神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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120 ドレイファスの茶会

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 夏の強い日射しと抜けるような青空に、一つだけ大きな白い雲がポツっと浮かぶその日。
 待ちに待った、ドレイファスの級友たちとの茶会の日である。

 本格的な避暑に入る前がよさそうだと、夏休みから中八日で開催に漕ぎ着けた。
 今日はもちろん離れではなく、タンジェントとアイルムが手塩にかけて育てている庭園で開かれる。

 新しく建てられた屋敷の庭は、真ん中に浅い池が作られ、それが見渡せる広場に広めの四阿あずまやが設えられて、囲むように美しい花が植えられている。
 四阿あずまやは天気の良い日に庭で茶会をしても日陰ができるようにと、ミルケラが作ってくれたものだ。

 大きな円卓に主賓の各母子の椅子、少し離れたところに控え用のテーブルが置かれ、護衛や侍女たちでも一息つけるように準備されていた。

 準備に抜かりがないか、マーリアルはドレイファスを連れてひとつひとつ確認してまわる。

 今回自分がなんの気なく言った茶会が、手間ひまとかなりの金がかかると知ったドレイファスは、父や母に何か家のことで手伝えることがあるかを尋ね、両親を感激で震えさせた。
 これは貴族の自覚の現れだとひどく喜んだドリアンは、これからも定期的に茶会を開催するようドレイファスに言付けて彼自身の人脈を作らせることにした。そして次からは母に手伝ってもらいながら、より自分主体で行うようにとも言いつけた。

「こうしておとなに、立派な公爵になってもらえたら良いなあ」

 そう夫婦で茶会を見守っていた。



 続々とやってくる馬車をドレイファス自らが出迎える。本日のお供、いや護衛はルジー。
 母マーリアルと母の執事ルザールの四人でエントランスにて待ち受けていると、まずシエルドがやってきた。

「ドル!」

 馬車の扉をサンザルブ家の護衛アーサが開けると、ストンと飛び降りた・・・。

「手伝ってやろうと思って早めに来たぞ。
あっ、マーリアルおばさまこんにちは。失礼しました」

 公爵夫人に気づいて、慌てて挨拶する。
元はといえばシエルドの一言で始まったとも言える。一応気にして、早めに来たようだ。

「じゃあ、ここにいて。ぼくが案内から戻るのが間に合わないうちに次の人が来たら、庭園の四阿あずまやに案内してくれる?」
「いいよ」

 新しく建てられた屋敷も離れも、勝手知ったる我が家のようなシエルドだ。

 ふたりで課題の進み具合などを話していると、ハミンバール侯爵家の馬車が到着した。
 扉が開かれると、制服とはまったく印象の違うルートリアが降りてきた。
 紺のワンピースの制服に紺のリボンのおさげしか見たことがなかったのに、今日のルートリアは美しい銀髪をハーフアップにして、髪の色艶一層が映えるシアーピンクのリボンと、同色のワンピースを着ている。丁寧なピンタックを施した胸元や、襟と袖、裾にあしらわれた細かい刺繍とレースから一目で高級な仕立てとわかるものだ。

「ごきげんよう、ドレイファスさま。本日はお招きに預かりありがとうございます」

 侯爵家の令嬢らしく、美しい姿勢でカーテシーをして見せた。
 ハミンバール侯爵夫人リリアントも馬車から降りて、カーテシーのあと

「ごきげんよう。本日はルートリア共々ご招待に預かり、ご縁に感謝いたします」

 付き添いらしい挨拶をしてからマーリアルに手を振った。

「マーリアル様!ごきげんよう、お久しぶりですわ」
「リリアント様!本当にお久しぶりですわね」

 ふたりは学院の同級生で親しい間柄だったが、お互いの出産が続いたり、こどもたちの入学のときも最初は別のクラスだったため行き違っており、会うのは久方ぶりであった。

「え、おかあさまたち仲いい?」

 ルートリアとドレイファスは顔を見合わせた。

(あっ、しまった!ルートリア嬢がかわいいんだけどどうしよう)

