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65 祝の会 ─弐─
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「皆様、お食事気に入っていただけましたかしら?」
マーリアルが声をかけると、招待された全員がもげそうなほどコクコクと頭を振った。
「それでは応接に移り、茶でも飲みながら歓談することにしよう」
ドリアンが率先して部屋を移ると、茶器の用意が整えられ、マドゥーンが茶や果実水を選んでいく。いつもの顔ぶれは好みもわかっているが、もちろんヤンニル夫妻の好みも事前に調査済みだ。
公爵家の用意する最高の茶葉から広がる芳醇な香りを、ナサリー・ヤンニルは胸がいっぱいになるまで吸い込んで堪能した。
こどもたちも集まると、ボルドアを質問攻めにし始める。
「君、お父上の騎士爵様から剣の稽古をつけてもらっているのか?」
「そうだよ」
「いいなあ!」
トレモルが言うと、アラミスがすかさず言う。
「トリィだってワーキュロイ様に見ていただいてるだろう?」
「ワーキュロイ様?」
「公爵家の騎士で、辺境伯の騎士隊にいらしたんだよ」
「え!それすごい!」
辺境伯の騎士隊は、辺境伯騎士団の中でも精鋭が選抜されているのは有名な話しだ。
「公爵家の騎士団にはワーキュロイ様ともうひとり騎士隊にいた人がいるらしいよ」
アラミスがワーキュロイから聞いた話を教えると、ドレイファスが
「あ!それ、メルクルだよ」
と新しい情報を提供する。
「メルクル様?初めて聞く名前だね」
「トリィでも知らないのか?」
トレモルも小首を傾げてもう一度考え、知らないと答えた。
ドレイファスはにんまり笑う。
「メルクルは、庭師のミルケラの兄上なんだ。メルクルとミルケラはなんでも作れてすごいんだ!」
自慢したつもりだったが、騎士と庭師の兄弟でなんでも作れるとまで情報が入ってくると、よくわからなくなってくる。
しかしここに食いついた美少年がひとり。
「何でも作れる?何を作れるんだ?」
「何でもさ。椅子だって作ってくれたよ」
「騎士なのに?」
「そうだよ。メルクルは騎士だけど、休みの時は大工になっちゃうんだ」
ドレイファスはうれしそうに、大好きなメルクルの話に興じる。
アラミスは騎士になりたいかなと思っている。でもいろいろ発明して、みんなをもっと便利にしてあげたいとも思っている。
どちらか一つしかできない、でもどちらかになんて決められないと思っていたが。
そんな人がいたなんて!
アラミスには素晴らしい僥倖となった。
「ドル、僕そのメルクル様に会ってみたいんだけど」
アラミスはあまり我儘やおねだりをすることがないので珍しい。ドレイファスも、自慢のメルクルたちをいつか紹介したいとその時を待っていた。
「おとうさまにお願いしてくるよ。あっ、ねえ君。ボルドアって呼んでいい?」
ドレイファスが呼び方を確かめる。
ボルドアは、兄以外のこどもと交流したことがなかったので楽しくてたまらない。
「もちろん!」
ドレイファスたちは目を見合わせて笑いあうと
「じゃあボルドア!アラミスと待ってて」
そう言って、父ドリアンのもとに向かった。
おとなたちは、男性女性に分かれて懇親を深めているところだ。
女性陣は今日の料理の話で盛り上がっている。
公爵領では潤沢な塩の産出があるので、他領ではなかなか使えない贅沢な使い方ができ、それがとにかく羨ましいという話から、ここにいる皆の領内でも塩を流通させたらどうかと事業の話になっていった。
男性陣は・・・
クロードゥル・ヤンニル騎士爵が脂汗を滲ませて、貴族たちに囲まれているところ。
みんなにこやかなのだが。
目もちゃんと笑っているのだが。
それなのに今、クロードゥルはひねり潰されそうな圧を感じている。
「あ、あの、本当に愚息をそ、側近にお考えなのでしょう・・・か」
その話題に触れようとすると、なぜか息苦しくなってしまうが、一言一言吐き出すように公爵に訊ねた。
「何を今さら異なことを?」
ドリアンがきょとんとして返す。
「いや、あの、その様な申し入れはいままでなかったと記憶しており」
