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95 はちみつ漬けペリルのクレーメがけ
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「じゃあなあ、まず俺、この掻き回し棒みたいなの作ってみるよ。それからクレーメがしがしかき混ぜてやろう!待っててくれな」
そう言ったミルケラだが、見たことがないかき混ぜ棒に苦戦していた。
一緒に物作りをする兄コバルドは、新しい物を作るより今ある物を精巧に作るタイプなので、相談するならメルクルだが。ドレイファスに言ったからには自分でなんとかしたいと唸っていた。
自分が描いた絵を見直してみる。
考えながら指でなぞって形を追ううちにハッとした。
(また同じことを繰り返すところだった!)
前に水やり樽を作ったときも、頭で考えて失敗し続けた。使う身になって、体の動きを合わせてみたら閃くかも。
思いついてからは早かった。
深皿を抱えて、この中の液体をかき混ぜるとしたら?持ち手になるところから放射状に細い棒がしなって拡がっていたな?
まっすぐな棒ではなく、しなることに理由がある?
しなる細い棒か。
木材は炙って曲げることはできるが、しなるだろうか?
柔軟性はバンブー草の方が高い。
前にタンジーが水筒を作った残りがあったな!あれを細く割いて試してみるか?
早速バンブー草にナイフを入れて細い棒を作った。それをどのくらいしならせるのやら?
炙りながら丸みをつけていく。楕円に、そして切り口がくっつくくらいに何本か作ってから、それらの切り口をきっちりと合わせて纏めて糸で縛り、持ち手で挟んで抜けないようにネジを締めた。
出来上がったそれは限りなく絵に近いかき混ぜ棒だった。
ミルケラは、短時間で思いつき形にできたことに満足していたが、使ってみなければわからない。
かき混ぜ棒を手に厨房へ向かう。
「ボンディはいるかな?」
目当ての男を呼ぶ。
「あれ?珍しいな。腹でも空いたか?」
「違うよ。これ作ったから試してほしいんだ」
ボンディは受けとってから暫くじっと見つめていたが。
「これは何に使うものだ?」
「かき混ぜ棒らしい」
ふうん?と疑わしそうに角度を変えて眺めているが。
「棒で間に合うのに、なんでわざわざ?洗いにくそうだし」
「ドレイファス様が見た夢で、クレーメをこれでガシャガシャとかき混ぜていたらしい。そうするともっと硬さが出て、形を作って食べ物を飾ることもできるらしいぞ」
やっと興味を持ってくれたようで、深皿にクレーメをいれるとかき混ぜて見た。
シャカシャカとバンブー草が皿に当たって音がする。
「こんな感じか?」
「俺もそのへんはよくわからないんだが、すごく早くかき混ぜていたようだ」
それを聞いたボンディは深皿を抱え直して、少し前に屈むと腕をものすごく早く回転させた。
はあはあはあ
しばらくすると息が上がってきたらしいボンディは皿を確認した、確かに多少固くなった気がする。
かき回し棒を皿から引き上げると、その固さのためにクレーメも引っ張られて角のように立ち上がってきた。
「これか?」
「そうかも!」
しかし、クレーメの角はすぐつぶれてしまう。
「俺がやってみよう」
ミルケラは身体強化をかけ姿勢を整えると、猛烈に腕を回転させた。これはとてもボンディには真似できない・・・というか、身体強化できないとムリだ!ボンディは興味を失いかけたが。
「腕じゃなく手首を回すのはどうだ?」
ふと気づいて言ってみると、ミルケラがすぐ聞き入れて手首の回転力でかき混ぜていく。
「あ!すごく楽になった」
ボンディもやってみると、確かにこれなら自分でもいけそうだと思えた。
クレーメはいつの間にかかなり固くなり、角が立っても潰れない。
「ここまでかき混ぜるのは棒ではムリだ、これは意味あるものだよきっと」
そう料理長に認められて、ミルケラは満足感に充たされた。
「それで、固めたこれは何に使うんだ?」
ボンディから固くなったクレーメの皿を借りると、ミルケラはホコリが入らないよう、大きな鍋に皿ごと入れて蓋をし、抱えて新館へ地下通路を抜けると。
離れより立派、新しくてピカピカ!
