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46 つぶつぶの謎
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星が美しく瞬く夜。
おとなもこどもも、深い眠りについていた。
もちろんドレイファスも。
いつものように夢を見ていた。
レッドメルのあの粒粒の。
男たちはかごに入れてあった粒粒を取り出し、一粒づつ手のひらで様子を見る。
レッドメルの粒粒の中で白っぽいものや小粒なものは捨て、おおきくて黒い粒だけを残して畑に・・・埋めた!
ええっ!あれ土に入れたらどうなるの?
あんなちっちゃな粒一個なのに?
埋めたら無くなっちゃうよ!
黒い粒が土に埋もれていくのを見ながら、ドレイファスは深い眠りに吸い込まれていった。
いつものようにメイベルに起こされたドレイファスは、その日は夢を思い出せなかった。
ただ、レッドメルが無性に食べたくて、タンジェントに頼みに行きたい!とだけ、なぜか頭にあって。庭に行きたくてたまらなかったが、顔も洗わないなんてメイベルはけっして許さない。身支度を整え、朝食を終えてからやっとルジーと畑へ向かった。
ほんの少しだけ我慢できるようになったのだ。
ドレイファスはほんの少しだけおとなになった。
庭へ続く扉を開けると、今日もよく晴れて雲一つない青空が広がっていた。
いつもはタンジー!と呼ぶのだが、タンジェントは扉の前に立っていて、危うくぶつかるところだ。
「おお、あぶね」
そうは言ったが、おはようございますとドレイファスに笑いかけた。
「タンジー、あのね、レッドメルはまだある?」
「ん?食べたいのか?」
「おかあさまのレッドメル、この前たくさんたべちゃったの。またあげたいなー」
五歳児の精一杯。本当に食べたいのは自分。
深く考えて言ったわけではないが、なかなかよい出来だった。
コロリと騙されたタンジェントは、畑から一個とって、半分切り分けるとルジーに手渡した。その断面を見ているうちに、夢を見たことを思い出す。
「あーっ!ヨルトラ爺ー!」
急に叫んだドレイファスに驚いて、タンジェントが手にしていたレッドメルを落としそうになった。
あぶねー落とすところだったーと背後でこぼす声が聞こえるが、ドレイファスは杖をついてひょこひょこと向かってくるヨルトラだけを見て手を振っている。
「粒粒!白いの捨てて黒いのうめたの!」
それを聞いたヨルトラは雷が落ちたかのようなびっくりした顔で立ち止まり、それから大きな声で笑って、そうだったのか!と叫ぶ。
そのまま歩いてきたヨルトラは、ベンチに腰を下ろすとドレイファスを膝にのせた。
「レッドメルの粒を土に埋めるとどうなるんだね?」
「うーん?わかんない」
そうか、そこはまだなんだな。
でも粒を土に埋めて様子を見ればいいんだ。
それがわかっただけでも前進だ!ヨルトラは孫のような主の頭を撫でくり回した。
ルジーが持っていた半分のレッドメルを、ドレイファスが持ちたがる。
落とすなよーと言いながらルジーが持たせてやり、扉を開けて屋敷へと戻っていった。
タンジェントが、さっき切り分けたレッドメルの残り半分を手にして小屋に戻ろうとすると、ヨルトラが、それをみんなで食べよう!と声をかけてきた。
さっき朝食を食べたばかりだが、今か?とタンジェントが聞く。ヨルトラはにっこりした。
「もちろん今だよ」
小屋の扉を開け放し、食堂のテーブルにひとり分づつのレッドメルを皿に分けると、畑から一汗かいて戻った庭師たちは、ありがたい!と手を伸ばした。
「さあ、粒はザルに頼むな」
ヨルトラは、粒だけが目当てだ。
水分の多い果実を朝からたっぷり食べ、満腹感で動きが鈍いが、モリエールは粒をきれいに洗ってザルごと水分を切ると、前と同じように外に干す。
モリエールが食堂に戻ると、ヨルトラが切り出した。
「ドレイファス様が、この粒を土に埋めると言うのだ」
みんなの視線は、ヨルトラの手のひらに乗った手指の爪先より小さな黒い粒に釘付けとなる。
「こんな小さな粒をわざわざ土に埋める理由はなんだ?風に飛ばされたら終わりだぞ」
