神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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101 誕生日祝の会

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 朝日が差し込み、気持ち良い明るさのフォンブランデイル家の会議室ではグゥザヴィ商会のモーダ、庭師のタンジェントを交え、こどもたちの父親と様々な相談をしている。

 まずラバンとミンツの水。
 今はローザリオ・シズルスのアトリエと公爵領と王都のグゥザヴィ商会のみで販売している。
 スライム小屋を使い、一年を通してラバンとミンツの栽培ができるようになったので安定供給が可能になった。
 レッドメルやペリルも一年中というわけにはいかないがすでに年に何度か摘果できる、しかし畑の秘密はまだ公開するのは時期尚早。季節外のレッドメルは自分たちだけで食べるが、ラバン水のように加工でき季節の特定がしづらいものや、ペリルもはちみつ漬けにすれば通年売れるだろうと着地。
 穴掘り棒と濁りガラスのうち、穴掘り棒は災害に備えて備蓄をしておきたいという声も相次いだため、グゥザヴィ商会から仲間内への販売のみ優先卸価格と決められた。

 各貴族家が商会を起こすならすべて優待価格で卸すという話しもあったが。

「しかし、慣れない商会を起こすというのは負担です」

 ランカイド・スートレラ子爵が奇譚なく意見を述べると

「そうだな。任せられるような知己もいない」

 ヌレイグ・モンガル伯爵が同意する。

「グゥザヴィ商会に投資をして支店などを出し、見合った利益を払ってもらうというのはどうだ?」

 ワルター・サンザルブ侯爵がなかなか良いことを思いついた。
 領地のない騎士爵のクロードゥル・ヤンニルは他人事だと思っていたが、投資した分の利益をもらう話なら乗れるかもと身を乗り出してくる。

「投資いただいて支店、利益を分配ですか・・・」

モーダは少し考えて、

「支店はすぐには人繰りができないため難しいですが」

 一度引きつつ、

「しかし開店準備の投資を頂ければ支店開設後に上乗せしてお返しできると思います」
「ではそれで!次の支店はぜひ我が侯爵領に頼みたいな」

 ワルターがモーダに握手を求めると他の者も続き、細かい条件交渉が始まった。

 大人たちが熱い交渉をしているとき、こどもたちは畑で跳ね回った疲れか、昼寝をしていた。
 ドレイファスの大きなベッドに、四人で雑魚寝になったのでさすがに窮屈そうだが。寝息を聞きつつもシエルドだけはドレイファスが持っている紙綴りを読んでいる。

「シエルド様、果実水置いておきますね」

 メイベルが気を使ってカップを一つ持ってきて置いた。
もらった果実水を口にしたシエルドの目に、ドレイファスの寝顔が映る。鼻でも摘んでやろうかと近づくと、小さな声で寝言を言っていた。

「それ・・・なん・・だ・・ろ」

 何の夢見てるんだ?瞼がぴくぴくしている。

「・・・しろ・・いさ・・んかく・・・の?」

 シエルドは紙とペンを取ってきてメモを取る。

「ちが・・・・・きってに・ると・・何」
「ええと、しろいさんかくのきってにるとなに?」

 瞼のぴくぴくが激しくなる。

「あ・・・しろ・・・さらさら」
「しろさらさら?」

 まったく意味不明でどこが区切りかもわからないが、起きたら聞いてみよう!と。シエルドはこの意味不明ぶりが面白くなっていた。

「早く起きないかなー」

 今度こそドレイファスの鼻を摘むが、口が開いただけ。
悪戯しているシエルドに気づき、メイベルが笑いを浮かべながら

「揺らさないと起きませんよ」と教える。
「そろそろお昼ですし起こしましょうか?」

 こくっとうなづくと、メイベルがドレイファスをおおきく!(うそ!そんなに?)とシエルドが驚くほど思いっきり揺さぶった。

「う・・・うぅん・・やぁ」
「坊ちゃま、もうじきランチですよ」

 その声が聞こえたのか、深くに沈んでいた意識が戻ってきたようだ、パチッと瞼が開いて碧い瞳がシエルドを見た。

「シ・・エル?」

 寝ぼけているらしい。

「みんなと昼寝してたんだろ。まわり見ろ」

 隣りにくっつくようにトレモルが、その先にはカルルドが揺れにも気づかずに眠っている。ぼやっとした顔のまま体を起こすと、自分の足もとで眠りこけるボルドアとアラミスも見つける。

「ドル、夢見てた?ずっと寝言言ってたよ」
「そう?あんまりよく覚えてない」
「しろいさんかくのきってにるとなにしろさらさらって言ってた。何かわかる?」

 うーんとぶつぶつ唸りながら額に手を当てて考え込んでいる。

「ちょっとわかんないや」

 諦めたらしい。

「何度も同じ夢見るけど、うっすらとしか思い出せないことのほうが多いし。でもいつかまた見たときにわかるかもしれないから」

 そういえば前にも言ってたなとラバンの水を作ったときのことを思い出していたシエルドに、

「他にはなにか言ってた?」
「しろさらさら」

ドレイファスは弾かれたように顔を上げると

「しろさらさら?それ、ぷるんに入れるやつだ!・・・でもやっぱりわかんない」

口を窄ませる。

「またきっと見るから、少しでも思いだしたら教えてよ。約束ねドル」

 一度だけ大きくこくんとうなづきあった。

 ふたりが話し込んでいる間にメイベルから叩き起こされるアラミスたち。みんなまだ目が開いていないがとりあえず起きはじめる。

「はい皆様、お食事に行く支度をなさってください」

 寝起きの顔を洗わせ、一人づつ立たせるとメイベルが服の皺を伸ばしてシャッキリさせる。

「では食堂へどうぞ」

 部屋からルジーに連れられたこどもたちがぞろぞろ並んで歩き、食堂へ着くと親たちが既に揃っている。しかしこどもたちが遅れたわけではない。

「もう皆揃ったのか?では少し早いが食事にするかな」

 ドリアンの指示でランチのコースが運び込まれる。
 前菜は卵白身のふんわり焼きにサールフラワーの花が添えられた彩り華やかなもの。
スープはオニオンクレーメスープ。
芳ばしい香りとクレーメのまろやかさに唸り声が聞こえ、誰かとても気に入ったようだとわかる。
 ワルターの好物シーターラビットの塩焼きがメインに出て、うれしそうな声でうまいうまいと独りごちている。彼が大変満足そうな表情を浮かべたあと、最後のデザートはレッドメルにかわいらしい白身の泡立て焼きが添えられて。しかも泡立て焼きはお土産まで用意されている。
 触ると固いのに口に入れるとあっという間に溶けてしまう不思議な食感で、それを持ち帰れるようにしてくれた料理長にみんな心から感謝した。

 食後、親たちは協議の続きを、こどもたちは剣の鍛練に時間を費やし、特にトレモルがその成長を見せつける。
 既に公爵家に寄宿しているトレモルをアラミスは猛烈に羨ましがり、自分も公爵家に寄宿したいと頼み込んだほど。しかしそれは、剣のためではなく物作りも時間の制限なく教えてもらえるのでは!という下心から。アラミスを溺愛するダルスラが断固認めなかったため、敢え無く却下されたが。

 そんなことをしているうちに祝の晩餐の時間が近づいてくる。
公爵夫妻とドレイファスは皆より少し早く食堂に来ていた。

「いよいよ、お前の七歳の祝いだ。ボンディが腕をふるったそうだから楽しみに」

 そう言ってドレイファスの髪を撫でると、扉の前に立ったマドゥーンに客を迎えるよう指示を出し、上座へ着席して待つことに。

 祝の晩餐の予定時刻より前には全員が揃う中、昨日に続き今日も招待されたアーサは全員貴族で自分だけが平民のため、落ち着かずにいた。先生と慕ってくれるこどもたちの助けと、何より初めて会った貴族たちが公爵が認めた方だからと身分を気にせず、ごく普通に接することに少しだけ心を開くことが出来てはいるが。
 ここに集う貴族たちは、それまでアーサが接した者たちとはまったく違う。もちろん威厳を持ち、たぶんいざという時は非情に自らの守りを固めるだろう。しかし一度仲間として迎え入れられたら貴賤はない。およそ貴族らしからぬ・・・できればその非情な顔は見ないままでいたいものだと思っていた。

「そろそろ始めようか。本日は我が嫡男ドレイファス七歳の誕生祝の参列、礼を言う。皆はドレイファスだけではなく、私たちにも大きな支えとなった。公爵家の庇護だけでは到底生み出せなかった幾つもの製品が開発できたのも、ここに皆が結集してくれたからに他ならぬ。感謝の意を込め、晩餐を用意したので心ゆくまで堪能してくれたまえ」

 ドリアンの言葉をきっかけにいつもより多くの給仕が椅子の背後に並び、食前酒と前菜を給仕してまわる。
 今日の前菜は白身卵のふんわり焼きにトモテラをつぶしたソースをかけた色鮮やかなもの。
赤いトモテラソースはリボンのように描かれて、まるでプレゼントのような作りに女性陣から「かわいい」と声が漏れている。
少年たちは見た目より味。かわいかろうが関係なくパクっといって「おいしい!」と囁きあう。
 皆の皿がきれいになると、次はスープである。
スピルナ草とクレーメの美しいほどに鮮やかな若緑のスープ。こちらにも皿に注いだあと、クレーメを落としてリボンを描いてある。
ボンディは徹底していた・・・。
味はというと、まろやかでありながらスピルナ草をすり潰したせいかわずかな苦味が残り、大人たちには絶妙だ。こどもにはどうだろう?そうドリアンが見るとこどもたちも美味しそうにすべて飲み終えている。その不思議そうな視線に気づいたのか、給仕頭が小さな声で「お子様方のスープはクレーメ多めで苦味を控えております」と教えてくれた。
 厨房のきめ細やかな気配りはドリアンを大きく満足させ、次の料理への期待も高まる。

 魚料理が運ばれてきた。
ドレイファスの好物のフォンラと呼ばれる川魚だ。淡白な白身魚だが、その分煮ても焼いても付け合わせた物との相乗効果が高く、今日は蒸し煮にしてあるためたっぷりと出汁を吸って豊かな味になっている。

「んんん、おいしい!」

 こどもには大きい切り身と思うが、好物だけあってドレイファスもぱくぱくと食べている。もうすっかりナイフと箸も上手に使いこなして、マナーも心配なく安心してみていられる。嫡男の成長を確かめると、ドリアンは噛みしめるように笑みを浮かべた。

 肉料理はスローバードのグリルだ。
 のろまな鳥ではない。素早く滅多に捕れない貴重な鳥で高級品である。身がしまり、とても美味しい。祝の席に相応しい食材を、最大限楽しめるよう薄塩で炭焼きにしてある。
 誰も何も言わず、食べ終えるとしばらくは惚けていた。

「デザートをお持ちしました」

 スローバードの余韻を楽しみたかった。
皆、水すら飲むのが惜しいと思っていたが、運ばれてきたデザートを見て手を伸ばさずにはいられなくなった。

 ボンディの勝ち誇る顔が目に浮かぶなと考えながら、ドリアンが匙を手に取りデザートを掬う。
平らな飾り皿の上にぷるんを、その上に固くなるまで混ぜたクレーメを乗せ、はちみつ漬けペリルをリボンのようにかたどって飾ってある。見た目のかわいらしさだけではない、味も美味しいに違いないのだ。
匙にペリルとぷるんとクレーメを上手に乗せたドリアンが、こぼさぬよう口に運び入れるとその頬が僅かに赤らむ。瞼を閉じて、やわらかな食感とクレーメでほどよく調整された甘みをじっくり舌で味わっているのがわかる。
 幸せそうな顔をしていた。

「うん、うまい」

 そういうと目を開け、誰も手をつけずにいることに気づいて

「うまいぞ」と勧めた。

 突然スイッチが入ったかのように、一斉に食べ始めたかと思うとため息を漏らす。
「おいしすぎる!」と言ったドレイファスの声に思わずみんなうなづいた。

 幸せに次ぐ幸せ。最後の茶と泡立て焼きが運ばれてきたとき、悲しみさえ覚えたほどの晩餐だった。
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