勝手知ったる廊下を抜けて二階に上がる。
ドレイファスの部屋は昼間はたいてい扉が開けられているので、いるならすぐわかる。
コンコン
開いた扉をノックすると、侍女メイベルが振り向いた。
「あら、こんにちは。坊ちゃまミルケラ様ですよ」
奥から顔を出したドレイファスは、ミルケラが手に鍋を持つことに気づき、飛び出してきた。
「それ、なに?」
ミルケラが覗き込むこどもに鍋の蓋を外して中を見せてやると
「ああっ!かき混ぜ棒だあ!」
「これでよかったかな?」
「うん、こんな感じだったよ!」
メイベルも覗き込んできたので、二人に見せるようかき混ぜ棒を持ち上げると、その動きに吊られたクレーメの角が立ち上がった。
「あっ、これ!これなの。黄色いのに塗ってペリルのせてたの」
ドレイファスが興奮して大きな声で叫ぶように話すので、奥にいたトレモルとルジーも出てくる。
「ねっルジー、これにペリルさして食べてたの」
その目はそうやって食べてみたいと語っていた。
「そうか、確かに話に聞いたような白いやつってこんなのかも。で、これ食べられるやつか?」
話を振られたミルケラは、一口匙で掬って食べて見せ、大きく頷いた。
「ただ、クレーメの味しかしないからな。美味しいかはわからないよ」
それまでの会話を聞いていたメイベルが、おやつのはちみつ漬けのペリルを持ってきて、その皿にクレーメをのせてみた。
「あの、ルジー様一口食べてみてくたさい」
「お、俺か?毒味かよ」
ぷんぷん文句をこぼしつつ、匙ではちみつとクレーメごとペリルを口に入れると前屈みに「うっ」と唸る。
えっ?と不安になったみんなを見回してから
「ぅっ・・・っまい!」
とニヤーと笑い
「食べてみろ、めちゃくちゃうまい」
皿をみんなに差し出た。
「ぼく食べたい!」
ドレイファスが匙で掬い、あーんっ!と口にし入れ、口をすぼめたかと思うと、ふおおと口の中から声を漏らす。
「メイベル、みんなに匙ちょうだい!」
そう言うと一本づつ。メイベルにも匙を持たせて、一口づつ食べさせて回った。
ペリルとちょっと甘すぎるはちみつをクレーメが包んで、甘さもちょうどよく、まろやかで確かに絶妙な美味しさ!
みんなうっとりと頬を染めた。
蜂蜜漬けか干した果実が一般的なデザートのこの世界で、こんなに美味しいものは初めてかもしれない。
ドレイファスが、おかあさまやノエミたちにもあげてきていい?とかわいく頼むと、みんな名残惜しかったがにっこり笑って皿を持たせてやった。
コンコン
「おかあさま?」
「ドレイファスどうしたの?こちらへいらっしゃいな」
母マーリアルは小さな赤ちゃん、弟のイグレイドを抱いてゆらゆらと揺れる椅子に座っていた。
「クレーメ、ミルケラが持ってきてくれたの」
深皿のそれは
「まあ、ペリルのはちみつ漬け・・・と?」
「クレーメを固くしたものでございます」
「え、クレーメってこういう色なの?」
「そのようです」
メイベルが答えていく。
「せっかくだから一口頂こうかしら」
大好物を前に、マーリアルは遠慮なくペリルを三つ一度に匙ですくう。お行儀はよろしくないが、気が急いてそのままパクリと口に入れると
「ふっ、ふふっ、はああ、おーいしいっ!」
そのまままた匙で掬って口にをくり返し、ドレイファスから
「グレイとノエのが無くなっちゃう」
と言われるまで止められなかった。
こどもたちに持っていくと言われたら流石に我慢するしかないが、未練たらたらで匙をなかなか手放さなかったのでお気に入りぶりは誰の目にも明らかだ。
「もっと食べたいわ」
じっとり六歳児を見つめた母である。
今度は二つ下の弟グレイザールの部屋に来た。
もうじき五歳になるため最近マナーの家庭教師がつき、自由がきかなくなったのが不満である。兄について行きたいのに畑にもいつもまかれて、置いてけぼりに気づくと泣いていた。それほど大好きな兄がおやつを持ってきてくれたのだ!
