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83 仲良くなろう

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 公爵家からの帰り道、シズルス家の馬車は王都にあるバザールに寄り様々な花を購入した。
 もちろん、あのエッセンシャルなんとかを作るためのものだ。
 庭師たちが教えてくれた花の名を言うと、バザールの売り子たちは何本差し上げましょう?と聞いてくる。

「あるったけ」

 ローザリオは美しく笑った。
 買い取ることができた花は、ラバンを釜に入れた時よりどれも少ない。それほどの量は作れそうにないが、そもそも作れるのか?作れるなら効果をタンジーに見てもらうことと、ラバンのように茎から増やせるのか。それだけわかれば今は御の字だ。

 アトリエに戻るとすぐ、花を煮る準備に入る。
今日はなんとか三種に火を入れたい。
管をつけた釜に花を放り込むと、やはりスカスカしているがしかたない。その分早くから煮立ったので、良しとするが、今度はどのくらい薪をくべたものやら判断に迷ったが。

 夢中になりすぎて、夕暮れ時にニルクが呼びにきたときもまだ薪をくべていた。

「ローザリオ様、夕餉はどうなさいますか?」

 振り向いたローザリオの顔は、汗にまみれて煤がつき、酷い汚れようだ。

「あと少しかかる。今は離れられないから、部屋に置いておいてくれ」

 ニルクはちょっと考えてから、何も言わずに下がり、しばらくするとトレーに小さくカットしたブレッドとグリーンボールのサラダ、ブレッドと同じ大きさのボアの焼き肉を乗せて持ってきた。

「軽食をお持ちしたので、お召し上がり下さい。昼食も食べずに戻られたと聞きましたが」

 御者が昼を食べ損ねたとニルクに愚痴ったらしい。一食くらい抜いても死なぬのに。フンと鼻を鳴らし、固いブレッドにグリーンボールの葉と肉をのせてがぶりと噛みついた。
 ここでは行儀悪いなどと注意する者はいない。仕事中は効率重視の生活をするローザリオには、何を言っても無駄だから。

 食べながら薪が燃え尽きていくのをじっとみつめ、最後の炎が消えると瓶に溜まった二層の水を取り分ける。二層のうち、上澄みがオイル、下層が水に分かれるらしい。

 小瓶に入れると、明日タンジェントを訪問するための先触れを用意した。
もちろん、今できたものを見てもらうため。

 あと二種類の花がある。今夜のうちに釜を二回焚けば手に入れたすべての花の水を作ることができる。
ラバンの水のおかげでよく眠れるから、少しくらい寝不足でも大丈夫だ。

 ニルクはこんなに汚れきった主人を見るのは初めてだ。それだけ夢中になっているのだろうと、サポートに徹することにした。
 炎に煽られて真っ赤になっているので、いつでも冷たい水を飲めるよう時折水の入れ替えに行く。そのときには冷した手拭きも持って、汗を拭かせて。

 明るくなり始めた頃、釜の火をすべて落とした。
そのまま眠りたかったが、さすがにニルクはうんとは言わずにすぐ湯浴みの支度をさせ、きれいになったところで泥のように眠った。
 タンジェントを訪ねる時間を考えて起こしに来たニルクが、こどもの頃のように着替えを用意して仕分けされた小瓶と、花瓶に挿した花をバスケットに入れて持つ。

「ローザリオ様、お荷物の支度ができました」
「おお、ありがたい!ニルク助かるよ」

 バスケットを覗くと、家令の準備は完璧だった。

「では行ってくるな」



「シズルス様、いらっしゃいませ」

 公爵家離れでは、今日もカイドが待ち構えていた。
案内不要といってもやはりダメで、庭に続く扉を開けると今日も庭師たちはログハウス前のテーブルにいた。今日は五人だ!

「おはようございます、昨日ぶりですね」

 さすがに呆れているようだが。

「早速で悪いが、タンジーにこれを見てもらいたくて」

 テーブルに十本の小瓶と花瓶の花を乗せた。

「五種類の花の水だ」
「え、昨日あれから作ったとかじゃないよな?」

 ローザリオは嬉しそうに、「そう、昨夜頑張ったんだよ」と言ったが、タンジェントは褒めてないぞ!呆れてるんだ!と内心思っていた。
 それはともかく。
一本づつ小瓶を開けて一、ニ滴手に垂らして鑑定を始めるタンジェント。


【カモフラワーのエッセンシャルオイル】
[状態]良い 
[効果]鎮静・炎症・感染


「これはいくつか効果があるみたいだ」

カモフラワーのオイルとメモに書いて瓶の下におく。


【デイジーを煮た水】
[状態]普通


 今度のメモは、効果なしと書かれた。
そうして十本の鑑定が終わり、効果ありとわかったものはカモフラワーとゼラニウム、ミンツ。
 皆が意外だったのはミンツだ。
ほとんど葉だが、小さく花がついていたので試してみただけなのだが。


【ミンツの葉のエッセンシャルオイル】
[状態]とても良い 
[効果]防虫・殺菌・リフレッシュ


「花ではなく、葉だ!」

 タンジェントの声に

「花以外も試せということか!」

 ローザリオからうれしい悲鳴があがった。

「防虫は蚊が防げたりするのかな?」

 ミルケラが、オイルなどと一緒に燃やせないかなどと思いついたように口にする。
耳聡いローザリオは、それに気づいて頭に入れた。


「今後は時間のあるときに、花に拘らずいろいろ煮てみるから。その時はタンジー、またよろしく頼むよ」

 ローザリオは、庭師たちに防虫効果ありと噂のミンツのエッセンシャルウォーターを渡し、かわりにそろそろ季節も終わろうというレッドメルを受け取った。
 去年畑に植え替えたレッドメルは、自分たちで食べまくって粒を捨てずに洗って乾燥させたものを今年の畑に撒き散らし、順調に収穫することができた。公爵家のデザートや土産、使用人たちにも持たせても余裕なほど大量に実ったのだ。

