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51 新しい生活

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 話は少し遡る。
ちょうどミルケラの兄が騎士団に入団して一月ほど経った頃だ。

 新しく建てた屋敷内の工事がすべて完了し、別宅に残る使用人以外はすべて新館に移ることになった。
 歩いてもすぐなので公爵家の馬車や荷車で荷物を運び、すべて終わらせた。

 新しい屋敷は美しい内装と家具が揃えられ、マーリアルを始め侍女とメイドには大変評判がよい。ドリアンは、公爵家の品格が損なわれなければ家具が猫足だろうがなんだろうが、細かいことには頓着せずマーリアルにお任せである。金は出しても口は出さないと決め、やってもらったことはありがたく感謝する賢明な性格といえる。

 別宅は離れと呼ぶことになり、主にドレイファス付、またその育成に関わるものが居住、任務遂行に使用することと決められた。
 離れの敷地全体に鍵魔法をかけ、離れの出入り許可がある者のみ鍵を付与される。
 新館の使用人であっても、出入りはできない厳重さだ。そしてこれまでは敷地は鉄柵で囲われただけで、外から全容を見渡すこともできたのだが、鉄柵の内側に高い生け垣を作り、覗き見ることはできないようにした。

 屋敷内の変化としては。
 情報室分室は、両隣の部屋を繋げたことで劇的に広くなった。さらに続きのもう一部屋をドレイファスが関わる一切の、そう今後の子々孫々がスキル【神の眼】を持つことで不用意なトラブルが起きないように、いままでのものとこれからの資料を収納する保管庫が作られた。
 ここはカイドとハルーサが管理し、資料室も含めマトレイドが分室室長になる。
ルジー、ロイダルの他、情報室からノージュ・ファンダラが新たに加わり、妻帯者のカイドとマトレイド以外は、離れの騎士棟に部屋を与えられた。

 庭師たちはいままでどおり。
いまのところ何も変わらない。
離れの生け垣作りになぜかミルケラがひとりで奔走し、新館の庭園作りにタンジェントとアイルムが出かける以外は。
モリエールとヨルトラは、いつもの様に畑の世話に勤しんでいる。
 屋敷内の寮に余裕ができたので、庭に近い部屋を与えられたのだが、みな作業小屋のログハウスが好きだと言って動こうとしない。

 メイベルたち侍女姉妹は、公爵一家の生活に合わせて新館へ移動となったが、食堂はボンディが離れの料理長に抜擢されてこちらに残った。
・・・と言えば聞こえはいいが、離れでは客のもてなしも茶会も夜会もない。
 実家に戻るため退職した前料理長に代わり、昇格したシズルからそれでいいのか?と確かめられたが。もともとボンディは、上品な料理をちろっと皿に乗せる料理より、ドーンと大量に皿に盛ってバクバク食べてもらうほうが作り甲斐を感じるのだ。新館では使えない素材もここなら試せると、むしろお願いしてでも残りたかった。
 まあ、新館で夜会やパーティーがあるときや、料理長が休みを取るときは手伝いに入るのだし。今までより自由に作れる機会が増えるだけ。そのように考えて離れの料理長を引き受けた。

 ボンディとウマの合うロイ、ロリンとコーナルも、大きな声では言えないが、こちらの方が楽しそうだからと志願して離れに残った。


 問題は騎士団だった。
 離れを管轄する情報室総長ウディルと、新館が管轄の騎士団長ゾーランの攻防があり、ようやく決着がついたのは引っ越し二日前。
 誰をどこの配属にするか、欲しい人材はみな同じだからお互い一歩も引かなかった。
 離れに入る者は、ドレイファスの成長後は専属側仕えになることが決まっており、ただの使用人ではない。
 ゾーランが新館の配属にしたいと思っていた若手の半分は、離れに取られてしまった。
 最後に采配を振るったのはドリアンだ。
 技術が足りないものでは困るが、申し分ない腕がある若者はドレイファスにつけてやりたかった。
 その中で、メルクルとワーキュロイ、そして同時期に入団した平民騎士も数人が離れに残り、彼らをまとめるためにマトレイドの従兄弟でもあるノーラ厶・トルドスが離れ付きの副団長となった。

