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71 紫の花の夢

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 ドレイファスは見た夢をすべて覚えているわけではなく、忘れることも、見たこと自体覚えていないことも多い。
 忘れた夢を思い出すことはほとんどない。なのだが、今日はふっと思い出したのだ。

「そういえば紫の花の夢、あれ何だったのかな」

 せっかく思い出せた、おとうさまに夢は書いて残さなくてはいけないと言われているから、前は全部ルジーかタンジーに書いてもらっていた。もう読み書きできるようになったから自分でも書けるかも知れないと、ペンと紙を出す。
 しかしいざ書こうとすると、さっぱり頭に浮かばない。

『うーん?紫の花を鍋に入れて煮てたよね?』

 自分に問いかける。

『それからなんだっけ?鍋にくだだ!』

 考え込む。

『くだ?なんか変わったくだ・・・変わって・・透明な?そう、透明なくだ』

 くだがなんでなべについてたんだ?

『くだ・・・くだになにかついてたよ。・・・瓶だ!瓶に水とぬるっとしたのが入ってて、女の人がぬるの方を手につけた!』

 はー。

 スッキリした顔で、こどもらしからぬ大きなため息をついた。

「ルジー?」

 部屋の外にいるはずの護衛を呼ぶと、ひょいと覗き込んでくる。

「どうした?」

 紙を見せる。
ルジーは部屋に入ってそれを受け取ると、じっと見た。

 ドレイファスが期待を込めた目で見ているのはわかるが、その紙がなにかよくわからない。

「どうした?」
「どうしたじゃないもん!僕書いたのに」

 すまんすまんともう一度紙を見るが、何が書いてあるかよくわからない・・・

 ドレイファスがジト目で睨むと、もういい!と紙を取り返して折りたたみ、上着のポケットにしまいこんだ。

「畑に行きたいから」

 完全に不貞腐れている。
ルジーが手を繋ごうとすると、イヤイヤをしたくらいに。

「まあ俺が悪かったんだろうけど。
手を繋がないなら畑には連れて行かないぞ」

 チラッと視線をやって、ぷっと頬を膨らませたが、仕方なく手は繋いだ。

「ターンジーっ!」

 慣れたもので足音からタイミングを計り、サッと身を躱す庭師である。
こどもは飛びつくはずの目的物が消えてスカッとこけたが、鍛えた足腰のおかげで転がることはなかった。

「おっ、よく堪えたな!」

 ルジーが褒めてくれたのが聞こえて、不機嫌が少し直る。

「タンジー、これ見て!」

 ポケットから折りたたんだ紙を出して渡すと、すぐ開いて確認・・・しようとしたが、タンジェントも目をぱちくりするだけで反応しない。

「これはなんだ?」
「ぼくが書いたのにぃ」

 タンジェントは、ドレイファスの意図を半分だけ理解した。

「こんなに書けるようになったのか!えらいな」

 まず字がかけたことを褒める。

「うん、がんばってお勉強してるよ」

 エヘッとかわいく笑う。
そして、あと半分の意図も汲んでくれるに違いないと期待を込めた目でタンジェントを見つめてくる。

「・・・・・」

 見つめてくる。

「・・・・・」

「タンジーってば!ぼくが書いたの、どう?」

「どうって?」

「書いてあること、わかってくれた?」

 あっ、そういうことか!とタンジェントは焦る。というのもドレイファスの習いたての字はまだちょっとというか、かなり読みづらい。
 目を瞠り、読めそうな文字を繋げて、書いてあることを予測するのだが、まったくわからない。
とは言えないので、にっこりと誤魔化してみた。

「わかってくれた?」
「あ、あ、全部じゃないんだが、ゆ・・めの話」
「うん、タンジーならわかってくれると思ったぁ!」

 そう抱きついてきたが、タンジェントは良心の呵責で胸がチクチクと痛んでいる。
とにかくなんとかしなければと内心焦っていると、天使ミルケラが降臨した。

「ドレイファス様、また夢みたのかい?」

 タンジェントの手から紙を受け取ると、へえ!これはラバンのことかな?と言った。

(読めるのか?ミルケラ~!)

