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92 作ってくれてありがとう
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トレモルが公爵家に寄宿し始めた日。
公爵夫人マーリアルとドレイファスの三歳の妹ノエミのために花を持たされてきた。
野薔薇と山百合、そして籠いっぱいのスースーするミンツ。
ドレイファスはその草に興味を持ち、自分にくれるよう頼んだ。匂いが気に入ったのもあるが、なにしろ根っこがついたままなのだ。畑に持っていって増やせるかヨルトラ爺に聞いてみなくては!
「トリィは畑に行かれるの?」
ルジーに尋ねると首を傾げて、確認しておくと言ってくれた。
一度だけみんなで畑に行ったことがあるが、ここに住むなら、なんなら一緒に畑に行きたい!
あとでルジーから、鍵は持たされていないがドリアン様からお許しが出ているので大丈夫と聞かされた。
しかし鍵のないものは地下通路を使うことはできないので、一度カイドに来てもらうことになり、それまでは一緒に畑に行くのはお預けと納得させられてしょげる。
「待っても一日二日程度だから」
ルジーが慰めたが、わかりやすくがっくり俯いたので、メイベルが元気つけようと干しペリルを出した。
「これ、トリィに持っていってあげようかな」
「では、こちらにお茶の用意をしてトレモル様をご招待しましょうね」
メイベルはささっと支度を済ませて、トレモルを迎えに行く。
「トリィ、来たぁ!」
メイベルと手を繋いでトレモルがやって来ると、ドレイファス自らテーブルの椅子を引いて座らせ、すぐ干しペリルと果実水でおやつタイムが始められる。さっきまでの落ち込んだ雰囲気は漸く一掃された。
鍵魔法をかけるカイドが来てくれるのは翌日になるということなので、その夕方はドレイファスとルジーの二人で畑へ向かうことにして。ドレイファスは心なしか寂しそう。胸にはトレモルからもらった籠が抱きしめられている。
地下通路を抜けて畑に放たれると、真っ先にヨルトラの元へ向かった。
「これ、もらったの!見て!」
「お?これはミンツですね、これはいい」
「いいの?」
「ええ。ミンツは公爵領では見なかったんですよ。でも私が生まれたソートルベではあちこちに生えていて、茶にすると眠気覚ましや酔い覚ましにちょうどいいものなんです。植えてみてもいいですか?」
「うん、うえて!」
「やってみましょう!」
ヨルトラが鑑定のためにタンジェントの元へ歩き出すと、ドレイファスは道具箱から自分の水やり樽を出して、自分のペリルとレッドメルに水をやり始める。
ペリルやレッドメルの季節はとっくに終わっているのだが、スライム小屋の中で魔石を使って季節を誤魔化しながら育てているのだ。
小屋の中が暑くなりすぎたら氷の魔石、冷えたら炎の魔石を。そうすることで森では決して実はならない季節でも、粒を植えて育てることができるのでは?と二年めの挑戦中。とりあえず一棟建てるはずが、あっという間にスライム小屋は六棟に増え、それぞれの植物ごとに季節を模した気温を再現している。
庭師たちはタンジェントとモリエール、アイルムの三人が日替わりで新館の庭園の世話と離れの畑を、ヨルトラは畑とスライム小屋を管理しているのだが、ミルケラは兄コバルドと穴掘り棒を作るか、乾燥スライムを削っている。
もう既に公爵家工作部の括りになっているがログハウスと庭師の仲間を気に入っていて、兄コバルド、メルクルが離れの個室に住んでいるのとは別に、今でもログハウスに住み、気分転換と言って畑を手伝ったりしている。
二年弱の間にいろいろ変わったが、その変化は楽しいことが多く、皆もっと変わりたいと望んで前に進んでいた。
「ミンツ?この辺では見たことがないものだね!茶葉しか見たことなかったよ」
「土、ほとんど残っていないけど、視られるかな」
【ミンツの土】
[状態]鑑定不能
「んー。ごめん、視られなかった」
「少なすぎたか?」
「かな?」
そうなると手探りで土の調整と鑑定を繰り返すしかない。
植え替えができるようになるまで枯らさないため、ラバンと同じように水瓶に入れておくことにした。
ヨルトラはすぐ作業に入る。
ログハウスからも畑からも少し離れた、まだ耕していない土をタンジェントに頼んで土魔法で解してもらい、ミンツとの適性を鑑定するところまでやってもらう。
