき、薬液のほんの少しの変化で頃合いがわかるほど。
「ルートリア嬢、可愛かった?」
図星をさす。
「あ、あ、あーっもうシエルってばっ」
からかわれたドレイファスは、さらに真っ赤になった。
そんな主を感慨深く見守ったのはルジー。
(もっ、もしかして、は・つ・こ・いってヤツかー!)
─あとでメイベルに教えてやらなくては!─
教えたときのメイベルの悔しがり様を想像すると、俯いてがんばって笑いを堪えた。
そんなことをしている間に続々と馬車が到着し、ぞろぞろと見慣れた同級生たちが顔を揃えていく。
あとはモルトベーネだけ。
馬の蹄音が聞こえるのできっとそばまで来ているだろうと、シエルドに皆を案内してもらい、ルジーと二人でモルトベーネの到着を待った。
小ぶりだが歴史を感じさせる作りの馬車が滑り込んでくると、元気なモルトベーネが令嬢とは思えない大きな声で
「ごきげんよーぅ、ドレイファスさまぁ」
馬車の中から挨拶してきた。
「これ、降りてからご挨拶なさい、ベーネってば」
中で叱られているのが聞こえ、ルジーは少しだけ肩を揺らす。
何事もなかったように、モルトベーネとその母、ソイラス子爵夫人ダニアが降りてきた。
「ごきげんよう、本日は娘共々お招きに預かり、誠にありがとうございます。ダニア・ソイラスと申します」
こどもの同級生であるが、公爵家嫡男へ礼を欠かさない。
「ん?ソイラス子爵?ヨルトラの?」
ルジーが不躾な言葉を漏らしたが、ダニアは咎めるどころかにっこりし、
「はい、ヨルトラは義弟でございます。公爵家の皆様方には大変お世話になっており、心より感謝申し上げます」
「ドレイファス様、こちらのソイラス子爵夫人はヨルトラのお義姉さまで、ご令嬢は姪ごさ」
ルジーの解説にびっくりしたドレイファスは聞き終わる前に、
「えーっ!ヨルトラ爺の?モルトベーネ嬢がぁ?」
モルトベーネに負けない、とびきり大きな声で叫んだ。
「そうなんだって!私もびっくりしたの。おじさまがドレイファス様のおうちにお仕えしてるなんて」
「いつわかったの?」
「招待状が来て、おかあさまから教えてもらって」
「そんなこともあるんだね、ぼくもヨルトラさんのことよく知ってるよ」
シエルドは様子を見に来て話を耳にしたようだ。
何か動揺しているらしい、混乱に陥ったようなドレイファスの足を踏んで正気に戻してやった。
「あちらが今日の茶会会場の庭園です」
シエルドが案内係を買ってでる。
「じゃあおじさまがいらっしゃるの?」
あっ!とルジーが焦ったが、シエルドはさらりと交わす。
「こちらにはいないんだ。公爵邸は離れや別宅がいくつもあって、そのなかのひとつに庭師たちがいるんだよ」
(おおマジか、素晴らしい交わし方!シエルド様って本当にこども?)
自分なら焦ってわたわたする、絶対!