「おにいちゃまっ!」
うれしそうに飛びつこうとしたが、ドレイファスに交わされて転がった。
「うっうぇっうぇぇ」
「ごめんねグレイ、おにいちゃまグレイにおやつ持ってきたの。はい!食べて。あーん」
さっと膝まづいて皿を見せ、匙ですくったペリルをグレイザールの口に押し込むと、泣く寸前だった弟君はお口に広がる美味しさに、瞳に涙を溜めたままニッコと笑った。
(ドレイファス様、GJ!)
メイベルとルジー、そしてグレイザールの侍女リンラは心の中で親指を立てた。なにしろグレイザールの泣き声は半端なく大きくて、その泣き声でまわりをねじ伏せることもしばしばなのだ。
「はい、もう一口食べていいよ」
また食べさせてあげているが、これは妹の分を残すためだ。母がたくさん食べてしまったので匙は渡さない。
「おにいちゃま、おいしい」
父そっくりの弟の黒髪を撫でてやり
「ノエのとこにも行ってくるね」
と弟を置いて妹のところに向かう。
ノエミの部屋は廊下の突き当りにあり、メイベルが皿を持って着いてきてくれた。
ノックをすると扉の中から声がしたので
「ドレイファス」と答えたが、なかなか扉が開かない。もう一度コンコンすると、やっと侍女のトロイラが顔を出した。
「お待たせしてごめんなさい、ノエミ様のお着替え中でしたの」
「ノエにおやつもってきたからあげたいの」
ドレイファスのやさしい言葉にトロイラはにっこり微笑んで「どうぞ」と部屋へ通してくれる。
「にいしゃま!」
舌足らずな唯一人の妹が可愛くてならないドレイファスは、ノエミの分は絶対に残してあげたかった。
「ぼくがあげてもいい?」
匙を握って見せると、トロイラがこくっと頷いてくれた。
白いクレーメをまとった赤いペリルを匙で掬い、ノエミの小さな口にあーんと入れてあげる。
「おいしい?」
もぐもぐもぐもぐと口を動かし、ごっくんしてから「おいちいっ!」ドレイファスそっくりの顔立ちと碧い目の妹が、もっと食べたいと口を開けたのですぐおかわりを口に押し込んだ。
「おいちいね、にいしゃまありがとお」
ドレイファスの心は満たされた。
本当はもっと自分が食べたかったのだけど、弟妹が喜ぶ顔が見られて一人で食べるよりずっと幸せな気持ちになれた気がする優しい兄であった。
そう言ったミルケラだが、見たことがないかき混ぜ棒に苦戦していた。
一緒に物作りをする兄コバルドは、新しい物を作るより今ある物を精巧に作るタイプなので、相談するならメルクルだが。ドレイファスに言ったからには自分でなんとかしたいと唸っていた。
自分が描いた絵を見直してみる。
考えながら指でなぞって形を追ううちにハッとした。
(また同じことを繰り返すところだった!)
前に水やり樽を作ったときも、頭で考えて失敗し続けた。使う身になって、体の動きを合わせてみたら閃くかも。
思いついてからは早かった。
深皿を抱えて、この中の液体をかき混ぜるとしたら?持ち手になるところから放射状に細い棒がしなって拡がっていたな?
まっすぐな棒ではなく、しなることに理由がある?
しなる細い棒か。
木材は炙って曲げることはできるが、しなるだろうか?
柔軟性はバンブー草の方が高い。
前にタンジーが水筒を作った残りがあったな!あれを細く割いて試してみるか?
早速バンブー草にナイフを入れて細い棒を作った。それをどのくらいしならせるのやら?
炙りながら丸みをつけていく。楕円に、そして切り口がくっつくくらいに何本か作ってから、それらの切り口をきっちりと合わせて纏めて糸で縛り、持ち手で挟んで抜けないようにネジを締めた。
出来上がったそれは限りなく絵に近いかき混ぜ棒だった。
ミルケラは、短時間で思いつき形にできたことに満足していたが、使ってみなければわからない。
かき混ぜ棒を手に厨房へ向かう。
「ボンディはいるかな?」
目当ての男を呼ぶ。
「あれ?珍しいな。腹でも空いたか?」
「違うよ。これ作ったから試してほしいんだ」
ボンディは受けとってから暫くじっと見つめていたが。
「これは何に使うものだ?」
「かき混ぜ棒らしい」
ふうん?と疑わしそうに角度を変えて眺めているが。
「棒で間に合うのに、なんでわざわざ?洗いにくそうだし」
「ドレイファス様が見た夢で、クレーメをこれでガシャガシャとかき混ぜていたらしい。そうするともっと硬さが出て、形を作って食べ物を飾ることもできるらしいぞ」
やっと興味を持ってくれたようで、深皿にクレーメをいれるとかき混ぜて見た。
シャカシャカとバンブー草が皿に当たって音がする。
「こんな感じか?」
「俺もそのへんはよくわからないんだが、すごく早くかき混ぜていたようだ」
それを聞いたボンディは深皿を抱え直して、少し前に屈むと腕をものすごく早く回転させた。
はあはあはあ
しばらくすると息が上がってきたらしいボンディは皿を確認した、確かに多少固くなった気がする。
かき回し棒を皿から引き上げると、その固さのためにクレーメも引っ張られて角のように立ち上がってきた。
「これか?」
「そうかも!」
しかし、クレーメの角はすぐつぶれてしまう。
「俺がやってみよう」
ミルケラは身体強化をかけ姿勢を整えると、猛烈に腕を回転させた。これはとてもボンディには真似できない・・・というか、身体強化できないとムリだ!ボンディは興味を失いかけたが。
「腕じゃなく手首を回すのはどうだ?」
ふと気づいて言ってみると、ミルケラがすぐ聞き入れて手首の回転力でかき混ぜていく。
「あ!すごく楽になった」
ボンディもやってみると、確かにこれなら自分でもいけそうだと思えた。
クレーメはいつの間にかかなり固くなり、角が立っても潰れない。
「ここまでかき混ぜるのは棒ではムリだ、これは意味あるものだよきっと」
そう料理長に認められて、ミルケラは満足感に充たされた。
「それで、固めたこれは何に使うんだ?」
ボンディから固くなったクレーメの皿を借りると、ミルケラはホコリが入らないよう、大きな鍋に皿ごと入れて蓋をし、抱えて新館へ地下通路を抜けると。
離れより立派、新しくてピカピカ!
勝手知ったる廊下を抜けて二階に上がる。
ドレイファスの部屋は昼間はたいてい扉が開けられているので、いるならすぐわかる。
コンコン
開いた扉をノックすると、侍女メイベルが振り向いた。
「あら、こんにちは。坊ちゃまミルケラ様ですよ」
奥から顔を出したドレイファスは、ミルケラが手に鍋を持つことに気づき、飛び出してきた。
「それ、なに?」
ミルケラが覗き込むこどもに鍋の蓋を外して中を見せてやると
「ああっ!かき混ぜ棒だあ!」
「これでよかったかな?」
「うん、こんな感じだったよ!」
メイベルも覗き込んできたので、二人に見せるようかき混ぜ棒を持ち上げると、その動きに吊られたクレーメの角が立ち上がった。
「あっ、これ!これなの。黄色いのに塗ってペリルのせてたの」
ドレイファスが興奮して大きな声で叫ぶように話すので、奥にいたトレモルとルジーも出てくる。
「ねっルジー、これにペリルさして食べてたの」
その目はそうやって食べてみたいと語っていた。
「そうか、確かに話に聞いたような白いやつってこんなのかも。で、これ食べられるやつか?」
話を振られたミルケラは、一口匙で掬って食べて見せ、大きく頷いた。
「ただ、クレーメの味しかしないからな。美味しいかはわからないよ」
それまでの会話を聞いていたメイベルが、おやつのはちみつ漬けのペリルを持ってきて、その皿にクレーメをのせてみた。
「あの、ルジー様一口食べてみてくたさい」
「お、俺か?毒味かよ」
ぷんぷん文句をこぼしつつ、匙ではちみつとクレーメごとペリルを口に入れると前屈みに「うっ」と唸る。
えっ?と不安になったみんなを見回してから
「ぅっ・・・っまい!」
とニヤーと笑い
「食べてみろ、めちゃくちゃうまい」
皿をみんなに差し出た。
「ぼく食べたい!」
ドレイファスが匙で掬い、あーんっ!と口にし入れ、口をすぼめたかと思うと、ふおおと口の中から声を漏らす。
「メイベル、みんなに匙ちょうだい!」
そう言うと一本づつ。メイベルにも匙を持たせて、一口づつ食べさせて回った。
ペリルとちょっと甘すぎるはちみつをクレーメが包んで、甘さもちょうどよく、まろやかで確かに絶妙な美味しさ!
