87 / 260
87 大人たちの新しい目覚め
しおりを挟む
ある夜更けのこと。
公爵邸の離れの一室で、まっすぐな長い黒髪の男が瞳を閉じながらまんじりともせず、椅子に座り深く呼吸を整えていた。
すぅぅぅはぁぁぁ・・・
しばらくすると、いくつかの光の粒が暗闇の中に浮かび上がり、男の体のまわりを飛び交い始める。
そろそろか?薄目を開けると、確かに自分の体が光を纏っているのが見えた。
(よっしゃ!このまま最後までやってみよう)
昼間、ドレイファスとシエルドがアーサに習っていたグラウンディングを、見よう見まねでルジーが試していた。こっそりというわけではない。アーサが、魔法が苦手なのはうまく魔力制御できていないだけかもしれない、グラウンディングをやれば変わる可能性があると勧めてくれたのだ。
自分にある魔力は自分のものであり、また天や地のものでもあり。それと繋がることで偏りが調整され、また己の魔力の流れを把握できるようになる。必然的に魔法を発動させるときに、より自然に魔力が制御できると。
やるのはタダだ。
もとより苦手なことが、もしこんな簡単なことで少しでも良くなるならやらないのはもったいない。そんな軽い気持ちだったが。
ルジーはすでに自分に流れる力強い魔力を感じていた。
魔力量は成人男性としてはごく普通。しかし、属性のある炎の魔法も威力ある攻撃魔法とはならない。放ってみてもまっすぐ飛ばすフラフラしたりする。
ただ、魔力量があっても使いこなせずに生活魔法程度で終わる者がほとんどなので、それほど気にしてはいなかった。
空からの光は瞼を閉じた闇の中にいても受け取ることができ、最後に自分から天や地に放たれた光を呼び戻すとゆっくり目を開けた。
暗闇のままだが、見えた光は見間違いなどではなく確かに自分のまわりにあった。
と、思う。
試しに手のひらに炎を呼び出してみると。
ボオッ!
いままでとは違う火力と大きさで発動した。
しかも炎が現れるのが速い!
ルジーは炎を消すと、早まる鼓動を楽しみながら布団に潜り込んだ。
「アーサ様、いや、アーサ先生様!ありがとうございますっ」
くぐもった独り言が漏れ聞こえる。
きっと変わったに違いないと自信があった。明日目覚めたら鍛練場に行って思う存分試してみよう!暗闇の中でにんまりしながら掛ふとんを引き上げると、あっという間に寝息を立てた。
翌朝。
いつもより早く目が覚めた。
パッと飛び起き、着替えてから鍛練場に向かうと、シュッシュッと規則正しい素振りの音が聞こえ、中を覗くとマトレイドがすでに来ていた。
「マティ!」
マトレイドが振り返り、ルジーと気づくと顔をしかめた。
「なんだ、俺をそう呼ぶときはだいたい何かある。イヤな予感しかしないんだが」
幼馴染と言うには年が離れているが、ルジーが幼い頃からよく知っているふたりである。
ニッと笑うと「見てくれ」と手のひらに炎を呼び出した。
長い付き合いで、同じ暗部の人間でもある。ルジーの能力をよく把握しているマトレイドは、その炎が異常事態だとすぐ理解した。
「おまえっ、それどうした?」
手首を掴み、魔道具の存在があるか確認するも何もない。
「これな。すごいっていうかヤバいやつかも」
マトレイドが手首を離したのを見てから、手のひらの炎を勢いをつけて投げる。
いままでのルジーならひょろひょろふらふらして、目的地に着く前に消えてしまうことも多かったが、ボオッと音を立てて燃え上がったではないか!
「どういうことだ?」
マトレイドが顔色を変え、詰め寄ってきた。
「話すから。まず分室に行こう」
ふたりが分室に入ると、マトレイドは結界を張り、早く話せと促した。
「昨日からドレイファス様の魔法の練習が始まったんだ」
「アーサ・オウサルガが来ていたな」
「さすが、よくご存知で」
マトレイドはそれが仕事である。
先に進めと顎を動かす。
「昨日は魔法ではなく、魔力を使う前の準備といって、グラウンディングというのをやったんだが、それが凄かったんだ」
「グラウンディング?聞いたことないな」
「うん、俺も知らなかったけど、やってみたら魔力制御が信じられないくらい楽にできるようになったんだ!」
マトレイドは目を大きく見開き、ルジーに躙りよって言った。
「それ、俺にも教えろ今すぐだ」
分室の中で、ルジーに教えられながらマトレイドもグラウンディングをやってみる。
足裏があたたかくなり始めて、魔力の流れがはっきりわかるようになる!