 トモテラとスピナル草、サールフラワーもたくさんあるので、それらもバスケットにつめてローザリオに持たせている。

「これではまるで野菜を貰いにきたようだな」

 ローザリオは頭を掻く。

「また次のができたら来てください。あ、でも明日はやめて」

 言われて赤くなるローザリオと、からからと笑う庭師たちはすっかり打ち解けていた。


 公爵家を辞したローザリオは、シエルドの準備が出来次第、あの気持ちの良い男たちのための土のポーションを作りたいと思っている。
 これまでは、自分の研究欲を満たすために手当たり次第作ってきたが、誰かを喜ばせるために作るのも悪くないと。
なんとなくそんな気がして、素材の採取に行くのも楽しみになってきたのであった。


 それから三日経ち、サンザルブ侯爵家から護衛の準備ができたと連絡がきた。


 シズルス家の馬車は三台ある。
ローザリオのための紋章入りと使用人用の簡素なもの。
 そしてローザリオが素材採取に行くための、専用に機動力を高めて丈夫に作ったもの。馬車の盗難を避けるために質素に見えるよう細工をしているので、物は良いが貴族家への訪問には使えない。しかし、山道などを走っても乗り心地を守るためにクッションを効かせてある、とても良い馬車なのである。

 シエルドと護衛が到着したら、こちらに乗り換えさせて今日から皆で素材採取を行うのだ。
 ローザリオは、冷めても食べられる昼食をバスケットいっぱいに用意させ、万一のためにスリーランクのポーションも持った。

 そろそろ約束の時間という頃、シエルドたちの馬車が滑り込んでくる。
御者がいままでとは違う男だった。ローザリオと年の頃は同じくらいか。扉を開け、シエルドが下りるのに手を貸している。

「師匠、おはようございます!」

 シエルドはいつものひらひらしたブラウスではなく、平民が着ているような動きやすそうなコットンのシャツとトラウザーズに背負い袋という姿だった。

「こちらは僕の護衛で、アーサ・オウサルガです」

「アーサとお呼び下さい、シズルス様」

 笑顔を浮かべながらも隙を見せないアーサを見て、ワルター・サンザルブの人を見る力を評価した。
 Aクラスと言っていたが、冒険者はまともなやつか、ろくでなししかいない。この男は前者だろう。
 シエルドを守ることに神経を集中し、しかし、シエルドの動きを自分が動きやすいように制限したりはしていない。こどもはどうしても好きに動くため、こどもの護衛は難しく嫌がる者も多いと聞くのだが。

 サンザルブの馬車を見送ると、シズルス家の御者が寄せた例の馬車にローザリオとシエルド、アーサが乗り込んだ。

「私が車内でよろしいのでしょうか?」
「ああ。私は自分の身は自分で守れる。なにかの時はアーサはシエルドを見てやらねばならんから、そばにいなくてはダメだろう?」

 座ったまま、深く頭を下げる。

「それより、馬車の乗り心地はどうだ?いろいろと細工を施したのだよ、この私が」

 所謂ドヤ顔のローザリオが、胸を張った。

「全然揺れません!」
「シエルド!言葉は正確にしなければいけないぞ。全然ではなく、少ししか揺れませんというのだ」

 アーサは、このやりとりに吹き出してしまった。ローザリオのバカ正直ぶりに・・・。

(貴族で天才錬金術師なんてどんな奴かと思ったが。サンザルブ侯爵といい、シエルド様といい、このシズルス様といい。こんな貴族がいたのならもっと早くに会いたかったな)

 ローザリオがバスケットからブレッドの包みを引っ張り出すと、三人にそれを分けた。

「あの、私は」
「食べろ」
「たべろ」

 師匠の口真似をしてシエルドも言うものだから、今度はローザリオが吹き出した。

「いいかアーサ。私もシエルドも貴族であるが、採取の場で危険が迫ったらみんなでそれを乗り越えねばならない仲間でもある。金で雇われた護衛だから切り捨てていいとは私は思わん。
もちろん他の者がいれば一線が必要だが、今はいらんだろ?立場が違っても同じ目線のコミュニケーションは大事だ。常日頃の連携力があればこそ、諦めずに済むこともきっとあると思うからな」

 顔をあげることができずにいるアーサの膝に、ブレッドの包みを乗せる。
「いただきます」と包みを開くアーサの声は小さく震えていた。

「ところでシエルド!おまえ、剣術の稽古はやってるんだろうな?」

 えっ?シエルドがパッと目を逸らした。

「おい、まさかやってないとか言わないよな?」

 今度は顔を俯ける。

「シーエールードー!」

 ローザリオはシエルドを抱き寄せて脇をくすぐり、シエルドがギャッハ!と声を立てて笑い転げた。

 アーサはいままでたくさんの大切なものを失って、もう楽しいなんて感じてはいけないと自分を枷にはめていた。だから大嫌いな貴族に雇われた。幸せなんて感じないように。
 今も受け入れたくないと思いながら、気持ちがほぐれ始めていることに戸惑いを覚えていた。
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