みんなうっとりと頬を染めた。
蜂蜜漬けか干した果実が一般的なデザートのこの世界で、こんなに美味しいものは初めてかもしれない。
ドレイファスが、おかあさまやノエミたちにもあげてきていい?とかわいく頼むと、みんな名残惜しかったがにっこり笑って皿を持たせてやった。
コンコン
「おかあさま?」
「ドレイファスどうしたの?こちらへいらっしゃいな」
母マーリアルは小さな赤ちゃん、弟のイグレイドを抱いてゆらゆらと揺れる椅子に座っていた。
「クレーメ、ミルケラが持ってきてくれたの」
深皿のそれは
「まあ、ペリルのはちみつ漬け・・・と?」
「クレーメを固くしたものでございます」
「え、クレーメってこういう色なの?」
「そのようです」
メイベルが答えていく。
「せっかくだから一口頂こうかしら」
大好物を前に、マーリアルは遠慮なくペリルを三つ一度に匙ですくう。お行儀はよろしくないが、気が急いてそのままパクリと口に入れると
「ふっ、ふふっ、はああ、おーいしいっ!」
そのまままた匙で掬って口にをくり返し、ドレイファスから
「グレイとノエのが無くなっちゃう」
と言われるまで止められなかった。
こどもたちに持っていくと言われたら流石に我慢するしかないが、未練たらたらで匙をなかなか手放さなかったのでお気に入りぶりは誰の目にも明らかだ。
「もっと食べたいわ」
じっとり六歳児を見つめた母である。
今度は二つ下の弟グレイザールの部屋に来た。
もうじき五歳になるため最近マナーの家庭教師がつき、自由がきかなくなったのが不満である。兄について行きたいのに畑にもいつもまかれて、置いてけぼりに気づくと泣いていた。それほど大好きな兄がおやつを持ってきてくれたのだ!
「おにいちゃまっ!」
うれしそうに飛びつこうとしたが、ドレイファスに交わされて転がった。
「うっうぇっうぇぇ」
「ごめんねグレイ、おにいちゃまグレイにおやつ持ってきたの。はい!食べて。あーん」
さっと膝まづいて皿を見せ、匙ですくったペリルをグレイザールの口に押し込むと、泣く寸前だった弟君はお口に広がる美味しさに、瞳に涙を溜めたままニッコと笑った。
(ドレイファス様、GJ!)
メイベルとルジー、そしてグレイザールの侍女リンラは心の中で親指を立てた。なにしろグレイザールの泣き声は半端なく大きくて、その泣き声でまわりをねじ伏せることもしばしばなのだ。
「はい、もう一口食べていいよ」
また食べさせてあげているが、これは妹の分を残すためだ。母がたくさん食べてしまったので匙は渡さない。
「おにいちゃま、おいしい」
父そっくりの弟の黒髪を撫でてやり
「ノエのとこにも行ってくるね」
と弟を置いて妹のところに向かう。
ノエミの部屋は廊下の突き当りにあり、メイベルが皿を持って着いてきてくれた。
ノックをすると扉の中から声がしたので
「ドレイファス」と答えたが、なかなか扉が開かない。もう一度コンコンすると、やっと侍女のトロイラが顔を出した。
「お待たせしてごめんなさい、ノエミ様のお着替え中でしたの」
「ノエにおやつもってきたからあげたいの」
ドレイファスのやさしい言葉にトロイラはにっこり微笑んで「どうぞ」と部屋へ通してくれる。
「にいしゃま!」
舌足らずな唯一人の妹が可愛くてならないドレイファスは、ノエミの分は絶対に残してあげたかった。
「ぼくがあげてもいい?」
匙を握って見せると、トロイラがこくっと頷いてくれた。
白いクレーメをまとった赤いペリルを匙で掬い、ノエミの小さな口にあーんと入れてあげる。
「おいしい?」
もぐもぐもぐもぐと口を動かし、ごっくんしてから「おいちいっ!」ドレイファスそっくりの顔立ちと碧い目の妹が、もっと食べたいと口を開けたのですぐおかわりを口に押し込んだ。
「おいちいね、にいしゃまありがとお」
ドレイファスの心は満たされた。
本当はもっと自分が食べたかったのだけど、弟妹が喜ぶ顔が見られて一人で食べるよりずっと幸せな気持ちになれた気がする優しい兄であった。
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