神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

文字の大きさ
上 下
115 / 272

115 レベルアップしたかもしれない

しおりを挟む
 公爵邸の夕餉に玉子の白身を新しい甘味で味付けされた、白いふんわり焼きがデザートに出され、公爵夫人のマーリアル、ドレイファスと食卓を共にするグレイザールの三名がおかわりを申し出た夜。

 柔らかな寝具に包まれたドレイファスは、新たな夢を見ていた。

 庭で見た茶色い皮のついたウィーととてもよく似ている粒が、石?の器に放り込まれたと思うと変な道具でゴリゴリされている。
 粒は潰れていき、潰れたそれを皿をひっくり返して籠のようなものにザバっといれ。
 籠を左右に揺さぶり始めると、粉だけがさらさらと落ちてそれらが集められた。
袋に入れると口を紐で縛り、家に入って女の人に袋ごと渡す。

 女の人は厨房に入り、せっかく縛られた紐を解くと、匙で何杯かの粉を袋から皿に出した。
 牛乳と別の白い粉、玉子を入れて溶くとどろりとし、それを何かを塗った薄い鉄鍋に流し入れて火にかける。
ひっくり返し、こんがり焼けたそれにはちみつをとろりとかけて!
 一口大に切ったそれを女の人が大きな口をあけてぱくっと食べた。パアッと笑い、おいしそう!ドレイファスがごくりと唾を飲んだとき

「*§“$@£%€\¢¢§†!」

 声が聴こえた!

 聞いたことがない言葉だが。確かに何か喋ったのが聴こえた!意味はわからないけど、うれしそうだったのは間違いない!

【神の眼】はレベルアップしたのだ!

 ちなみに。
 夢の中の女性は『自分で育てた家庭菜園の小麦だから、おいしさもひとしおだわ!』と言っていたが、ドレイファスにはゴニョゴニョとしか聞き取れなかった。

 音が、声が。
そう、さっき粒をゴリゴリしている音が聴こえていたではないか!

 夢の中なのにドレイファスはそれに気づいて驚いていることが不思議だった。
そして食いしん坊の本領発揮。

「なんておいしそうなんだろう!」

 今にも食べられようとしている残りのパンケーキに目が釘付けになり、思わず口がああぁと開いたとき。メイベルに揺さぶられて夢から引き戻されてしまった。

 パチっ。
左右を見ると見慣れた自分の部屋で。
おはようの挨拶をするメイベルを恨みがましい目で見ると

「メイベルのばかー!」

 おはようの代わりに口から飛び出した。

「はあっ?何仰ってるんですか?おはようと仰らねばいけませんわよ坊ちゃまっ!」

 目覚めのお叱りを受けても、夢への未練に不貞腐れている。

「いいところだったのにっ!」

 夢で食べられるわけではないが、あと少し続きを見たかったのだ。寝台の上で地団駄を踏むようにジタバタするドレイファスを抱き下ろすとメイベルは顔を洗わせ、着替えをさせる。

 メイベルの結婚退職に伴い、新しい侍女タイリーが引き継ぎを始めているが、やっぱりメイベルの手際の良さは特別だ。
ふとドレイファスは寝台を片付けるメイベルを見、

「バカって言ってごめんなさい、本当は大好きだよ」

 それだけ言ってロイダルと部屋を出ていった。



「ねえ、夢の話したいんだけど」

ロイダルの袖を引っ張るとすぐ、

「畑に行く前に分室によりましょう」と離れの情報部へ連れて行かれた。

「おはよう、あ、ドレイファス様!おはようございます」
 
カイドが既に仕事を始めていたので、メモを頼む。

「昨日畑で見たウィーに似てた。茶色い粒を石でゴリゴリして籠に入れて粉取るの」

 一気に話す。
 意味不明な話にはだいぶ慣れた男たちだが、今日の話は今までで一番わかりやすかった!