マトレイドは瞼を閉じているのに、様々なことが感じ取れることに驚いていた。頭の中で想像していることは、その通りに動いている、見てはいないがきっとそうだとなぜか確信できた。
光が遠のいていく感じがしたあと、ルジーから目を開けるよう声をかけられ、ゆっくり開く。
なにも変わらない、パッと見た目には。
しかし不思議なほど自分の力を感じることができる。
手を開き、短く詠唱するとボボォッと大きな音を立てて炎が燃え上がった。
「威力があり、しかも速い。な?」
ルジーに指摘されるとおりだ。
いや、でもあれだけのことでこんなに変わる?
「おい、これはアーサ・オウサルガだけのオリジナルなのか?」
「いや、知らない人も多いと言っていたからそうではないだろ?」
「たぶん、知っている者はそう多くないな。すぐ面会予約を取らねば。ドリアン様に報告だ!」
マトレイドはルジーを引っ張り、執務室へ向かった。マドゥーンがいて、少し待てばドリアンに会えると教えてくれる。
控えの間で待つ間もマトレイドは体の中を巡る魔力に戸惑い、また喜びを感じていた。
魔力の調整は神殿でしかできないと思っていたが。
(そうか、神殿でしか普通はやらないから、みんな知らないということでは?
ということはあまりおおっぴらにやると、神殿に睨まれるかも?)
マトレイドが考えをまとめきる前に、ドリアンから声がかかった。
「ん、二人で来るなんて最近にしては珍しいのではないか?」
「ああ、そうかもしれません」
「ルジー、昨日は初めての魔法教室だっただろう。どうだった?」
ドリアンがドレイファスの大切なことを忘れるわけがない。直球で聞いてきたが、その方がふたりには都合が良い。
「実は・・・」
ルジーが見たこと、そして自分とマトレイドがやったことを詳細にドリアンに説明していく。
「それは私でもすぐできることか?」
「はい、やってご覧になりますか?」
「もちろんやってみたいぞ!」
というわけで、今ルジーはドリアンにグラウンディングを教えている。
ドリアンはあまり想像力が豊かではなタイプではなかったようで、当初は光を見ることに苦しんだが。ルジーがあの手この手でいろいろな想像を引き出しているうちに、とうとう辿り着くことができた。
「こんなに大変だとは!」
目を開いて起き上がったドリアンはうっすら汗をかいていたが、マトレイドとルジーは
(いや、ドリアン様のイメージ力が貧相すぎただけだ)
と軽く引いていた。
「しかし、私にもわかるぞ。いままでで初めてだ!こんなに魔力を感じられたのは」
魔力量が多いドリアンが手のひらを上に向けると、風が起こる。制御しているので手のひらにおさまるほど小さな旋風だが、回転が異常に速い。手を握ると風は消えてしまったが、次に手を開くとボワッと大きな炎が燃え上がった。
「・・・詠唱しようと考えただけで発動したぞ」
ドリアンは自分の手のひらの上で踊るように燃える炎をしばらく見つめていたが、思いついたように伝言鳥を呼び出して
『ワルター、ドリアンだ。大至急会いたい。連絡くれ』
そう言った。
「ワルターが来るときはふたりも同席を頼む。ルジー、此度は教えてくれたおかげで大変なことを見逃さずに済んだ。きっとワルターはまだ気づいていないだろう。
それにしてもアーサ・オウサルガか。神殿契約を交わしてくれたことに感謝だな」
ふふふっと笑うと、マトレイドたちに手を振った。
執務室から下がったルジーとマトレイドは、ふたりでもう一度鍛練場へ行く。
もう朝の鍛練は終わっており、誰もいない。
「もう一度、やってみてもいいか?」
「俺もやりたい。あー、もっとこどもの頃に知ってたら魔導師になれたかもしれないのに」
「魔導師?憧れてたとか?」
「だな。でもいまさら過ぎる。せめてこどもができたら必ず教えるぞ、これ!」
「ん?ルジー婚約したのか?」
「・・・・・・いや。まだだけど」
「おまえなぁ、メイベル嬢もいつまでもひとりじゃないぞ。早いとこ手を打っておけ」
せっかくご機嫌だったのに、マトレイドに頭を押さえられたような気持ちになった。
公爵邸の離れの一室で、まっすぐな長い黒髪の男が瞳を閉じながらまんじりともせず、椅子に座り深く呼吸を整えていた。
