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52 茶会の出来事 1

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※数話、虐待の話が続きます。
苦手な方はご注意ください。





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以下本文

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 新館移転とともに改装された情報室分室は、以前より格段に広くなり、そこにロイダルが何枚もの釣書を並べ始めた。
 マトレイドと新しい顔ぶれのノージュ・ファンダラが覗き込むと、ドレイファスの側近候補の少年たちのものだった。

「調べ終わったか」
「ああ。父親は良さげだと思ったら母方の爺がヤバいとかいろいろあってな。まずこの中から四人くらいうまくいけばいいんだがなぁ」

 上段に並べた六枚を指差す。
 ドレイファスの側近になる者の親は、爵位より潜在的な力を見るようにドリアンは指示した。ドレイファスの側近として足元を固める頃に、それなりになっていれば良い。
 その家の背後だけでなく、影響を与える外戚や後援貴族まで徹底的に調査して。領地が多岐に渡りかなり時間はかかったが、ドリアンも及第点を出す結果を得られたので、ロイダルは満足していた。

「近いうちに新館でドレイファス様と候補のこどもたちとの顔合わせをする。茶会の日程はとりあえずマドゥーンがやってくれるそうだ」
「それが決まったら、警備計画を団長と立てないとだな」
「あと護衛の相談も団長としないと」
「護衛?いるだろう、いくらでも」
「違うよ、貴族学院に入ったときの学生護衛を育成しないとという話だ。同じ年に入学する子供でなければいけないんだが、なかなかいなくて」

 ノージュが思いついたように一人の名をあげた。

「ヤンニル騎士爵の次男ボルドアは知っているかな?」

 ロイダルは首を横に振って答えた。

「確か今年五歳だったはずだ。ヤンニル家は騎士爵故、剣術はしっかり教えている。嫡男のローライトは八歳にしてなかなかの剣筋。体が出来上がったらそれなりの騎士になると評判だ」

 いいことを聞いたと、ロイダルはすぐ出かけていった。

「ノージュ。よく知ってたな、騎士爵のこと」
「ヤンニル騎士爵の弟が妹の夫なんだ」

 身内を推薦したのか!と一声出しかけたマトレイドだが、そういえば自分も従兄弟のノーラムを推薦したんだと思いだして、途中でむぐむぐと誤魔化した。

「会ったこともあるが、ボルドアはいい目をしていて、根性もある。身体能力も高いんだ。欲目なしで、鍛えたらいい騎士になると思うからな。ヤンニル家なら俺は背景もよく知っているし」

 親指をグッとたて、ニヤッと笑ってみせた。


 それから二週間後。
 新館でお茶会が開かれた。
招かれたのは、傘下の貴族の四~六歳の男子と母親だ。十組の親子がやって来たが、ロイダルの狙いはこのうち四人。
対象外も混じっているのは、あとで機会がもらえなかったと苦情を言われるのが嫌で、一応サクラ代わりに呼んでおいた。

 もちろん主役のドレイファスもお腹が大きくなってきた母マーリアルと参加している。

「ドレイファス・フォンブランデイルです」

 ドレイファスの一言をきっかけに、こどもたちも行儀よく名乗り、最初は母と共に果実水とビスキュイ、そしてレッドメルを楽しんだ。

 レッドメルはやはりなかなか手に入らないらしく、給仕が皿にのせた一口大にしたものをそれぞれのテーブルに置くと、食べたことのある者は小さな歓声をあげ、初めて見る者はまわりの反応にキョロキョロと落ち着きない動きを見せた。

「さあ、遠慮なく召し上がれ」

 美しい微笑みを浮かべたマーリアルに勧められてフォークで一口。

「お、おいしいっ!!!」

 こどもたちはお行儀を忘れてしまった。
口々に騒ぎ立て始めて。

「おいしい!おかあさま、これすごい!」
「落ち着きなさい、お行儀悪い」と諌めながら、その母親たちも口からシャクシャクと音が漏れている。

「お行儀はよろしくないけど、レッドメルですもの。しかたないわ」

 マーリアルが笑って許してやり、あっという間にきれいになった皿を呆然と眺めるこどもたちのため、おかわりの給仕が来るとあちこちで絶叫が響いた。

「マーリアル様、も、申し訳ございません」

 こどものあまりのけたたましさに同じテーブルについていたロンドリン伯爵夫人のルマリが頭を下げたが、それもマーリアルは気にしないと手を振った。

「いいのよ。ドレイファスも初めて食べたときはひどく騒いで、私の分まで食べてしまったのよ」

 こどもはレッドメルが大好きよね、と集まった母親たちにこどもを叱らないよう伝えて、名残惜しさを漂わせながら完食したこどもたちを、積み木などを並べた続きの間のプレイルームへ開放した。




