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49 畑の季節はめぐる

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 初夏らしく、じんわり汗ばむ程度の日差しに恵まれたその日。
庭師たちは一回目のペリルの収穫を行うことにした。

 ドレイファスとルジー、メイベル、そしてグレイザールとリンラも参加だ。但し、グレイザールはリンラと共に数粒採ったら終わりにすることと言い含めてある。

「歩くのはこの上、株を抜いたり、茎を折ったりしないこと!では始め!」
と、タンジェントが一声。
 みんな一斉に、赤い小さな実に手を伸ばす。
「取れたぁ!」ドレイファスとグレイザールが指先にヘタを持ってみんなに見せびらかして。
口に入れようとしたドレイファスに「食べてはダァメですわぁっ!」メイベルの雷が落ちる。
「お、お姉様ってば、そんな大きな声ではしたないですわ」
リンラが小さく注意すると、メイベルは何を言う!と言わんばかりに「そのうちあなたもこうなるわ。グレイザール様がおとなしいのも今のうちだけよ」と人さし指をピシッと立てて言い放ち、それを見たルジーは肩を揺らして笑っていた。

 それぞれに持った小さな籠にペリルを入れていく。潰さないように丁寧に。
グレイザールは、割り当てられた分を摘んで、リンラに抱かれてベンチに座らされているが。

 今日は株で植えたペリルの収穫だが、茎を根付かせたものはそれより実付きが遅いので、まだしばらく楽しめそうだ。
 小指の先より大きいペリルと指定し、広いと言うほどではない畑をくまなく歩きまわると、あっという間に摘み終えてしまった。

 籠を持ち寄り、小屋の前に置かれたテーブルに、ペリルを並べていく。
グレイザールとリンラの籠にふたりが摘んだ分、ドレイファス、メイベルとルジーが摘んだ分を籠に入れて持たせてやる。

「ぼくつんだのー」
グレイザールが籠を持ち上げて、ルジーに見せてくれる。ドレイファスが懐いたようにグレイザールもフランクな兄の護衛が好きだ。
「おお、よくがんばったな」ルジーが頭をぐりぐりしてやると、うれしそうに笑う。
「ぼく、もっといっぱいつんだよ」
ドレイファスも張り合って見せてくる。
こちらは三人分まとまっているので、確かにたくさん入っていた。
「奥方様にもお見舞いにお持ちしましょうね」
メイベルが言うと、一瞬えっ?という顔をしたが、「そうだね」と返事をしてきた。

 ちょっと渋々なところが面白くて、大人たちはくすくす笑う。

「こんなに食べたら腹壊すからな、奥方様にも一皿くらい差し上げたほうがいいぞ」
ルジーに言われて、やっと、うん!と納得した返事をした。
 庭師たちは、自分たちが食べる分と、大きさを測って比較したいものを残し、あとは厨房に渡すことにして、それをルジーに託す。

「またゆうがたね」
そういうとドレイファスたちは屋敷へと戻っていった。

 ここから庭師たちは、手元に残したペリルを測り、ひとつひとつ記録していく。

 花同士を自分たちで擦って実付けしたものは、他のものと比べるために自分たちだけで摘んであるが、この中ではタンジェントが森で選んだ株を移植したものが、大きな実をつけるものが多かった。

「ということは」

記録を読み込んだヨルトラが予測を話す。

「株の質が実の大きさを決める?」
「それは、あるかもしれないな」
タンジェントも同意する。
「じゃあ、大きな実をつけた株の茎を増やしたら、そのこどもみたいなのができるのかな?」

 ミルケラ!君の発想は素晴らしい!とヨルトラが握手をした。

「大きな実をつけた株からだけ、茎を伸ばして根をつけてみよう」
そこまでは決まった。
問題はそれをいつ植えたらいいのか。
その季節まで枯らさずに持ちこたえられるのか。

「まあ、今年がだめならまた来年挑戦すればいいさ」

 グリーンボールやブラックガーリーも、なんとか定着しつつある。
これらはペリルのように明らかに長い茎が伸びるわけではないので、何から増えるのかがまだわからない。
 とりあえず、すべてを刈り取ることはせずに、次の季節までひたすら観察だ。

