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97 実験をしよう!
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公爵家の離れにある厨房は、料理長ボンディと料理人、皿洗いなどの下働きの七人がいる。
厨房隣りの食堂を使うのは離れで働く者のみ。さほど負担になる仕事量ではないが、新館で夜会が催される時は新館に手伝いに入る予備人員も兼ねているため、普段はゆとりを持って働くことができる。
昼食の片付けも終わり、夕餉の支度までの空いた時間は、野菜の皮むきなどを下働きに任せて休憩するのだが。
今日は調理台に卵をいくつかと、大深皿になみなみと牛乳を。かき混ぜ棒と小さな陶器のカップを数個などドレイファスが言っていた大体のものが揃えられ、本人が来るのを待っている。
鍋も何種か大きさや深さを用意してみたが、どうだろう?
ボンディはいろいろ並べたりしまったりをくり返していた。
「ししょぉー!」と元気な声が聞こえた。
「ドレイファス様、お待ちしておりました」
ボンディは恭しく挨拶したが、料理人たちが「坊ちゃまがボンディさんを師匠って言った」と口々に驚いている。
「じゃあ、早速始めましょう!まずは卵を割りますよ」
そうは言ったが、卵は茹でて殻を剝いて食べる物なので生の卵を割ったことはなく、力の加減がわからない。
ボンディとドレイファスは一個づつ手に持つと、ちょっとづつ調理台の角に打ちつけてみる。
ボンディの卵は少し割れ目ができ、もう一度カンと打つと深い亀裂が広がる。深皿の上で卵の殻を二つに割ると中から黄色いぷりぷりとした黄身ととろんとした透明な白身が滑り落ちた。
ドレイファスはその真似をしたつもりだったが、力の加減ができていなかったようで、グシャッと殻が潰れると黄身や白身が入り混じって指の間から滲み出してきた。
「う・・・」
泣きそうな顔でボンディを見上げると、すぐ卵を握る指を開かされ、手拭きできれいに拭き取ってくれた。
「もうちょっとやさしくコンコンしてみましょう」
次の卵を持たせてくれる。
涙が浮かんでいたが、新しい卵に気持ちが切り替わったようだ。そっとコンコンと殻を打ち付ける。
「すこーしだけ力を強くしてみましょう」
そういうとボンディも次の卵を割って中身を皿に出した。
もう二度とグシャはやらない!と慎重に殻を割る。そのおかげかようやくヒビが入り、一つの卵を割ることができた。
「このくらいでいいかな?」
あっという間に慣れてさくさくと割りまくったボンディのおかげで、深皿の中はいくつもの丸い黄身が浮かんでいる。
「ではまず、かき混ぜ棒で黄身を崩し混ぜます」
ボンディが小さな皿に数個の卵を取り分けてシャシャッと混ぜ、深鍋の中にツツーと流し入れると
「鍋の上でくるくるしてね」
ドレイファスがすかさず指示を出す。
棒の先で、火が通ったところからはがして丸めていくが、鍋が深いのでやりにくそうだ。全体に火が通り、ところどころ切れたり焦げたりしている歪な形の卵焼きが出来た。
「ドレイファス様、どうですか?夢の物に似てますか?」ボンディが優しく問うと
「はいっ、こんな感じでした!」満足そうに答える。
「じゃあ試食しましょうかね」
卵焼きをナイフで一口大に切ると小皿に一人分づつ乗せ、料理人たちにももれなく配り、みんな切り口や匂いを確認してからパクリと食べた。
「うわあ、ふーんわりふわふわだぁ」
普通の卵焼きに過ぎないが、ドレイファスたちにはその食感は初めてのものだった。
卵はゆで卵、野菜は煮るかそのまま、肉と魚は煮るか焼く。歯ごたえのある食べ物ばかりなのだ。
卵本来の甘さとやわらかさがドレイファスだけでなく、厨房の料理人たちも魅了したようで一口で食べてしまったことを悔やんでいた。
「また焼きたい!もっと食べたい」
みんな賛成したが、ボンディが「他のは作らなくていいのかな?」と投げかけると思い出したようでハッとし「他のも作る!」と軌道を変え、次は卵と牛乳を調理台に並べた。
さっき割った卵が浮かぶ深皿を覗いたドレイファスは
「うーん?たしか黄色の丸をすくうの。それで牛乳と白いサラサラいれてまぜまぜする」
ここでみんなが一つだけどうしてもわからないことがあった。
白いサラサラ?
