神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

文字の大きさ
上 下
114 / 272

114 もっと食べたい

しおりを挟む
 離れの畑にドレイファスが現れたのは、庭師と下働きが十一人に増えた五日後。

 いままでどうしていたかというと、初めての宿泊学級があったのだ。
 学校指定の持ち物の中に枕を忍ばせてきたシエルドや、灯りがないと眠れないと小さなランタンを持ち込んだカルルドに明るすぎて眠れないと文句を言うボルドアなど、普段同じ屋敷に泊まっていたのに同室になって初めて知ることがたくさんあった。
 級友たちともなかよくなり、思い出のつまった数日を過ごして無事帰宅したばかりである。

「ターンジー!」

 呼んでもいつものように飛びついては来ない。両手に土産をぶら下げていたから。

「ぼくの野菜たち、元気にしてる?」

 恐る恐るスライム小屋を覗くと、庭師たちに手入れされた野菜は青々と葉を茂らせていた。

「大丈夫だよ、ちゃんと面倒みてたから。また背伸びたか?」

 ほんの数日会わなかっただけだが、そんな気がしてタンジェントが言う。

「伸びてたらうれしいな」

 期待のこもったキラキラの瞳で見上げられると、なぜか誰もがその頭を撫でたくなる。
タンジェントもくしゃくしゃと柔らかな金髪にそっと触れた。

「ドレイファス様、庭師と下働きが増えたから紹介してもいいですか?」

 ヨルトラが声をかけてきた。

 庭師四人パトロ・イルイス、ヤンク・バルボンとウォルゥ・ムエル、ニーツ・ロブスと下働きユルとモイラの夫婦。
 初めて会う小さな主の可愛らしさにモイラはにっこり破顔し、男たちは深く頭を下げて自己紹介を行った。

「ぼくはドリアン・フォンブランデイル公爵の長男ドレイファスです。よろしくです」

 だいたい噛まずに言えたことにドレイファス自身が満足したようだ。ほわっと笑んだ。

「ぼく最近毎日来られないから、スライム小屋よろしくおねがいします」
「そうだ!新しい花とカブがあるんだ、見るか?」

 公爵様のお坊ちゃま相手なのに弟にでも話しかけるようなタンジェントに驚きながら、新参の庭師たちはふたりのやり取りを見守っている。

「ターンジー?ね、これおみやげに買ってきたからあとで植えてみて。あとレッドメル食べたい!」

 はいはいと適当な返事をしながら、手を繋いでスライム小屋へ入って行った。

「タンジェントさんのあれ、大丈夫なんですか?」

 以前の伯爵家なら手打ちになってもおかしくないような言動に、心配になったらしいパドロがヨルトラに訊く。

「この中だけだから大丈夫だ。ミルケラや料理人たちもだいたいいつもあんな感じだよ。成長されたらもちろん変わっていくのだろうが、ドレイファス様は素直でおやさしい坊ちゃまなんだ。私たちの宝物だよ」

 ドレイファスたちが入って行った、増設されたばかりのスライム小屋では、カモフラワーとゼラニラがなんとか根付いたか?というところ。
 タンジェントとモリエールが今が踏ん張り時と、まめに様子を見に来ている。ここで枯らしてしまうと、来年一からやり直しになってしまうので数本でも粒が採れるところまで保たせたいと鑑定しては土に何か足したりと、休むことなく手をかけている。

「へえ、白いお花かわいい!」

 ドレイファスは大輪の華やかな花より、野にひっそりと咲く小さく可憐な花が好きだ。カモフラワーの小さく咲く白い花が気に入ったらしく、香りを嗅いだり花びらを数えたりしながら花を愛でていた。ゼラニラも派手というほどではないがあまり興味がないようで、こちらには見向きもしないのでわかりやすい。

 しばらくするとサトーカブに目を向けたが、戸惑っている様子に。

「それは前に裏に転がしていた三角のカブだよ」

 群生地から採取したサトーカブは、三角のカブを根っこの部分に蓄えつつもまだ育ちきらない大きさで、その葉は青く若々しかった。
裏に転がされていたサトーカブは大きく、葉は原型を留めないほど萎れていたので、葉だけを見てもそれとはわからなかったようだ。

