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108 真っ黒モリエール
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学院に通い始めて一週が過ぎ、初めての休みにシエルドが公爵家にやってきた。
珍しい花をドレイファスの庭師に見てもらうため。
学院で渡せれば簡単だったが、シエルドが持ってきて驚いたのはその大きさだ。一株の花というから片手で持てる鉢を想像していたのに、シエルドの顔より花のほうが大きいくらい!
シエルドの代わりに鉢を抱えたアーサの顔とも変わらない大きな花は、ドレイファスも見たことのない美しいものだ。
早く庭師に見せたくて、すぐ離れに向かう。
「ドレイファス様、魔法の練習は如何ですか?」
学院に入ってからアーサとの魔法の練習はしばらくお休みになっていた。学院の勉強や課題などの加減がわからないため、ある程度落ち着いてから再開する予定だ。
「ちゃんとやってるよ」
アーサを見て、なぜか「本当だよ」と念を押したのが怪しい。
薄い柔らかな大きな花びらが何重にも重なる華やかで美しい花。しかしその日差しを透かすほど薄い花びらのせいかどこか儚げである。
その花を見た庭師たちは一様に、あまりの美しさにため息をついて見惚れていた。
「こんな美しい花を、頂いてよろしいのですか?」
タンジェントがシエルドに訊くと
「うん、うちの別宅がある山で最近見つかって、そこにはたくさん生えてるからって父上が」
サンザルブ侯爵領で株ごと採れる新種の花と聞いて庭師たちは色めき立つ。
「名前はなんていう花?」
興奮気味の庭師たちに空気を読まないドレイファスが訊ねると、シエルドが
「しゃくしゃく?」と答えた。
「しゃくしゃく?変ななまえー!」
トレモルと三人、笑い出したが。
鉢を受け取ったタンジェントは、こどもたちがあまりに楽しそうに笑っているので言えなくなったが、鑑定によると「しゃくやく」である。
初めて聞く名だ。
【しゃくやく】
[状態]普通
[利用方法]茶、薬
[効能]婦人病、痛みを取り除くなどなど
「この花、茶として飲んだり薬にもなるらしいぞ」
自分の鑑定ボードに現れた簡易な情報を皆に伝えてから花びらに触れ、細かく鑑定をしていく。
【しゃくやくの花びら】
[状態]普通
[使い方]茶
[効能]色による
「ん?花びらが茶になるらしい。なんだ、色によって効果が違うらしいぞ。じゃあ薬になるのはどこだ?」
探すように葉に触れる。
【しゃくやくの葉】
[状態]普通
「効能は出ない」
そうなると、残すところは根。指先を土に潜り込ませ、軽く土に触れると鑑定を発動させる。
【しゃくやくの根】
[状態]普通
[効能]婦人病、痛みを取り除くなどなど
「・・・なんか俺にはよくわからんが、根っこが薬になるらしい・・・」
タンジェントが微妙な表情でそう言った。
「根が薬?しかし根を取って薬にするには相当増やさないとならんぞ。数年はかかる」
ヨルトラが現実的なことを言う。
「これだけ美しいなら観賞用でも十分だ」
「若しくは茶・・・」
「この美しい花を摘むというのか?」
ヨルトラがタンジェントに非難の目を向ける。
「とりあえず、鉢から出していいか?今後どう育てるか分析してみるよ。鉢ごと預かっていいかな?」
「あの、もうひとつあるんだけど」
シエルドが肩からかけていた鞄から違う花を取り出した。
「これは前に師匠が煮て水を作ったことがある花で、昨日市場で見つけたそうです。今日から王都に行かなくてはいけないため、ぼくが持たされました」
なるほどと庭師たちは納得する。
いつもならすぐ、本当にすぐ本人が来てここにある釜を使うところだ。
仕事の依頼者のほとんどは公爵邸の近くに構えたアトリエに呼びつけていると聞いているが、それができないほど高位からの依頼なのだろう。
「その花を見ても?」
タンジェントが受け取り、鑑定する。
【カモフラワー】
[状態]水不足
[利用方法]茶、オイル
[効能]火傷、肌改善、鎮静、抗アレルギー
「これもいろいろ役に立ちそうだ。まず
水不足とあるから」
モリエールが樽を持ってきて、水に挿した。
「ローザリオ様は市場で見つけたとか?では市場に行けば買い足せるだろうか?」
ヨルトラが言うと師匠大好きモリエールがすぐ「市場を見てくる!」と出かけていった。
「ラバンやミンツのように、水に挿せば簡単に根が出るものだとありがたいのだがな」
「タンジー、花増やせる?」
「絶対大丈夫とは言えないが、頑張るぞ!」
庭師が袖をまくって鍛えられた腕をぱんぱんと叩いて見せた。
「シエルド様、小屋でできたレッドメルをお持ち帰りになりますか?」
タンジェントの言葉にシエルドは顔を輝かせる。新しい花を二種持ってきてくれた礼にと、大きめのレッドメルを一個刈り取りアーサに渡すとふたりは満足そうに顔を見合わせた。
が、それを見たドレイファスが
「ずるーい!ぼくもたべたい」
口を尖らせて地団駄を踏む。
とても由緒ある公爵家の嫡男には見えない言動だが、他ではこんなことはしないのだ。庭師たちの前で甘えているだけとみんなわかっているからこそ、なおさら可愛くてたまらない。
「しかたないなぁ」と言いながら、タンジェントはもう一個。ドレイファスが育てているスライム小屋ではなく、庭師たちの小屋からレッドメルを持ってきて側についていたロイダルに渡した。
「夕餉のデザートにでもと料理長に渡してくれ」
ドレイファスはトレモルと目を合わせてにんまりと笑った。
ドレイファスたちが屋敷に戻ったあと、しばらくしてモリエールが買えるだけ買い込んできたカモフラワーを抱えて帰ってきた。
「おお、けっこう買えたな」
「はい、これを置いたらもう一度行ってきたいんですが」
モリエールがなにか見つけたらしい。
「タンジーも一緒に行かないか?」
そう誘う、ということはよほどたくさんそれがあった?
「行こう!」
ヨルトラに留守番を頼み、厩舎に荷馬車と馬を借りてすぐ出発する。
「荷馬車で行くほどか?なあ、何を見つけたんだ?」
こちらを見たモリエールが面白そうに口角を上げ「行ってからのお楽しみ」とだけ言った。
公爵家から歩けばまあまあかかるが、馬車なら数分ほど。グゥザヴィ商会本店が面するブラン街のメインストリートを通り過ぎると、あるところから自然発生的に数多くの露店が広がる。
モリエールはその中の一店を迷うことなく目指していた。
「あれ、見えるか?」
露店の荷台には手のひらより少し大きいくらいの三角のカブのような野菜が積んである。
「なんだあれ?どこかで見たような?」
「ドレイファス様が前に描いた絵に似てると思わないか?」
すーっと通り過ぎた先で荷馬車を停め、モリエールはさりげなく露店の番をする者に近づく。
「こんにちは、これ見かけないものだけど何ですか?」
美しい満面の笑みで話しかけられた農家の娘は顔を赤らめながら
「サトーカブという馬の餌ですよ、これ甘いから馬が喜ぶんです」
そう教えてくれた。
「甘いのに馬が食べるの?人間が食べたらいいのに」
頭に浮かぶまま疑問をぶつけると
「アクが強すぎて美味しくないんですよ。でもせっかくできるんだし、餌としてなら売れるからね」
「へえ、そうなのか。うちの屋敷の馬たちにやったら喜ぶかな、今あげてみるから、小さい物を一つもらおうかな」
コインを娘の手のひらに落として小さめの実を受け取ると、近くに止めた荷馬車の馬に食べさせてみると。
シャクシャクシャクシャクと激しく音を立てて。あっという間に食べ終えた。
「おお、すごい気に入りようだな!屋敷には何頭もの馬がいるんだ。たまには労いに美味いものでも食べさせてやりたいから、そこにあるものを全部買おう!」
タンジェントは、こういうときのわざとらしいモリエールは嫌いじゃない。
最初から全部買うと言えば良いだけだが、まとめ買いをするときは公爵家を目立たせないために必ず、こんなくさい芝居をしてみせる。
(意外と面白いんだよな、モリエールって)
ふたりで荷馬車に巨大なカブを積み替えて、そして華麗に農家の娘に手を振りながら別れを告げる。
(どこまでもくさい)
タンジェントはプッと吹いた。
「笑うな。次行くぞ」
「え、まだあるのか?」
モリエールはまた荷馬車を停めた。
露店市場の一番奥、もっとも寂れた場所だ。
人の良さそうなおばあちゃんがにこっと笑って手招きするので、その愛想の良さに、タンジェントは警戒することなく露店に近づき、並べられた花を手に取ってしまった。
「30000ロブだよ」
皺だらけの手の平をタンジェントに催促するよう伸ばした。
「え、買うとは決めてないし、第一なんだ、その金額は!」
普通なら500ロブ程度のもの、とんでもない暴利だ。
「何言ってるんだ!商品を手に取ったら傷がつくんだよ。もう商品価値が下がっちまったんだ、お前が買うしかない。いらないって言うなら商品代金を弁償しな」
愛想がよいと思ったが、さっきまでの笑顔は醜悪な表情に変わっていく。
「なに言ってるんだ、くそバ」
ぽんぽんと肩を叩かれ、振り向くとモリエールが微笑んでいる。タンジェントには、その笑みがヤバいときの笑・・・みとわかる。
「ご婦人、連れが失礼をして申し訳ない」
ずずっと美しい顔を寄せていくと、さしもの業突張りもちょっと狼狽え、その機を逃さず圧倒的美貌でモリエールは畳み掛けていく。
「しかし我らはフォンブランデイル公爵閣下にお仕えする者。領内でそのような違法を見逃すことはできぬな」
異次元の美しさを持つ男が冷たい視線を外さず、口元だけで微笑む。モリエールを良く知るタンジェントでも背中がひんやりする凄みに、なんだかんだ言ってコイツもやっぱり貴族だなと感じた。
「ひっっ、お、お許しくださ」
「いや、公爵閣下の大切な領民に阿漕な真似をするような者を見逃すことはできぬ。我らがそなたを見逃したとなれば、真面目で厳しく曲がったことが大嫌いな公爵閣下にどれほどのお叱りを受けることか。お叱りでは済まぬかもしれぬ。我らがそうであれば、そなたはどれほどの罰となるだろうな。老体というのにかわいそうに」
老婆は真っ青になり、カタカタと震え始める。
「あ、あの、見逃してくださるなら、巻き上げた金もすべて公爵さまにお返しいたしますのでお、お、お許しをっ」
そういうと露店も何もかも置いたまま、老人とは思えぬ身のこなしで荷馬車に飛び乗り走り去った。
「おい、モリエール!」
ニヤニヤと凶悪な笑いを浮かべ、モリエールが振り向いた。
「ドリアン様のために掃除をしたぞ。ゴミを持ち帰ろう」
(なんてヤツだ!)
タンジェントとモリエールはタダで手に入れた、荷台に山とのせられている花とオレルの実を自分たちの荷馬車に乗せ、置いていかれた荷台も畳んで荷馬車に詰め込むが、その時金だけは老婆が持ち去ったことに気づいた。
「まあ、金までむしり取るつもりはなかったから」
モリエールが苦笑を漏らすが、タンジェントは本当は金までと思っていたのではないかと、ぶるぶるっと震えをもよおした。
珍しい花をドレイファスの庭師に見てもらうため。
学院で渡せれば簡単だったが、シエルドが持ってきて驚いたのはその大きさだ。一株の花というから片手で持てる鉢を想像していたのに、シエルドの顔より花のほうが大きいくらい!
シエルドの代わりに鉢を抱えたアーサの顔とも変わらない大きな花は、ドレイファスも見たことのない美しいものだ。
早く庭師に見せたくて、すぐ離れに向かう。
「ドレイファス様、魔法の練習は如何ですか?」
学院に入ってからアーサとの魔法の練習はしばらくお休みになっていた。学院の勉強や課題などの加減がわからないため、ある程度落ち着いてから再開する予定だ。
「ちゃんとやってるよ」
アーサを見て、なぜか「本当だよ」と念を押したのが怪しい。
薄い柔らかな大きな花びらが何重にも重なる華やかで美しい花。しかしその日差しを透かすほど薄い花びらのせいかどこか儚げである。
その花を見た庭師たちは一様に、あまりの美しさにため息をついて見惚れていた。
「こんな美しい花を、頂いてよろしいのですか?」
タンジェントがシエルドに訊くと
「うん、うちの別宅がある山で最近見つかって、そこにはたくさん生えてるからって父上が」
サンザルブ侯爵領で株ごと採れる新種の花と聞いて庭師たちは色めき立つ。
「名前はなんていう花?」
興奮気味の庭師たちに空気を読まないドレイファスが訊ねると、シエルドが
「しゃくしゃく?」と答えた。
「しゃくしゃく?変ななまえー!」
トレモルと三人、笑い出したが。
鉢を受け取ったタンジェントは、こどもたちがあまりに楽しそうに笑っているので言えなくなったが、鑑定によると「しゃくやく」である。
初めて聞く名だ。
【しゃくやく】
[状態]普通
[利用方法]茶、薬
[効能]婦人病、痛みを取り除くなどなど
「この花、茶として飲んだり薬にもなるらしいぞ」
自分の鑑定ボードに現れた簡易な情報を皆に伝えてから花びらに触れ、細かく鑑定をしていく。
【しゃくやくの花びら】
[状態]普通
[使い方]茶
[効能]色による
「ん?花びらが茶になるらしい。なんだ、色によって効果が違うらしいぞ。じゃあ薬になるのはどこだ?」
探すように葉に触れる。
【しゃくやくの葉】
[状態]普通
「効能は出ない」
そうなると、残すところは根。指先を土に潜り込ませ、軽く土に触れると鑑定を発動させる。
【しゃくやくの根】
[状態]普通
[効能]婦人病、痛みを取り除くなどなど
「・・・なんか俺にはよくわからんが、根っこが薬になるらしい・・・」
タンジェントが微妙な表情でそう言った。
「根が薬?しかし根を取って薬にするには相当増やさないとならんぞ。数年はかかる」
ヨルトラが現実的なことを言う。
「これだけ美しいなら観賞用でも十分だ」
「若しくは茶・・・」
「この美しい花を摘むというのか?」
ヨルトラがタンジェントに非難の目を向ける。
「とりあえず、鉢から出していいか?今後どう育てるか分析してみるよ。鉢ごと預かっていいかな?」
「あの、もうひとつあるんだけど」
シエルドが肩からかけていた鞄から違う花を取り出した。
「これは前に師匠が煮て水を作ったことがある花で、昨日市場で見つけたそうです。今日から王都に行かなくてはいけないため、ぼくが持たされました」
なるほどと庭師たちは納得する。
いつもならすぐ、本当にすぐ本人が来てここにある釜を使うところだ。
仕事の依頼者のほとんどは公爵邸の近くに構えたアトリエに呼びつけていると聞いているが、それができないほど高位からの依頼なのだろう。
「その花を見ても?」
タンジェントが受け取り、鑑定する。
【カモフラワー】
[状態]水不足
[利用方法]茶、オイル
[効能]火傷、肌改善、鎮静、抗アレルギー
「これもいろいろ役に立ちそうだ。まず
水不足とあるから」
モリエールが樽を持ってきて、水に挿した。
「ローザリオ様は市場で見つけたとか?では市場に行けば買い足せるだろうか?」
ヨルトラが言うと師匠大好きモリエールがすぐ「市場を見てくる!」と出かけていった。
「ラバンやミンツのように、水に挿せば簡単に根が出るものだとありがたいのだがな」
「タンジー、花増やせる?」
「絶対大丈夫とは言えないが、頑張るぞ!」
庭師が袖をまくって鍛えられた腕をぱんぱんと叩いて見せた。
「シエルド様、小屋でできたレッドメルをお持ち帰りになりますか?」
タンジェントの言葉にシエルドは顔を輝かせる。新しい花を二種持ってきてくれた礼にと、大きめのレッドメルを一個刈り取りアーサに渡すとふたりは満足そうに顔を見合わせた。
が、それを見たドレイファスが
「ずるーい!ぼくもたべたい」
口を尖らせて地団駄を踏む。
とても由緒ある公爵家の嫡男には見えない言動だが、他ではこんなことはしないのだ。庭師たちの前で甘えているだけとみんなわかっているからこそ、なおさら可愛くてたまらない。
「しかたないなぁ」と言いながら、タンジェントはもう一個。ドレイファスが育てているスライム小屋ではなく、庭師たちの小屋からレッドメルを持ってきて側についていたロイダルに渡した。
「夕餉のデザートにでもと料理長に渡してくれ」
ドレイファスはトレモルと目を合わせてにんまりと笑った。
ドレイファスたちが屋敷に戻ったあと、しばらくしてモリエールが買えるだけ買い込んできたカモフラワーを抱えて帰ってきた。
「おお、けっこう買えたな」
「はい、これを置いたらもう一度行ってきたいんですが」
モリエールがなにか見つけたらしい。
「タンジーも一緒に行かないか?」
そう誘う、ということはよほどたくさんそれがあった?
「行こう!」
ヨルトラに留守番を頼み、厩舎に荷馬車と馬を借りてすぐ出発する。
「荷馬車で行くほどか?なあ、何を見つけたんだ?」
こちらを見たモリエールが面白そうに口角を上げ「行ってからのお楽しみ」とだけ言った。
公爵家から歩けばまあまあかかるが、馬車なら数分ほど。グゥザヴィ商会本店が面するブラン街のメインストリートを通り過ぎると、あるところから自然発生的に数多くの露店が広がる。
モリエールはその中の一店を迷うことなく目指していた。
「あれ、見えるか?」
露店の荷台には手のひらより少し大きいくらいの三角のカブのような野菜が積んである。
「なんだあれ?どこかで見たような?」
「ドレイファス様が前に描いた絵に似てると思わないか?」
すーっと通り過ぎた先で荷馬車を停め、モリエールはさりげなく露店の番をする者に近づく。
「こんにちは、これ見かけないものだけど何ですか?」
美しい満面の笑みで話しかけられた農家の娘は顔を赤らめながら
「サトーカブという馬の餌ですよ、これ甘いから馬が喜ぶんです」
そう教えてくれた。
「甘いのに馬が食べるの?人間が食べたらいいのに」
頭に浮かぶまま疑問をぶつけると
「アクが強すぎて美味しくないんですよ。でもせっかくできるんだし、餌としてなら売れるからね」
「へえ、そうなのか。うちの屋敷の馬たちにやったら喜ぶかな、今あげてみるから、小さい物を一つもらおうかな」
コインを娘の手のひらに落として小さめの実を受け取ると、近くに止めた荷馬車の馬に食べさせてみると。
シャクシャクシャクシャクと激しく音を立てて。あっという間に食べ終えた。
「おお、すごい気に入りようだな!屋敷には何頭もの馬がいるんだ。たまには労いに美味いものでも食べさせてやりたいから、そこにあるものを全部買おう!」
タンジェントは、こういうときのわざとらしいモリエールは嫌いじゃない。
最初から全部買うと言えば良いだけだが、まとめ買いをするときは公爵家を目立たせないために必ず、こんなくさい芝居をしてみせる。
(意外と面白いんだよな、モリエールって)
ふたりで荷馬車に巨大なカブを積み替えて、そして華麗に農家の娘に手を振りながら別れを告げる。
(どこまでもくさい)
タンジェントはプッと吹いた。
「笑うな。次行くぞ」
「え、まだあるのか?」
モリエールはまた荷馬車を停めた。
露店市場の一番奥、もっとも寂れた場所だ。
人の良さそうなおばあちゃんがにこっと笑って手招きするので、その愛想の良さに、タンジェントは警戒することなく露店に近づき、並べられた花を手に取ってしまった。
「30000ロブだよ」
皺だらけの手の平をタンジェントに催促するよう伸ばした。
「え、買うとは決めてないし、第一なんだ、その金額は!」
普通なら500ロブ程度のもの、とんでもない暴利だ。
「何言ってるんだ!商品を手に取ったら傷がつくんだよ。もう商品価値が下がっちまったんだ、お前が買うしかない。いらないって言うなら商品代金を弁償しな」
愛想がよいと思ったが、さっきまでの笑顔は醜悪な表情に変わっていく。
「なに言ってるんだ、くそバ」
ぽんぽんと肩を叩かれ、振り向くとモリエールが微笑んでいる。タンジェントには、その笑みがヤバいときの笑・・・みとわかる。
「ご婦人、連れが失礼をして申し訳ない」
ずずっと美しい顔を寄せていくと、さしもの業突張りもちょっと狼狽え、その機を逃さず圧倒的美貌でモリエールは畳み掛けていく。
「しかし我らはフォンブランデイル公爵閣下にお仕えする者。領内でそのような違法を見逃すことはできぬな」
異次元の美しさを持つ男が冷たい視線を外さず、口元だけで微笑む。モリエールを良く知るタンジェントでも背中がひんやりする凄みに、なんだかんだ言ってコイツもやっぱり貴族だなと感じた。
「ひっっ、お、お許しくださ」
「いや、公爵閣下の大切な領民に阿漕な真似をするような者を見逃すことはできぬ。我らがそなたを見逃したとなれば、真面目で厳しく曲がったことが大嫌いな公爵閣下にどれほどのお叱りを受けることか。お叱りでは済まぬかもしれぬ。我らがそうであれば、そなたはどれほどの罰となるだろうな。老体というのにかわいそうに」
老婆は真っ青になり、カタカタと震え始める。
「あ、あの、見逃してくださるなら、巻き上げた金もすべて公爵さまにお返しいたしますのでお、お、お許しをっ」
そういうと露店も何もかも置いたまま、老人とは思えぬ身のこなしで荷馬車に飛び乗り走り去った。
「おい、モリエール!」
ニヤニヤと凶悪な笑いを浮かべ、モリエールが振り向いた。
「ドリアン様のために掃除をしたぞ。ゴミを持ち帰ろう」
(なんてヤツだ!)
タンジェントとモリエールはタダで手に入れた、荷台に山とのせられている花とオレルの実を自分たちの荷馬車に乗せ、置いていかれた荷台も畳んで荷馬車に詰め込むが、その時金だけは老婆が持ち去ったことに気づいた。
「まあ、金までむしり取るつもりはなかったから」
モリエールが苦笑を漏らすが、タンジェントは本当は金までと思っていたのではないかと、ぶるぶるっと震えをもよおした。
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