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47 ちいさな芽

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 日が傾き、畑が焼けた空の色を映し始めた頃。

 夕方の水やりにドレイファスがやってきた。小屋の前のベンチに座って休んでいたヨルトラが、誰より早くに気づいてにこやかに手を振る。
「ヨルトラ爺!」

 タタッと駆けて来て、ヨルトラの膝に小さな手のひらを乗せた。

「あのね」

 膝に手をついたまま、顔を上げるとふたりの距離がものすごく近くなる。

「葉っぱ、出たの。粒。葉っぱのあかちゃんだよ」

 ヨルトラはその意味を瞬時に理解した!
ドレイファスの脇に手を差し込んで抱き上げると、うれしくなって小さな主を抱きしめてしまう。

(それだっ!それを知りたかった!)

 今朝、話を聞いてとりあえず畑の一画に数粒を埋め込んだ。わからなくならないように、埋めたまわりに日付を書いた立札と、そこに踏み込まないよう紐をかけて。

 埋めたら必ず葉が出るのだろうか?
何日くらいかかるだろう?
楽しみすぎて顔がニヤニヤしているが、本人は気づかずにドレイファスを抱いている。

「ヨルトラじぃ、お水やるぅ」

 ドレイファスがジタバタと暴れたので我に返ると、そっと地面におろしてやって。

 そのあともヨルトラの頭はちいさな葉っぱが出てくるイメージでいっぱいのまま。
杖をついているから出来はしないが、足もとは気分よく踊りだしそうなほどだった。

 その夜、小屋の食堂でヨルトラがみんなにドレイファスの話を共有すると、庭師たちは目をキラキラさせて身を乗り出し、先を聞きたがった。まあヨルトラも知らないので、スカッとこけてみせたミルケラに笑いが起こる。

「でもいままでなら、野山や森にいつの間にか生えていて、それを抜いたり刈ったりしてきたから気づかなかっただけで。
庭園でもちいさな葉っぱが生えていることはあったが、そんなこと考えもせずに見映えに邪魔だと抜いて捨てていた」

 ちいさな葉っぱが生えるのも自然が為すこと。としか思っていなかったから、小さな葉っぱが顔を出す元があることにだーれも気づかなかったのだ。

「俺たちって、本当に何にも考えずに在る物採って生きてきたんだな・・・」

 タンジェントの一言に、沸き立つ気持ちが冷える。

「そうだな。他の世界では何からそれが生まれるのかを知り、自分の手で育て上げているというのに。
でも俺たちは気がついた。というか、ドレイファス様に教えてもらえたんだ。今からは、ある物を採るから、採る物を作る、育てるに変わればいいと思うんだ」

 ヨルトラが年長者らしく、いままでを悔やんで俯くより顔をあげて前を見ようと伝えると、みんなの顔が綻ぶ。

「よし、じゃあまた明日から地味に確認・記録・検証だ!」

 タンジェントの声に、みんなでハイタッチしてそれぞれの部屋へと戻っていった。



 情報室分室では、まだマトレイドが残っていて、今の騎士団と情報室全体の構成で新館が建ち上がったときの人の配置に頭を悩ませていた。

 二手に分けることはできるが、それだけだ。
これでは休みを取ることができない。
交替勤務のために必要な人員がいない。
もちろんマトレイドやロイダルが探してきたりもしているが。ミルケラの兄が紹介してくれるだろう一人を入れたとしても全然足りないのだ。

 緊張を伴う警備を休みなしでさせるのは、危険だし離反の元にもなる。
政治的身上、思想と人格に問題がなく、技術が揃ったよい人材をどう揃えるか。

・・・そもそものハードルが高すぎるのか。

 ふっと力がぬける。
技術は育成してもよい、若く育て甲斐ある者にも目を向けようか。

 ロイダルはまだ辺境伯領から戻らない。
ミルケラの兄の友人はありがたいことに公爵家に迎えても問題ない男だった。少し合流は遅れるが。

 ロイダル・・・早くなにか言ってこい!

 一人で仕事をしていると苛つくだけだと、切り上げて妻子の待つ家に帰ることにする。

 情報室、所謂暗部と呼ばれる部署の者は独身が多いが、マトレイドは妻帯している。妻とこどもが一人、公爵家から少し歩くところに小さな家を構えている。
 職務上家族の危険はゼロではないが、ドレイファス団になって潜入や暗殺から離れることができた。立場上口が裂けても誰にも言えないが、実はとてもうれしかった。
 以前のように長期潜入で家をあけることもなくなり、家族も喜んでくれている。
・・・普通の幸せに喜ぶ俺は、そもそも情報室に向いてなかったのかもしれないな。

 見上げると、夜空には無数の星あかりが煌めき、マトレイドの小さな嘆きを慰めているようだった。

 家につくと、妻のロメリは縫い物をしていた。
「マティおかえりなさい。早かったわね。ご飯食べてきた?」
「ああ」
それを聞くと、茶を淹れてくれる。
隣に座り、妻の肩に顎をのせるとなやみごと?と気づいてくれた。

「騎士団の騎士が足りない。いい人材を集めたいが、そう大手を振って集めてると言えないんだ」

 ロメリはマーリアルの侍女だった。公爵邸で知り合って結婚したので、マトレイドが暗部所属ということも承知している。話してくれることは聞いても良いこと。話さないことは聞いてはいけないことと理解している得難い伴侶だ。

 夫はその職務上、家で仕事の話をすることはなかったので、ロメリはとても驚いた。
仕事の愚痴を零したことと、その愚痴の内容に。

「情報室で騎士団の採用をするようになったの?」
「ああ?言ってなかったな。実は情報室分室と言って、ドレイファス様付になったんだ。新館を建てているのは知ってる?今後はそちらが本宅、今の屋敷はドレイファス様専用の別宅になるんだよ。だから今の二倍は警備に当たる騎士が必要なんだ」
「まあ!マーリアル様も新館に行かれるのかしら?」
「生活は新館、ドレイファス様付の仕事や寮は別宅になる」

茶を飲んで喉を潤す。

「まずこちらでいいと思える者を探して、身上調査で問題なしと出てから初めて引き抜きの話をしているから、とにかく時間がかかってしまってな」
「そうなのね。いいと思う人はどうやって探しているの?」
「ロイダルか俺が歩き回って」
「それは果てしないわね」

 ロメリが俯き、しばらく考えていたが顔を上げる。

「ねえマティ、あと何人くらい探しているのかしら?」
「最低でも15」
「結構多いわね・・・。まあいいわ。若奥様の会、知ってるでしょ?下位貴族の若い奥様たちばかりのお茶会。私も会員に入れてもらったの」

ロメリの社交はマトレイドはまったく知らなかったので、目を見開いた。

「その中に、男爵や子爵家出身の騎士の奥様がけっこういるのよ。私の旦那様が公爵家使用人と知っても態度も変わらない奥様なら、旦那様もそれなりの方じゃないかと思うの。もちろん騎士としての技量は私にはわからないわ。リストを作ってあげるから調査してみたらどうかしら?」

「ロメリー!ありがたいよ、早速頼むよ」

マトレイドは妻にぎゅうっと抱きついた。

「ねえ、マティ。あなた、ドレイファス様付になるということは潜入とかはしなくなるのかしら?」
「ゼロになるかはわからないが、少なくとも当分はないと思う」

 ロメリは花が開くようにパアッと笑い、うれしい!とマトレイドを抱きしめた。

 翌日、ロメリに作ってもらったリストを手に情報室分室に行くと、漸く戻ったロイダルが居眠り中だった。
マトレイドはその鼻をギュッと摘んでやる。
ぷはっ!と飛び起きたロイダルに、おまえそんな無防備に寝てたら死ぬぞと脅してやった。
ひでえな!と文句を言っているが、調査結果を出すよう促す。

「まず、ミルケラの兄の友人ワーキュロイ・イルツエグは問題なしだ。メルクルに話してもらい、了承してくれたら確定できるだろう」

 ロメリが書いてくれたリストを、ロイダルに渡す。

「何これ?」
「ロメリの奥様の会の友だちの旦那」
「なんだ、そりゃ!えらい遠いお付き合いだな」
「嫁がいい人だから旦那もいいんじゃないかってロメリが言うから」

 リストに目を通したロイダルは、特に不満もなさそうだ。

「みんな比較的近いエリアだな。動きやすそうだから、これならすぐ終わる」

そう言うとそのまま出かけて行った。

四日ですべての調査を終えるという、それまでのだらけ具合が嘘のようなロイダルが戻り、結果を聞く。

 ロメリのリスト18人の中で、嫁は良くてもねというのが7人。しかし、他の者は勤勉実直で、みんな平民だった。故に政治的背景に問題ない者が多く、目から鱗が落ちた。
どうしても貴族の中から探してしまうが、そうするとたいてい反対派閥と繋がってしまう。
優秀な平民あがりの騎士か!マトレイドとロイダルはようやく光が見えた気がした。

「じゃ、俺はその線でもう一度調査してみるわ」ロイダルが出かけていく。

 マトレイドは、まずミルケラに兄に連絡を頼みに。そのあと平民出身の騎士を採用してもよいかを確認しに、マドゥーンのところへ向かった。

 マドゥーンを介したドリアンの返事は、善き者なら平民の登用も問題なしとのこと。
そこからは一気に物事が動き始めた。

 メルクルとワーキュロイの合流と、平民だがよい筋の騎士たち。声をかけたほとんどがよりよい俸給と待遇、そして公爵家の使用人になることを選び、神殿契約に応じてくれ、新館の準備も滞りなく終えられた。
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