「こんな葉っぱだったんだ!地面の中が三角になってるの?」

 面白いものを見つけたように訊くが、さすがに土を穿ったりはしない。

「そうですよ。このサトーカブから、ローザリオ様が甘味を作り出すことに成功したんです。今ボンディに預けてあるので、デザートを作ってくれると思いますから楽しみにお待ちください」

 あとから来たモリエールが説明すると、ドレイファスは

「甘いの!いいな」

とうれしそうに笑った。

 モリエールがもう一つ新しいものがあると、ウィーを植えた小屋に連れて行く。
 細い葉がシュッと立ち上がって行儀良く並ぶウィーの小屋の端に籠が置かれ、その中に茶色い粒が沢山入っているのを見つけると、小さな手でそれを拾いあげて観察し始める。

「モリエール、これなあに?」
「採取に行ったときに見つけたウィーというものです。その地域では粒をスープに入れて具として食べていたので、手に入れてみました」

 食べ物と聞いてうれしそうに口角を上げたドレイファスは

「美味しいの?」と確認する。

 食いしん坊にはとても大切なことだから。
モリエールは困ったように

「それがあまり・・・」と正直に答えた。

 金色の形の良い眉が歪む。

「そっか。おいしく食べられるようになるといいのにね」

 誰にも聞こえなかったが、そう小さくこぼした。



 ログハウスに戻るとタンジェントが冷やしたレッドメルを用意していた。

「メイベル嬢にはナイショだ」

 付き添ってきたロイダルも頷きながらお相伴に預かる。

「宿泊学級は楽しかったですか?」

 一休みに戻ってきたヨルトラが不在の数日を訊ねると、口のまわりにレッドメルの赤い果汁をつけたまま

「とっても楽しかった!クラスのみんなともなかよくなったよ」

 三泊四日のあいだに起きた出来事やシエルドの変な癖の話、なかよくなった令嬢たち!の話を楽しそうに教えてくれる。

 ルートリアとモルトベーネというドレイファスたちの隣りに座る令嬢たちと、宿泊施設で初めて一緒に食事をとった。

「ルートリアとモルトベーネは女の子なのに土にも触れるんだ!他の子たちは手が汚れるからって逃げちゃったけどね。でね、虫も触れるんだよ、女の子なのに!」
「モルトベーネ?私の姪と同じ名だ」

 ヨルトラの声をドレイファスは聞き逃したまま、タンジェントにクラスメイトの少女の話をする。
好き嫌いというよりは、土もいじれる勇ましい女子という目で見ているらしい。

「そのご令嬢たちはかわいいのか?」

 タンジェントの一言に小さな主は不思議そうな顔をする。

「ん?かわいいかな?でもノエミよりかわいい子はいないよ」

 四つ下の妹こそが誰よりかわいいと信じているドレイファスは、侯爵家の楚々としたお嬢さまも目に入らないようだ。

(まだまだお子様だな)

 それはそうだ、まだ八歳である。

「勉強はどうだ?」
「うん、けっこう簡単」

 すまして言うが、これは本当。
優秀な家庭教師たちの成果だ。
 ドレイファス団のこどもたちはドリアンに手配された家庭教師たちにより、騎士爵家のボルドアでさえ下手な下位貴族より良い教育を受けている。
 教育を与えて手厚く保護することで、公爵家に対する強い忠誠心を育て、より強く結束させようと考えてのことだが、他家ではあまり聞かない話かもしれない。
 フォンブランデイル公爵家は人を育て、生え抜きを重役に重用するべしと家訓があり、公爵家に仕える者たちへの教育は惜しまない。
 貴族学院に通う奨学金も傘下の貴族には提供され、家力からするとニ、三年の通学が関の山の者でも優秀であれば公爵家が後援して卒業させる。
執事マドゥーンやカイド、マトレイドのように公爵家を裏切るなんて毛ほども思いつくことがない使用人を、目をかけ手をかけしながら育てるのだ。

「簡単はいいな!好きな教科はできたか?」
「んー地理?いろんな土地のことがわかっておもしろいかも。その土地にできるものも教えてくれるし」
「嫌いなのは?」
「計算」