「どうだろうな?」
「うん、うーん?たぶん保水が足りない気がする。どちらかというとたっぷり余裕があるのが好きなタイプじゃないかなーと俺の勘が言っている」
「鑑定じゃなくて?」
「そう、勘なんだけどな。土、よくこなれてからたっぷり水含ませて植えてやるのがいいかもと、なんとなく思うわけ。信じろ」
タンジェントが自分で言って笑う。
細かい鑑定を始めてから二年弱だが、毎日様々な土や植物、枯れ葉などを鑑定しまくったおかげかレベルアップしたようで、さらに詳細にわかるようになった。
しかし、情報が細かすぎて自分でもどこがキモかわからないことがある・・・今もそうだ。鑑定スキルのレベルに自分が追いついてないんだよな。
そんなことを考えて、自分を笑っていた。
しかしヨルトラはタンジェントが与えたヒントで、土に何を足すかを炙り出すことができる。経験の差だろう。
毎日の記録から分析し、馬糞で作った堆肥、枯れ葉やら玉土やら卵の殻を潰したものやらをほぐした土にぶちまけると、ミルケラが作ってくれた鋤でゆっくり混ぜ込んでいく。
タンジェントの土魔法ならあっという間だが、自分で感触を確かめながらやりたかったのだ。
土の色が変わり、見た目にも柔らかそうにふっくらしたのを見て数日熟すことにした。
それまで水につけたミンツが枯れないことを祈るしかない。
と思っていたが心配するほどのこともなく、土の状態が整うまでの数日で、水に浸かったミンツは新たな根を伸ばし始めた。
「これはラバンと同じように、増えやすい植物かもしれないな。だとしたらありがたいんだが」
タンジェントに適性を視てもらいながらヨルトラが希望を述べると、顔を上げたタンジェントが頷きながら
「もうニ、三日待ってから植えてみたらどうかな」
そうアドバイスを与えた。
三日待って植え替えたミンツは、ヨルトラの希望を聞いていたかのように、いやむしろ恐ろしいほどの勢いで根付き、その周辺から新たな葉をどんどんと生み出して畑を増やす羽目になった。
「まさかこんなに増えるとは!」
ヨルトラも肩をすくめて呆れるほどだ。
「ミンツの茶って、葉を摘んで乾燥させたものだろう?茶でも作って公爵印で売るか?」
ミルケラは、最近なんでも売ることに結びつける頭になったようだ。
「それもいいが。あ、そうだ!シズルス様に新しい葉や花があったらくれと言われてるだろう?」
タンジェントが思い出す。
「ああ、そうだったかも」
「スライム小屋のラバンもかなり咲いてるだろう?ついでだし、たくさん刈り取って持って行ってやるか?」
ヨルトラが小屋で季節を無視した紫のラバンを収穫する気になったようだ。
「小屋で咲いたラバンのほうが少し香りが弱い気もするんだがな」
翌日。
ヨルトラはローザリオ・シズルスの錬金術アトリエ宛に花を届けると先触れを出し、荷車にここまではいくらなんでもいらないんじゃないか?とアイルムに言われるほど草花を積み込み、乗り込んだタンジェントがシズルス家を目指した。
シズルス家のアトリエは王都の外れにある。公爵邸からは馬車で一刻少々ほどの距離だが、馬車を走らせながら道端で花や野菜を売る屋台、または畑や群生地がないかをチェックしているので、ゆっくりと馬を走らせていた。
とはいえ荷台はいっぱいなので、見つけて買うとしても帰り道・・・。
しかし、目ぼしいものも見つからずにアトリエに着いてしまった。
コンコン
アトリエの扉をノックすると、家令のニルクが顔を出したので
「荷台が草花でいっぱいなんだが、手伝ってくれるかな」
ひとりではおろしたくない、絶対に!という心の声が聞こえたのか、ニルクは恭しく
「もちろんでございます」
と荷台にまわってくれた。
足音が聞こえ、ローザリオがアトリエから出て来ると顔中に笑顔を浮かべてタンジェントを迎えてくれる。
「よく来てくれた!待ってたよ。何を持ってきてくれたんだね?」
ラバンとミンツを見たローザリオは驚きの声をあげる。
「なぜラバンが?もう季節は終わりではなかったのか?」
「これはスライム小屋で育てられた初めてのラバンです。氷と炎の魔石で室内の暖かさを調整すると、花も季節を間違えるようで」
「なんと、前に行ったときはまだそんなことしていなかっただろう?しかし素晴らしいな!それがうまく行けば寒かろうが夏の物も育てられるということか!またぜひ見せて頂きたいものだな!