変な自信に溢れたルジーは、ドレイファスの親友となりつつあるシエルドを、すげえこどもと位置づけたのだった。
「えっ?じゃあシエルド様はいつおじさまに会われたの?」
意外とツッコミが鋭いモルトベーネだが、シエルドには敵わない。
「錬金術の素材に公爵邸の敷地の森で採れるものがあっていつも分けて頂くから、何回も会っているんだ。最近だと四日前」
ウソではない。
うまい切り返しに、モルトベーネは納得したようだ。
「じゃあ四阿に案内します」
子爵夫人に声をかけたシエルドは、なんというか手慣れている。
ローザリオの工房で店番していることが役に立っているとは、当の本人も思ってもみなかった。
最後のモルトベーネが合流し、いよいよ茶会が始められると。
いつもの六人には目新しくはないが、甘くふんわりと焼かれた卵焼きがレッドティーと出されると、あちらこちらから小さな声がもれた。
「何かしら?」
ルートリアの母リリアントがマーリアルに訊ねている。
「まずは召し上がってみて。我が家の料理長の一人が考えた特別レシピですのよ」
みな、匙ですくって口に入れると、ぱぁっと笑って歓声をあげた。
「おいし~い!」
お行儀は、みんな忘れてしまったらしい。
わいわいざわざわと、茶受けについて感想を述べあっている。しかしまだ最初の卵焼きに過ぎない。茶会なのでいくつかの甘味の茶受けと、最後に最近の公爵家の社交における、伝家の宝刀レッドメルを用意している。
卵焼きくらいでそんなに騒いでいたらこのあとどうするんだ?とドレイファスは心配になった。
ひとつ茶受けが出される度、悲鳴のような声があがり始める。
「やっぱり公爵家だけあって、料理人も素晴らしい腕ですわ!特別レシピの開発なんて、うちの料理人ではとてもできませんもの」
など、あちらこちらで出されたレシピを絶賛されて、三つの茶受けすべてを出し終えると、なぜか皆ぐったりとしていた。
社交の場としては、公爵家の力を遺憾なく見せつけたと言える。
いままでに見たことも食べたこともない料理のレシピを希望する者があとを絶たず、門外不出の特別オリジナルレシピといってマーリアルが跳ね除けたが、それ以外にも建てられてから一年少々の美しい屋敷、マーリアルの美しさを引き立てるデイドレスすら賞賛されまくるので、褒められ慣れたマーリアルでさえこそばゆい。
社交も貴族の大切な仕事と両親に言われたが、おとなの仕事を垣間見たドレイファスは、このままずっとこどもでもいいなと思ったほどに密度の濃い一日になった。
最後のデザート、レッドメルの前に、こどもたちで庭園を散歩するよう母たちが勧め、残った母たちはおしゃべりに興じている。
「庭、とっても広くてきれいなのですね」
ルートリアが感心したように言ってくれたので、ドレイファスはうれしくなる。
「花もあるけど小鳥もいるよ。見たい?」
案内しようと歩きだしたところで、ヨルトラがやってきた。
「ドレイファス様」
ちゃんと上着を着ている。
「あれ?」
「ルジーに呼ばれましてな」
くるりと見渡すと、背後でボルドアと話しているモルトベーネが見えた。
「ベーネ!」
手招きをするとすぐ気づいたらしい。
「おじさまあ!」
とてもご令嬢とは言えないスピードで駆け寄って、飛びついた。
「ベーネ、久しぶりだな。元気そうだ」
ヨルトラが声をあげて笑う。
「はいっ、元気です、おじさま、杖は?どうされたの?」
一言一言が異常にはっきりしている。
「練習して、杖がなくても歩けるようになったんだよ」
モルトベーネは一歩下がると頭からつま先までヨルトラを眺め、
「おじさま、すごいわ!尊敬します!」
と叫んだ。これまたご令嬢らしくない大きな声で。
「モルトベーネ嬢、ヨルトラさんのことおじさまって言ってるの?」
カルルドが訊いてきた。
「うん、ヨルトラ爺ってモルトベーネ嬢のお父上の弟なんだって。びっくりした」
「いままで知らなかったの?」
「知らない、どこかで聞いた名前だとは思ったんだけどね」
たぶん注意すればもっと早く気づいただろう、興味のないことには注意が向かないドレイファスだからなぁとカルルドは肩をすくめたが、ヨルトラがみたことがないほどうれしそうだったので、それでいいことにして。
ヨルトラに様々な花を教わりながらみんなで広い庭を歩き、最後にレッドメルを食べて茶会を終えた。
帰り際、こどもたちは丸のままのレッドメル一個、母たちにはローザリオのソープとフラワーウォーターを持たせてやる。