 即答するドレイファスを見ると、とっても嫌そうな顔をしている。

「計算は将来領主となったときにできないと困りますからね、領民のため、私たち使用人のために頑張ってください」

 ヨルトラがやさしく圧をかけながら応援すると、ちょっと口を尖らせつつも小さく頷いた。

「帰りにボンディに顔を見せていくといい。そろそろ何か出来ているかもしれない」

 話しながらレッドメルを食べ終え、立ち上がろうとしたドレイファスに、思い出したようにタンジェントがつけ加えると

「うん、そうする!」

 また期待をこめた碧い瞳を煌めかせて屋敷へ戻って行った。



「ボンディ?」

 タンジェントの勧めに従い厨房に寄ったドレイファスが呼ぶと、鉄鍋を振るうボンディが振り向く。

「あ、ドレイファス様!ちょっとお待ちくださいね」

 鍋を濡れ布巾の上に乗せるとジュッと音が響いて、布巾からモワッと湯気が立った。
 鍋の中のものを転がすようにヘラを動かしたかと思うと、くるんとロール状の何かをヘラを乗せてドレイファスに見せるよう掲げた。

 白い四角いそれは?

「玉子焼きにサトーカブの粉入れて焼いたから食堂で待っててください」

 ロイダルとにやりと笑い合う小さなこども。
さっきたらふくレッドメルを食べたはずなのに、その目は新たな期待に満ちている。
白い平らな皿に、玉子焼をのせてきたが黄色というよりほんのりと薄茶。

「白身だけ取り出してサトーカブの粉を混ぜて、デザートに焼いてみたんですよ。一口どうそ!」

 黄色い玉子焼とはまた違う食感、甘さもはちみつのような独特なコクは感じない。あの癖が苦手でもこれならイケる!

 ロイダルは甘味が苦手だった。しかし今ならわかる。はちみつが苦手だっただけで甘いものが嫌いなわけではなかったと。

「俺が甘いものがうまいと思うなんて」
「そう?いつも美味しいよ?」

 碧い目が不思議そうにロイダルを見上げ、可笑しそうにくすりと笑う。

「私の作るものはいつも美味しいぞ」

 甘いものが苦手なんてありえないというくらい冷たい視線を、ロイダルに投げかけたボンディが参戦する。

「いや、だからこれは俺でもうまいと思うくらいだから、奥方様にお出ししたら大変なことになりそうだって」

 ロイダルは褒め言葉一つで逃げることに成功!

「ぼくこれもっと食べたい」

 ドレイファスのおねだりに、夕餉のデザートにつける約束をボンディが交わすと、小さな主は漸く満足して屋敷へと戻っていった。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

【幸せスキル】は蜜の味 ハイハイしてたらレベルアップ

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアーリー 不慮な事故で死んでしまった僕は転生することになりました 今度は幸せになってほしいという事でチートな能力を神様から授った まさかの転生という事でチートを駆使して暮らしていきたいと思います ーーーー 間違い召喚3巻発売記念として投稿いたします アーリーは間違い召喚と同じ時期に生まれた作品です 読んでいただけると嬉しいです 23話で一時終了となります

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~

海道一人
ファンタジー
俺は地球という異世界に転移し、六年後に元の世界へと戻ってきた。 地球は魔法が使えないかわりに科学という知識が発展していた。 俺が元の世界に戻ってきた時に身につけた特殊スキルはよりにもよって一番不人気の土属性だった。 だけど悔しくはない。 何故なら地球にいた六年間の間に身につけた知識がある。 そしてあらゆる物質を操れる土属性こそが最強だと知っているからだ。 ひょんなことから小さな村を襲ってきた山賊を土属性の力と地球の知識で討伐した俺はフィルド王国の調査隊長をしているアマーリアという女騎士と知り合うことになった。 アマーリアの協力もあってフィルド王国の首都ゴルドで暮らせるようになった俺は王国の陰で蠢く陰謀に巻き込まれていく。 フィルド王国を守るための俺の戦いが始まろうとしていた。 ※この小説は小説家になろうとカクヨムにも投稿しています

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

処理中です...