この世界には砂糖が存在しない。甘味は蜂蜜と花の蜜、果物である。
「白いサラサラは、なんだかわからないんだ。誰か心当たりないか?」
聞いてもわかるわけがない。
ボンディは決めた。唸っていてもしかたないので、卵と牛乳だけでまず作ってみる!
ドレイファスが言うように黄身をすくう。深皿に入れると牛乳を足していくのだが、加減がまったくわからないのだ。みんな困惑はしていたが駄目でもともと、いくつかのカップに流すことを考えてそれに足りるくらいかな?という恐ろしいほどの目分量で。
今回はうまくいかなくても入れた量を記録して、次はバランスを変えれば良い。卵焼きが想像以上の出来だったので、これもきっとすごいものになると予感があった。
「これはね、かき混ぜ棒じゃなくて棒でゆっくりまぜまぜしてたとおもう」
どのくらい混ぜればいいのか。
とにかく一から十まで何一つわからない中、手探りで進んでいく。厨房にいる者たちは庭師が育てる野菜や果物を料理に使うので、彼らが何を成し遂げようとしているか知っている。
ゼロから、いやドレイファスの夢だけを頼りに常識を覆して畑を作り上げ、いくつかの野菜や果物を育てることができるようになった。彼らの苦労を料理人たちも思い知り、庭師たちを心から讃えたい気持ちになる。今夜は彼らのために何か美味しいものを作りたいな・・・、誰が言うでもなかったが、料理人たちは自然とそう思うようになっていた。
さて。
よく混ぜた液体をカップに注ぐ。
「どれくらい?」
「いっぱいじゃなかったよ」
これもまた適当に七分目くらいにしておく。
鍋に少し水を入れてその中にカップを並べると微妙に浮いて傾くので、隙間なく入れた。
鍋の水の量もこれでいいのかわからないが、とりあえずやってみるしかないと、蓋をして火にかけた。
「そういえば火加減や時間はどうするんだ?」
「もくもくさせて」
「火を入れるともくもくするのか?」
ドレイファスがうんうんと頷いた。
どこからもくもくするのかしばらく様子を見ていると、蓋の隙間から湯気が立ち始め、ぐらぐらとカップが動く音がする。
「もくもくってこのことだったのか!ところでいつ火を止めたらいいかな?」
「そうだな、はっきり言ってまったくわからん」ボンディがハハハッと笑う。
「じゃ、適当に。あとちょっとだけ待とう」
火の番をしているロイが決めて、数分のちにそっと蓋を外してみると水滴がボタボタと垂れ落ちる。
カップの中はしめしめ固まっていた。ボコボコに穴があいたところがあるが。
熱くてまだ鍋から出せないので、冷めるのを待つ間に、残った白身を使った最後の料理に手をつけることにする。
「かき混ぜ棒でいーっぱいいーっぱい混ぜるとふわっと膨らむの」
そこからの作業は想像を絶した。
かき混ぜ棒を持った腕をいくら動かしても一向に膨らまないのだ。息が切れたボンディはロイにすべてを委ねた。
ロイは、はあはあと激しく息をするボンディを見ながら動きに無駄があると感じていたので、二、三回かき混ぜ棒を動かすと、手首を効かせて高速で回転させ始めた。
ミルケラがクレーメをかき混ぜるコツを掴んだように、厨房ではロイが誰に教えられることもなく気づいたのだ。
玉子の白身が空気を含んで少しづつ盛り上がってくると、料理人たちは初めて見る現象に驚き、目が逸らせなくなる。誰がが唾を飲むゴクリという音で、ようやくロイが動きを止めた。
「だいぶ固くなった!」
かき混ぜ棒を引き出すと、白身はピンと角を立てる。
「よし、それを匙で掬って窯に入れる鉄板に乗せるんだな?」
「うーんとね・・・匙でくるりんって置くの」
そういえばこれも謎だったとボンディが思い出す。
匙でくるりん?ひとまず白身をひと掬いすると鉄板に白身を滑らせて乗せる。
「そこでくるりんするの」
ドレイファスから声が飛ぶ。
「くるりんって何をだ?」
「さじー」
さ・・じ?匙をくるりんと回すと・・・
白身は鉄板の上でかわいらしく円を描いた。
「それ!」
やっと通じたドレイファスは大喜びしている。
そこからボンディは匙でくるりんくるりんをたくさん鉄板に並べ、温めておいた石窯にそっと挿入した。
