神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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61 夢は騎士

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 まだかなり寒かった春先にイグレイドが生まれて二月が経とうとしている。
 ドレイファスが神殿記録を取ってからちょうど一年。つまり六歳の誕生日まであと数日となった。

 最近ドレイファスは家庭教師に読み書きやマナー、基礎的、予習的な勉強を学び、さらに公爵家嫡男として領主教育を受けている。
 どの貴族子弟も八歳で貴族学院に入学するまでは家庭教師に習い、学院生活に備えるのだ。
 学院に入ると、王都の学院まで馬車で通えるものは自宅から。遠いものは学院寮か、近隣の親類や後援貴族家の世話になる。


 ドレイファス側近・・・になる予定のトレモル・モンガルは父ヌレイグと公爵家に滞在中だ。
マーリアルの出産とイグレイド、ドレイファスの誕生祝いに来て、そのまま数日滞在する予定。

 今回はトレモルが二年後に貴族学院に入学したあと、公爵家に寄宿する約束を交わしに来た。まだ先の話しではあるが、その約束によりトレモルは公爵家に仮部屋を与えられ、学院の準備期間から卒業するまでは自由に使うことができる。

 トレモルは、騎士になろうと決めていた。それもドレイファスの護衛騎士に。
いろいろあってこどもの胸が潰れそうだったとき、そばにいてくれた友だ。カルルドとも仲を繋いでくれた。
六歳のこどもが恩というには大袈裟だが。
何よりも剣の稽古が好きなので、騎士になりたいと思うのは当然のこと。
 ちなみに、トレモルはドレイファスよりちょっとだけ早く六歳になって、お兄さんだからドレイファスの騎士になって守ってやりたい。自然にそう思うようになっていた。


「何もかも世話になりっぱなしだな」

 ヌレイグ・モンガル伯爵は独りごちた。

「おとうさま」

 父の独り言を耳にしたトレモルが、父の手を引く。

「ぼく、公爵家の騎士団にはいります」

 突然の息子の宣言に驚くも、最近の剣の稽古へののめり込み振りに予想はしていた。

「なあ、普通は近衛や王城騎士団を目指すのではないか?ドリアンも、公爵家の騎士団とは言わないと思うぞ。特に近衛になればその人脈は貴族には役に立つしな」

 父に言われて、そうなのか!と初めて知る。
幼い頭で考え始めた息子に、

「おまえはまだ六歳になったばかりなのだから、学院を出るまでゆっくり考えたらよいと思うぞ」

 そう頭を撫でてやった。

「おとうさま、ぼくドレイファスを守ってやりたいから公爵家の騎士団がいいと思ったの」

 父の目がやさしく笑う。

「うん、それもいいな。近衛でも、ドレイファス様の護衛でも。でもどちらになるにしても強くならねばならない」
「ここにいる間、ワーキュロイ様に教えてもらいたいと思って」
「ああ、そうだな。では私から頼んでみよう」

 その夜もいつものように、トレモルは父の隣で眠った。
あたたかく、安心していられる。
怯えて暮らしていた頃が嘘のように。

(ドレイファスに一番と言ってもらえる騎士になりたいな)

 そのうち規則正しい二つの寝息だけが、部屋に響き始めた。



 翌朝、ドリアンがヌレイグを散歩に誘う。
 新館の庭園は、公爵夫人マーリアルのリクエストでタンジェントとアイルムが手掛けた花と低木、四阿と蔦を使ったロマンチックな造りになっている。
およそ男二人でティーを楽しむような場所ではないのだが、朝露を含んだ花の香り立つ清々しい空気がドリアンはお気に入りだった。

「いい庭になったな」

 ヌレイグが褒めると、満足げに頷く。

「マーリアルの気に入りだ。まだ朝露に濡れるとよくないかもしれないからな。朝の散歩はしばらく休みだ」

 ピンクの花が多い、花びらが太陽に透けてピンクの靄がかかっているように見える。女性は確かに気にいるだろう。
 ヌレイグはそんなことを考えたが、気持ちを引き戻す。

「ドリアン、そうだちょっと頼みがあるんだ。こちらに滞在する間、ワーキュロイ殿にトレモルの剣の稽古をみてもらえないだろうか?」
「うむ、構わんぞ。ワーキュロイも任務や休みがあるから、他の者になることもあるだろうが」

 あたたかい風がふたりの髪を吹き上げる。もうすっかり春めいて、なんとも心地よい。
 幼馴染故の心安さもあり、穏やかな時間が流れていた。

「先のことはわからないがな。
トレモルは、ドレイファスの護衛騎士になりたいそうだ」

 ドリアンは、きっとそうなるだろうと空を見ながら答えた。

「では、ワーキュロイでもなんでも、使えるものはどんどん使って強くなってもらわねばならんな」
「ああ、いろいろ世話になってばかりですまないが、よろしく頼むよ」

 茶を飲み終えて屋敷に戻ると、応接でドレイファスとトレモルが書き取りを始めていた。
家庭教師が来ると、応接の扉を開けてその場で学ばせている。

 ドリアンはサンザルブに派遣した家庭教師サマルや、トレモルとその母の話を知ってから、前よりずっと勉強の時間に目を配るようになった。扉を開けておけば、中の様子が誰にでもすぐにわかる。こどもと接するおとなの善し悪しは、うまく隠されてわかりにくい。
こどもを大人の悪意から守り育てるために、細心の注意をどれほど払っても多すぎるということはない。
 ドリアンは、いや、ドリアンもいろいろと学んでいる途中なのだった。


 ヌレイグは所用を済ませに王都へ出かけていったので、そのあいだドリアンは執務をこなす。
昼には戻ると言っていたと、ふと時間が気になり顔をあげ独りごちた。

「なんだろう、なにか忘れてる気がするんだが」

 朝、ヌレイグから頼まれたことを忘れているのだが。

「ドリアン様、僭越ながら」

 マドゥーンが見かねて声をかけた。

「朝ヌレイグ様から、ワーキュロイに剣の稽古をみてほしいと頼まれておりましたよ」

 あ!

 それは最早思い出したとは言わないが。

「ワーキュロイ・・・いや、ノーラムを呼んでくれ」



「トルドスが参りました」

 色が抜けたような薄い金髪に濃灰色の眼を持つ、離れを警護するノーラム・トルドスがやってきた。

「お呼びとうかがい、罷り越しました」
「ワーキュロイに時々稽古を頼んでいるモンガル伯爵家のトレモルを知っているか?」
「はい、存じております」

 トルドスは答えはするが、まっすぐに立って微動だにしない。

「昨日から来ていてな。数日滞在するのだが、こちらにいるあいだワーキュロイに稽古をつけてほしいと言っている。ただワーキュロイも任務と休みもあるから、そのときは他の者で見てやってもらいたい。

それと、二年後に学院に入学したら我が家に寄宿することになるので、今後トレモルの部屋を用意する。継続して見てやってくれ」

 どんな用件がと思って飛んできたが、思いの外ゆるい依頼だった。
ノーラムにとっては、なんてことないような。

 離れに戻るとワーキュロイを呼び、ドリアンからの依頼を伝える。

「ワーキュロイ、おまえがトレモルを見てやれないときは誰にトレモルを見てもらうのがいいと思う?」

「そうですねえ。じゃあ副団長で」
「いや、俺じゃなくて」
「じゃあ、トルドス様で」
「だから、俺以外って言ってるだろうが。おまえのともだちを推さないのか?」
「メルは忙しいですからね」

 それはノーラムも知っている。
余暇は庭師たちといろいろ作っていて、それが玄人はだしなのだ。
それにドレイファス様の手伝いをしていると言われると、それ以上は頼めない。

「じゃあ他は?」
「んー。んー、じゃあ・・・バンザはどうです?」

 ノーラムには意外な人選だった。

「なぜバンザなんだ?」
「見て盗めと言うやつが多いですが、バンザは言葉で教えるのがうまいと思いますね。それから基礎がしっかりしている」

ワーキュロイがバンザをそう見ていたことも意外だったし、自分が知らないバンザの一面も意外だった。

「よし、ではお前を信じてバンザにやらせてみよう。俺も一緒に見ることにする。あ、今日はお前が見てやれよ」





 ワーキュロイは新館でトレモルを迎え、望み通り稽古をつけた。

「少し背が伸びたか?」

 コクコク頷いている。
背だけではなく、筋肉もついてきたようだ。バランスも、まあよい付き方だろう。
というか、まだ六歳だから無理させることもない。

「あのな。よく聞いておけよ。鍛練好きはいいがな、やりすぎはダメだ」

 えっ?トレモルが信じられないことを聞いたという顔をあげた。

「どうしてですか?」
「おまえはまだこどもだ。これから体が成長していく中で、少しづつ強い体に変わっていくんだよ。無理してやりすぎると、その前に体が壊れちまうんだ。
なんでもほどほどが大切だ。わかるか?」
「・・・なんとなく?」
「今はなんとなくでもいいぞ。体が育てば、あとはやりたいだけいくらでも鍛練していい。が、今はやりすぎるなよ」

 やりたがりのトレモルを健やかに成長させるには、むしろストッパーが必要だと。
まだ少し難しいかもしれないが。

「じゃあ、始めるぞ」

「はいっ、おねがいします!」
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