「あとね、粉に牛乳と白い粉と玉子入れてどろどろにしたら、鍋で焼いてはちみつで食べてたよ。でねでね!ゴリゴリとか女の人の声とかが初めて聴こえたの!」

 え?と男たちが顔を見合わせた。

「音?今までは?」
「なんにも聴こえなかったんだけど、初めて聴こえたんだ。何言ってるかは全然わからなかったけど」
「それってレベルアップしたんじゃないか?」

 頷きあう。

 過去歴代の嫡男のほとんどが失ったスキルだが、レベルアップするほどスキル発動しているということはもう消えることはないのでは?
 カイドはそう予想した。

(ドリアン様に予測に過ぎないがお知らせしよう)

 夢の聞き取りを終えると、畑に行く時間がなくなってしまった。それどころか朝食の時間もなくなり、ロイダルに手を引かれて泣く泣く馬車に乗せられ、ドレイファスは空腹のまま学院に送られた。

 さて。
 カイドはドリアンの面会予約を入れて、次にボンディに会いに厨房へ向かう。
 コンコンとカイドが立てたノック音に気づいたボンディは朝食の後片付けに追われていた。

「おう、カイド!用なら少し待っててくれ」

 食堂に座り、手があくのを待っていると、トレーに茶と白身のふんわり焼きを持ってボンディがやってきた。

「これ、ローザリオ様が作った甘い粉を使って作ったんだ。食べてみてくれ」

 話の前に試食させられたが、カイドは喜んで味見に応じた。

「ああ、これは甘味が苦手な男性でもおいしく頂けるよ」
「あ、ロイダルも似たようなこと言ってたな。甘味が苦手な人ってそんなにいるものなのか?」

 甘いものは至上の喜びと思っているボンディには理解出来ないが。
 甘味自体が貴重品のため、贈り物などでもらうことがあるとよほどの甘いもの好きの男性でないかぎり、たいていは喜ぶ女性やこどもに食べさせる。
 食べる機会が少なければ好きも嫌いもそうは感じないだろうが、頻繁に食べるとなったら別だ。最近新レシピの試食が増え、カイドやロイダルは甘味が重いと感じ始めていたから、サトーカブのさらっとした甘味にほっとしたのだ。

「サトーカブさえ育てられれば、いつでもこの甘さが手に入るそうだぞ。楽しみだなぁ」
「ところでな、ボンディに見てもらいたいものがあるんだ」

 そう断り、ドレイファスから聞き取ったばかりのメモを見せる。
ウィーから粉を作り、その粉を焼いて食べるという。

「ウィー?ウィーってなんだ?ウィーの粉?」
「昨日畑で見たってドレイファス様がおっしゃっていたから見に行かないか?」

 ボンディとカイドは並んで畑に向かう。
一気に人数が増えた庭師たちがあちらこちらで作業しているが、タンジェントが気づいて手を振ってくれた。

「タンジー、ちょっと来られるか?」

 見慣れた麦わら帽子がこちらに近づいてくる、帽子を被っているのによく日焼けた顔に深い青い瞳が印象的だ。

「ボンディ、カイドと来るなんて珍しいね」
「聞きたいことがあるんだ。ウィーについて」
「あ、ちょっと待って」

 振り返るとモリエールを呼ぶと、緑の茂みから手ぬぐいを顔に巻いた男が出てきた。

「え、なんだあの格好?」
「まあ、いろいろあるんだよ」

 残念な手ぬぐい姿のことをうまく説明できずにいるうちにモリエールが来たので用件を引き継ぎ、タンジェントは緑の中に身を沈めるよう素早く姿を消す。

「ウィーについて訊きたい!?よく知ってるわけでもないが、なんだ?」
「粒があったら少し欲しいんだが」
「ああ、ある」

 そう言って倉庫に入ったかと思うと籠を持ってきた。

「これでよければやるが」
「おお、ありがたい!」

 カイドが手を伸ばすと、モリエールがサッと籠を自分に引き寄せる。腕が空振ったカイドが眉を寄せると

「なぜウィーをもらい受けるのか、理由を話せ」

 至極まっとうな質問!

「あ、理由な。そうだよな」

 カイドが今朝方のドレイファスの話を順を追って話すとようやく籠を本当に渡してくれた。

「ウィーが足りなくてすぐ欲しいなら、北部のレンドウの町あたりにけっこう露店が出ているようだ。モーダが驚いたほど安いぞ」

 とてもありがたい情報と共に得たウィー。
 今度はこれを皿にいれてゴリゴリするのだが、そのための道具も問題だ。ドレイファスが描いた絵に似た皿はあるが、ゴリゴリする棒がない。
 ミルケラを呼び、絵を見せると木で似たように作ってくれたのだが、皿の中で粒が滑ってうまく潰れない。失敗したようだともう一度相談に行くと、ローザリオ・シズルスが畑に来ていた。