それでな、タンジェントに見てもらいたいものがあったんだ!
ほらこれだ。鑑定してみてくれ」
鍋に入ったどろりとした液体で、どう見ても食物ではなさそう・・・
【肥料】
[状態]まあ良いほう
「肥料ってなんですか?」
「ほーお、これは肥料という名なのか!」
「ええっ?名前も知らなかった?」
ニヤっと口元を歪めたローザリオが言う。
「これを薄めて土に撒いてみてくれ」
「え・・・?」
「土のポーションだよ」
「効果を言うのを忘れたな。まあ良いほうってことだ」
「ああ?タンジェント!君の鑑定がそう言ったとでも?」
「残念ながらそのとおりだよ」
チッ
今チッと舌打ちするような音が聞こえたのだが、まさか気のせいだよな?
タンジェントが首をひねるが、ローザリオは知らん顔をしている。
「ないよりはマシだろうから持ち帰って畑に試してみろ」
ん!と顎を突き出して蓋をした鍋ごと渡してきた。
「この鍋の液を樽にいれて、鍋に水を五回分汲んで薄めて使え。使ったあと、どうだったか必ず教えろよ」
機嫌が悪そうなのに、ちゃんと説明してくれたのでちょっと悪かったかなと思い、お礼のつもりで一言。
「ラバンもミンツもまだ小屋にたくさんあるから、足りなかったら言ってくれたら持ってきます」
するとローザリオはみるみる表情を変えて、にんまりと微笑み、
「もう一つ持っていってほしいものがあった!待っててくれ」
そう言ってアトリエの中からまた蓋をした鍋を持ち出してタンジェントに渡す。
蓋をずらすと白い液体が入れられている。
「これは?」
「牛の乳を加工したものだよ。そのまま飲んでも食べても、料理に使っても好きなように。料理長に頼むといいぞ。新しいレシピができたら教えてくれ」
それだけ言うと、ラバンとミンツを抱えて、
「今夜にも早速煮てみよう」
と弾んだ声で一言漏らした。
それを聞いたニルクが微妙に口角を下げたのを見たタンジェントは、ローザリオが茶を勧めるのをまだ用があると固辞し、仄暗いニルクの視線から逃れることに成功したのだった。
タンジェントが帰ったあとのアトリエでは。
「いや、久しぶりに花を煮ることができるな!しかもまだまだあるなんて!ふふふふ」
浮かれるローザリオを見ながら、ニルクは不規則生活に喜び勇んで突入しようとする主を冷たい目で見る。
食事の時間も激しく乱れ、厨房にはえらい迷惑をかけることになる。謝るのはいつも自分だ。
掃除婦も入られると困るので、月毎に給料は払っているのに仕事を頼むことができなくなる。まあ錬金術師など、きっとどこも同じだろうけれど。
ローザリオがシズルス家を独立するときに家令としてつけられた時から、自分の運命は決まっていたのだと。ニルクは諦めて夜食の準備も厨房に頼んでおこうと決めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
多忙により、投稿時間がずれております。申し訳ございません。
公爵夫人マーリアルとドレイファスの三歳の妹ノエミのために花を持たされてきた。
野薔薇と山百合、そして籠いっぱいのスースーするミンツ。
ドレイファスはその草に興味を持ち、自分にくれるよう頼んだ。匂いが気に入ったのもあるが、なにしろ根っこがついたままなのだ。畑に持っていって増やせるかヨルトラ爺に聞いてみなくては!