 ノーラ厶は王城騎士団に所属していたが、少し前に公爵家に移ってきたところだ。
 王城騎士団は誉れ高いが、上がつかえていて公・侯とぎりぎり伯、加えてよほどの剣の使い手でもなければ出世は難しい。剣の腕がよいくらいではその他大勢止まりだ。ノーラムは伯爵家出身だが、第十ニ騎士団副長代理という、本当の役職が何かわからないような役を拝命していた。出世させてやりたいのはやまやまだが、空きがないから何かの名前をつけておこうという役職らしい。
 こんな役職につけられた時点で、頭打ちなのだ。悩みながらそろそろ三十歳になろうという時、マトレイドから誘われて思いきった。


 初日、門の前で待ち構えたマトレイドにいきなり神殿に連れて行かれて呆気にとられたノーラムだが。
 与えられた部屋が個室だとか、王城騎士団より俸給がよいのに休みが多いとか、いろいろ驚きの連続だった。
 王城騎士団で死ぬまで中堅どころにいるより、見込まれて公爵家の騎士団にいるほうが采配を振るえるかもしれない。思ってはいたが、本隊ではないにしても三ヶ月で分隊副団長!
 マトレイドとの連携力も期待されて起用されたと弁えているが、それでも王家に次ぐフォンブランデイル公爵家の騎士団で副団長というのは身に余る光栄だ。身を賭してお仕えし、御恩をお返ししようと心に刻んだ。

 そんなこんなで、離れで生活を共にする者たちは新館の竣工パーティーのあと、自分たちだけで新生活の祝の会を行った。
ボンディが山ほど料理を作り、デザートは新館に内緒でレッドメルを用意した。粒から育った、庭師たちが奇跡のレッドメルと呼ぶものを供出させたのだ。
 庭師たちはイヤとは言わなかったが、条件を二つ出してきた。
粒を噛み砕かないこと、専用の皿に吐き出すこと。
 ボンディはなぜそんな条件?と首をひねったが、庭師たちはそれが守れるならと強固に主張したので、レッドメルの大皿の隣には粒を吐き出すための小皿も置いてあった。


 公爵ドリアンはマトレイドに、折を見てドレイファス団の役割と【神の眼】について話すよう伝えていたが、酒の席で話すようなことではないし、しかし皆が一堂に会すことはないだろうと思うと気が焦る。

「ヨルトラ」

 隣に立った年長者に何の気なく聞いてみた。

「いつかしなくちゃいけないめちゃくちゃ重い話を今してもいいと思うか?」
「【神の眼】か?今持ち出すつもりなら、酒が入る前に話せ。神殿契約もあるし、問題はないだろうが」
「話すのが俺でいいのだろうかとも思ってな」

 え?と意外そうな顔でヨルトラに見つめられたマトレイドは、

「俺だって、そのくらいは気にするよ!」

と顔を赤らめて一言こぼしながら、壇上に上がって行った。

パンパン

 マトレイドが壇上から手を叩き、注目を集める。

「みんな。ドレイファス団へようこそ。本日主は不在ですまないが。
聞いているかもしれないが、この離れに今いる者は、すべてドレイファス様に専属でお仕えする者だ。
もちろんまだ幼い方であるが、ご嫡男として、またいずれ公爵となられたときは、ここにいる者がお支えする。
ドリアン様は将来を考慮された上で、特別信用のおける者のみ人選なされたと弁えてくれ」

 離れの広間に集まった者たちから、どよめく声が聞こえた。

「盃を交わす前に聞いてほしいことがある。神殿契約を交わしてもらった理由だ」

 そこまで話すと口が乾いたのか、水をもらって飲み干した。

「ドレイファス様は、フォンブランデイル家の嫡男のみに継承される特殊なスキルをお持ちだ。
過去にはドリアン様もお持ちであった。」

 広間に集まった者たちに微妙な空気が流れた。

「お持ちであったって、どういう意味だ?」と誰かの声が聞こえる。

「使いこなさずにいると消えてしまうらしく、公爵家の歴代当主でも十五歳を超えても持ち続けていた方は数人しかいない」
「消える?」
「わけないだろ?」

 理解不能に陥り始めたのを見て、ルジーが手を叩いて場を鎮める。

「マトレイド、焦らさず早く先を話せ」

「このスキルは消えることのほうが多いが、使いこなしたご当主は、大きな成果を上げているんだ。たとえばマヨネーズやロウソクを作ったのはフォンブランデイル公爵家のご当主のひとりだ」

