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77 閑話 終わりの日
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夏も終わり、秋の声が聞こえ始めた頃。
ミルケラとモーダは貴族学院に通学を始めていた。
畑は、一部枯れもしたが、一応さや豆以外は一巡することができた。
ペリル、スピナル草、グリーンボール、ブラックガーリーとトモテラ、レッドメル。
今六種類の植物の土の特性を何とかつかみ、また次の年に命を繋ぐものが粒なのか、茎なのか、株なのかなどもおおよそ掴みかけてきた。
ペリルの実を大きくするのはわからないままだが、増やすことは順調だ。
そういえばヤンニル家からもらったイモと紫の花も植え替えた。
イモは食べ切れずに厨房に置かれていたものから、葉が出ていることにボンディが気づいて植えてみることにしたのだが。
なんと、ちゃんと育って小さな実ができたが、それが本当に小さかったので、次は大きくできないか考えているところ。
ラバンという紫の花は簡単だった。
水に浸けておくと根がどんどん伸びて、土に挿したら簡単に根づいてくれた。
とても丈夫で育てやすく助かる。
しかしこの花はいい匂いがすることくらいしか、今のところ使いみちがないのだが。
公爵家では新たに工作部を新設した。とは言ってもそんな大層なものではなく、商品の製造責任をはっきりさせるためだ。
商品すべてに公爵紋と、フォンブランデイル公爵家工作部製造と銘が打たれている。
それからミルケラが学院に行くことが本決まりとなって、グゥザヴィ家六男のコバルドが穴掘り棒と乾燥スライム製造要員として工作部に採用された。
コバルドは男爵家を出たあと、ある子爵家の使用人として仕えていた。が、貴族学院に通っていなかったため、貴族子弟ではあったが文官にはなれず、平民の奉公人と大差ない使い走りのような仕事をさせられていた。当然俸給もよいわけはないが、他に行くあてもなかったので我慢して勤めていた。
ロイダルの調査後、タンジェントがドリアンにグゥザヴィ家六男を雇いたいと稟議をあげると、ドリアンは笑い出してしばらく止まらず。
そのうち公爵家はグゥザヴィ一族だらけになりそうだと言ったとか言わないとか。
とにかく。
コバルド、ミルケラとときどきメルクルが作った商品をモーダが売って、商会も公爵家も潤うという図式が出来上がった。
ミルケラたちは、俸給はもちろんだが、商品が売れた分は別途にインセンティブを受け取れる。
それを聞いて、色めきたった庭師たちは自らスライムを獲ってきて乾燥スライムを作り、削ったりと自分たちも余暇の副業に手を出すようになってきた。
特殊製法による濁りガラスと名付けて売り出したそれは、石ガラスとは違いレッドメル一個より安価で買えるのだから、性能を考えたら激安だ。
そして窓に石ガラスを入れることは叶わなかった、平民の住宅環境がガラリと変わる発明だと公爵家の工作部は大変に評価された。
春先からミルケラが作りためた穴掘り棒は、夏に大変よく売れた。ロンドリン伯爵の領地で大雨災害があり、公爵家から人足と商品化されたばかりの穴掘り棒を支援したところ、手伝いに来ていた近隣貴族の使用人から噂が広がり、その主たちがこぞって欲しがったため、作っても作ってもまだ足りない状況になったのだ。
予約がたまっているのでコバルドがフル回転で、休みのときはミルケラはもちろん
、メルクルも一緒に、グゥザヴィ兄弟三人で作っている。
硬い樫が必要だが、それはモーダが仕入れてきて、仕入れ・製作・販売のすべてにグゥザヴィ家が関わり、兄弟たちは以前の激貧から解放されつつあった。
モーダのグゥザヴィ商会では、貴族向けの穴掘り棒と平民向けの濁りガラスという主力商品を扱ううち、取引したいという仕入先や販路が自然と増えてきた。取り扱い商品も膨らみ、伝手のあった奉公人を増やすことに。
公爵家の工作部専属の商会で、後ろ盾の威光も大きいが、モーダとサリラの親しみやすい人柄もあり、今や日の出の勢いといえばグゥザヴィ商会と呼ばれている。
サリラの実家であるユルグ商会からの締め付けは、いつの間にかなんの影響もなくなり、それどころか、サリラの父があれほど望んだ貴族との取引はユルグはかすりもせず、商会番付では既に引き離しにかかっている。
サリラは別にユルグ商会に何かしたわけではなかったが、兄に圧力をかけられて一度は取引を控えた先から続々と詫びが入れられた。
内心フン!と思っていたが。
商人なんてそんなものかとサリラは顔では笑って謝罪を受け入れたのだが、それもよかったようだ。
グゥザヴィ商会と取引できるならと、こちらに有利な条件で持ち込まれる案件が、ほんの数ヶ月のあいだでどんどん増えていった。
懐に余裕ができたモーダは、自分で学費が払えそうだとドリアンから受けていた貴族学院の学費支援を断ることにした。
しかしドリアンは承諾せず、それは商会のいつかのときに取っておくようにと言い渡したので
「なんてありがたい方だ!」
モーダは感激に震えたのだが。
ドリアンの本音は恩を着せる機会を失わないため・・・ということは、秘密である。
さて。
ここ、ユルグ商会は公爵領から馬車で一刻の王都にあった。王都にいくつもある商会の中では五番目の規模、かなり大きな方だと言える。
しかし、サリラの兄イーロが継いでから、評判は下がり続けている。どうせ売れるなら少しでも高く売ったほうがいいと考え、すべて少しづつ値上げをしたのだ。
イーロはわかっていなかった。
ユルグ商会にしかないものなら高かろうがそこで買うしかないが、他でも売っているなら安いところに行って買うと。
イーロが商会を継ぐには、勉強も経験も知識も常識も足りなかった。
長男可愛さに、後継にわざわざ男爵家から婿に迎えたモーダを外に出すことになり、ユルグ商会先代でイーロとサリラの父トロワは、サリラの生活保障と良心の呵責もあって、その後の商売に困らないよう十分な取引先を渡していた。
イーロはそれも気に食わずに妨害工作したことを、引退したトロワは知らなかった。
トロワが気づいたときには、王都でも五本の指に入るといわれたユルグ商会は凋落への道を転がり始めていたのだ。
静養先から王都に戻り、久しぶりに商会に顔を出すと店の活気が失われていた。
見慣れた使用人もいない。
そのかわりに態度の悪い見知らぬ者が店番をしていた。
驚いてイーロを呼ぶも、寄り合いに出かけているという。寄り合いはランチか夜だけだ。時間が合わないのにおかしいと思い、近隣の商会に顔を出すとトロワに辛い事実を教えてくれた。
イーロは商会を使用人に任せて昼日中から賭博場か酒場に入り浸っている。どちらかに行けば会えるだろうと。
例えそれが本当でも、昔からいる使用人たちならとなんとか切り盛りしてくれているかと期待したが、皆が口うるさく注意するのでイーロがキレて辞めさせてしまったのだと。
─なんということだ・・・・・
何も知らず、息子を信じて呑気に湯治などしていた己に腹がたった。
丁寧に礼を言って、古い取引先に向かう。
商会長は不在だったが、イーロと同じ年頃の後継ぎが話をしてくれたのだが。
ここでの話はもっと辛いものになった。
トロワが王都を離れた直後、のれん分けしたサリラのユルグ商会と取引しないようイーロから圧力をかけられたと、とても不愉快そうに言われて衝撃に立ちくらんだが深く頭を下げた。
痛む胸を押さえ、よろけながら他の商会にも足を向けると、イーロは他でも同様のことをしており、一時サリラとモーダの商会は倒産の危機に陥っていたらしい。
(知らなかった・・・。サリラも何故言ってくれなかったのか)
トロワは、トロワの連絡先をイーロが握り、サリラに伝わっていなかったことすら知らなかった。
「あの・・・サリラは、今どうしているんでしょう?」
ハッとして訊ねると、呆れた目で見られたが、しかたなく教えてくれた。
ユルグの名を捨て、グゥザヴィ商会と名を改めたサリラとモーダは、モーダの兄弟の紹介で、なんとフォンブランデイル公爵家の工作部専属の商会となり、短い期間に大人気商品を貴族向け、平民向けに出して今や日の出の勢いだと。
イーロが取引をやめさせようとした商会は、ほとんどが詫びを入れて、今は不愉快なことを押し付けるユルグではなく、グゥザヴィと取引をしているのだと。
聞いた話から、イーロのユルグ商会は風前の灯火とわかる。そしてサリラは、トロワがどれほど望んでも手に入れられなかった貴族との繋がりを得た、しかも王家に次ぐ公爵家の出入り商会にまで駆け上がっているが、我が名は捨てたのだと。
─何故こうなった?