母子たちは土産に興奮したまま帰っていった。
誰も彼もが楽しい一日を過ごしてしあわせな夜を迎え、長い夏が始まった。
待ちに待った、ドレイファスの級友たちとの茶会の日である。
本格的な避暑に入る前がよさそうだと、夏休みから中八日で開催に漕ぎ着けた。
今日はもちろん離れではなく、タンジェントとアイルムが手塩にかけて育てている庭園で開かれる。
新しく建てられた屋敷の庭は、真ん中に浅い池が作られ、それが見渡せる広場に広めの四阿が設えられて、囲むように美しい花が植えられている。
四阿は天気の良い日に庭で茶会をしても日陰ができるようにと、ミルケラが作ってくれたものだ。
大きな円卓に主賓の各母子の椅子、少し離れたところに控え用のテーブルが置かれ、護衛や侍女たちでも一息つけるように準備されていた。
準備に抜かりがないか、マーリアルはドレイファスを連れてひとつひとつ確認してまわる。
今回自分がなんの気なく言った茶会が、手間ひまとかなりの金がかかると知ったドレイファスは、父や母に何か家のことで手伝えることがあるかを尋ね、両親を感激で震えさせた。
これは貴族の自覚の現れだとひどく喜んだドリアンは、これからも定期的に茶会を開催するようドレイファスに言付けて彼自身の人脈を作らせることにした。そして次からは母に手伝ってもらいながら、より自分主体で行うようにとも言いつけた。
「こうしておとなに、立派な公爵になってもらえたら良いなあ」
そう夫婦で茶会を見守っていた。
続々とやってくる馬車をドレイファス自らが出迎える。本日のお供、いや護衛はルジー。
母マーリアルと母の執事ルザールの四人でエントランスにて待ち受けていると、まずシエルドがやってきた。
「ドル!」
馬車の扉をサンザルブ家の護衛アーサが開けると、ストンと飛び降りた・・・。
「手伝ってやろうと思って早めに来たぞ。
あっ、マーリアルおばさまこんにちは。失礼しました」
公爵夫人に気づいて、慌てて挨拶する。
元はといえばシエルドの一言で始まったとも言える。一応気にして、早めに来たようだ。
「じゃあ、ここにいて。ぼくが案内から戻るのが間に合わないうちに次の人が来たら、庭園の四阿に案内してくれる?」
「いいよ」
新しく建てられた屋敷も離れも、勝手知ったる我が家のようなシエルドだ。
ふたりで課題の進み具合などを話していると、ハミンバール侯爵家の馬車が到着した。
扉が開かれると、制服とはまったく印象の違うルートリアが降りてきた。
紺のワンピースの制服に紺のリボンのおさげしか見たことがなかったのに、今日のルートリアは美しい銀髪をハーフアップにして、髪の色艶一層が映えるシアーピンクのリボンと、同色のワンピースを着ている。丁寧なピンタックを施した胸元や、襟と袖、裾にあしらわれた細かい刺繍とレースから一目で高級な仕立てとわかるものだ。
「ごきげんよう、ドレイファスさま。本日はお招きに預かりありがとうございます」
侯爵家の令嬢らしく、美しい姿勢でカーテシーをして見せた。
ハミンバール侯爵夫人リリアントも馬車から降りて、カーテシーのあと
「ごきげんよう。本日はルートリア共々ご招待に預かり、ご縁に感謝いたします」
付き添いらしい挨拶をしてからマーリアルに手を振った。
「マーリアル様!ごきげんよう、お久しぶりですわ」
「リリアント様!本当にお久しぶりですわね」
ふたりは学院の同級生で親しい間柄だったが、お互いの出産が続いたり、こどもたちの入学のときも最初は別のクラスだったため行き違っており、会うのは久方ぶりであった。
「え、おかあさまたち仲いい?」
ルートリアとドレイファスは顔を見合わせた。
(あっ、しまった!ルートリア嬢がかわいいんだけどどうしよう)
急に気がついて、あたふたする。
「あ、あの、おお席にごあんな」
「あ、ドレイファスよろしくてよ。私がリリアント様とルートリア嬢をご案内しますわ」
マーリアルが、さーっとふたりとお付きの者たちを連れて行ってしまった。
「え?なんで?」
今度はシエルドと顔を見合わせる。
「なに、顔赤いぞ?」
シエルドは敏感だ。
実験のとき、薬液のほんの少しの変化で頃合いがわかるほど。
「ルートリア嬢、可愛かった?」
図星をさす。
「あ、あ、あーっもうシエルってばっ」
からかわれたドレイファスは、さらに真っ赤になった。
そんな主を感慨深く見守ったのはルジー。
(もっ、もしかして、は・つ・こ・いってヤツかー!)