「おや?我が手のロイダル・トロワルがヤンニル騎士爵に直接、茶会に正式に招待し、応じたらそのときは是と回答を受けたと申していたが?」
(・・・・?ロイダル?直接・・・)
目線を下に落とし、記憶を遡る・・・
屋敷を覗いた男を捕まえると、公爵家の者と名乗った。嫡男の側近の選択調査をする者だと。
茶会に招待したら?と聞かれ、身に余る光栄と答えたのは覚えているが。
「え?あれは茶会の招待に対するこた・・ぇぇ・」
「ん?何か言ったかね?」
自分の過ちに気づいたクロードゥルは、遠い目をして顔をあげる。
「思い出しました。あの・・・」
「答えは是。だろう?」
ドリアンは楽しそうに笑っていた。
クロードゥルには、獲物を捉えた狩人の目にも見えた。これはもう後戻りは許されない。
「はい、是・・・です」
「うむ。だと思っていたよ。幸いこどもたちは打ち解けたようだし、ボルドアは将来有望な騎士候補と聞いている。よかったな」
クロードゥルは背中が凍りつくような寒気に襲われていたが、なんとか正気を保ち、笑って応えてみせた。
おとなたちの、目に見えない一方的な戦いには気づくことのないドレイファスがやってくると。
「どうした?」
「おとうさま、おねがいがあります」
今日の主役が瞳をキラキラさせて、見あげる。
「なんだ?」
「アラミスはメルクルに会ったことがないそうなので、会わせてあげたいです」
剣の稽古はだいたいワーキュロイが行っているが、ドレイファスの騎士団のお気に入りはもちろんメルクルだ。
いずれ外に出かけるようになったら騎士団から専属護衛をつけることになるが、その筆頭候補でもある。
「では明朝こちらに来るように伝えておこう」
そうして賑やかなうちに夜は更けていった。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
一話毎の字数を少なくしてみました。読みやすい長さを模索しております。
これからもよろしくお願いいたします。
マーリアルが声をかけると、招待された全員がもげそうなほどコクコクと頭を振った。
「それでは応接に移り、茶でも飲みながら歓談することにしよう」
ドリアンが率先して部屋を移ると、茶器の用意が整えられ、マドゥーンが茶や果実水を選んでいく。いつもの顔ぶれは好みもわかっているが、もちろんヤンニル夫妻の好みも事前に調査済みだ。
公爵家の用意する最高の茶葉から広がる芳醇な香りを、ナサリー・ヤンニルは胸がいっぱいになるまで吸い込んで堪能した。
こどもたちも集まると、ボルドアを質問攻めにし始める。
「君、お父上の騎士爵様から剣の稽古をつけてもらっているのか?」
「そうだよ」
「いいなあ!」
トレモルが言うと、アラミスがすかさず言う。
「トリィだってワーキュロイ様に見ていただいてるだろう?」
「ワーキュロイ様?」
「公爵家の騎士で、辺境伯の騎士隊にいらしたんだよ」
「え!それすごい!」
辺境伯の騎士隊は、辺境伯騎士団の中でも精鋭が選抜されているのは有名な話しだ。
「公爵家の騎士団にはワーキュロイ様ともうひとり騎士隊にいた人がいるらしいよ」
アラミスがワーキュロイから聞いた話を教えると、ドレイファスが
「あ!それ、メルクルだよ」
と新しい情報を提供する。
「メルクル様?初めて聞く名前だね」
「トリィでも知らないのか?」
トレモルも小首を傾げてもう一度考え、知らないと答えた。
ドレイファスはにんまり笑う。
「メルクルは、庭師のミルケラの兄上なんだ。メルクルとミルケラはなんでも作れてすごいんだ!」
自慢したつもりだったが、騎士と庭師の兄弟でなんでも作れるとまで情報が入ってくると、よくわからなくなってくる。
しかしここに食いついた美少年がひとり。
「何でも作れる?何を作れるんだ?」
「何でもさ。椅子だって作ってくれたよ」
「騎士なのに?」
「そうだよ。メルクルは騎士だけど、休みの時は大工になっちゃうんだ」
ドレイファスはうれしそうに、大好きなメルクルの話に興じる。
アラミスは騎士になりたいかなと思っている。でもいろいろ発明して、みんなをもっと便利にしてあげたいとも思っている。
どちらか一つしかできない、でもどちらかになんて決められないと思っていたが。
そんな人がいたなんて!