「トリィは畑に行かれるの?」
ルジーに尋ねると首を傾げて、確認しておくと言ってくれた。
一度だけみんなで畑に行ったことがあるが、ここに住むなら、なんなら一緒に畑に行きたい!
あとでルジーから、鍵は持たされていないがドリアン様からお許しが出ているので大丈夫と聞かされた。
しかし鍵のないものは地下通路を使うことはできないので、一度カイドに来てもらうことになり、それまでは一緒に畑に行くのはお預けと納得させられてしょげる。
「待っても一日二日程度だから」
ルジーが慰めたが、わかりやすくがっくり俯いたので、メイベルが元気つけようと干しペリルを出した。
「これ、トリィに持っていってあげようかな」
「では、こちらにお茶の用意をしてトレモル様をご招待しましょうね」
メイベルはささっと支度を済ませて、トレモルを迎えに行く。
「トリィ、来たぁ!」
メイベルと手を繋いでトレモルがやって来ると、ドレイファス自らテーブルの椅子を引いて座らせ、すぐ干しペリルと果実水でおやつタイムが始められる。さっきまでの落ち込んだ雰囲気は漸く一掃された。
鍵魔法をかけるカイドが来てくれるのは翌日になるということなので、その夕方はドレイファスとルジーの二人で畑へ向かうことにして。ドレイファスは心なしか寂しそう。胸にはトレモルからもらった籠が抱きしめられている。
地下通路を抜けて畑に放たれると、真っ先にヨルトラの元へ向かった。
「これ、もらったの!見て!」
「お?これはミンツですね、これはいい」
「いいの?」
「ええ。ミンツは公爵領では見なかったんですよ。でも私が生まれたソートルベではあちこちに生えていて、茶にすると眠気覚ましや酔い覚ましにちょうどいいものなんです。植えてみてもいいですか?」
「うん、うえて!」
「やってみましょう!」
ヨルトラが鑑定のためにタンジェントの元へ歩き出すと、ドレイファスは道具箱から自分の水やり樽を出して、自分のペリルとレッドメルに水をやり始める。
ペリルやレッドメルの季節はとっくに終わっているのだが、スライム小屋の中で魔石を使って季節を誤魔化しながら育てているのだ。
小屋の中が暑くなりすぎたら氷の魔石、冷えたら炎の魔石を。そうすることで森では決して実はならない季節でも、粒を植えて育てることができるのでは?と二年めの挑戦中。とりあえず一棟建てるはずが、あっという間にスライム小屋は六棟に増え、それぞれの植物ごとに季節を模した気温を再現している。
庭師たちはタンジェントとモリエール、アイルムの三人が日替わりで新館の庭園の世話と離れの畑を、ヨルトラは畑とスライム小屋を管理しているのだが、ミルケラは兄コバルドと穴掘り棒を作るか、乾燥スライムを削っている。
もう既に公爵家工作部の括りになっているがログハウスと庭師の仲間を気に入っていて、兄コバルド、メルクルが離れの個室に住んでいるのとは別に、今でもログハウスに住み、気分転換と言って畑を手伝ったりしている。
二年弱の間にいろいろ変わったが、その変化は楽しいことが多く、皆もっと変わりたいと望んで前に進んでいた。
「ミンツ?この辺では見たことがないものだね!茶葉しか見たことなかったよ」
「土、ほとんど残っていないけど、視られるかな」
【ミンツの土】
[状態]鑑定不能
「んー。ごめん、視られなかった」
「少なすぎたか?」
「かな?」
そうなると手探りで土の調整と鑑定を繰り返すしかない。
植え替えができるようになるまで枯らさないため、ラバンと同じように水瓶に入れておくことにした。
ヨルトラはすぐ作業に入る。
ログハウスからも畑からも少し離れた、まだ耕していない土をタンジェントに頼んで土魔法で解してもらい、ミンツとの適性を鑑定するところまでやってもらう。
「どうだろうな?」
「うん、うーん?たぶん保水が足りない気がする。どちらかというとたっぷり余裕があるのが好きなタイプじゃないかなーと俺の勘が言っている」
「鑑定じゃなくて?」
「そう、勘なんだけどな。土、よくこなれてからたっぷり水含ませて植えてやるのがいいかもと、なんとなく思うわけ。信じろ」