「気の長い話だよな」
「そうだろうか?自然がこのサイクルを作り上げてきた時間を考えたら、むしろ気が短いと言われそうだがな」

 呟いたアイルムにモリエールが反論した。

「とりあえず、食べるか!」

 ヨルトラの一声に、みんなが好みの食べ方を披露した。
モリエールはペリルに花の蜜を垂らして、さらに甘くしたものを。
アイルムは、白ワインに落として。
ミルケラとヨルトラはそのままで。
タンジェントは、ドライペリルを作ると言って、食べずに部屋へと持って行った。


 次の日から、毎日少しづつペリルの収穫をした。庭師たちはもう十分食べたと言って、ほとんどをドレイファスと懐妊中のマーリアルへと献上したのだが。
 マーリアルは、三男を出産したのちに庭師たちそれぞれにお礼の品を用意して感激させたとか。




 初夏から夏に変わる頃、畑のペリルが少し萎れてきた。

「暑いのが苦手なのだろうか?」
モリエールが土に触れて、土も熱くなっていると訴える。
「まあ、春から初夏によく採れるもんなぁ」
ミルケラも、言われてなるほどと頷いている。

 他に移せるところもないのだが、暑いのがイヤなら日陰でも作ってやるかとミルケラが藁を編み、風通しのよい軽い日除けで畑を守ってくれた。

 タンジェントは靴を履いているから、土がこんなに熱を持つとは知らなかった!
 しかし、軽く掘ってみると少し深いところは冷たいまま。熱はどこで消えるのだろう?など、土は奥が深いとみんなでさらなる分析を開始している。

 そういえば。
ペリルと共に挑戦したものはどうなったかというと、まず、さや豆は全滅した。
 移植当初から自力で立てるほど根を張ることもできなかったので、これはしかたない。畑に倒したまま、来年まで観察しつつ放置することにした。



 レッドメルの粒を埋めたら、いくつかが葉っぱをつけた。さらに蔓を伸ばし、花をつけ、花の根元を膨らませて成長を続けている。
あんなちいさな粒が、こんなに大きく育つ元だなんて!と庭師たちは衝撃を受けた。

レッドメルは意外と貴重品なのだ。
もちろんまだ、本当に実がなるかはわからないが。もし、畑で作れるようになったらと想像すると、庭師たちは震えが止まらなくなった。
うれしすぎて!

目下の心配は土の適性が下がってきていること。実がなるまでなんとか維持したいと思うと、やはり行き着くところは土の研究だ。


 スピナル草は、驚異的な繁殖力ですでに畑を形成しつつある。
これは他の植物と離して区切ったほうがよさそうだとみんなで結論づけ、少しづつスピナル草用に耕している畑に移し始めている。放っておいても生えてきそうだが、一応記録は続けている。グリーンボール、サールフラワー、ブラックガーリーもスピナル草と同じように、枯れるものもあるが、予想以上にうまく定着してくれタンジェント期待のトモテラの粒は・・・
半分くらいは葉が出た。ひょろリと高く伸びて倒れそうなのでミルケラが支えをたて、様子を見ている。小さな黄色い花をつけたが、果たして実が付くのか。
トモテラ好きは多い。ここで採れるようになったら最高だと気合を入れて取り組んでいる。
毎日の鑑定でひとつわかったのは、水が多すぎるとか少ないとか、水分に注文が多い植物だということ。世話をするのが楽しくてたまらない。

 ペリルから始まった庭の一画からの畑の挑戦は、数カ月で八種類に増えた。
 次の年に繋げるための準備はそれぞれに違い、粒を残すのか、茎を残せばいいのかも試行錯誤だが、来年、そして再来年と試し続ければいつか公爵家の庭は、庭師たちが作り上げた畑で満たされることだろう。


「さて。冬の間にスライム小屋を魔石で温めてどれかが育つか試すぞ!」

 五人の庭師たちのあれやこれやは、まだまだ続くのである。
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