アラミスには素晴らしい僥倖となった。
「ドル、僕そのメルクル様に会ってみたいんだけど」
アラミスはあまり我儘やおねだりをすることがないので珍しい。ドレイファスも、自慢のメルクルたちをいつか紹介したいとその時を待っていた。
「おとうさまにお願いしてくるよ。あっ、ねえ君。ボルドアって呼んでいい?」
ドレイファスが呼び方を確かめる。
ボルドアは、兄以外のこどもと交流したことがなかったので楽しくてたまらない。
「もちろん!」
ドレイファスたちは目を見合わせて笑いあうと
「じゃあボルドア!アラミスと待ってて」
そう言って、父ドリアンのもとに向かった。
おとなたちは、男性女性に分かれて懇親を深めているところだ。
女性陣は今日の料理の話で盛り上がっている。
公爵領では潤沢な塩の産出があるので、他領ではなかなか使えない贅沢な使い方ができ、それがとにかく羨ましいという話から、ここにいる皆の領内でも塩を流通させたらどうかと事業の話になっていった。
男性陣は・・・
クロードゥル・ヤンニル騎士爵が脂汗を滲ませて、貴族たちに囲まれているところ。
みんなにこやかなのだが。
目もちゃんと笑っているのだが。
それなのに今、クロードゥルはひねり潰されそうな圧を感じている。
「あ、あの、本当に愚息をそ、側近にお考えなのでしょう・・・か」
その話題に触れようとすると、なぜか息苦しくなってしまうが、一言一言吐き出すように公爵に訊ねた。
「何を今さら異なことを?」
ドリアンがきょとんとして返す。
「いや、あの、その様な申し入れはいままでなかったと記憶しており」
「おや?我が手のロイダル・トロワルがヤンニル騎士爵に直接、茶会に正式に招待し、応じたらそのときは是と回答を受けたと申していたが?」
(・・・・?ロイダル?直接・・・)
目線を下に落とし、記憶を遡る・・・
屋敷を覗いた男を捕まえると、公爵家の者と名乗った。嫡男の側近の選択調査をする者だと。
茶会に招待したら?と聞かれ、身に余る光栄と答えたのは覚えているが。
「え?あれは茶会の招待に対するこた・・ぇぇ・」
「ん?何か言ったかね?」
自分の過ちに気づいたクロードゥルは、遠い目をして顔をあげる。
「思い出しました。あの・・・」
「答えは是。だろう?」
ドリアンは楽しそうに笑っていた。
クロードゥルには、獲物を捉えた狩人の目にも見えた。これはもう後戻りは許されない。
「はい、是・・・です」
「うむ。だと思っていたよ。幸いこどもたちは打ち解けたようだし、ボルドアは将来有望な騎士候補と聞いている。よかったな」
クロードゥルは背中が凍りつくような寒気に襲われていたが、なんとか正気を保ち、笑って応えてみせた。
おとなたちの、目に見えない一方的な戦いには気づくことのないドレイファスがやってくると。
「どうした?」
「おとうさま、おねがいがあります」
今日の主役が瞳をキラキラさせて、見あげる。
「なんだ?」
「アラミスはメルクルに会ったことがないそうなので、会わせてあげたいです」
剣の稽古はだいたいワーキュロイが行っているが、ドレイファスの騎士団のお気に入りはもちろんメルクルだ。
いずれ外に出かけるようになったら騎士団から専属護衛をつけることになるが、その筆頭候補でもある。
「では明朝こちらに来るように伝えておこう」
そうして賑やかなうちに夜は更けていった。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
一話毎の字数を少なくしてみました。読みやすい長さを模索しております。
これからもよろしくお願いいたします。
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