神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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84 初めての採取

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 シズルス家から馬車で一刻ほどの山道を進む。

 ローザリオがよく行く採取場で、人の出入りが多いせいか魔獣はほとんど出ない。比較的安全なところをシエルドの初採取に選んでいた。

 今回は普通の採取とは違い、皆がまったく狙わないものを持ち帰る。
 そう、例えば枯れ葉。しかも腐った枯れ葉だとタンジーは言った。普通なら、よりコンディションの良いものを選ぶのに。タンジェントが教えた物の中には虫の死骸や卵の殻などもあり、根拠がよくわからないものばかりだが、ただ森に入ればいくらでも足元にあって取れるというのはありがたい。
 馬車に御者を残すと、荷車を下ろし、畳んだ敷布を積めるだけいれる。
 これはタンジーがアドバイスしてくれたことで、腐った枯れ葉などを大量に馬車に積むと、あとが大変らしい。それに敷布に包みながら荷車に乗せればきれいにたくさん積めると。
 なるほどなるほど。言われてみれば確かにそうだ!
 そしてミルケラが穴掘り棒を一本くれたのだが、これがなかなか優れ物だ。

 支度が整うと三人は山道から繁みに入った。足元にも枯れ葉はたくさんあるが、欲しい木は決まっているので少し歩く。庭師ではないが、ローザリオもカエデやナラ、ブナくらいはわかる。針のような葉はダメらしい。目当ての一つであるナラの木を見つけると敷布を広げて、ローザリオが穴掘り棒を積み上がった枯れ葉の山に差し込んだ。ざっくり掘って移し替える。穴掘り棒がもう一本あればよかったが、まったく汚れることなく採取できてよい感じだ!
 四隅を交差に結くと荷車に乗せ、他の木を探して歩き始める。

「次の木を見つけたら、シエルドがやってみような」
「はいっ!」

 見ていただけのシエルドは、次の指名を受けて大きな声で返事をした。

「木はわかるんだが、玉土は見つけにくいから、もし見つけたらすぐ教えてくれよ」

 玉土・・・土の種類で成分が違うようだ。
 聞いたものの見つけられるかは自信なし。
 ん?玉土でなくても土が持つ同じような成分があればいいんじゃないのか?

 自分の言葉に疑問を持ち、すぐ次の思考に繋がったローザリオは、

「待った!玉土は今日見つからなければ無理に探さなくていい。とりあえず枯れ葉や、虫の死骸とかを集めて持ち帰ろう」

 木ならすぐわかる。カエデやブナ、ポプラなどの葉っぱを拾う。
 穴掘り棒をシエルドに渡すと、彼には少し大きい道具だが、上手に操って枯れ葉を集めてくれる。アーサが敷布を寄せてやり、箒で掃き寄せるようにその上に葉を乗せ替えていくのだが、それが実に器用で、手先の細やかで丁寧な扱いはもちろん、どうすれば使いこなせるかを素早く考えられる聡さを、ローザリオは満足して見守っていた。

 弟子は複数いたほうが刺激になるだろうと、当初は二人取るつもりだったが。
 シエルドはひとりでも向上心を失うことはなく、むしろ、次期フォンブランデイル公爵の将来の側近という自覚もしっかりしていて、これ以上の者は当分見つけられないだろうと思う。
 下手に数合わせで他の者を入れるより、本当に弟子にしたいと思える者が現れるまでシエルドを大切に育てたほうがいい。
 そう決めたが。ローザリオの中で、一番めの弟子が生涯の一番弟子になるとは、さすがにまだ気づいていなかった。

 敷布の包みを四つ作ると、荷車はパンパンだ。一度馬車に戻り、食事も摂ることにする。

「シエルド、枯れ葉採取はどうだ?」
「はい、面白いです」
「え?」

 意外な答えにシエルドを見ると、本当に楽しいらしくにこにこしている。枯れ葉拾うだけなのに?

「何が面白いと思った?」
「ただ葉っぱを拾うのかと思っていましたが、葉っぱには層があって、上の葉は枯れていますが、下に行くほど湿った葉っぱになっています。上はまだきれいに形を残してますが、下の葉は崩れてボロボロしていて色も違います。それに上の方にある葉の間にいる虫と、湿り気のある葉の間にいる虫は種類が違っています。
 これはただの葉っぱではなく、その中には虫の暮らしも隠れていて、ぼくが葉を取ることでその世界が崩れていくこともわかりました」

 アーサはポカンと口を開けてしまった。
 たかが枯れ葉と虫に過ぎないが、シエルドがいうと特別な世界が広がっているように聞こえてくる。
 貴族とか平民とかではなく、シエルドは自分とはまったく違う世界にいるんだと。守る意味を感じることができた瞬間、ただの護衛対象から守ってやりたい小さなシエルドになった。


 アーサが馬車から昼食を下ろし、御者のロブも一緒にマットを広げる。マットにブレッドと焼いた肉、サラダを皿に乗せてまわりを囲む。

「食事が終わったら、少し移動してまた採取を続ける。ここはたいした魔獣は出ないはずだが、奥に入るので警戒を忘れないようにな」

 みんなコクリと、声を立てずに答えを返した。すでに口いっぱいに頰張っていたからだ。ロブとアーサはともかく、普段そんなことはけっしてしないシエルドも。半日歩き回ってお腹がペコペコだったから。