さっきのカップと違い、石窯は中の様子を見ながら加減ができる。ドレイファスも見たがったので椅子に立たせて一緒に覗き続けた。
表面が乾いて少し焼き色がついてきた頃、ボンディが鉄板を引っ張り出すと、コロンとした小さなものが芳ばしい香りを漂わせて皆の鼻を擽る。
「たべたい!」
ドレイファスが誰より先におねだりしたが、もちろんみんな同じ気持ちだ。
「食堂で試食をしよう!茶を持っていくから座って待っていて」ボンディに進められるまま、ドレイファスとひたすらだんまり見守っていたルジーは食堂へ移動する。
もともと住んでいた屋敷だが、ドレイファスが使用人の食堂に入るのは初めてだ。質素だが丈夫そうなテーブルの前にクッションを乗せた椅子が持ってこられ、座らされた。
期待に目が爛々とするふたり。
「トリィ連れてくればよかったね」
ドレイファスはこの瞬間に大切な友を連れてこなかったことを後悔していた。
「呼んでくるか?」ルジーが気を利かせて言ってくれ、めっちゃくちゃうれしそうに「呼びたい!」と答えた。「なあ、メイベルは仲間はずれか?」ルジーがちょっと思いついて聞いてみると、「あ!メイベルも呼んで」と付け加えた。やわらかい金髪を撫でるとルジーはまず厨房にふたり増えると声をかけ、足元軽くメイベルたちを呼びに行く。
ルジーが戻ったとき、既に取り皿も茶も、こども二人の分の果実水もちゃんと用意されていた。
「やあ、メイベル嬢久しぶりだね」
「はい、お久しぶりですね」
「ドレイファス様と実験で作ったんだ、試食するから座って」
そう言うと卵焼きとドレイファス曰くカップのぷるん、そして白身のくるりん焼きをワゴンに乗せて押してきた。
座るところをとキョロキョロするメイベルはルジーと目があった。アメジストの瞳がやんわりと笑んだので、驚いて目を逸らす。
ドレイファスがこっち!と椅子の背を押して呼んでくれた。トレモルを隣りに、メイベル、ルジーと並んで座る。
メイベルはもちろん、トレモルも初めて見るものばかりだ。蜂蜜漬けペリルのクレーメ乗せはとっても美味しかったが、これから出されるのも新しいものらしい。期待に胸が高まり最初の一口が待ち遠しくてたまらなかった。
厨房隣りの食堂を使うのは離れで働く者のみ。さほど負担になる仕事量ではないが、新館で夜会が催される時は新館に手伝いに入る予備人員も兼ねているため、普段はゆとりを持って働くことができる。
昼食の片付けも終わり、夕餉の支度までの空いた時間は、野菜の皮むきなどを下働きに任せて休憩するのだが。
今日は調理台に卵をいくつかと、大深皿になみなみと牛乳を。かき混ぜ棒と小さな陶器のカップを数個などドレイファスが言っていた大体のものが揃えられ、本人が来るのを待っている。
鍋も何種か大きさや深さを用意してみたが、どうだろう?
ボンディはいろいろ並べたりしまったりをくり返していた。
「ししょぉー!」と元気な声が聞こえた。
「ドレイファス様、お待ちしておりました」
ボンディは恭しく挨拶したが、料理人たちが「坊ちゃまがボンディさんを師匠って言った」と口々に驚いている。
「じゃあ、早速始めましょう!まずは卵を割りますよ」
そうは言ったが、卵は茹でて殻を剝いて食べる物なので生の卵を割ったことはなく、力の加減がわからない。
ボンディとドレイファスは一個づつ手に持つと、ちょっとづつ調理台の角に打ちつけてみる。
ボンディの卵は少し割れ目ができ、もう一度カンと打つと深い亀裂が広がる。深皿の上で卵の殻を二つに割ると中から黄色いぷりぷりとした黄身ととろんとした透明な白身が滑り落ちた。
ドレイファスはその真似をしたつもりだったが、力の加減ができていなかったようで、グシャッと殻が潰れると黄身や白身が入り混じって指の間から滲み出してきた。
「う・・・」
泣きそうな顔でボンディを見上げると、すぐ卵を握る指を開かされ、手拭きできれいに拭き取ってくれた。
「もうちょっとやさしくコンコンしてみましょう」
次の卵を持たせてくれる。
涙が浮かんでいたが、新しい卵に気持ちが切り替わったようだ。そっとコンコンと殻を打ち付ける。
「すこーしだけ力を強くしてみましょう」
そういうとボンディも次の卵を割って中身を皿に出した。
もう二度とグシャはやらない!と慎重に殻を割る。そのおかげかようやくヒビが入り、一つの卵を割ることができた。
「このくらいでいいかな?」
あっという間に慣れてさくさくと割りまくったボンディのおかげで、深皿の中はいくつもの丸い黄身が浮かんでいる。
「ではまず、かき混ぜ棒で黄身を崩し混ぜます」
ボンディが小さな皿に数個の卵を取り分けてシャシャッと混ぜ、深鍋の中にツツーと流し入れると
「鍋の上でくるくるしてね」
ドレイファスがすかさず指示を出す。
棒の先で、火が通ったところからはがして丸めていくが、鍋が深いのでやりにくそうだ。全体に火が通り、ところどころ切れたり焦げたりしている歪な形の卵焼きが出来た。
「ドレイファス様、どうですか?夢の物に似てますか?」ボンディが優しく問うと
「はいっ、こんな感じでした!」満足そうに答える。
「じゃあ試食しましょうかね」
卵焼きをナイフで一口大に切ると小皿に一人分づつ乗せ、料理人たちにももれなく配り、みんな切り口や匂いを確認してからパクリと食べた。
「うわあ、ふーんわりふわふわだぁ」
普通の卵焼きに過ぎないが、ドレイファスたちにはその食感は初めてのものだった。
卵はゆで卵、野菜は煮るかそのまま、肉と魚は煮るか焼く。歯ごたえのある食べ物ばかりなのだ。
卵本来の甘さとやわらかさがドレイファスだけでなく、厨房の料理人たちも魅了したようで一口で食べてしまったことを悔やんでいた。
「また焼きたい!もっと食べたい」
みんな賛成したが、ボンディが「他のは作らなくていいのかな?」と投げかけると思い出したようでハッとし「他のも作る!」と軌道を変え、次は卵と牛乳を調理台に並べた。
さっき割った卵が浮かぶ深皿を覗いたドレイファスは
「うーん?たしか黄色の丸をすくうの。それで牛乳と白いサラサラいれてまぜまぜする」
ここでみんなが一つだけどうしてもわからないことがあった。
白いサラサラ?
この世界には砂糖が存在しない。甘味は蜂蜜と花の蜜、果物である。
「白いサラサラは、なんだかわからないんだ。誰か心当たりないか?」
聞いてもわかるわけがない。
ボンディは決めた。唸っていてもしかたないので、卵と牛乳だけでまず作ってみる!
ドレイファスが言うように黄身をすくう。深皿に入れると牛乳を足していくのだが、加減がまったくわからないのだ。みんな困惑はしていたが駄目でもともと、いくつかのカップに流すことを考えてそれに足りるくらいかな?という恐ろしいほどの目分量で。
今回はうまくいかなくても入れた量を記録して、次はバランスを変えれば良い。卵焼きが想像以上の出来だったので、これもきっとすごいものになると予感があった。
「これはね、かき混ぜ棒じゃなくて棒でゆっくりまぜまぜしてたとおもう」
どのくらい混ぜればいいのか。
とにかく一から十まで何一つわからない中、手探りで進んでいく。厨房にいる者たちは庭師が育てる野菜や果物を料理に使うので、彼らが何を成し遂げようとしているか知っている。
ゼロから、いやドレイファスの夢だけを頼りに常識を覆して畑を作り上げ、いくつかの野菜や果物を育てることができるようになった。彼らの苦労を料理人たちも思い知り、庭師たちを心から讃えたい気持ちになる。今夜は彼らのために何か美味しいものを作りたいな・・・、誰が言うでもなかったが、料理人たちは自然とそう思うようになっていた。
さて。
よく混ぜた液体をカップに注ぐ。
「どれくらい?」
「いっぱいじゃなかったよ」
これもまた適当に七分目くらいにしておく。
鍋に少し水を入れてその中にカップを並べると微妙に浮いて傾くので、隙間なく入れた。
鍋の水の量もこれでいいのかわからないが、とりあえずやってみるしかないと、蓋をして火にかけた。
「そういえば火加減や時間はどうするんだ?」
「もくもくさせて」
「火を入れるともくもくするのか?」
ドレイファスがうんうんと頷いた。
どこからもくもくするのかしばらく様子を見ていると、蓋の隙間から湯気が立ち始め、ぐらぐらとカップが動く音がする。
「もくもくってこのことだったのか!ところでいつ火を止めたらいいかな?」
「そうだな、はっきり言ってまったくわからん」ボンディがハハハッと笑う。
「じゃ、適当に。あとちょっとだけ待とう」
火の番をしているロイが決めて、数分のちにそっと蓋を外してみると水滴がボタボタと垂れ落ちる。
カップの中はしめしめ固まっていた。ボコボコに穴があいたところがあるが。
熱くてまだ鍋から出せないので、冷めるのを待つ間に、残った白身を使った最後の料理に手をつけることにする。
「かき混ぜ棒でいーっぱいいーっぱい混ぜるとふわっと膨らむの」
そこからの作業は想像を絶した。
かき混ぜ棒を持った腕をいくら動かしても一向に膨らまないのだ。息が切れたボンディはロイにすべてを委ねた。
ロイは、はあはあと激しく息をするボンディを見ながら動きに無駄があると感じていたので、二、三回かき混ぜ棒を動かすと、手首を効かせて高速で回転させ始めた。
ミルケラがクレーメをかき混ぜるコツを掴んだように、厨房ではロイが誰に教えられることもなく気づいたのだ。
玉子の白身が空気を含んで少しづつ盛り上がってくると、料理人たちは初めて見る現象に驚き、目が逸らせなくなる。誰がが唾を飲むゴクリという音で、ようやくロイが動きを止めた。
「だいぶ固くなった!」
かき混ぜ棒を引き出すと、白身はピンと角を立てる。
「よし、それを匙で掬って窯に入れる鉄板に乗せるんだな?」
「うーんとね・・・匙でくるりんって置くの」
そういえばこれも謎だったとボンディが思い出す。
匙でくるりん?ひとまず白身をひと掬いすると鉄板に白身を滑らせて乗せる。
「そこでくるりんするの」
ドレイファスから声が飛ぶ。
「くるりんって何をだ?」
「さじー」
さ・・じ?匙をくるりんと回すと・・・
白身は鉄板の上でかわいらしく円を描いた。
「それ!」
やっと通じたドレイファスは大喜びしている。
そこからボンディは匙でくるりんくるりんをたくさん鉄板に並べ、温めておいた石窯にそっと挿入した。
さっきのカップと違い、石窯は中の様子を見ながら加減ができる。ドレイファスも見たがったので椅子に立たせて一緒に覗き続けた。
表面が乾いて少し焼き色がついてきた頃、ボンディが鉄板を引っ張り出すと、コロンとした小さなものが芳ばしい香りを漂わせて皆の鼻を擽る。
「たべたい!」
ドレイファスが誰より先におねだりしたが、もちろんみんな同じ気持ちだ。
「食堂で試食をしよう!茶を持っていくから座って待っていて」ボンディに進められるまま、ドレイファスとひたすらだんまり見守っていたルジーは食堂へ移動する。
もともと住んでいた屋敷だが、ドレイファスが使用人の食堂に入るのは初めてだ。質素だが丈夫そうなテーブルの前にクッションを乗せた椅子が持ってこられ、座らされた。
期待に目が爛々とするふたり。
「トリィ連れてくればよかったね」
ドレイファスはこの瞬間に大切な友を連れてこなかったことを後悔していた。
「呼んでくるか?」ルジーが気を利かせて言ってくれ、めっちゃくちゃうれしそうに「呼びたい!」と答えた。「なあ、メイベルは仲間はずれか?」ルジーがちょっと思いついて聞いてみると、「あ!メイベルも呼んで」と付け加えた。やわらかい金髪を撫でるとルジーはまず厨房にふたり増えると声をかけ、足元軽くメイベルたちを呼びに行く。
ルジーが戻ったとき、既に取り皿も茶も、こども二人の分の果実水もちゃんと用意されていた。
「やあ、メイベル嬢久しぶりだね」
「はい、お久しぶりですね」
「ドレイファス様と実験で作ったんだ、試食するから座って」
そう言うと卵焼きとドレイファス曰くカップのぷるん、そして白身のくるりん焼きをワゴンに乗せて押してきた。
座るところをとキョロキョロするメイベルはルジーと目があった。アメジストの瞳がやんわりと笑んだので、驚いて目を逸らす。
ドレイファスがこっち!と椅子の背を押して呼んでくれた。トレモルを隣りに、メイベル、ルジーと並んで座る。
メイベルはもちろん、トレモルも初めて見るものばかりだ。蜂蜜漬けペリルのクレーメ乗せはとっても美味しかったが、これから出されるのも新しいものらしい。期待に胸が高まり最初の一口が待ち遠しくてたまらなかった。
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