 普段幼い兄弟くらいしかまわりに同年代のこどもがいないドレイファスは、はりきって遊びまわった。
 こどもたちは時間が経つうちに、段々とくっついたり離れたりと関係性が見えてくる。

 ドレイファスともっとも気が合いそうなのは、隣に領地を構え、縁戚でもあるサンザルブ侯爵家の次男シエルド。
木の枝を転がしてもふたりでケラケラ笑っているのが微笑ましい。
 もうひとりロンドリン伯爵家の次男アラミスも加わり、3人で走りまわっている。
 十人のうち、このふたりがまずドレイファスの目に止まったようだ。



 三人でワーキャーしていたが、ふとドレイファスの目に、スートレラ子爵家のカルルドが、モンガル伯爵家のトレモルに腕をつねられているのが見えた!
 瞬間、ドレイファスは走り出し、トレモルのその手を掴むと、やめろ!と強く嗜める。
 その声の大きさと強さに、茶会を楽しんでいた母親たちの視線が集まった。

「何をするんだ、なぜそういうことをする?」

 ドレイファスがトレモルに詰め寄る。

 ドレイファスは基本おっとりといつでもご機嫌さんで、あまり怒ったりしない。ドレイファスの言動に母マーリアルも、侍女メイベルも、まわりにいた公爵家の使用人もみんなが驚いた。
護衛騎士もいたが、マーリアルやドレイファスに危機が迫ったわけではなかったので、少し反応が遅れてしまった。

「なぜこういうことをする?」

 さらに問い詰めると、まだ貴族の力関係がわからないトレモルが、
「うるさいっはなせ!」
とドレイファスを突き飛ばしたのだ。

「ひっ!」

 母親の、たぶんトレモルの母だろう、悲鳴があがる。

 しかし、いつも畑で飛び跳ねているドレイファスはそのくらいではびくともしなかった。
後ろに数歩押し負けたが、トレモルにとって幸運なことに転んだりはしなかった。

「ドレイファス」

 マーリアルが近寄り、その薄い背に手を当てて引き寄せると、穏やかな気性の息子が肩を怒らせているのが感じられる。

「ドレイファス、カルルドを治療師に見てもらいましょう」

 つねられて赤くなった程度だが、爪で傷がついていたらよろしくない。公爵邸でなされたことになるのだ。
 母に諌められて、ドレイファスはすぐカルルドの手を取り、メイベルとともに公爵家の使用人でもある治療師のもとへ向かう。カルルドの母、エミル・スートレラ子爵夫人も何も言わずにただカーテシーをしてから、そのあとを追った。

「さて、トレモル。あなたはなぜカルルドをつねったのか、理由を申しなさい」

 マーリアルが珍しく厳しい口調で訊ねると、怒られると感じたトレモルは青褪め、カタカタと震え始めた。
その様子にマーリアルは違和感を感じる。

 当然叱られるだけのことをした。
それを今頃気づいたトレモルは、まああまり利口ではないのだろうが、まだ五歳だ。それより叱られるくらいでなぜ、こんなに震えるのだ?
屋敷でどんな躾をしているのか、マーリアルはそれが気になり、茶会をお開きにして二人を残すことに決めた。


「皆様、こどもたちも疲れたことと思いますから、そろそろお開きに致しましょうか。お土産を用意しておりますので、持ち帰ってまた本日の思い出を楽しんでくださいな」

 そう言いながら、そばにいたアラミスの銀の髪を撫でたマーリアルは、そのかわいらしさに改めて気づいて目を細めた。
 ドレイファスに気に入られた利発そうな美しい少年。アラミスの母ロンドリン伯爵夫人も美しさで社交界では有名な女性だが、派手ではなく清楚だ。彼女は上品なカーテシーをしてから、アラミスを伴い茶会を辞した。