 急に気がついて、あたふたする。

「あ、あの、おお席にごあんな」
「あ、ドレイファスよろしくてよ。私がリリアント様とルートリア嬢をご案内しますわ」

 マーリアルが、さーっとふたりとお付きの者たちを連れて行ってしまった。

「え?なんで?」

 今度はシエルドと顔を見合わせる。

「なに、顔赤いぞ?」

 シエルドは敏感だ。
実験のとき、薬液のほんの少しの変化で頃合いがわかるほど。

「ルートリア嬢、可愛かった?」

 図星をさす。

「あ、あ、あーっもうシエルってばっ」

 からかわれたドレイファスは、さらに真っ赤になった。

 そんな主を感慨深く見守ったのはルジー。

(もっ、もしかして、は・つ・こ・いってヤツかー!)

 ─あとでメイベルに教えてやらなくては!─

 教えたときのメイベルの悔しがり様を想像すると、俯いてがんばって笑いを堪えた。

 そんなことをしている間に続々と馬車が到着し、ぞろぞろと見慣れた同級生たちが顔を揃えていく。
 あとはモルトベーネだけ。
馬の蹄音が聞こえるのできっとそばまで来ているだろうと、シエルドに皆を案内してもらい、ルジーと二人でモルトベーネの到着を待った。

 小ぶりだが歴史を感じさせる作りの馬車が滑り込んでくると、元気なモルトベーネが令嬢とは思えない大きな声で

「ごきげんよーぅ、ドレイファスさまぁ」

 馬車の中から挨拶してきた。

「これ、降りてからご挨拶なさい、ベーネってば」

 中で叱られているのが聞こえ、ルジーは少しだけ肩を揺らす。
 何事もなかったように、モルトベーネとその母、ソイラス子爵夫人ダニアが降りてきた。

「ごきげんよう、本日は娘共々お招きに預かり、誠にありがとうございます。ダニア・ソイラスと申します」

 こどもの同級生であるが、公爵家嫡男へ礼を欠かさない。

「ん?ソイラス子爵?ヨルトラの?」

 ルジーが不躾な言葉を漏らしたが、ダニアは咎めるどころかにっこりし、

「はい、ヨルトラは義弟でございます。公爵家の皆様方には大変お世話になっており、心より感謝申し上げます」
「ドレイファス様、こちらのソイラス子爵夫人はヨルトラのお義姉さまで、ご令嬢は姪ごさ」

 ルジーの解説にびっくりしたドレイファスは聞き終わる前に、

「えーっ!ヨルトラ爺の?モルトベーネ嬢がぁ?」

 モルトベーネに負けない、とびきり大きな声で叫んだ。

「そうなんだって!私もびっくりしたの。おじさまがドレイファス様のおうちにお仕えしてるなんて」
「いつわかったの?」
「招待状が来て、おかあさまから教えてもらって」
「そんなこともあるんだね、ぼくもヨルトラさんのことよく知ってるよ」

 シエルドは様子を見に来て話を耳にしたようだ。
何か動揺しているらしい、混乱に陥ったようなドレイファスの足を踏んで正気に戻してやった。

「あちらが今日の茶会会場の庭園です」

 シエルドが案内係を買ってでる。

「じゃあおじさまがいらっしゃるの?」

 あっ!とルジーが焦ったが、シエルドはさらりと交わす。

「こちらにはいないんだ。公爵邸は離れや別宅がいくつもあって、そのなかのひとつに庭師たちがいるんだよ」

(おおマジか、素晴らしい交わし方!シエルド様って本当にこども?)

 自分なら焦ってわたわたする、絶対!
変な自信に溢れたルジーは、ドレイファスの親友となりつつあるシエルドを、すげえこどもと位置づけたのだった。

「えっ?じゃあシエルド様はいつおじさまに会われたの?」

 意外とツッコミが鋭いモルトベーネだが、シエルドには敵わない。

「錬金術の素材に公爵邸の敷地の森で採れるものがあっていつも分けて頂くから、何回も会っているんだ。最近だと四日前」

 ウソではない。
うまい切り返しに、モルトベーネは納得したようだ。

「じゃあ四阿あずまやに案内します」

 子爵夫人に声をかけたシエルドは、なんというか手慣れている。
ローザリオの工房で店番していることが役に立っているとは、当の本人も思ってもみなかった。

 最後のモルトベーネが合流し、いよいよ茶会が始められると。

 いつもの六人には目新しくはないが、甘くふんわりと焼かれた卵焼きがレッドティーと出されると、あちらこちらから小さな声がもれた。

「何かしら?」

 ルートリアの母リリアントがマーリアルに訊ねている。

「まずは召し上がってみて。我が家の料理長の一人が考えた特別レシピですのよ」

 みな、匙ですくって口に入れると、ぱぁっと笑って歓声をあげた。

「おいし~い!」

 お行儀は、みんな忘れてしまったらしい。
 わいわいざわざわと、茶受けについて感想を述べあっている。しかしまだ最初の卵焼きに過ぎない。茶会なのでいくつかの甘味の茶受けと、最後に最近の公爵家の社交における、伝家の宝刀レッドメルを用意している。
 卵焼きくらいでそんなに騒いでいたらこのあとどうするんだ?とドレイファスは心配になった。

 ひとつ茶受けが出される度、悲鳴のような声があがり始める。

「やっぱり公爵家だけあって、料理人も素晴らしい腕ですわ!特別レシピの開発なんて、うちの料理人ではとてもできませんもの」

など、あちらこちらで出されたレシピを絶賛されて、三つの茶受けすべてを出し終えると、なぜか皆ぐったりとしていた。

 社交の場としては、公爵家の力を遺憾なく見せつけたと言える。
 いままでに見たことも食べたこともない料理のレシピを希望する者があとを絶たず、門外不出の特別オリジナルレシピといってマーリアルが跳ね除けたが、それ以外にも建てられてから一年少々の美しい屋敷、マーリアルの美しさを引き立てるデイドレスすら賞賛されまくるので、褒められ慣れたマーリアルでさえこそばゆい。

 社交も貴族の大切な仕事と両親に言われたが、おとなの仕事を垣間見たドレイファスは、このままずっとこどもでもいいなと思ったほどに密度の濃い一日になった。

 最後のデザート、レッドメルの前に、こどもたちで庭園を散歩するよう母たちが勧め、残った母たちはおしゃべりに興じている。


「庭、とっても広くてきれいなのですね」

 ルートリアが感心したように言ってくれたので、ドレイファスはうれしくなる。

「花もあるけど小鳥もいるよ。見たい?」

 案内しようと歩きだしたところで、ヨルトラがやってきた。

「ドレイファス様」

 ちゃんと上着を着ている。

「あれ?」
「ルジーに呼ばれましてな」

 くるりと見渡すと、背後でボルドアと話しているモルトベーネが見えた。

「ベーネ!」

 手招きをするとすぐ気づいたらしい。

「おじさまあ!」

 とてもご令嬢とは言えないスピードで駆け寄って、飛びついた。

「ベーネ、久しぶりだな。元気そうだ」
ヨルトラが声をあげて笑う。
「はいっ、元気です、おじさま、杖は?どうされたの?」

 一言一言が異常にはっきりしている。

「練習して、杖がなくても歩けるようになったんだよ」

 モルトベーネは一歩下がると頭からつま先までヨルトラを眺め、

「おじさま、すごいわ!尊敬します!」

と叫んだ。これまたご令嬢らしくない大きな声で。

「モルトベーネ嬢、ヨルトラさんのことおじさまって言ってるの?」

 カルルドが訊いてきた。

「うん、ヨルトラ爺ってモルトベーネ嬢のお父上の弟なんだって。びっくりした」
「いままで知らなかったの?」
「知らない、どこかで聞いた名前だとは思ったんだけどね」

 たぶん注意すればもっと早く気づいただろう、興味のないことには注意が向かないドレイファスだからなぁとカルルドは肩をすくめたが、ヨルトラがみたことがないほどうれしそうだったので、それでいいことにして。
 ヨルトラに様々な花を教わりながらみんなで広い庭を歩き、最後にレッドメルを食べて茶会を終えた。

 帰り際、こどもたちは丸のままのレッドメル一個、母たちにはローザリオのソープとフラワーウォーターを持たせてやる。
母子たちは土産に興奮したまま帰っていった。

 誰も彼もが楽しい一日を過ごしてしあわせな夜を迎え、長い夏が始まった。

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