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104 閑話 ほのかなままではいられない

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 公爵夫人マーリアルの発案で、公爵一家は公爵領の中でも外れにあるノースロップ湖に、三泊で行くことになった。三泊と言っても往復三日はかかるので正味六日の旅である。

 その間の仕事を手配し、同行する侍女侍従と護衛の選択などを行うと、あっという間に予定の日がやってきた。

 馬に乗った護衛を前後に公爵夫妻とこどもたち、その侍女侍従と着替えなどの荷物で計四台の馬車を連ねて進み、途中の宿場町で一泊。安全のため貸し切りにしているため、部屋は使い放題となり、ドレイファスと共に連れてこられたトレモル、グレイザールは大興奮で、隠れんぼに興じている。
ノエミとイグレイドは母マーリアルの部屋でごろんごろんを楽しんで。
 こどもたちには新鮮な旅となったようだと、マーリアルは目的とは違う効果も喜んだ。

 翌朝早く宿を出るときは、ドレイファスとトレモル以外のこどもたちはまだ寝ており、抱きあげられて馬車に乗せられていた。
 残り半日の馬車の旅も、こどもたちは車窓を眺め楽しんで過ごせたようだ。

 みんなのお尻が痛くてたまらなくなってきた頃。漸く目的の場所に着いた。

「うっわー!すっごいきれい~」

 馬車から見えた湖にドレイファスが興奮して叫ぶのを見ると、ときどきこうして家族で過ごすのも悪くないと夫妻で頷く。
 別邸の前に馬車を止めると、こどもたちが誰の手も借りずに飛び降りて歓声を響かせ。

「本当に楽しそうだな」
「ええ、きっと素晴らしい旅になると思いますわ」

 別邸に荷物を下ろし、こどもたちはこどもたちで別邸の探検を始めたが、それについて歩くのはロイダルだ。ルジーの時間を空けるために今回は二人とも連れてきた。侍女はメイベルたち三姉妹とナラ、イグレイドの乳母。そして厨房からボンディとロイが着いてきたため使用人の馬車はキツキツだった。
 だがボンディたちが着いてすぐ夕餉の支度を始めたおかげで、湖が見えるテラスで夕日を見ながら素晴らしい食事を楽しむことができた。
 テラスは広く、公爵たちのテーブルの隣りに使用人のためのテーブルを設えると、同じ時間帯に食事を取らせる。もちろんルジーとメイベルは同じテーブルにして。

 ドリアンたち公爵一家が使用人たちの食事風景を見ることはない。というか初めてである。人間関係や強弱がわかり、興味深かった。

 好奇心を悟られないよう眺めていると、確かにルジーとメイベルはちらちらとお互いを気にしているのがわかる。
 微妙なタイミングで見つめ合う事なく、見たり見られたりを繰り返しているのだ。
ちらっと見てはホウッと小さくため息をついたり、頬をほんのり染めたり、口角だけを小さくあげて笑んだり。

(おまえたち、想い合っているならとっとと婚約しろ)

と喉から出かかりそうになるほど、じれったい。
 ドリアンはそう思っていたが、マーリアルはそのじれったさこそが恋!素敵な恋しているのねときゅんきゅんしていた。

 実際のふたりを観察した公爵夫妻は、準備してきた作戦を決行することに決め、翌朝から手配を始めたのである。

 といってもたいしたことではない。
外のテーブルで食べるのはいかにもバカンスに来ている感じで楽しい。せっかくだから使用人たちにも楽しんでもらいたいので、テーブルは湖畔にもいくつか設えて、何組かに分かれて食事をしてもらいたい。
 もちろん組分けは毎回偶然ルジーとメイベルの二人になる。マーリアルの悪戯のようなものだ。

 少し早めに始まる夕餉は日が傾き始めた頃。
 使用人用に並べられたいくつかの小さな丸テーブルには、食事中に日が沈むことを考慮し、暗さを補う蝋燭が灯されている。

 昼を食べたときは、おう!メイベル嬢とふたりか!と言ったルジーだが、夕餉のテーブルに行くとメイベルがいて「え?また?」と言ってしまい、「またで悪かったですわね」と怒らせ、まわりを密かに慌てさせたりした。

 しかし。

 夕暮れの赤い空を映した湖面の美しさに見惚れたメイベルから目が離せなくなったルジーの、視線を感じたメイベルが振り返り、見つめ合ってしまうと。
どちらも視線を外すことができず、夕やけのそれではなく頬を染めていく。

「あの・・・」

 ルジーが何か言いかけた。

(言えっ!言うんだ早く!)

 気配を消して見守る他の使用人たちと公爵夫妻は、焦れすぎて血管が切れそうだ。

 ルジーも本当は、そろそろ本気でメイベルに告白しないととは思っていた。ルジーがメイベルを好ましく想うのは男爵家の嫡子だからではないが、可愛らしい容姿や素直な性格、年齢、立場だけでも婚約の申し入れがないほうがおかしいのだ。

 ─ドリアン様が選別している、もしルジーが望むならと言ってくれたことがあるから待っていてくれてる?でもこのままチャンスをものにしなければ、ドリアン様が他に良さそうな婿を見つけてしまうかもしれない。マトレイドにも言われた。言わなければ・・・。

 そう思うのだが、思うほど緊張して口が動かなくなる・・・。



 メイベルはと言うと。
 この雰囲気にさすがにもしかしたら!と感じていた。しかし肝心のルジーが、口が張り付いたようにあのあのばかり言っている。いつもの口の軽さはどこへ行った?

 この二年を共に働いてよく知ったルジーのことは、憎からず想っている。
マーリアルのところに使いにいくと、「好きな殿方はいないの?そういえばルジーなんかお似合いじゃないかしら?」などとさりげなく勧められたりして。
 子爵家出身で男性にしては美しい容姿だが、護衛に選ばれるほど強い。チャラそうに喋るが、こども好きでフレンドリーで意外とやさしく、誰に対しても高圧的な態度を取ることのない人だ。
 ルジーのことをこんな風に度々妹たちに話しており、聞いていたリンラが気づかないほうがよほどどうかしていると言えるだろう。
 メイベルもそこまでは口にしなかったが、もしルジーから結婚を申し込まれたらなんて夢に見ることもあったのだ。




(ルジー、早く好きだと言えー!ヘタレかよっ)

 仲間たちが視線に圧を込めて送るが、なかなかどうしてルジーの口はピクリともしない。

 大人たちとテーブルを共にしていたドレイファスとトレモルは、とっくに食べ終わって完全に飽きていた。

「へやにもど」

と言いながら椅子から下りようとしたドレイファスを、母マーリアルがまるで射殺すような目で見、

「しっ!黙って動かないでっ」

と小声でとどめる。
 ふたりのこどもは恐ろしさで金縛りにあったようにピクリともできなくなった。

 焦れたのはメイベルも同じだった!
この空気に耐えきれなくなり、勇気を振り絞って口を開く。

「ルジーさま」

 ん?とルジーが変な顔をする。

「私、ルジーさまから仰っていただきたいですわ」 

 そう言って赤い顔でじっと見つめてくる。

「な、なにを・・・」
「何ではありませんわ。おわかりになっているでしょ?」

 メイベルの瞳に苛つきが浮かぶ。

「あ、ああ」

 ルジーは袋のネズミとはこんな気持ちなんだと、そんなことを考えて気持ちを立て直そうとしていた。

(ネズミ・・・ネズミ・・・を追う猫はかわいい)

 ルジーは猫好きだった。

(かわいいといったらメイベル嬢・・・)

 断られるのが怖い、勇気が出ない。
現実から目を逸らそうとつまらないことを考えたが、最後は結局メイベルに行き着いてしまい、視線を上げると、メイベルが自分を見つめていることに気づく。

(言うしかない)

 口を開こうとする。

(言うしか)

 口が乾いてしまってうまく開かないことに気づくと、カップを取って水を一口飲む。緊張して乾いた口内に心地よい冷たさが広がり、気持ちも少し落ち着いたルジーは漸く一歩踏み出した。
 たちあがると、

「め、メイベル嬢、お、わ、わたしとけっけっ、けっこ、けっこ前提に、お、おおつ、つきあ・・・いくっ、くださっ」

 噛み噛みでなんとか言い切ったのを聞いたまわりの者は、

(よしっ!)

 拳を握り、メイベルの答えを待つ。

 メイベルは迷わなかった。

「はい、よろしくお願いいたします」

 にっこり笑って答え、それを聞いてまわりからどおっと歓声があがる。
 ルジーとメイベルは、二人の世界から引き戻された。

「ええ!なんでみんな?」

 まわりは自分のテーブルの蝋燭を消し、息を潜めて見守っていた、というか覗いていたのだ。

「やったなルジー!」

 ロイダルとボンディが駆け寄ってニヤニヤしている。

「お姉様、よかったですわね!」

 トロイラが少し冷えてきたからとストールを渡してくれた。

「それで、婚約はいつにしましょうね?」

 マーリアルがドリアンにエスコートされて湖畔におりてくると、せっついた。

 ドレイファスとトレモルだけは、何が起きたかよくわからない。蝋燭は消され、暗いし寒くなってきた。母に動くなと言われたが、今はその母も湖畔に行ってしまったから、もう動いてもいいのだろうか?我慢できなくなってトレモルと相談し、そっと部屋へ戻ることにした。



「本当にじれったくてどうしようかと思ったぞ」

 ドリアンが二人に声をかけ、

「両家には私から知らせておこう」

と機嫌良さそうに笑みを浮かべる。

 ルジーはメイベルが手にしたストールを受け取り肩にかけてやると、黙って公爵夫妻に頭を下げた。

 二人揃って、とても照れくさそうに。
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