「モンガル伯爵夫人とトレモル令息はお待ちになって」

 皆が帰っていくのを横目に引き止められたモンガル伯爵夫人は、繋いでいたトレモルの手を無意識につねっていた。
マーリアルはすぐ気づき、その手を掴みあげる。

「あなたが元凶のようですわね」

 トレモルのブラウスの袖を捲ると、そこにはつねられた跡だけでなく、傷がいくつも残され、何度もこうして折檻してきたのだと見受けられた。

 モンガル伯爵夫人を睨みながら、ルザール!と控えていた専属執事を呼ぶと、トレモルを治療師の元へ連れて行くことと、トレモルは公爵家が責任を持って送り届けるので夫人のみ屋敷に戻られると先触れを出すよう指示をした。

 伯爵夫人は真っ青な顔をあげ、口を開きかけたが、マーリアルは許さない。

 マーリアルは普段とても陽気で穏やかだ。公爵夫人としてはかなりフランクで使用人たちとも打ち解け、からかったりからかわれたりもする。
それでもいざというときの威厳は流石のものだった。

 モンガル伯爵夫人は俯いたまま、あまり美しいとはいえないカーテシーをし、重い足取りで帰路に着いた。



 治療師の部屋にトレモルが連れて来られたとき、カルルドの傷はきれいに治されたあとで、治療師に頼まれたメイベルがフラワーティーを淹れたところだった。

「ルザール?」

 ドレイファスはトレモルの手を引いて現れた母の執事に気づき、声をかけた。
ドレイファス様!と立ち止まって礼をする。

「カルルド様のお怪我はいかがでしょう?」
「はい、おかげさまできれいに治していただきました」

 スートレラ子爵夫人が代わりに答えると、執事はにこやかに、よかったですね!とカルルドを覗き込んで声をかけ、連れてきたこどもの背を優しく撫でながら

「治ったからと言って、トレモル様がされたことが消えるわけではありませんよ。きちんと謝罪なさってください」

 トレモルを促した。

「ご・・・めん」

 俯いたままとても小さな声が聴こえた。
謝るほうがとても辛そうで、つい、もういいと言ってあげたくなるほどなのだが、ドレイファスは違った。

「そんなのダメだ!大きな声で、ほら!ご め ん な さ い って言わなくちゃ、メイベルに怒られるよ!」

 メイベルは顔から火が出そうになった。
公爵家嫡男がそんなに気軽に謝るものではない。しかしきっと、ありがとうを大きな声でと、うるさいほどに言っていたことをドレイファスが覚えていてくれたのだと、誇らしい気持ちでもある。

 トレモルは自分より小柄なドレイファスに目をやったが、堂々としていて。
背中を丸めて小さな声でしか謝れない自分は、負けたような気がした。

「ほら、ご め ん な さ い !って謝っちゃいなよ」

 もう一度、今度は応援するように、ドレイファスはトレモルの隣りに立って声をかけた。

「ご・・・ごめんなさ・・ぃ」

 語尾が聴こえないくらい小さな声だったが。その場にいた者はみんな、トレモルが勇気を振り絞って謝ったとわかっている。

「謝罪を受けるとおっしゃい」

 スートレラ子爵夫人がカルルドを促すと顔をあげ、これまた小さな声で謝罪を受け取りますと、しかしはっきりと答えた。

「仲直りできた?」

 ドレイファスが訊ねると、二人のこどもは気弱そうに誤魔化すように笑みを浮かべ、大人の真似をして握手を交わす。

「本当に仲直りできた?」

 ドレイファスは疑り深いわけではない。ルジーに鍛えられているだけだ。

 ドレイファスに覗き込まれたふたりは、もう一度握手をして、今度は握りしめた手をブンブンと振った。
「は、あはは」カルルドが笑いだすと、トレモルがもう一度ごめんねと謝った。
「うん、もういいよ。治ったし」

 ドレイファスの采配で二人の仲が収まったのを見て、ルザールは感嘆のため息をもらした。
 無意識にしても、公爵家の嫡男足る器を見せたドレイファスに。
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