─あとでメイベルに教えてやらなくては!─
教えたときのメイベルの悔しがり様を想像すると、俯いてがんばって笑いを堪えた。
そんなことをしている間に続々と馬車が到着し、ぞろぞろと見慣れた同級生たちが顔を揃えていく。
あとはモルトベーネだけ。
馬の蹄音が聞こえるのできっとそばまで来ているだろうと、シエルドに皆を案内してもらい、ルジーと二人でモルトベーネの到着を待った。
小ぶりだが歴史を感じさせる作りの馬車が滑り込んでくると、元気なモルトベーネが令嬢とは思えない大きな声で
「ごきげんよーぅ、ドレイファスさまぁ」
馬車の中から挨拶してきた。
「これ、降りてからご挨拶なさい、ベーネってば」
中で叱られているのが聞こえ、ルジーは少しだけ肩を揺らす。
何事もなかったように、モルトベーネとその母、ソイラス子爵夫人ダニアが降りてきた。
「ごきげんよう、本日は娘共々お招きに預かり、誠にありがとうございます。ダニア・ソイラスと申します」
こどもの同級生であるが、公爵家嫡男へ礼を欠かさない。
「ん?ソイラス子爵?ヨルトラの?」
ルジーが不躾な言葉を漏らしたが、ダニアは咎めるどころかにっこりし、
「はい、ヨルトラは義弟でございます。公爵家の皆様方には大変お世話になっており、心より感謝申し上げます」
「ドレイファス様、こちらのソイラス子爵夫人はヨルトラのお義姉さまで、ご令嬢は姪ごさ」
ルジーの解説にびっくりしたドレイファスは聞き終わる前に、
「えーっ!ヨルトラ爺の?モルトベーネ嬢がぁ?」
モルトベーネに負けない、とびきり大きな声で叫んだ。
「そうなんだって!私もびっくりしたの。おじさまがドレイファス様のおうちにお仕えしてるなんて」
「いつわかったの?」
「招待状が来て、おかあさまから教えてもらって」
「そんなこともあるんだね、ぼくもヨルトラさんのことよく知ってるよ」
シエルドは様子を見に来て話を耳にしたようだ。
何か動揺しているらしい、混乱に陥ったようなドレイファスの足を踏んで正気に戻してやった。
「あちらが今日の茶会会場の庭園です」
シエルドが案内係を買ってでる。
「じゃあおじさまがいらっしゃるの?」
あっ!とルジーが焦ったが、シエルドはさらりと交わす。
「こちらにはいないんだ。公爵邸は離れや別宅がいくつもあって、そのなかのひとつに庭師たちがいるんだよ」
(おおマジか、素晴らしい交わし方!シエルド様って本当にこども?)
自分なら焦ってわたわたする、絶対!
変な自信に溢れたルジーは、ドレイファスの親友となりつつあるシエルドを、すげえこどもと位置づけたのだった。
「えっ?じゃあシエルド様はいつおじさまに会われたの?」
意外とツッコミが鋭いモルトベーネだが、シエルドには敵わない。
「錬金術の素材に公爵邸の敷地の森で採れるものがあっていつも分けて頂くから、何回も会っているんだ。最近だと四日前」
ウソではない。
うまい切り返しに、モルトベーネは納得したようだ。
「じゃあ四阿に案内します」
子爵夫人に声をかけたシエルドは、なんというか手慣れている。
ローザリオの工房で店番していることが役に立っているとは、当の本人も思ってもみなかった。
最後のモルトベーネが合流し、いよいよ茶会が始められると。
いつもの六人には目新しくはないが、甘くふんわりと焼かれた卵焼きがレッドティーと出されると、あちらこちらから小さな声がもれた。
「何かしら?」
ルートリアの母リリアントがマーリアルに訊ねている。
「まずは召し上がってみて。我が家の料理長の一人が考えた特別レシピですのよ」
みな、匙ですくって口に入れると、ぱぁっと笑って歓声をあげた。
「おいし~い!」
お行儀は、みんな忘れてしまったらしい。
わいわいざわざわと、茶受けについて感想を述べあっている。しかしまだ最初の卵焼きに過ぎない。茶会なのでいくつかの甘味の茶受けと、最後に最近の公爵家の社交における、伝家の宝刀レッドメルを用意している。
卵焼きくらいでそんなに騒いでいたらこのあとどうするんだ?とドレイファスは心配になった。
ひとつ茶受けが出される度、悲鳴のような声があがり始める。
「やっぱり公爵家だけあって、料理人も素晴らしい腕ですわ!特別レシピの開発なんて、うちの料理人ではとてもできませんもの」
など、あちらこちらで出されたレシピを絶賛されて、三つの茶受けすべてを出し終えると、なぜか皆ぐったりとしていた。
社交の場としては、公爵家の力を遺憾なく見せつけたと言える。