「おお、ボンディ!この前はサトーカブの粉のレシピをありがとう。とても美味かった」

 甘味に目がないローザリオは、今サトーカブの粉を商品化するため、工程の見直しをしている。ただサトーカブの価値が世に知れたら、今のように採り放題にはならないどころか高騰することは間違いないので、畑で収穫して増やせるまでは自分たちの分だけ細々と作るだけ。
 しかし商品化したとき、それを使った素晴らしいレシピが沢山あれば甘い粉を売るだけではなく、二次利益を生み出すのも有利になる。畑で安定して収穫できると見込みが立つには最低でも三年から五年・・・。
 ラバンやミンツのように繁殖力旺盛なものなら早く目処が立つが、庭師たちが一日も早くその道筋を作ってくれるように心から祈っているこの頃だ。

「それはなんだ?」

 ミルケラが作った木の器とゴロゴロする道具を指差す。

「はあ、ウィーの粒を潰すために作ってもらたものなんですが、うまくいかなくて」

 ボンディが困ったように言うと

「何かの粒を潰す?」

 器を覗いてローザリオがニッと笑った。

「中に刻みを作るか、石で作らねば。これでは中で滑って粒をうまく捉えられんだろう?」

 ボンディはハッと顔を上げる。

「錬金術でも素材をすり潰して使うことがあるんだ。私たちが使うのは石で作られた薬研というすり鉢と薬研車だが、そんなもの錬金術師か薬師くらいしか使わんし、道具はほぼ自分で作るから売られてもいない。まあ普通は目にすることがないだろう」
「なるほど」
「それでその粒を潰してどうするのだ?」
「粉と殻を笊で分けたら、粉を牛乳で溶いて焼いてはちみつで食べるそうです」
今度はローザリオがハッとした。
「な、なに?もしかしてそれもドレイファス様のアレか?」
ボンディに食いつきそうに顔を寄せてくる。
「え、そうらし・・」
「よし、私が作ってくる!」

 最後まで言い終える前に、ローザリオは走って帰って行った。

「用事は済んでいるのかな?」

 ボンディとカイドは顔を見合わせて、力なく笑い、とりあえずミルケラに報告するのはローザリオを待つことにしてそのまま戻っていった。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

婚約破棄されたけど、逆に断罪してやった。

ゆーぞー
ファンタジー
気がついたら乙女ゲームやラノベによくある断罪シーンだった。これはきっと夢ね。それなら好きにやらせてもらおう。

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

最強陛下の育児論〜5歳児の娘に振り回されているが、でもやっぱり可愛くて許してしまうのはどうしたらいいものか〜

楠ノ木雫
ファンタジー
 孤児院で暮らしていた女の子リンティの元へ、とある男達が訪ねてきた。その者達が所持していたものには、この国の紋章が刻まれていた。そう、この国の皇城から来た者達だった。その者達は、この国の皇女を捜しに来ていたようで、リンティを見た瞬間間違いなく彼女が皇女だと言い出した。  言い合いになってしまったが、リンティは皇城に行く事に。だが、この国の皇帝の二つ名が〝冷血の最強皇帝〟。そして、タイミング悪く首を撥ねている瞬間を目の当たりに。  こんな無慈悲の皇帝が自分の父。そんな事実が信じられないリンティ。だけど、あれ? 皇帝が、ぬいぐるみをプレゼントしてくれた?  リンティがこの城に来てから、どんどん皇帝がおかしくなっていく姿を目の当たりにする周りの者達も困惑。一体どうなっているのだろうか?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

僕っ娘、転生幼女は今日も元気に生きています!

ももがぶ
ファンタジー
十歳の誕生日を病室で迎えた男の子? が次に目を覚ますとそこは見たこともない世界だった。 「あれ? 僕は確か病室にいたはずなのに?」 気付けば異世界で優しい両親の元で元気いっぱいに掛け回る僕っ娘。 「僕は男の子だから。いつか、生えてくるって信じてるから!」 そんな僕っ娘を生温かく見守るお話です。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

レベル上限5の解体士 解体しかできない役立たずだったけど5レベルになったら世界が変わりました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
前世で不慮な事故で死んだ僕、今の名はティル 異世界に転生できたのはいいけど、チートは持っていなかったから大変だった 孤児として孤児院で育った僕は育ての親のシスター、エレステナさんに何かできないかといつも思っていた そう思っていたある日、いつも働いていた冒険者ギルドの解体室で魔物の解体をしていると、まだ死んでいない魔物が混ざっていた その魔物を解体して絶命させると5レベルとなり上限に達したんだ。普通の人は上限が99と言われているのに僕は5おかしな話だ。 5レベルになったら世界が変わりました

処理中です...