「こんな小さい粒がレッドメルにはならんだろ?」
アイルムが首をひねり、モリエールが疑いを口にする。
「でも可能性があるなら試さないと」
ヨルトラの言葉に異論はない。試して記録して検証し、それを次の年もくり返す。
時間はかかるが、誰も知らないことを最初に知るのは自分かもしれないと思うと、庭師たちはワクワクした。
「そういえば、花を擦り合わせたペリルの実がだいぶ大きくなった。赤味も出てきたからもう少しで食べられそうだよ」
ミルケラが報告する。
「甘くなるといいなあ」
長い茎から根を伸ばしたものは、まだ花もついていないが、葉が増えて大きくなった。実をつけるまで、いや、実がついたあと枯れ、次の年に動き始めるまでを見守らねば。
「いつ埋めたらいいんだろうな?」
握りしめた黒い粒を見ながらポツンと呟いたヨルトラに、こんなにあるんだから何回かに分けて埋めたらいいとミルケラが答えてくれる。
簡単なことだった。ヨルトラは己の思い込みに苦笑したが、誰より若いミルケラが、そんなこともあるよと言ってくれた。
というわけで、レッドメルとトモテラの粒粒をいくつかに分け、週に一度づつ土に埋めることにする。三ケ月くらいは埋めることができそうだと、庭師たちは期待に胸が膨らんだ。
さて。ルジーが屋敷に持ち帰ったレッドメルは、厨房でカットされ公爵夫人マーリアルの元に届けられた。
この前食べ損ねた分も食べなくちゃ!とマーリアルが白い美しい手を伸ばそうとしたとき、小さな手が先んじてレッドメルを掴む。
「ドレイファス!あなたこの前たくさんお上がりになったでしょう。今日はあなたがお母様にもらってきてくれたのではないのですか?」
イラッとして息子に文句を言うと、五歳児はしれっとして
「おかあさまにはおおすぎてポンポンこわしちゃうとおもうから、ぼくも食べてあげます」
そう言って、うふふと笑った。
「これくらい大丈夫、むしろ食べたいわ」
と皿を取ろうとすると、ドレイファスがサッと皿を抱え、ひと切れ取ってマーリアルの口元におかあさまアーン!と運んだ。
これは食べないわけにはいかない。しかたなく口を開けて食べさせてもらう。
シャクシャクと咀嚼すると、はあ!やっぱり美味しい!
シャクシャクシャクシャク
ハッとして隣を見ると、息子がげっ歯類の小動物のように物凄い勢いで口を動かしていた。
口の端から、ツーと紅い果汁が流れてくるほどに。
「ドレイファスっ!あなたどれだけ食べるつもり?おかあさまに渡しなさい!さあ」
手を伸ばすとサッと避けて、皿にあったレッドメルをひとつふたつみっつと口に押し込んでいく。
「ぼぉーっちゃまー!お行儀悪すぎ!デッスッ!」
気がついたメイベルが雷を落とすと、小さな手が握りしめていた皿を取り上げてマーリアルに渡し、ドレイファスを抱えて出て行った。
「まったくもう、ドレイファスったら。あの食いしん坊、誰に似たのかしら?もっとお行儀しっかり教えなくてはダメね。
それにしてもメイベルも元気だこと!」
マーリアルの独り言を聞いた侍女ふたりは、坊ちゃまは間違いなく奥方様にうり二つ!と思ったが、口にはしなかった。
自室に連れて行かれたドレイファスは、ルジーに迎えられた。
「ん?顔が汚れてるぞ」
タオルを取り出して、メイベルに抱えられたままのドレイファスの顔を拭いてやった。ごしごし擦って、ハイきれいになったと頭をポンポンすると、メイベルはそのままソファに座らせる。
「ルジー、積み木したいな」
食べたいだけ食べて満腹らしい。けふっとちいさくげっぷをしている。
ルジーが積み木の箱を持ってくると、ソファでコロンと眠りこけるこどもがいた。
「あれ?寝てる」
「奥方様のところで散々騒いで。レッドメル食べまくって疲れたんじゃないですか」
メイベルがしらっと言う。
突き放したような口調だが、すぐブランケットを用意して掛けてやっている。
カーテンを閉めて、日差しを断つとメイベルたちはそっと部屋を出た。
とろとろと眠るドレイファスはまぶたが右に左にと動いている。また夢を見ているのだ。
この前の続きのような。
黒い粒を埋めたらしきところから小さな葉っぱがニ枚か三枚、それがいくつも並んでいる。
葉っぱのあかちゃん!
かわいい!