いままでに見たことも食べたこともない料理のレシピを希望する者があとを絶たず、門外不出の特別オリジナルレシピといってマーリアルが跳ね除けたが、それ以外にも建てられてから一年少々の美しい屋敷、マーリアルの美しさを引き立てるデイドレスすら賞賛されまくるので、褒められ慣れたマーリアルでさえこそばゆい。
社交も貴族の大切な仕事と両親に言われたが、おとなの仕事を垣間見たドレイファスは、このままずっとこどもでもいいなと思ったほどに密度の濃い一日になった。
最後のデザート、レッドメルの前に、こどもたちで庭園を散歩するよう母たちが勧め、残った母たちはおしゃべりに興じている。
「庭、とっても広くてきれいなのですね」
ルートリアが感心したように言ってくれたので、ドレイファスはうれしくなる。
「花もあるけど小鳥もいるよ。見たい?」
案内しようと歩きだしたところで、ヨルトラがやってきた。
「ドレイファス様」
ちゃんと上着を着ている。
「あれ?」
「ルジーに呼ばれましてな」
くるりと見渡すと、背後でボルドアと話しているモルトベーネが見えた。
「ベーネ!」
手招きをするとすぐ気づいたらしい。
「おじさまあ!」
とてもご令嬢とは言えないスピードで駆け寄って、飛びついた。
「ベーネ、久しぶりだな。元気そうだ」
ヨルトラが声をあげて笑う。
「はいっ、元気です、おじさま、杖は?どうされたの?」
一言一言が異常にはっきりしている。
「練習して、杖がなくても歩けるようになったんだよ」
モルトベーネは一歩下がると頭からつま先までヨルトラを眺め、
「おじさま、すごいわ!尊敬します!」
と叫んだ。これまたご令嬢らしくない大きな声で。
「モルトベーネ嬢、ヨルトラさんのことおじさまって言ってるの?」
カルルドが訊いてきた。
「うん、ヨルトラ爺ってモルトベーネ嬢のお父上の弟なんだって。びっくりした」
「いままで知らなかったの?」
「知らない、どこかで聞いた名前だとは思ったんだけどね」
たぶん注意すればもっと早く気づいただろう、興味のないことには注意が向かないドレイファスだからなぁとカルルドは肩をすくめたが、ヨルトラがみたことがないほどうれしそうだったので、それでいいことにして。
ヨルトラに様々な花を教わりながらみんなで広い庭を歩き、最後にレッドメルを食べて茶会を終えた。
帰り際、こどもたちは丸のままのレッドメル一個、母たちにはローザリオのソープとフラワーウォーターを持たせてやる。
母子たちは土産に興奮したまま帰っていった。
誰も彼もが楽しい一日を過ごしてしあわせな夜を迎え、長い夏が始まった。
37
お気に入りに追加
468
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~
楠ノ木雫
ファンタジー
IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
最強陛下の育児論〜5歳児の娘に振り回されているが、でもやっぱり可愛くて許してしまうのはどうしたらいいものか〜
楠ノ木雫
ファンタジー
孤児院で暮らしていた女の子リンティの元へ、とある男達が訪ねてきた。その者達が所持していたものには、この国の紋章が刻まれていた。そう、この国の皇城から来た者達だった。その者達は、この国の皇女を捜しに来ていたようで、リンティを見た瞬間間違いなく彼女が皇女だと言い出した。
言い合いになってしまったが、リンティは皇城に行く事に。だが、この国の皇帝の二つ名が〝冷血の最強皇帝〟。そして、タイミング悪く首を撥ねている瞬間を目の当たりに。
こんな無慈悲の皇帝が自分の父。そんな事実が信じられないリンティ。だけど、あれ? 皇帝が、ぬいぐるみをプレゼントしてくれた?
リンティがこの城に来てから、どんどん皇帝がおかしくなっていく姿を目の当たりにする周りの者達も困惑。一体どうなっているのだろうか?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
僕っ娘、転生幼女は今日も元気に生きています!
ももがぶ
ファンタジー
十歳の誕生日を病室で迎えた男の子? が次に目を覚ますとそこは見たこともない世界だった。
「あれ? 僕は確か病室にいたはずなのに?」
気付けば異世界で優しい両親の元で元気いっぱいに掛け回る僕っ娘。
「僕は男の子だから。いつか、生えてくるって信じてるから!」
そんな僕っ娘を生温かく見守るお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる