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66 祝の会、翌日 ─壱─
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鳥の声が遠くで聞こえてきて、いつになくすっきり目が覚めた。
まだメイベルも来ていないが、ドレイファスはさっさとひとりで布団から抜け出すと部屋の扉に手をかける。
ドレイファスは少し前までは取手に手が届かなかったので、自分一人では部屋から出られなかったが、背が伸びて重みのある扉も開けられるようになったのだ。
静かな室内に、小さなキイという蝶番の音が響き、控えの間に入るが誰もいない。
そのまま控えの間の扉も開けると、そこにはうつらうつらしたロイダルが立っていた。
そっと扉を開けたつもりだが、微かな気配に目覚めたロイダルに襟を掴まれる。
「ドレイファス様!どこに行くんですか?」
「畑行きたいの、みんなが起きる前に」
「その格好で?」
そう、まだ寝着のままである。
「だってメイベルまだ来ないから」
腕をひろげて動かすと寝着の袖がはたはた揺れた。
「いくらなんでもそれでは寒いと思いますよ。何か羽織りましょうというか、着替えちゃいましょう」
ロイダルはドレイファスの背中を押して部屋へ戻ると、クローゼットを開けて、中から上着とブラウス、トラウザーズを適当に選び、ドレイファスに着替えさせる。
メイベルとは違う、ザッと脱がせ、ザッと被せるみたいな、雑な着せ方。しかし早く畑に行きたいドレイファスは気にしていない。
寝着を寝台に乗せるとロイダルと手を繋いで畑へ急いだ。
地下通路を走るように抜けて、離れの庭に飛び出す。
「ターンジー!」
解き放たれた弾丸のようにタンジェントの背中に飛びつくと、勢いのついた重みに耐えきれなかったタンジェントが畑に吹っ飛ばされ・・・
という安定のルーティーンが今日も繰り広げられた。
タンジェントは掌と膝が畑に埋まったが、背中にドレイファスを乗せたまま、ゆっくりぬぅっと起き上がると体についた付いた土を払い落として、そのままペリル畑に向かう。
「ミルケラ!ドレイファス様をおろしてくれ」
蝉のように背中にしがみつくドレイファスをミルケラが抱きおろしてやると、身軽になったタンジェントはくるりと振り向き。
「あのな!それやるなって言ってるだろう?庭師は腰が命なんだよ、傷めたらどうするっつーの!」
最早、主に対する態度ではないが、タンジェントは汚れた手袋を外してドレイファスの両頬を摘んで左右に軽くぐにぐにつまみ、変顔をさせて、「ごめんなさいは?」と迫った。
「ごめんにゃひゃい」
タンジェントが指を離すと元に戻った頬を小さな手で擦って。
反省したのもわずか一瞬、
「なーんてね」
と、もう一度背中に飛びついた。
これもいつものことだ。
ようするにお互い戯れているだけ。
「楽しそうでいいな」
ロイダルがぽつっと言う。
それが畑に響いて、みんな笑い出した。
畑に水を撒きながら歩く。
アイルムが来てから、水やりは魔法でチョチョイとやれるようになったのだが、ドレイファスは自分で撒くのを好む。ひと株ごとに丁寧に根元の土に水をかけて染み込ませながら、やれ葉が出ている、蕾がついた、花が咲いたといちいち喜んで庭師に報告するのだ。
そして今日も気がついた。
去年レッドメルを植えた跡の土から小さな葉っぱが育っていると!
「またレッドメルできるのかな?」
「うん、そうかもしれない!」
ミルケラがそばにしゃがんで、一枚の小さな葉を捲って根元の土を確認すると
「ちゃんと育ててみせるから」
親指をグッと立てて見せた。
「そうだ。あのね、今日みんなにメルクルを紹介するの」
「兄上を?」
「アラミスがメルクルに会いたいって。でも本当は早くみんなにここを見せたいんだけどな」
ミルケラが美しい金髪を撫でて、慰めてやる。
「そのうち見せられるよ。それまでにもっとすごい畑にしておくから楽しみに」
畑をひと回りして気が済むと、それでもまだ名残惜しそうに何度も何度も振り返り、手を振りながら屋敷へ戻って行く。
長い別れのようにも見えるほどだが、また夕方ここに来るのだ。
少し大きくなっても変わらないドレイファスに、ますます愛情を深める庭師たちだった。
ドレイファスが屋敷に戻ると、部屋の前でメイベルが仁王立ち・・・
これもまあいつものこと。
どかーん!と雷も落ちた。
いつもと違うのは、護衛がロイダルだったこと。
メイベルにズズッと躙り寄られて一緒に怒られ、その予想外の迫力に完全に負けた。
もちろん、力などは負けるはずがないが、栗鼠のように小柄で可愛く、淑やかなはずの令嬢の豹変ぶりに、ルジーとは違う意味で心臓がバクバクする。
(女って見かけ可愛くても、中身が大事だな。本当に淑やかかは顔じゃわからんということか)
ロイダルは、ルジーの恋敵には間違ってもならない自信ができたが、ルジーの好みは変わっていると思ってフッと笑った。
「ロイダル様?本当におわかりになっていらっしゃいますの?置き手紙ひとつ無く、勝手に坊ちゃまと出られては困ると申し上げておりますのよ!」
─しまった!─
声を立てたわけではないが、ほんの少し口から漏れた吐息で笑ったことに気づいたメイベルに、もう一度がっつり怒られた!
まだメイベルも来ていないが、ドレイファスはさっさとひとりで布団から抜け出すと部屋の扉に手をかける。
ドレイファスは少し前までは取手に手が届かなかったので、自分一人では部屋から出られなかったが、背が伸びて重みのある扉も開けられるようになったのだ。
静かな室内に、小さなキイという蝶番の音が響き、控えの間に入るが誰もいない。
そのまま控えの間の扉も開けると、そこにはうつらうつらしたロイダルが立っていた。
そっと扉を開けたつもりだが、微かな気配に目覚めたロイダルに襟を掴まれる。
「ドレイファス様!どこに行くんですか?」
「畑行きたいの、みんなが起きる前に」
「その格好で?」
そう、まだ寝着のままである。
「だってメイベルまだ来ないから」
腕をひろげて動かすと寝着の袖がはたはた揺れた。
「いくらなんでもそれでは寒いと思いますよ。何か羽織りましょうというか、着替えちゃいましょう」
ロイダルはドレイファスの背中を押して部屋へ戻ると、クローゼットを開けて、中から上着とブラウス、トラウザーズを適当に選び、ドレイファスに着替えさせる。
メイベルとは違う、ザッと脱がせ、ザッと被せるみたいな、雑な着せ方。しかし早く畑に行きたいドレイファスは気にしていない。
寝着を寝台に乗せるとロイダルと手を繋いで畑へ急いだ。
地下通路を走るように抜けて、離れの庭に飛び出す。
「ターンジー!」
解き放たれた弾丸のようにタンジェントの背中に飛びつくと、勢いのついた重みに耐えきれなかったタンジェントが畑に吹っ飛ばされ・・・
という安定のルーティーンが今日も繰り広げられた。
タンジェントは掌と膝が畑に埋まったが、背中にドレイファスを乗せたまま、ゆっくりぬぅっと起き上がると体についた付いた土を払い落として、そのままペリル畑に向かう。
「ミルケラ!ドレイファス様をおろしてくれ」
蝉のように背中にしがみつくドレイファスをミルケラが抱きおろしてやると、身軽になったタンジェントはくるりと振り向き。
「あのな!それやるなって言ってるだろう?庭師は腰が命なんだよ、傷めたらどうするっつーの!」
最早、主に対する態度ではないが、タンジェントは汚れた手袋を外してドレイファスの両頬を摘んで左右に軽くぐにぐにつまみ、変顔をさせて、「ごめんなさいは?」と迫った。
「ごめんにゃひゃい」
タンジェントが指を離すと元に戻った頬を小さな手で擦って。
反省したのもわずか一瞬、
「なーんてね」
と、もう一度背中に飛びついた。
これもいつものことだ。
ようするにお互い戯れているだけ。
「楽しそうでいいな」
ロイダルがぽつっと言う。
それが畑に響いて、みんな笑い出した。
畑に水を撒きながら歩く。
アイルムが来てから、水やりは魔法でチョチョイとやれるようになったのだが、ドレイファスは自分で撒くのを好む。ひと株ごとに丁寧に根元の土に水をかけて染み込ませながら、やれ葉が出ている、蕾がついた、花が咲いたといちいち喜んで庭師に報告するのだ。
そして今日も気がついた。
去年レッドメルを植えた跡の土から小さな葉っぱが育っていると!
「またレッドメルできるのかな?」
「うん、そうかもしれない!」
ミルケラがそばにしゃがんで、一枚の小さな葉を捲って根元の土を確認すると
「ちゃんと育ててみせるから」
親指をグッと立てて見せた。
「そうだ。あのね、今日みんなにメルクルを紹介するの」
「兄上を?」
「アラミスがメルクルに会いたいって。でも本当は早くみんなにここを見せたいんだけどな」
ミルケラが美しい金髪を撫でて、慰めてやる。
「そのうち見せられるよ。それまでにもっとすごい畑にしておくから楽しみに」
畑をひと回りして気が済むと、それでもまだ名残惜しそうに何度も何度も振り返り、手を振りながら屋敷へ戻って行く。
長い別れのようにも見えるほどだが、また夕方ここに来るのだ。
少し大きくなっても変わらないドレイファスに、ますます愛情を深める庭師たちだった。
ドレイファスが屋敷に戻ると、部屋の前でメイベルが仁王立ち・・・
これもまあいつものこと。
どかーん!と雷も落ちた。
いつもと違うのは、護衛がロイダルだったこと。
メイベルにズズッと躙り寄られて一緒に怒られ、その予想外の迫力に完全に負けた。
もちろん、力などは負けるはずがないが、栗鼠のように小柄で可愛く、淑やかなはずの令嬢の豹変ぶりに、ルジーとは違う意味で心臓がバクバクする。
(女って見かけ可愛くても、中身が大事だな。本当に淑やかかは顔じゃわからんということか)
ロイダルは、ルジーの恋敵には間違ってもならない自信ができたが、ルジーの好みは変わっていると思ってフッと笑った。
「ロイダル様?本当におわかりになっていらっしゃいますの?置き手紙ひとつ無く、勝手に坊ちゃまと出られては困ると申し上げておりますのよ!」
─しまった!─
声を立てたわけではないが、ほんの少し口から漏れた吐息で笑ったことに気づいたメイベルに、もう一度がっつり怒られた!
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