 ノーラムが手を挙げ、どんなスキルなのかを訊ねた。

「【神の眼】という。異世界を見ることができる力だ」

 マトレイドの打ち明け話に、使用人たちはほんの一時パニックになったが、さすがに公爵家に仕えるだけはあり、やがて自力で平常心を取り戻した。

 ドレイファスが秘めた力、それが花開いたとき世界に与える影響の大きさとドレイファスを襲うであろう危険。

 ドリアンが選んだ者は掃除のメイドまで誰ひとり違わず、マトレイドの言葉を正しく理解した。

「公爵家のご一家や代々の宝物など、もちろん、大切なものが新館にはたくさんあるが、それは外に見せてもよい宝だ。この離れに厳重に守られるものは、外の者に見られてはならない、公爵家の深い秘密の宝なんだ。
俺たちは新館に自由に入れるが、離れに入る者は神殿契約を交わし、かつ鍵魔法を付与された者のみだ。その意味がわかるな?決して忘れないでくれ。
今日、食後にレッドメルが用意されているが、それもドレイファス様のスキルを元に、庭師たちがいちから畑を作って育てたものだ」

 広間はしーんと静まり返っている。
ポカンと口を開けている者もいる。
非常識過ぎて反応できないようだ。

「あー、えーっと、静まりすぎだぞおい!
聞きたいことはあとは個別に頼む」

 静けさに耐えきれなくなったマトレイドが急に素に戻り、

「こういうの苦手なんだよもうっ!早く乾杯しようぜ!」

と手を振り回し、重苦しい空気は自らが一瞬でかき消した。

 そのあとは、びっくりした話で盛り上がり、マトレイドはあちこちで掴まえられてまったく食事が楽しめなかった。
 それに対し、庭師たちはレッドメルを育てた話にみんなが興味を持ったことに喜び、聞かれる都度丁寧に問に答えた。

 それぞれ、新しい仲間と共に選ばれた自分に喜びを感じながら、夜は更けていった。


 翌日、離れの使用人たちは一様に小声で話している。俗に言う二日酔いというやつだ。

「マティ!」

 その中でも平静を装っている騎士団副団長のノーラムが、マトレイドの肩を叩いた。

「おー、いたたた」

こめかみをさっと押さえて俯く従兄弟を見てノーラムはくすりと笑った。

「なんだ、だらしないなぁ」

 恨めしそうなジト目で睨み返してきたマトレイドを見て、さらに笑ってしまうノーラムだ。

「なんだよ、何か用か?」
「うん、思っていたより大事だと思ってな、もっと細かく教えてもらいたい」

 マトレイドは小さな応接の扉を開け、ノーラムを招き入れた。

「【神の眼】は決して王家に知られてはいけないスキルなんだ。そもそもの始まりは・・・」

 知る限りの話を聞かせると、さすがのノーラムも唖然としてしばらく考え込んでいた。

「おおごと?いや、それどころか本当にとんでもなくヤバいな」
「うん。でもドレイファス様は守り甲斐あると思うし、なにより世界で初めてがたくさん起きるなんてすごく楽しみなんだ」
「おまえ、俺に半分背負わせようとか思ったんじゃないだろうな?」ノーラムに睨まれたが、マトレイドは視線を交わし、「だっておまえ、面白いこと好きだっただろう?」とうそぶいた。

 ノーラムは。
 想像していたよりヤバそうだとは思ったが、やっぱりこんなチャンスは二度とない!そう思い直して期待を胸に抱いた。
 こどもの頃は冒険者になりたかったが、親が許さなかった。いつかなりたいと思い剣を振っていたら、王城騎士団に入れられた。
 冒険するわけではないが、これはワクワクするではないか!
マトレイドと肩を組んで、よっしゃー!と叫び、己の幸運に笑みをこぼすノーラムだった。
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