タンジェントが自分で言って笑う。
細かい鑑定を始めてから二年弱だが、毎日様々な土や植物、枯れ葉などを鑑定しまくったおかげかレベルアップしたようで、さらに詳細にわかるようになった。
しかし、情報が細かすぎて自分でもどこがキモかわからないことがある・・・今もそうだ。鑑定スキルのレベルに自分が追いついてないんだよな。
そんなことを考えて、自分を笑っていた。
しかしヨルトラはタンジェントが与えたヒントで、土に何を足すかを炙り出すことができる。経験の差だろう。
毎日の記録から分析し、馬糞で作った堆肥、枯れ葉やら玉土やら卵の殻を潰したものやらをほぐした土にぶちまけると、ミルケラが作ってくれた鋤でゆっくり混ぜ込んでいく。
タンジェントの土魔法ならあっという間だが、自分で感触を確かめながらやりたかったのだ。
土の色が変わり、見た目にも柔らかそうにふっくらしたのを見て数日熟すことにした。
それまで水につけたミンツが枯れないことを祈るしかない。
と思っていたが心配するほどのこともなく、土の状態が整うまでの数日で、水に浸かったミンツは新たな根を伸ばし始めた。
「これはラバンと同じように、増えやすい植物かもしれないな。だとしたらありがたいんだが」
タンジェントに適性を視てもらいながらヨルトラが希望を述べると、顔を上げたタンジェントが頷きながら
「もうニ、三日待ってから植えてみたらどうかな」
そうアドバイスを与えた。
三日待って植え替えたミンツは、ヨルトラの希望を聞いていたかのように、いやむしろ恐ろしいほどの勢いで根付き、その周辺から新たな葉をどんどんと生み出して畑を増やす羽目になった。
「まさかこんなに増えるとは!」
ヨルトラも肩をすくめて呆れるほどだ。
「ミンツの茶って、葉を摘んで乾燥させたものだろう?茶でも作って公爵印で売るか?」
ミルケラは、最近なんでも売ることに結びつける頭になったようだ。
「それもいいが。あ、そうだ!シズルス様に新しい葉や花があったらくれと言われてるだろう?」
タンジェントが思い出す。
「ああ、そうだったかも」
「スライム小屋のラバンもかなり咲いてるだろう?ついでだし、たくさん刈り取って持って行ってやるか?」
ヨルトラが小屋で季節を無視した紫のラバンを収穫する気になったようだ。
「小屋で咲いたラバンのほうが少し香りが弱い気もするんだがな」
翌日。
ヨルトラはローザリオ・シズルスの錬金術アトリエ宛に花を届けると先触れを出し、荷車にここまではいくらなんでもいらないんじゃないか?とアイルムに言われるほど草花を積み込み、乗り込んだタンジェントがシズルス家を目指した。
シズルス家のアトリエは王都の外れにある。公爵邸からは馬車で一刻少々ほどの距離だが、馬車を走らせながら道端で花や野菜を売る屋台、または畑や群生地がないかをチェックしているので、ゆっくりと馬を走らせていた。
とはいえ荷台はいっぱいなので、見つけて買うとしても帰り道・・・。
しかし、目ぼしいものも見つからずにアトリエに着いてしまった。
コンコン
アトリエの扉をノックすると、家令のニルクが顔を出したので
「荷台が草花でいっぱいなんだが、手伝ってくれるかな」
ひとりではおろしたくない、絶対に!という心の声が聞こえたのか、ニルクは恭しく
「もちろんでございます」
と荷台にまわってくれた。
足音が聞こえ、ローザリオがアトリエから出て来ると顔中に笑顔を浮かべてタンジェントを迎えてくれる。
「よく来てくれた!待ってたよ。何を持ってきてくれたんだね?」
ラバンとミンツを見たローザリオは驚きの声をあげる。
「なぜラバンが?もう季節は終わりではなかったのか?」
「これはスライム小屋で育てられた初めてのラバンです。氷と炎の魔石で室内の暖かさを調整すると、花も季節を間違えるようで」
「なんと、前に行ったときはまだそんなことしていなかっただろう?しかし素晴らしいな!それがうまく行けば寒かろうが夏の物も育てられるということか!またぜひ見せて頂きたいものだな!