あかちゃんって、なんでもかわいいな。
うふふ
小さく笑い声を洩らす。
心地よい眠りに身を任せたまま。
おとなもこどもも、深い眠りについていた。
もちろんドレイファスも。
いつものように夢を見ていた。
レッドメルのあの粒粒の。
男たちはかごに入れてあった粒粒を取り出し、一粒づつ手のひらで様子を見る。
レッドメルの粒粒の中で白っぽいものや小粒なものは捨て、おおきくて黒い粒だけを残して畑に・・・埋めた!
ええっ!あれ土に入れたらどうなるの?
あんなちっちゃな粒一個なのに?
埋めたら無くなっちゃうよ!
黒い粒が土に埋もれていくのを見ながら、ドレイファスは深い眠りに吸い込まれていった。
いつものようにメイベルに起こされたドレイファスは、その日は夢を思い出せなかった。
ただ、レッドメルが無性に食べたくて、タンジェントに頼みに行きたい!とだけ、なぜか頭にあって。庭に行きたくてたまらなかったが、顔も洗わないなんてメイベルはけっして許さない。身支度を整え、朝食を終えてからやっとルジーと畑へ向かった。
ほんの少しだけ我慢できるようになったのだ。
ドレイファスはほんの少しだけおとなになった。
庭へ続く扉を開けると、今日もよく晴れて雲一つない青空が広がっていた。
いつもはタンジー!と呼ぶのだが、タンジェントは扉の前に立っていて、危うくぶつかるところだ。
「おお、あぶね」
そうは言ったが、おはようございますとドレイファスに笑いかけた。
「タンジー、あのね、レッドメルはまだある?」
「ん?食べたいのか?」
「おかあさまのレッドメル、この前たくさんたべちゃったの。またあげたいなー」
五歳児の精一杯。本当に食べたいのは自分。
深く考えて言ったわけではないが、なかなかよい出来だった。
コロリと騙されたタンジェントは、畑から一個とって、半分切り分けるとルジーに手渡した。その断面を見ているうちに、夢を見たことを思い出す。
「あーっ!ヨルトラ爺ー!」
急に叫んだドレイファスに驚いて、タンジェントが手にしていたレッドメルを落としそうになった。
あぶねー落とすところだったーと背後でこぼす声が聞こえるが、ドレイファスは杖をついてひょこひょこと向かってくるヨルトラだけを見て手を振っている。
「粒粒!白いの捨てて黒いのうめたの!」
それを聞いたヨルトラは雷が落ちたかのようなびっくりした顔で立ち止まり、それから大きな声で笑って、そうだったのか!と叫ぶ。
そのまま歩いてきたヨルトラは、ベンチに腰を下ろすとドレイファスを膝にのせた。
「レッドメルの粒を土に埋めるとどうなるんだね?」
「うーん?わかんない」
そうか、そこはまだなんだな。
でも粒を土に埋めて様子を見ればいいんだ。
それがわかっただけでも前進だ!ヨルトラは孫のような主の頭を撫でくり回した。
ルジーが持っていた半分のレッドメルを、ドレイファスが持ちたがる。
落とすなよーと言いながらルジーが持たせてやり、扉を開けて屋敷へと戻っていった。
タンジェントが、さっき切り分けたレッドメルの残り半分を手にして小屋に戻ろうとすると、ヨルトラが、それをみんなで食べよう!と声をかけてきた。
さっき朝食を食べたばかりだが、今か?とタンジェントが聞く。ヨルトラはにっこりした。
「もちろん今だよ」
小屋の扉を開け放し、食堂のテーブルにひとり分づつのレッドメルを皿に分けると、畑から一汗かいて戻った庭師たちは、ありがたい!と手を伸ばした。
「さあ、粒はザルに頼むな」
ヨルトラは、粒だけが目当てだ。
水分の多い果実を朝からたっぷり食べ、満腹感で動きが鈍いが、モリエールは粒をきれいに洗ってザルごと水分を切ると、前と同じように外に干す。
モリエールが食堂に戻ると、ヨルトラが切り出した。
「ドレイファス様が、この粒を土に埋めると言うのだ」
みんなの視線は、ヨルトラの手のひらに乗った手指の爪先より小さな黒い粒に釘付けとなる。
「こんな小さな粒をわざわざ土に埋める理由はなんだ?風に飛ばされたら終わりだぞ」
「こんな小さい粒がレッドメルにはならんだろ?」
アイルムが首をひねり、モリエールが疑いを口にする。
「でも可能性があるなら試さないと」
ヨルトラの言葉に異論はない。試して記録して検証し、それを次の年もくり返す。
時間はかかるが、誰も知らないことを最初に知るのは自分かもしれないと思うと、庭師たちはワクワクした。
「そういえば、花を擦り合わせたペリルの実がだいぶ大きくなった。赤味も出てきたからもう少しで食べられそうだよ」
ミルケラが報告する。
「甘くなるといいなあ」
長い茎から根を伸ばしたものは、まだ花もついていないが、葉が増えて大きくなった。実をつけるまで、いや、実がついたあと枯れ、次の年に動き始めるまでを見守らねば。
「いつ埋めたらいいんだろうな?」
握りしめた黒い粒を見ながらポツンと呟いたヨルトラに、こんなにあるんだから何回かに分けて埋めたらいいとミルケラが答えてくれる。
簡単なことだった。ヨルトラは己の思い込みに苦笑したが、誰より若いミルケラが、そんなこともあるよと言ってくれた。
というわけで、レッドメルとトモテラの粒粒をいくつかに分け、週に一度づつ土に埋めることにする。三ケ月くらいは埋めることができそうだと、庭師たちは期待に胸が膨らんだ。
さて。ルジーが屋敷に持ち帰ったレッドメルは、厨房でカットされ公爵夫人マーリアルの元に届けられた。
この前食べ損ねた分も食べなくちゃ!とマーリアルが白い美しい手を伸ばそうとしたとき、小さな手が先んじてレッドメルを掴む。
「ドレイファス!あなたこの前たくさんお上がりになったでしょう。今日はあなたがお母様にもらってきてくれたのではないのですか?」
イラッとして息子に文句を言うと、五歳児はしれっとして
「おかあさまにはおおすぎてポンポンこわしちゃうとおもうから、ぼくも食べてあげます」
そう言って、うふふと笑った。
「これくらい大丈夫、むしろ食べたいわ」
と皿を取ろうとすると、ドレイファスがサッと皿を抱え、ひと切れ取ってマーリアルの口元におかあさまアーン!と運んだ。
これは食べないわけにはいかない。しかたなく口を開けて食べさせてもらう。
シャクシャクと咀嚼すると、はあ!やっぱり美味しい!
シャクシャクシャクシャク
ハッとして隣を見ると、息子がげっ歯類の小動物のように物凄い勢いで口を動かしていた。
口の端から、ツーと紅い果汁が流れてくるほどに。
「ドレイファスっ!あなたどれだけ食べるつもり?おかあさまに渡しなさい!さあ」
手を伸ばすとサッと避けて、皿にあったレッドメルをひとつふたつみっつと口に押し込んでいく。
「ぼぉーっちゃまー!お行儀悪すぎ!デッスッ!」
気がついたメイベルが雷を落とすと、小さな手が握りしめていた皿を取り上げてマーリアルに渡し、ドレイファスを抱えて出て行った。
「まったくもう、ドレイファスったら。あの食いしん坊、誰に似たのかしら?もっとお行儀しっかり教えなくてはダメね。
それにしてもメイベルも元気だこと!」
マーリアルの独り言を聞いた侍女ふたりは、坊ちゃまは間違いなく奥方様にうり二つ!と思ったが、口にはしなかった。
自室に連れて行かれたドレイファスは、ルジーに迎えられた。
「ん?顔が汚れてるぞ」
タオルを取り出して、メイベルに抱えられたままのドレイファスの顔を拭いてやった。ごしごし擦って、ハイきれいになったと頭をポンポンすると、メイベルはそのままソファに座らせる。
「ルジー、積み木したいな」
食べたいだけ食べて満腹らしい。けふっとちいさくげっぷをしている。
ルジーが積み木の箱を持ってくると、ソファでコロンと眠りこけるこどもがいた。
「あれ?寝てる」
「奥方様のところで散々騒いで。レッドメル食べまくって疲れたんじゃないですか」
メイベルがしらっと言う。
突き放したような口調だが、すぐブランケットを用意して掛けてやっている。
カーテンを閉めて、日差しを断つとメイベルたちはそっと部屋を出た。
とろとろと眠るドレイファスはまぶたが右に左にと動いている。また夢を見ているのだ。
この前の続きのような。
黒い粒を埋めたらしきところから小さな葉っぱがニ枚か三枚、それがいくつも並んでいる。
葉っぱのあかちゃん!
かわいい!
あかちゃんって、なんでもかわいいな。
うふふ
小さく笑い声を洩らす。
心地よい眠りに身を任せたまま。
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