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88 大人たちの新しい目覚め2

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 夕暮れの頃、ワルター・サンザルブ侯爵とアーサ・オウサルガが密かに公爵家を訪問すると、ルジー、マトレイドも執務室へ呼ばれた。

「ワルター、アーサ・オウサルガ先生がもたらしたグラウンディングについて話さねばならない」

「グラウンディング?」

 ワルターはきょとっとしているが、アーサは意味がわからないという顔だ。

「まずアーサ先生、グラウンディングはアーサ先生のオリジナルか、または誰かに教授されたものかを教えてもらえないだろうか?」

「はい。グラウンディングは前のパーティーメンバーだった神官から教わりました。彼の生まれた国では、神官は定期的に自らのメンテナンスとして、それと大きな力を使う前後は必ずグラウンディングをすると言っていました」

「他国の者か・・・」

「ええ。トーラ公国の出身でした」


 亡くなった仲間のひとりか。
みんな口には出さないが、慮った。


「トーラ公国だと、教会はマンロイド教ではないな。確か・・・」

「ラモール教だ」

 ワルターが思い出す。

 マンロイド教は天地創造全知全能の神マンロイドとその元に集う神々を信仰する宗教である。
 様々な神がおり、創造神や軍神だけでなく鉄の神や布の神など物や事を司る神もおり、神の教えを学び、守りながら日々を暮らす多神教で、その知識の広さが神官の位を決める。

 ラモール教も同じ神々を信仰する多神教だが、主に修行や荒行を積み、教えを体得することによって神官の位が上がっていく。
 故にマンロイド教より厳しく己を律し、神官は神に背く存在と捉えた魔物討伐も修行として考え、冒険者のパーティーに参加する者も多い。
 マンロイドの神官たちはラモールの神官を脳筋どもと蔑み、同じ神を尊ぶ神官とは認めていないのだ。

 一つの教義を文系で理解するか、体育会系で理解するかの違いと言えばいいだろう。


「ということは、マンロイドの神官たちはこれはやっていないかもしれないな、いいぞ!」

「神官がどうしたというんだ?」

 ワルターは聞いた話が繋がらず、不愉快な顔だ。

「ワルター、おまえグラウンディングを知らないんだよな。アーサ先生、これは何度かやってもよいものか?」

「ええ、何度されても問題ございません」

 ドリアンはぐるりと室内を見やり、一歩前に出るとルジーの肩を叩いた。

「やってみせてくれ」

 まずルジーはボソッと呟いて、手のひらに炎を呼び出して見せた。だいたい朝のときと同じくらいの速さと大きさだ。手のひらを握って炎を消すと、アーサに頭を下げた。
 グラウンディングをルジーに指導するアーサを、公・侯爵とマトレイドは黙って見つめている。
 ワルターは何をやっているのかと不審げだが、ルジーが光を纏い出すと目を皿のようにして逸らすことが出来なくなった。

(なんだこれは?グラウンディングとは何かの魔法?)

 しばらくルジーのまわりをキラキラと光の粒が飛び交っていたが、だんだん少なくなり、フッと消えて、紫の瞳がすっきりと開く。

 ルジーが手のひらを開いて、また炎を呼び出すとボゥワッと、さっきより大きく勢い良く燃える炎が、しかも瞬時に飛び出した。

「さっきより大きく出せるようになった!」

「発動も速い気がするな」

「なんのことだ?」

 ルジーたちの会話の意味がわからず、ワルターが口を挟む。

「ルジーは魔法が苦手だったのだよ、ワルター。いままでは炎を呼び出しても小さなものしか出せなかったんだ。そうは言ってもわからないだろうから、一度ここでグラウンディングをやってみたほうが早いと思うぞ」

 そう勧められて渋々・・・いや、そうでもない、好奇心旺盛なワルターは興味津々でアーサの言うようにグラウンディングを行ってみたのだ。

 瞳を閉じているのにわかる、いや瞳を閉じているからこそより強くわかるのかもしれない、体を流れる魔力に、その流れの強さに感動する。
確かな存在を改めて感じながら、天と地両方に繋けられて、自分は、そして自分の持つ力はこの世界の一部なのだとも否が応でも思い知らされていた。

「目を開いていいですよ」

 ワルターの足はいつもよりまだ少しあたたかいような気がする。ゆっくり瞼を開け、手のひらを目の前に。
そして炎を呼び出そうとすると、ボワッと予想外の大きさの炎が無詠唱なのに瞬時に飛び出した。

「わっ」

 ワルターは身を交わそうとするが、自分の炎に過ぎないと気づく。

「嘘だろう?考えただけで詠唱前に火が出た!こんなにスムーズに発動したのは初めてだ!なぜだ?」

 アーサを見る。

「グラウンディングは、地に足をつけ自分の中の地軸をしっかりさせるといいますか。それを行うことで魔力の流れや偏りなどを調整します。その際自分の魔力の存在を掴むと、魔力との調和力が格段にあがり、素早く無駄なく魔法が発動できるようになります。
同じ魔法を使えば使うほど経験値があがり強くなりますが、実は同じ流れだけが強化されることで魔力のバランスが偏るため、ときどきグラウンディングで調整したほうがよりよいコンディションで魔力を使いこなせるのです」

 立ち尽くすワルターに、みんな

(わかるぞ、それ)

と心で頷く。

「シエルドやドレイファスはこれを教えてもらっているそうだ。それを見たルジーに聞かねば我らは知らないままだった。なあワルター、私はワルターに礼を言いたい。アーサ先生を見つけ、我が家と神殿契約を交わすきっかけを作ってくれたことに」

 初めてのグラウンディングによってもたらされた効果の大きさは、日常的なルーティンとしているアーサには気づいていなかった。
 何をそんなに大袈裟な!くらいに聞いていたのだが、ドリアンがアーサの手を取り

「アーサ先生、ドレイファスだけでなく、我が騎士団や情報部の者にも魔法を教えてやっていただけないだろうか?なんなら私にも」

そう言ったのでさすがに驚き、腰が抜けそうになった。

「おいドリアン、アーサはシエルドの護衛だぞ!しかもシエルドの魔法の先生だ!そんなに公爵家にばかり行けるか!」

「ああ、シエルドの護衛が足りないなら我が公爵家の精鋭を出してもいいぞ。そうしたら先生はシエルドの護衛を外れる日はこちらにいらっしゃればいい」

「おまえ!ここで公爵家とか爵位出してくるのはずるいだろうが」


 アーサは、ドリアンとワルターの爵位を気にせずに始めた言い合いに面食らって、止めたほうがいいのかおたおたと慌てているのだが、ルジーとマトレイドは平常心を保っている。

「幼馴染の口喧嘩だから大丈夫」

 ルジーがコソッと教えた。

 ともあれ。
 サンザルブ家に騎士と情報部からの護衛を出すから教えろ!と言って聞かないドリアンに根負けしたワルターが、シエルドとアーサの公爵家への来訪を増やすと約束して、こどものような言い争いは終わりを迎えたのだった。


 ─その後。

 フォンブランデイル公爵家と傘下の貴族家から優秀な魔導師、魔導騎士が多く輩出されるようになったのは言うまでもない。
 一介の冒険者に過ぎなかったアーサ・オウサルガはいつしかワルターが言ったように大先生と呼ばれるようになり、彼により教えられるグラウンディングのルーティンは、神殿契約を元に厳重に秘匿され続けた。
 
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