すぅぅぅはぁぁぁ・・・
しばらくすると、いくつかの光の粒が暗闇の中に浮かび上がり、男の体のまわりを飛び交い始める。
そろそろか?薄目を開けると、確かに自分の体が光を纏っているのが見えた。
(よっしゃ!このまま最後までやってみよう)
昼間、ドレイファスとシエルドがアーサに習っていたグラウンディングを、見よう見まねでルジーが試していた。こっそりというわけではない。アーサが、魔法が苦手なのはうまく魔力制御できていないだけかもしれない、グラウンディングをやれば変わる可能性があると勧めてくれたのだ。
自分にある魔力は自分のものであり、また天や地のものでもあり。それと繋がることで偏りが調整され、また己の魔力の流れを把握できるようになる。必然的に魔法を発動させるときに、より自然に魔力が制御できると。
やるのはタダだ。
もとより苦手なことが、もしこんな簡単なことで少しでも良くなるならやらないのはもったいない。そんな軽い気持ちだったが。
ルジーはすでに自分に流れる力強い魔力を感じていた。
魔力量は成人男性としてはごく普通。しかし、属性のある炎の魔法も威力ある攻撃魔法とはならない。放ってみてもまっすぐ飛ばすフラフラしたりする。
ただ、魔力量があっても使いこなせずに生活魔法程度で終わる者がほとんどなので、それほど気にしてはいなかった。
空からの光は瞼を閉じた闇の中にいても受け取ることができ、最後に自分から天や地に放たれた光を呼び戻すとゆっくり目を開けた。
暗闇のままだが、見えた光は見間違いなどではなく確かに自分のまわりにあった。
と、思う。
試しに手のひらに炎を呼び出してみると。
ボオッ!
いままでとは違う火力と大きさで発動した。
しかも炎が現れるのが速い!
ルジーは炎を消すと、早まる鼓動を楽しみながら布団に潜り込んだ。
「アーサ様、いや、アーサ先生様!ありがとうございますっ」
くぐもった独り言が漏れ聞こえる。
きっと変わったに違いないと自信があった。明日目覚めたら鍛練場に行って思う存分試してみよう!暗闇の中でにんまりしながら掛ふとんを引き上げると、あっという間に寝息を立てた。
翌朝。
いつもより早く目が覚めた。
パッと飛び起き、着替えてから鍛練場に向かうと、シュッシュッと規則正しい素振りの音が聞こえ、中を覗くとマトレイドがすでに来ていた。
「マティ!」
マトレイドが振り返り、ルジーと気づくと顔をしかめた。
「なんだ、俺をそう呼ぶときはだいたい何かある。イヤな予感しかしないんだが」
幼馴染と言うには年が離れているが、ルジーが幼い頃からよく知っているふたりである。
ニッと笑うと「見てくれ」と手のひらに炎を呼び出した。
長い付き合いで、同じ暗部の人間でもある。ルジーの能力をよく把握しているマトレイドは、その炎が異常事態だとすぐ理解した。
「おまえっ、それどうした?」
手首を掴み、魔道具の存在があるか確認するも何もない。
「これな。すごいっていうかヤバいやつかも」
マトレイドが手首を離したのを見てから、手のひらの炎を勢いをつけて投げる。
いままでのルジーならひょろひょろふらふらして、目的地に着く前に消えてしまうことも多かったが、ボオッと音を立てて燃え上がったではないか!
「どういうことだ?」
マトレイドが顔色を変え、詰め寄ってきた。
「話すから。まず分室に行こう」
ふたりが分室に入ると、マトレイドは結界を張り、早く話せと促した。
「昨日からドレイファス様の魔法の練習が始まったんだ」
「アーサ・オウサルガが来ていたな」
「さすが、よくご存知で」
マトレイドはそれが仕事である。
先に進めと顎を動かす。
「昨日は魔法ではなく、魔力を使う前の準備といって、グラウンディングというのをやったんだが、それが凄かったんだ」
「グラウンディング?聞いたことないな」
「うん、俺も知らなかったけど、やってみたら魔力制御が信じられないくらい楽にできるようになったんだ!」
マトレイドは目を大きく見開き、ルジーに躙りよって言った。
「それ、俺にも教えろ今すぐだ」
分室の中で、ルジーに教えられながらマトレイドもグラウンディングをやってみる。
足裏があたたかくなり始めて、魔力の流れがはっきりわかるようになる!