もちろんイーロが原因だ。
そしてトロワも。イーロの資質を見ず、長男の贔屓目で後継者にしてしまった。
このままでは先祖代々、少しづつ大きくしてきた商会が潰されてしまう!使用人たちの生活も守れない・・・
サリラは・・・知らなかったとは言え、結果煮え湯を飲ませるようなことをしてしまった。許してくれるだろうか。
わかる限り、元の使用人たちの家を訪ねたがみんな引っ越したあとだった。
サリラたちは、今公爵領に商会を構えていると聞いたので乗合馬車でグゥザヴィ商会へ向かう。
(会ってくれないかもしれないが・・・)
トロワは重い足を引きずるように馬車を下りると、道行く人にグゥザヴィ商会の場所を尋ねる。
「ああ、その角を左に真っ直ぐ行くと右手に見えるよ。白い建物で看板があるからすぐわかる」
親切に教えてもらったそれは、ゆっくり歩いてもすぐに見つかった。店の前に人だかりがして、盛況ぶりは遠目からでもわかるほどだ。
人垣の後ろから覗くと、売出し中のトモテラが店先に積まれて、我先にと買われていく。
トモテラ?と思ったが、なんでも売ってみせるのが商会だ。
ふと視線を感じて顔をあげると、久しぶりに見るサリラと目があった。
驚いたように目が見開かれていく。
「父さん!」
人を掻き分けて、サリラが飛び出して来た。
(よかった・・・まだ父と呼んでくれた)
サリラに抱きしめられ、泣き崩れたトロワはあたたかく商会に迎え入れられた。
商会の中で、トロワはさっき自分が訪ねた元の使用人たちと再会する。
「おまえたち、ここに・・・?」
みんなはにっこり笑って、お嬢様の下がいいんですよ!そう言うではないか。
わかっていなかったのはトロワだったのだ。
その夜、グゥザヴィ家にて遺恨なく歓待されたトロワは腹をくくった。
翌日早朝、トロワはグゥザヴィで働いている元使用人たちを馬車ごと借り受けて王都に戻ると、手早くユルグ商会の看板を下ろす。
イーロが、そしてイーロが雇った使用人たちが店に来る前に、残っていた商品はすべて馬車で公爵領のグゥザヴィ商会へ送り、店に多少残されていた現金は、仕入先の売掛証文を持ち出して挨拶がてら自分で払いにまわる。すべて終えると商会の鍵を新しい物に変えて厳重に締め、閉店する旨を書き記し自分の名を署名をした紙を貼り付けた。
それらを終えても商会の使用人はまだ誰も来ない・・・。
イーロに譲ったと言っても建物自体と商会の権利はまだトロワの持ち物だったので、権利書はサリラとモーダに名義を書き換え、グゥザヴィ商会の王都支店として開業できるように手筈を整えた。
長きに渡り営業してきたユルグ商会の終わりの日。
しかし、グゥザヴィ商会としての未来が始まると思うと、トロワはむしろわくわくしていた。
ミルケラとモーダは貴族学院に通学を始めていた。
畑は、一部枯れもしたが、一応さや豆以外は一巡することができた。
ペリル、スピナル草、グリーンボール、ブラックガーリーとトモテラ、レッドメル。
今六種類の植物の土の特性を何とかつかみ、また次の年に命を繋ぐものが粒なのか、茎なのか、株なのかなどもおおよそ掴みかけてきた。
ペリルの実を大きくするのはわからないままだが、増やすことは順調だ。
そういえばヤンニル家からもらったイモと紫の花も植え替えた。
イモは食べ切れずに厨房に置かれていたものから、葉が出ていることにボンディが気づいて植えてみることにしたのだが。
なんと、ちゃんと育って小さな実ができたが、それが本当に小さかったので、次は大きくできないか考えているところ。
ラバンという紫の花は簡単だった。
水に浸けておくと根がどんどん伸びて、土に挿したら簡単に根づいてくれた。
とても丈夫で育てやすく助かる。
しかしこの花はいい匂いがすることくらいしか、今のところ使いみちがないのだが。
公爵家では新たに工作部を新設した。とは言ってもそんな大層なものではなく、商品の製造責任をはっきりさせるためだ。
商品すべてに公爵紋と、フォンブランデイル公爵家工作部製造と銘が打たれている。
それからミルケラが学院に行くことが本決まりとなって、グゥザヴィ家六男のコバルドが穴掘り棒と乾燥スライム製造要員として工作部に採用された。
コバルドは男爵家を出たあと、ある子爵家の使用人として仕えていた。が、貴族学院に通っていなかったため、貴族子弟ではあったが文官にはなれず、平民の奉公人と大差ない使い走りのような仕事をさせられていた。当然俸給もよいわけはないが、他に行くあてもなかったので我慢して勤めていた。
ロイダルの調査後、タンジェントがドリアンにグゥザヴィ家六男を雇いたいと稟議をあげると、ドリアンは笑い出してしばらく止まらず。
そのうち公爵家はグゥザヴィ一族だらけになりそうだと言ったとか言わないとか。
とにかく。
コバルド、ミルケラとときどきメルクルが作った商品をモーダが売って、商会も公爵家も潤うという図式が出来上がった。
ミルケラたちは、俸給はもちろんだが、商品が売れた分は別途にインセンティブを受け取れる。
それを聞いて、色めきたった庭師たちは自らスライムを獲ってきて乾燥スライムを作り、削ったりと自分たちも余暇の副業に手を出すようになってきた。
特殊製法による濁りガラスと名付けて売り出したそれは、石ガラスとは違いレッドメル一個より安価で買えるのだから、性能を考えたら激安だ。
そして窓に石ガラスを入れることは叶わなかった、平民の住宅環境がガラリと変わる発明だと公爵家の工作部は大変に評価された。
春先からミルケラが作りためた穴掘り棒は、夏に大変よく売れた。ロンドリン伯爵の領地で大雨災害があり、公爵家から人足と商品化されたばかりの穴掘り棒を支援したところ、手伝いに来ていた近隣貴族の使用人から噂が広がり、その主たちがこぞって欲しがったため、作っても作ってもまだ足りない状況になったのだ。
予約がたまっているのでコバルドがフル回転で、休みのときはミルケラはもちろん
、メルクルも一緒に、グゥザヴィ兄弟三人で作っている。
硬い樫が必要だが、それはモーダが仕入れてきて、仕入れ・製作・販売のすべてにグゥザヴィ家が関わり、兄弟たちは以前の激貧から解放されつつあった。
モーダのグゥザヴィ商会では、貴族向けの穴掘り棒と平民向けの濁りガラスという主力商品を扱ううち、取引したいという仕入先や販路が自然と増えてきた。取り扱い商品も膨らみ、伝手のあった奉公人を増やすことに。
公爵家の工作部専属の商会で、後ろ盾の威光も大きいが、モーダとサリラの親しみやすい人柄もあり、今や日の出の勢いといえばグゥザヴィ商会と呼ばれている。
サリラの実家であるユルグ商会からの締め付けは、いつの間にかなんの影響もなくなり、それどころか、サリラの父があれほど望んだ貴族との取引はユルグはかすりもせず、商会番付では既に引き離しにかかっている。
サリラは別にユルグ商会に何かしたわけではなかったが、兄に圧力をかけられて一度は取引を控えた先から続々と詫びが入れられた。
内心フン!と思っていたが。
商人なんてそんなものかとサリラは顔では笑って謝罪を受け入れたのだが、それもよかったようだ。
グゥザヴィ商会と取引できるならと、こちらに有利な条件で持ち込まれる案件が、ほんの数ヶ月のあいだでどんどん増えていった。
懐に余裕ができたモーダは、自分で学費が払えそうだとドリアンから受けていた貴族学院の学費支援を断ることにした。
しかしドリアンは承諾せず、それは商会のいつかのときに取っておくようにと言い渡したので
「なんてありがたい方だ!」
モーダは感激に震えたのだが。
ドリアンの本音は恩を着せる機会を失わないため・・・ということは、秘密である。
さて。
ここ、ユルグ商会は公爵領から馬車で一刻の王都にあった。王都にいくつもある商会の中では五番目の規模、かなり大きな方だと言える。
しかし、サリラの兄イーロが継いでから、評判は下がり続けている。どうせ売れるなら少しでも高く売ったほうがいいと考え、すべて少しづつ値上げをしたのだ。
イーロはわかっていなかった。
ユルグ商会にしかないものなら高かろうがそこで買うしかないが、他でも売っているなら安いところに行って買うと。
イーロが商会を継ぐには、勉強も経験も知識も常識も足りなかった。
長男可愛さに、後継にわざわざ男爵家から婿に迎えたモーダを外に出すことになり、ユルグ商会先代でイーロとサリラの父トロワは、サリラの生活保障と良心の呵責もあって、その後の商売に困らないよう十分な取引先を渡していた。
イーロはそれも気に食わずに妨害工作したことを、引退したトロワは知らなかった。
トロワが気づいたときには、王都でも五本の指に入るといわれたユルグ商会は凋落への道を転がり始めていたのだ。
静養先から王都に戻り、久しぶりに商会に顔を出すと店の活気が失われていた。
見慣れた使用人もいない。
そのかわりに態度の悪い見知らぬ者が店番をしていた。
驚いてイーロを呼ぶも、寄り合いに出かけているという。寄り合いはランチか夜だけだ。時間が合わないのにおかしいと思い、近隣の商会に顔を出すとトロワに辛い事実を教えてくれた。
イーロは商会を使用人に任せて昼日中から賭博場か酒場に入り浸っている。どちらかに行けば会えるだろうと。
例えそれが本当でも、昔からいる使用人たちならとなんとか切り盛りしてくれているかと期待したが、皆が口うるさく注意するのでイーロがキレて辞めさせてしまったのだと。
─なんということだ・・・・・
何も知らず、息子を信じて呑気に湯治などしていた己に腹がたった。
丁寧に礼を言って、古い取引先に向かう。
商会長は不在だったが、イーロと同じ年頃の後継ぎが話をしてくれたのだが。
ここでの話はもっと辛いものになった。
トロワが王都を離れた直後、のれん分けしたサリラのユルグ商会と取引しないようイーロから圧力をかけられたと、とても不愉快そうに言われて衝撃に立ちくらんだが深く頭を下げた。
痛む胸を押さえ、よろけながら他の商会にも足を向けると、イーロは他でも同様のことをしており、一時サリラとモーダの商会は倒産の危機に陥っていたらしい。
(知らなかった・・・。サリラも何故言ってくれなかったのか)
トロワは、トロワの連絡先をイーロが握り、サリラに伝わっていなかったことすら知らなかった。
「あの・・・サリラは、今どうしているんでしょう?」
ハッとして訊ねると、呆れた目で見られたが、しかたなく教えてくれた。
ユルグの名を捨て、グゥザヴィ商会と名を改めたサリラとモーダは、モーダの兄弟の紹介で、なんとフォンブランデイル公爵家の工作部専属の商会となり、短い期間に大人気商品を貴族向け、平民向けに出して今や日の出の勢いだと。
イーロが取引をやめさせようとした商会は、ほとんどが詫びを入れて、今は不愉快なことを押し付けるユルグではなく、グゥザヴィと取引をしているのだと。
聞いた話から、イーロのユルグ商会は風前の灯火とわかる。そしてサリラは、トロワがどれほど望んでも手に入れられなかった貴族との繋がりを得た、しかも王家に次ぐ公爵家の出入り商会にまで駆け上がっているが、我が名は捨てたのだと。
─何故こうなった?
もちろんイーロが原因だ。
そしてトロワも。イーロの資質を見ず、長男の贔屓目で後継者にしてしまった。
このままでは先祖代々、少しづつ大きくしてきた商会が潰されてしまう!使用人たちの生活も守れない・・・
サリラは・・・知らなかったとは言え、結果煮え湯を飲ませるようなことをしてしまった。許してくれるだろうか。
わかる限り、元の使用人たちの家を訪ねたがみんな引っ越したあとだった。
サリラたちは、今公爵領に商会を構えていると聞いたので乗合馬車でグゥザヴィ商会へ向かう。
(会ってくれないかもしれないが・・・)
トロワは重い足を引きずるように馬車を下りると、道行く人にグゥザヴィ商会の場所を尋ねる。
「ああ、その角を左に真っ直ぐ行くと右手に見えるよ。白い建物で看板があるからすぐわかる」
親切に教えてもらったそれは、ゆっくり歩いてもすぐに見つかった。店の前に人だかりがして、盛況ぶりは遠目からでもわかるほどだ。
人垣の後ろから覗くと、売出し中のトモテラが店先に積まれて、我先にと買われていく。
トモテラ?と思ったが、なんでも売ってみせるのが商会だ。
ふと視線を感じて顔をあげると、久しぶりに見るサリラと目があった。
驚いたように目が見開かれていく。
「父さん!」
人を掻き分けて、サリラが飛び出して来た。
(よかった・・・まだ父と呼んでくれた)
サリラに抱きしめられ、泣き崩れたトロワはあたたかく商会に迎え入れられた。
商会の中で、トロワはさっき自分が訪ねた元の使用人たちと再会する。
「おまえたち、ここに・・・?」
みんなはにっこり笑って、お嬢様の下がいいんですよ!そう言うではないか。
わかっていなかったのはトロワだったのだ。
その夜、グゥザヴィ家にて遺恨なく歓待されたトロワは腹をくくった。
翌日早朝、トロワはグゥザヴィで働いている元使用人たちを馬車ごと借り受けて王都に戻ると、手早くユルグ商会の看板を下ろす。
イーロが、そしてイーロが雇った使用人たちが店に来る前に、残っていた商品はすべて馬車で公爵領のグゥザヴィ商会へ送り、店に多少残されていた現金は、仕入先の売掛証文を持ち出して挨拶がてら自分で払いにまわる。すべて終えると商会の鍵を新しい物に変えて厳重に締め、閉店する旨を書き記し自分の名を署名をした紙を貼り付けた。
それらを終えても商会の使用人はまだ誰も来ない・・・。
イーロに譲ったと言っても建物自体と商会の権利はまだトロワの持ち物だったので、権利書はサリラとモーダに名義を書き換え、グゥザヴィ商会の王都支店として開業できるように手筈を整えた。
長きに渡り営業してきたユルグ商会の終わりの日。
しかし、グゥザヴィ商会としての未来が始まると思うと、トロワはむしろわくわくしていた。
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