それでな、タンジェントに見てもらいたいものがあったんだ!
ほらこれだ。鑑定してみてくれ」
鍋に入ったどろりとした液体で、どう見ても食物ではなさそう・・・
【肥料】
[状態]まあ良いほう
「肥料ってなんですか?」
「ほーお、これは肥料という名なのか!」
「ええっ?名前も知らなかった?」
ニヤっと口元を歪めたローザリオが言う。
「これを薄めて土に撒いてみてくれ」
「え・・・?」
「土のポーションだよ」
「効果を言うのを忘れたな。まあ良いほうってことだ」
「ああ?タンジェント!君の鑑定がそう言ったとでも?」
「残念ながらそのとおりだよ」
チッ
今チッと舌打ちするような音が聞こえたのだが、まさか気のせいだよな?
タンジェントが首をひねるが、ローザリオは知らん顔をしている。
「ないよりはマシだろうから持ち帰って畑に試してみろ」
ん!と顎を突き出して蓋をした鍋ごと渡してきた。
「この鍋の液を樽にいれて、鍋に水を五回分汲んで薄めて使え。使ったあと、どうだったか必ず教えろよ」
機嫌が悪そうなのに、ちゃんと説明してくれたのでちょっと悪かったかなと思い、お礼のつもりで一言。
「ラバンもミンツもまだ小屋にたくさんあるから、足りなかったら言ってくれたら持ってきます」
するとローザリオはみるみる表情を変えて、にんまりと微笑み、
「もう一つ持っていってほしいものがあった!待っててくれ」
そう言ってアトリエの中からまた蓋をした鍋を持ち出してタンジェントに渡す。
蓋をずらすと白い液体が入れられている。
「これは?」
「牛の乳を加工したものだよ。そのまま飲んでも食べても、料理に使っても好きなように。料理長に頼むといいぞ。新しいレシピができたら教えてくれ」
それだけ言うと、ラバンとミンツを抱えて、
「今夜にも早速煮てみよう」
と弾んだ声で一言漏らした。
それを聞いたニルクが微妙に口角を下げたのを見たタンジェントは、ローザリオが茶を勧めるのをまだ用があると固辞し、仄暗いニルクの視線から逃れることに成功したのだった。
タンジェントが帰ったあとのアトリエでは。
「いや、久しぶりに花を煮ることができるな!しかもまだまだあるなんて!ふふふふ」
浮かれるローザリオを見ながら、ニルクは不規則生活に喜び勇んで突入しようとする主を冷たい目で見る。
食事の時間も激しく乱れ、厨房にはえらい迷惑をかけることになる。謝るのはいつも自分だ。
掃除婦も入られると困るので、月毎に給料は払っているのに仕事を頼むことができなくなる。まあ錬金術師など、きっとどこも同じだろうけれど。
ローザリオがシズルス家を独立するときに家令としてつけられた時から、自分の運命は決まっていたのだと。ニルクは諦めて夜食の準備も厨房に頼んでおこうと決めた。
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