 食後、少し休んでから馬車に乗り込み山奥へ進んで行くと、馬車を停めるのにちょうどよい開けた土地を見つけた。
 三人でまた荷車と敷布、穴掘り棒を持ち、繁みへと分け入って行く。
 まだ数分も歩いていないうちに先頭を歩くローザリオが足を止め、シッと指先を唇にあてるとシエルドたちを見やって、影に隠れるよう目で合図を送ってきた。アーサがシエルドの背中に手を当て、木の影に隠れられるよう促してやるが、足元の枯れ枝を踏んでポキッと音が立ってしまう。
 皆ぴたっと動きを止め、気配を消そうとするが。

 ガサガサっと何かが動く音が聞こえ、「避けろっ!」とローザリオが叫ぶ。

 アーサはシエルドを横に抱きあげて素早く飛びのいた。
 たった今シエルドが立っていたところに、予想外に大きなドードボアが突っ込んできて牙を振りかざす。アーサが一瞬でも遅れていたら、シエルドは切り裂かれていたかもしれない。まあ、そんなにトロくはないのだが。
 自分の頭より高い木の枝に腕を伸ばしてシエルドを座らせたアーサは、ローザリオと目で合図を交わすと杖を取り出して振りあげ、無詠唱で稲妻を走らせながら雷を直撃させる。

 ドオン!と大きな音が響き、倒れたドードボアからプスプスと小さな音が漏れた。

「え?一撃か?本当に?」

 ローザリオがドードボアの背中を足で押し、仰向けに起こして事切れていることを確認しながら

「なあアーサ・・・シエルドに魔法教えてやってくれないか」

 シエルドを枝から抱き下ろすアーサに、そう声をかけた。

「たぶん剣術とか苦手意識があるみたいだが、魔力は豊富だから。ワルター様に私から言ってもいいぞ」

 シエルドにもローザリオの声は聞こえたようだ。

「習いたいです!」

 アーサにお願いをしている。

「いや、ローザリオ様がお師匠様でございますよ」
「いやいや、私は錬金術は教えられるが魔法はそんなに自信ないぞ」
「え?錬金術師なのに?」

 シエルドが振り向く。

「私は魔力は多いが、補助魔法や防御魔法が得意で攻撃はイマイチだ。剣術はこどもの頃からガチガチやらされていたので、それで身を守れるようになった。シエルドが剣術が苦手なら攻撃魔法を身につけねば、採取のときに毎回護衛が必要になるぞ?
 まあ、侯爵家のこどもだから護衛は必須かもしれんが、自分の身は自分で守れるようにしなくては将来困ると思うからな。
 うん、防御魔法なら教えてやってもいいが」

 剣術の稽古を、なんやかんやと言い訳をして簡単に済ませたりサボったりしているシエルドは、耳が痛くなった。ほぼ全面的にイイ子ちゃんだが、嫌いなことからはスルリと逃げる悪い子ちゃんなところもあるのだ。

「まあな、利口でなんでも器用にできて性格もいいとか、そんなこどもがいたら怖いから少しサボるくらいはいいんだよ。むしろその方がこどもらしい。しかし、そのせいで命を落とすことになるのはいかん。サボっていいことといけないことは弁えなければな」

 ローザリオに諭されて、ちょっとは剣術も頑張ろうと思ったが、魔法でなんとかなるなら魔法がいいななど、好きなこと以外は楽なほうに転がりたいシエルドだ。

「ワルター様に言っておくからな」

 最後に念を押すと、倒れたドードボアの解体を始めた。シエルドは解体も見るのは初めてで、興味津々に覗き込む。

「倒したらさっさとやるべしだ!固くなるとやりにくくなるし、食べられるものは血抜きが早いほど肉の臭みが出にくい。この場所はこんな大きさの魔獣は滅多に出ないが、場所によっては血の匂いで他の魔獣が来ることもあるからな」

 喋りながらも手際がいい、アーサも見惚れるナイフ捌きで血抜きしながら毛皮を剥がしていく。

「毛皮は傷をつけると価値が下がるから、気をつけて剥がないとダメなんだ。ものすごく値段変わるからな」

 そういって、まるで服を脱がせたようにぺろりと毛皮を剥いでみせた。

「すごいな」

 アーサが言うほど、ナイフ捌きがうまいだけではなく速いのだ。上位冒険者でもここまでの解体ができる者はそうはいないとアーサは思った。

「解体は、まあ、私を目指してもよいが」  

 フッとドヤ顔を浮かべるが、あの手捌きを見たあとではふたりともそれが当然のように頷く、頷く。

 ローザリオの足元に敷布を広げ、ドードボアを包むと荷車に乗せたが。
 荷車にこんもりと山になって、これ以上は採取しても乗せられそうにない。

「なんか疲れた気がする。続きはまた次にシエルドが来る日にして、今日はもう帰ろうか」

 こんなことふたりには言えないが。
 素材採取は嫌いではないが、葉っぱを集めるというのが予想以上に単純すぎて飽きてしまったのだ。ドードボアが現れてちょっと気分転換になったが、面倒くさくなって帰って休みたいなーとそんな気分になってきた。

「じゃあ、馬車に戻るか!」
  
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