と驚いたが、タンジェントはわかっている振りを貫いた。

「うん、ミルケラもわかったか!でもラバンの何が書かれているのかが、俺はわからんなぁ」

 ミルケラも疑うことなく。

「そうだなぁ、なんのことだろう?ラバンを煮るのはわかるけど、そこから先がよくわからないよ」

 ドレイファスは庭師ふたりがある程度理解したことで、ひとまず満足した。

「ドレイファス様、これ借りてもいいかな?」

 ミルケラが余計なことを言ったが、珍しくドレイファスが嫌がり、自分で持ち帰ると言う。
 タンジェントがそれを聞いてほっとしたことは秘密である。


 その午後。
 しばらくぶりに、シエルド・サンザルブが遊びにやって来た。
 シエルドとは遠縁の親類だ。父ドリアンとサンザルブ侯爵ははとこなのでまあまあ距離がある親類、幼馴染で学友でもあるので、とても気安い仲である。
 こども同士もとても仲がよい。

「錬金術の先生がすごいんだよ!」

 最近シエルドは新しい先生に夢中らしい。この前来たときも、先生が何作ったとか、そんな話ばかりだ。
 今ひとつわかりにくい話に飽きて、ドレイファスもとっておきの新しいネタを話すことにした。
 そう、ポケットなの入っているアレだ。
紙を広げて、シエルドに見せると。

「なんか字が汚すぎて読めないんだけど?」 

 バッサリとやられた。
 うぐっとドレイファスが下唇を噛むが、シエルドは気にすることもなく、ドレイファスが読んでよ!と頼んでくる。

 むぅっとしつつ、しかたなさそうに自分の手元に紙を引き寄せて夢の説明をしてやった。

「ふうん。それ、ドルの夢の話なの?」
「そう。でも夢だけどホントだよ」
「なにそれ、ホントじゃないよ夢だろ?」
「だって今まで夢で見て作ったものあるもん」

 ぺろりと話してしまった。
ただシエルドはまだ、聞いた話の意味には気づいてない。
というか、話した本人も気づいていないが。

 そのあと、メイベルが持ってきたおやつに夢中になり、積み木で遊んで侯爵領へ帰っていった。

 事の重大性に気づいたのは、シエルドの父ワルター・サンザルブ侯爵だ。
夕餉のあと、家族で茶を飲んでいるときにシエルドが放った一言。

「今日、ドルが変な話をしていたの。紫の花を煮た夢を見たとか。変な夢だって言ったら、ホントだって言うの。夢なのにホントっておかしいよね」

 ワルターはハッとした。

「シエルド、その話ほかに話したか?ローザリオ先生とか?」
「してない。先生にはまだ会えないし」

 ほぅと息を吐くと、ワルターはすぐ席を立った。執務室へ向かいながらドリアンに伝えることを頭にまとめる。

 おとなは神殿契約で守り守られしているが。
やはりこどもにもそれが必要だ。
今シエルドから聞いたことと、対策に明日訪問したいと伝言鳥に託して飛ばした。



 公爵家では、まだドリアンが執務中だった。
目の前にふっと光の鳥が現れる。

「なんだ?」

『ワルターだ。今日シエルドが公爵家を訪問した際、ドレイファスから紫の花の夢の話を聞いたそうだ。シエルドはただの夢の話と流したようだが。ドレイファスも無意識と思われる。至急相談したい、よければ明日訪問したいが。返事を待っている』

 ドリアンはすぐルジーを呼んだ。

「ルジー、今日シエルドが来ていただろう?そのときの二人の話は聞いていたか?」
「いえ、部屋の外に立っていましたので」
「そうか。ではドレイファスの紫の花の夢の話を聞いたことは?」

 ルジーが、ハッとした。

「聞いているんだな。どういうものだ?」
「今朝、ドレイファス様が夢の話を紙にご自身で書きとめられたものを見せてくださいましたが、私はよく理解できませんでした。庭師のミルケラ・グゥザヴィが、すべてではないが少しはわかると言っておりましたが」
「わかりにくい話だったか?」

 言いにくそうに頷く。

「マドゥーン、ミルケラを呼んでくれ」

 執事を呼び、申しつける。
しばらく待つとミルケラが現れた。
ルジーがいて、庭師の中で自分だけ呼ばれたことに怪訝な顔をしている。

「ミルケラ。今日ドレイファスが話した紫の花の話を教えてくれ」

 ミルケラにはそれは予想外だった。

「ドレイファス様が自分で書き取ったからと紙を見せてくださいまして。紫の花を煮て、何かを取る夢だと聞きましたが。申し訳ないのですが、私も経験のない話で半分ほどしかわかりませんでした」

「そうか、今日の今日の話なのだな。知りたかったことはわかった。遅くにすまなかったな。戻ってくれてよいぞ」

 ドリアンは、こどもたちの親と協議したいと、次の休息日に公爵家に来られるか、各家に伝言鳥を飛ばすことにした。
本来は招待状や書状を送るのだが、少しでも早く伝えたいと。

 各当主たちから是の回答が続々と届いて、結束の固さを感じられ、ほっとする。

 ドレイファスの側近候補を選ぶつもりが、先走って側近と決めてしまったときは早すぎたかと思わないでもなかったが。
 今となっては、その親たちが自身の仲間となり共に支えてくれている。マーリアルが選んだ家族たちに感謝の気持ちを感じていた。
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