マトレイドは瞼を閉じているのに、様々なことが感じ取れることに驚いていた。頭の中で想像していることは、その通りに動いている、見てはいないがきっとそうだとなぜか確信できた。
光が遠のいていく感じがしたあと、ルジーから目を開けるよう声をかけられ、ゆっくり開く。
なにも変わらない、パッと見た目には。
しかし不思議なほど自分の力を感じることができる。
手を開き、短く詠唱するとボボォッと大きな音を立てて炎が燃え上がった。
「威力があり、しかも速い。な?」
ルジーに指摘されるとおりだ。
いや、でもあれだけのことでこんなに変わる?
「おい、これはアーサ・オウサルガだけのオリジナルなのか?」
「いや、知らない人も多いと言っていたからそうではないだろ?」
「たぶん、知っている者はそう多くないな。すぐ面会予約を取らねば。ドリアン様に報告だ!」
マトレイドはルジーを引っ張り、執務室へ向かった。マドゥーンがいて、少し待てばドリアンに会えると教えてくれる。
控えの間で待つ間もマトレイドは体の中を巡る魔力に戸惑い、また喜びを感じていた。
魔力の調整は神殿でしかできないと思っていたが。
(そうか、神殿でしか普通はやらないから、みんな知らないということでは?
ということはあまりおおっぴらにやると、神殿に睨まれるかも?)
マトレイドが考えをまとめきる前に、ドリアンから声がかかった。
「ん、二人で来るなんて最近にしては珍しいのではないか?」
「ああ、そうかもしれません」
「ルジー、昨日は初めての魔法教室だっただろう。どうだった?」
ドリアンがドレイファスの大切なことを忘れるわけがない。直球で聞いてきたが、その方がふたりには都合が良い。
「実は・・・」
ルジーが見たこと、そして自分とマトレイドがやったことを詳細にドリアンに説明していく。
「それは私でもすぐできることか?」
「はい、やってご覧になりますか?」
「もちろんやってみたいぞ!」
というわけで、今ルジーはドリアンにグラウンディングを教えている。
ドリアンはあまり想像力が豊かではなタイプではなかったようで、当初は光を見ることに苦しんだが。ルジーがあの手この手でいろいろな想像を引き出しているうちに、とうとう辿り着くことができた。
「こんなに大変だとは!」
目を開いて起き上がったドリアンはうっすら汗をかいていたが、マトレイドとルジーは
(いや、ドリアン様のイメージ力が貧相すぎただけだ)
と軽く引いていた。
「しかし、私にもわかるぞ。いままでで初めてだ!こんなに魔力を感じられたのは」
魔力量が多いドリアンが手のひらを上に向けると、風が起こる。制御しているので手のひらにおさまるほど小さな旋風だが、回転が異常に速い。手を握ると風は消えてしまったが、次に手を開くとボワッと大きな炎が燃え上がった。
「・・・詠唱しようと考えただけで発動したぞ」
ドリアンは自分の手のひらの上で踊るように燃える炎をしばらく見つめていたが、思いついたように伝言鳥を呼び出して
『ワルター、ドリアンだ。大至急会いたい。連絡くれ』
そう言った。
「ワルターが来るときはふたりも同席を頼む。ルジー、此度は教えてくれたおかげで大変なことを見逃さずに済んだ。きっとワルターはまだ気づいていないだろう。
それにしてもアーサ・オウサルガか。神殿契約を交わしてくれたことに感謝だな」
ふふふっと笑うと、マトレイドたちに手を振った。
執務室から下がったルジーとマトレイドは、ふたりでもう一度鍛練場へ行く。
もう朝の鍛練は終わっており、誰もいない。
「もう一度、やってみてもいいか?」
「俺もやりたい。あー、もっとこどもの頃に知ってたら魔導師になれたかもしれないのに」
「魔導師?憧れてたとか?」
「だな。でもいまさら過ぎる。せめてこどもができたら必ず教えるぞ、これ!」
「ん?ルジー婚約したのか?」
「・・・・・・いや。まだだけど」
「おまえなぁ、メイベル嬢もいつまでもひとりじゃないぞ。早いとこ手を打っておけ」
せっかくご機嫌だったのに、マトレイドに頭を押さえられたような気持ちになった。
応援ありがとうございます!
22
お気に入りに追加
431
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる