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105 入学

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 一年後。

 春らしいうららかな陽射し溢れるその日。
王立貴族学院では入学式を迎えていた。

 無事八歳になったドレイファス・フォンブランデイル公爵令息は、学生護衛となるべく鍛練を積んできたトレモル・モンガル伯爵令息、アラミス・ロンドリン伯爵令息、ボルドア・ヤンニル騎士爵令息と、シエルド・サンザルブ侯爵令息、カルルド・スートレラ子爵令息の六人揃って公爵家の馬車で学院にやってきた。

 次の馬車には入学式に参列する両親たちが乗っている。いつものように皆で公爵邸に集まり、入学の祝の会を繰り広げて一緒に登校してきたというわけだ。

 受付を済ませるとこどもたちは一度教室へ案内され、両親たちは講堂へ通された。
学長はサンザルブ侯爵家の分家筋に当たるツィルド・セルザリ伯爵なので安心しているが、もちろん敵対勢力の貴族子弟もいる。油断は禁物だ。

 公爵家はこの一年で、シエルドが師事する錬金術師ローザリオ・シズルスとその実家シズルス伯爵家、公爵家に三人の兄弟が仕え、お抱え商会の商会長も含めると四人の兄弟が関わりを持つグゥザヴィ男爵家、次男ボルドアがドレイファスの学生護衛となるヤンニル騎士爵家を新たに派閥に加えていた。
 グゥザヴィ商会は今も破竹の勢いで、新製品を発売しては大人気を呼んでいる。支店は公爵家傘下の貴族領地に優先的に開設されていくので商品の流通や税の恩恵もあり、他の派閥の貴族からすると羨ましいやら妬ましいやらである。
 親の妬みによるこども同士のトラブルも想定されるため、学長のセルザリ伯爵は組分けのときにほんの少しの手心を加え、六人同じ組になるよう配慮した。

 トレモルとアラミス、ボルドアはこの一年公爵家騎士団からみっちり指導を受け、剣術と魔術、そして体術のレベルを上げた。騎士が相手ではまだ難しいが、ハ歳ながら一般人であれば大人相手でも勝機がある程度には強くなった。力では負けても、動きや技術でそれをカバーすることができる。生徒相手の護衛なら十分と言えるだろう。

 シエルドはローザリオから魔道具を六人分持たされ、みんなの足首に取り付けた。まわりに察知されずに呪術や毒などから身を守るためのものだ。

 そしてカルルドの役目は・・・特にない。
ないのだが、常に冷静で頭がよく目配り気配りが効くので、そばにいるだけで必ず役に立つと公爵夫人マーリアルに見込まれていた。

 六人の少年がまとまって歩くとそれなりに目立つ。特にドレイファスとシエルド、アラミスの美少年ぶりは群を抜いており、教室にすでに来ていた小さな令嬢たちの目も吸い付いたように三人を見ている。ボルドアは居心地が悪くなり

「ねえカルディ、めっちゃ見られてる」

隣りを歩くカルルドの袖を引いて声をかけた。

「大丈夫、見られているのは僕らじゃないよ」

 すましている。
ボルドアはカルルドが意外と肝が座っているんだと感心した。

 教室では席順が貼られ、ドレイファスは窓際、それを囲むように五人が固まっている。

「いいね、これ」

 後ろに座ったシエルドが満足そうに笑う。

「ドルの背中を擽ったりするのに」

 ドレイファスが何かいい返そうとしたとき、先生が入っていらして簡単な挨拶といくつかの注意を与えると講堂へ移動するよう指示された。

 クラスメイトと一列に並んで講堂に入る。
 既に父兄たちがずらりと座り、前の空いた席へ来た順に座るよう教師から案内されて見回すと

「すごくたくさん人がいるんだね」

 ドレイファスはこんなにたくさんの人を一度に見るのは初めてだ。驚いたように言う。
 公爵家から出たのは、神殿に二回と一度の旅行しかない箱入り息子なのだからしかたない。
その点シエルドは王都にあった錬金術のアトリエに通っていたため、人が多いのは慣れている。ドレイファスの驚きが意外で、軽く吹き出した。

 入学式が無事終わり、教室に戻されると自己紹介の開始だ。ひとりづつ立ち上がって名を名乗っていく。今年はというかこの数年は王族の入学がないので、公爵家のドレイファスは学年でもっとも高位な貴族の子弟の一人ということになる。嫡男だがまだ婚約者もいないため、ドレイファスと、侯爵家次男でありローザリオ・シズルスの弟子と知られたシエルドはいろいろな意味で注目を浴びているのだ。

 昨年二十歳で婚約したメイベルのように、適齢期に婚約する方が自然ではある。が、公・侯爵くらいになると政略結婚の相手を早くに見定めることも多く、十五歳くらいまでに決められることがほとんどだ。 
 まだ時間はあるが、ここにいる令嬢たちの中に候補の一部がいることは間違いない。
 当の本人たちはまったく気にしていないが、小さな令嬢たちはその容姿を見、名を聞いて浮足立った。同年代の王族がいない以上、もっとも夢の王子さまに近い存在なのだから。

「みなさんのレベルを知るために、読み書きのテストを行います。今はわからなくても大丈夫ですが、場合によっては組替えをしますので今日は机に荷物を入れたままで帰らないようにしてください。テストが終わったら終わります。このテストの結果は明日教えますので、まずこの教室に集まってくださいね」

 読み書きを五歳から習っているドレイファスたちは造作ないが、まわりを見ると苦戦しているこどもが多く、それには特にシエルドが「簡単なのにね」と驚いた。

 あっという間に帰宅の時間になり、迎えの馬車を探しに校門そばの広い車寄せへ、もちろん六人揃って向かう。令嬢たちが声をかけたそうだがその隙を与えない優秀な三人のちいさな護衛!
 ささっとドレイファスを囲み、公爵の車寄せへ急ぐ。学校の楽しみはともだちとの触れ合いだと思うが、彼らの結束は固すぎたようだ。
 用心のために一人だけ待合いに残すことはせず、誰かしらは必ず馬車で一緒に待つよう公爵に言われているので、最初に来ている馬車に全員で乗り込み、他家の馬車の到着を窓から確認し、到着次第乗り換えて帰るという念の入れようだ。

 ちなみに馬車の車寄せは爵位順に決められているため、下位貴族が勝手に高位貴族の待合いに入ることはできない。ただ騎士爵家のボルドアのように、ドレイファスが連れて入る場合は問題ない。
 御者と最低でも一人以上の護衛騎士がいる馬車で待つのが、安全性ももっとも高い方法と思えた。しかも今日の護衛騎士はワーキュロイだ、鉄壁!である。
 御者台で、御者兼護衛のモンナとお喋りをしていたワーキュロイは、小鴨が連なるように歩いてくる主たちに気づいて飛び降りると、馬車の扉を開けて乗せてくれた。

「おかえり、初めての一年生はどうだった?」

 ワーキュロイが楽しげに笑いながら答えを待つと

「人がいっぱいで疲れちゃった」

というドレイファスに笑うシエルド、

「女の子がみんなこっち見てて怖かった」

と罪なことをいうアラミスに、うんうんと高速で頷くボルドア、
カルルド、トレモルだ。

 「楽しかったか?」という問いには「まあまあかな」と答えた主であった。

 動かない馬車の中でお喋りに興じる。

「そういえば先生ってなんて名前だった?」
 カルルドが聞き漏らすなんて驚きだ。
と思ったら、誰も覚えていないと気づく。
どうしてだろう?とみんなで首をひねるが、たいしたことでもないとすぐ忘れた。

「それより読み書きがみんなあんなにできないとは思わなかったよ」

 シエルドが肩をすくめる。

「僕、兄上に学院に入る前から読み書きできるのかって驚かれたよ」

 こどもたちの会話を聞いていたワーキュロイが

「普通はガッコに上がってから勉強するものだ。入学前にマナー以外の家庭教師なんて贅沢なことなんだよ」

 世の中の常識を教えてやった。

 早くから当然のようにマナーに武術、勉学と多方面の教育機会を与えられて気づいていなかったのだ。
 ましてボルドアのような騎士爵では、剣術しかできないというのも珍しい話ではない。

「そうなんだ」

 喜んでいいことなのか、それとも・・・考え始めると項垂れてきてしまうドレイファスの頭をシエルドが小突く。まるで全部わかってると言わんばかりに。

「ドル、別にぼくたちずるしてるわけじゃないからね」

 シエルドの声を聞いたワーキュロイが

「そう、ずるではない。恵まれた環境だが、それを活かすも殺すも本人次第だ。家庭教師がいても逃げ回って勉強しない者もいる。そんなことせずに勉強したからできるようになっただけだろう?」

 そうは言ったのだが。
どの家に生まれたかというだけでスタートからこれほど差があるのは、まあやっぱりアレだなとは思うワーキュロイだった。

 屋敷に戻ると母とトレモル、六歳になった弟グレイザールと昼食を共にする。

「入学式、素晴らしかったわ。上の学年の皆さんのお迎えのスピーチもよかったわね」

と話を振ってくる母にスピーチってなに?とは聞けない空気、ドレイファスはとりあえずにこっと笑って誤魔化した。

「ぼくもおにいちゃまとがくいんいきたいの」

 グレイザールが口を尖らせてぐずる。少し成長し、前ほどわんわん泣かなくなってきたが。

「あと二年でグレイも一緒に学院行けるよ」

 慰めたつもりの一言でドツボに嵌る。

「にねんってなんかいねんねするの?」

・・・・・

「1000回くらいかしらね?」

 マーリアルが適当に答えたが、嘘である。
しかし1000という数字が数え切れず、グレイザールの頭の中では数えられないくらい寝ないとダメとインプットされた。絶望的な顔をしたと思うと

「うぅ、うぇえっうぇっ」

と危険な兆候を見せ始めたためドレイファスがササっと側に駆け寄り、

「はい、グレイ!特別にあーんしてあげる」

 匙でひとすくいした玉子焼を口にいれてやると、もぐもぐして「おいしい」とほわっと笑った。ぎりぎり間に合ったようだ。

 きっともう少し大きくなったら泣かなくなるだろう・・・それまでの辛抱とドレイファスは思っている。
たぶん、きっと・・・。
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