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57 閑話 シエルド・サンザルブ

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 艷やかなホワイトプラチナの髪とルビーのような紅い瞳を持つシエルド・サンザルブは、サンザルブ侯爵家の次男で、フォンブランデイル公爵家とは親戚だ。
 その父ワルターと公爵家当主のドリアンは同い年の学友でもあり、シエルドとドレイファスも期せずして同じ道を辿る。

 公爵家から派遣された家庭教師スマラに学ぶようになってから、錬金術学と呼ばれる勉強に興味を持った。
 自らの魔力を流しながら、様々な素材をかけ合わせてポーションや魔道具を作ったりするらしい。何やら楽しそうな勉強だと思った。

 サンザルブ侯爵家には、錬金術師はいない。というか、錬金術師自体がかなり少ない。

 スマラは、錬金術師は薬師ではできないエリクサーなどを作ることができる唯一の仕事で、とても大切なものだとシエルドに教えた。
 なり手が少ないのは、その難しさと魔力量がかなり必要なため。気持ちがあっても誰もがなれるわけではないとも。

 貴族学院でも錬金術のコースはなく、たいていは錬金術師に弟子入りして学ぶようだ。スマラにもっと詳しく聞きたくても、今週の授業はもうないので、来週まで待たなくてはいけない。

「ねえ、ララ?知りたいことがあったら、どうすればいいのかな?誰かに訊けばいいの?」

 シエルドは侍女に訊ねた。

「どんなことをお知りになりたいのでしょう?」
「スマラ先生に教えてもらった錬金術学」

 ララは予想外だったようで、目を丸くした。

「公爵家の家庭教師の先生でいらっしゃいますね。・・・申し訳ないのですけど、それはララではお役に立てそうにありません。でも図書室のヤイリ様ならお調べになる方法がおわかりかもしれませんわ」

 ありがとう!とララの手をつかみ、今すぐ図書室連れて行って!とせがむ。

「では、ご一緒に参りましょう」

 サンザルブ侯爵は代々当主に紙綴り好きが多く、それを大切に保管する図書室は、実は王城図書室と比べても引けを取らないものだ。
 王家に知られたら家宝の紙綴りを召し上げられてしまうかもしれないので、一族と仕える者たちは、それを決して口にしてはいけないときつくいい含められている。

 図書室は屋敷のもっとも奥深くに隠されるように設えられていた。

─コンコン

 ララが重い音を響かせる扉を叩くと、中から白髪頭の老人が顔を見せた。

「ヤイリ様、こんにちは。ララでございます。シエルド様がヤイリ様にお訊ねしたいことがあるそうで、お連れしたのですが」

 ヤイリと呼ばれた老人の視線が、ララの横にいた小さなこどもに移った。
 紅い意志の強そうな目をして、じっとヤイリを見つめている。

「これはシエルド様、はじめまして。ギータ・ヤイリと申します。ギータとお呼び下さい」

「うん。ギータ、しりたいことがあるのだけど」

 それを聞くとギータは扉を大きく開き、シエルドを中に招いた。

「うわぁ」

 シエルドは顔をぐるりと回して、図書室を見渡す。一面紙綴りが積まれている。

「すごいでしょう?きっと国内一の蔵書だと思いますよ」
「ぞうしょ?」
「はい。たくさん紙綴りを持っているということですね」

 へえ!と感嘆した声が小さな口からもれた。

 図書室の真ん中に置かれた円卓の椅子をひいて、シエルドを座らせてやる。
 ワゴンに乗せてあった、薄めに淹れたフラワーティーをカップに入れて皆に配ると、ギータも席についた。

「さて。シエルド様がお知りになりたいこととはなんでしよう?」

 シエルドは、スマラから教えられた錬金術学に興味を持ったことや、もっとたくさん知りたいのに先生には週に一度しか会えないので、できればもっと教えてくれる人を探したいと、一気に話した。

「なるほど。錬金術ですか」

 しばらく考え込み、立ち上がると一つの紙束を持って戻って来た。

「シエルド様は読み書きはいかがですか?」
「読めるようになったよ」
「それは素晴らしいですね。これはちょっと字が汚いので読み辛いかもしれません。それなら私が読むのをお手伝いいたしましょう」

 そう言って紙をパラパラ捲り、シエルドに読めるよう差し出した。

「・・・・・ん?」

 シエルドが読み書きの手本に貰った紙綴りとは違い、字が右に上がったり曲がりくねってとても読み辛いというか、読めない。

 戸惑った顔でヤイリを見上げると、老人はニッコりした。

「やっぱり、字が汚すぎて読めませんか」

 笑い声をあげながら眼鏡をかけ直すと、覗き込み、読み上げてくれる。

「錬金術とは ガンザル・ヴスルビー

錬金術とは、様々な素材を術者の魔力により融合、付与などを行うことで、ポーションなどの飲み薬を作成したり、また魔石の加工により生活を向上させる道具を生み出すことである」

 シエルドは、コクコク頷きながらヤイリが読んでくれる話に夢中になった。

 一刻ほど読んでもらい、シエルドはまだまだ聞き足りなかったが、ヤイリが予定があるのでこの辺でと区切りをつけた。

「シエルド様、どういたしましょう?これをお部屋にお持ちになりますか?」

 読みかけの紙綴りだが、持ち帰っても自分では読めそうにないものだ。
チラッとララを見たが、視線に気づいたララはすぐ、わたくし読めませんと呟いてシエルドの期待を打ち砕いた。

「明日はおりませんが、明後日ならまたお読みしましょう。私が預かっておりますので、いらしてください」

 ヤイリはシエルドの白く艷やかな絹糸のような髪を撫でて、そう約束してくれた。

 しかし、シエルドとヤイリの約束は果たされなかった。
老人は転んで足を怪我したためしばらく静養することになったと、残念そうに侯爵に使いをよこした。
そのとき手紙も届けられた。

『此度の不始末、誠にお恥ずかしく、またシエルド様との約束が果たせず無念の極みでございます。
 シエルド様は公爵家家庭教師からの勉強により錬金術学に興味を持たれ、家庭教師の訪問を待ち切れずにご自身での自由な学びを欲しておられます。
 先だって図書室蔵書のガンザル・ヴスルビーの綴りを途中まで読み聞かせて差し上げたところ、その興味は想像以上に大きく、知識欲旺盛でありました。
 よろしければ、錬金術学に精通した家庭教師を探されてはいかがでしょうか?
シエルド様の学びの芽を伸ばして差し上げたいのです。お聞き届けくださいますよう、御願い申し上げます。 ギータ・ヤイリ』

 ワルターは、その手紙を読んで首を傾げていた。

「我が家から錬金術師?」

 なれるかはわからない。滅多に現れない、錬金術師は逸材と言われている。

 ひとつ見込みがあるとしたら人並外れて多い魔力量だろう。シエルドのそれは既に大人より多いくらいなので、魔力暴走には特に注意が必要で、魔力吸収の魔道具を持たせたララを張り付けている。

「しかし、錬金術学の家庭教師か・・・」

 自分の知る中にはいない。
ヤイリもいないのだろう、だから探せといってきたのだ。ヤイリの人脈は広く、いつも助けられてきた。それでも心当たりがないとなると・・・
 ドリアンに聞くか。

 手紙は面倒で、伝言鳥を飛ばすことにした。




 公爵邸では。
ドリアンが執務中、フッと白い光とともに伝言鳥が現れ、サンザルブ侯爵の声で話し出す。

『ワルターだ。錬金術学の家庭教師に心当たりがあったら紹介してほしい。公爵家の家庭教師から聞いてシエルドが興味をもったようだ。よろしく頼む』

 ワルター・サンザルブ侯爵の声で、言うだけ言うと光の鳥はかき消えた。

「錬金術?シエルドはそういうのが好きなのか?うちの家庭教師?誰だろう?」

 執事のマドゥーンを呼び、ワルターからの伝言を伝えるとすぐわかったようだ。

「サマラ様でしょう!お話しをなさるほどですから錬金術師と繫がりがあるかもしれませんね。聞いてみましょう」
「うん、頼む。いや錬金術か・・・、誰かいたような気がするんだが?」

 ドリアンがこめかみをもみながら、首を傾げる。

「ん、誰だか?」

 ふわっとマーリアルの顔が浮かんできた!

「ああっ!マドゥーン待て!マールに聞いてくるから」

 そういうと、タッと足早に妻の部屋へ飛び出して行った。

「いや、何も走らなくても。奥方様に会いたいだけじゃありませんかねえ?」

 マドゥーンはやれやれと、ドリアンが落とした書類を拾って机に戻したのだった。




「マール、体調はどうだ?」

 マーリアルは最近、こどもたちのために部屋の扉を開けたままにしている。
部屋の前に立てば、お互い何をしているかすぐわかるのだ。
今マーリアルは茶を飲んでいた。

「あら、ドリアン様!大丈夫、とてもよろしい感じよ」
「入っても?」
「もちろん、どうぞ」笑いながら手招きしてくれる。

 当たり前のようにすぅっと隣りに座り、その手を握る。

「聞きたいことがあるんだ」

 窓から射し込む陽射しがマーリアルの瞳を煌めかせて眩しいほど美しいなと、そんなことを思いながら。

「マール、前に錬金術師の話をしていたことがあっただろう?」
「ええ!兄のおともだちのローザリオ・シズルス様ね」
「シエルドが錬金術に興味を持ったそうで、ワルターが家庭教師を探しているそうなんだが、その人は家庭教師を頼めるだろうか?」
「どうかしら?錬金術師として独立されているはずなのだけど。聞いてみる?」
「頼めるかな」

 笑って、もちろん!と請け負ってくれた。

 マーリアルのお腹はだいぶ大きくなって、臨月は一月先だが、実際いつ生まれてもおかしくなさそうだ。妻が心配でたまらないドリアンも登城はなるべく先延ばしにして屋敷にいるようにしている。

「手紙より伝言鳥のほうがいいかしらね。書いている途中で産気づいたら困るものね」

 そう言って笑うと、伝言鳥を呼び出した。

『おにいさまごきげんよう。マーリアルですわ。こどもはまだうまれていません。もう少しかな。うふふ。あ、ところで知人が錬金術の家庭教師を探しているの。ローザリオ・シズルス様は今どうしていらっしゃるかしら?もし家庭教師をお願いできるならご紹介いただきたいの。よろしくお願いしますね。マーリアルより』

 光の鳥は、フッと消えた。



「マール、ありがとう」

 ドリアンが妻の白い手をやさしく撫でて労る。

「引き受けてくださるといいわね。それにしても錬金術とはシエルドもやるわね」
「もしなれたら、前途有望だ」

 マーリアルがうんうんと頷き終える前に、目の前に光の鳥が現れた!

『マーリアル様、ローザリオ・シズルスです。お久しぶりでございます。
ちょうどマウントルとともにおりましたので、私からお返事いたしましょう。弟子なら取りたいと思っておりますが、家庭教師として伺うのは時間的に難しいかもしれません。私のところに定期的に通えるのであれば、マーリアル様からのご紹介ならお受けすることも吝かではありません。ご出産がお近いとのこと、無事のご出産をお祈り致します。御自愛くださいませ。ローザリオ・シズルス』

 やった!とドリアンが独りごちた。

「すぐお礼のお返事でよろしいわね。公爵家から?侯爵家からかどちらかからご連絡差し上げるということでいいかしら」

 ドリアンの頷きを見てすぐ、マーリアルが伝言鳥を呼び出す。

『おにいさま、ローザリオ様
早速ありがとうございます。
久しぶりにローザリオ様のお声が聞けて嬉しゅうございました。
家庭教師につきましては、改めてフォンブランデイル公爵家か、サンザルブ侯爵家のどちらかからご連絡申し上げますので、善処くださいませ。
こどもがうまれたら連絡しますわね。よろしくお願いいたします。ごきげんよう マーリアル』

「じゃあ、早速ワルターに連絡しよう!」
「ええ。シエルド、きっと喜ぶわね」
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