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37 ミルケラは二刀流を目指す

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「ターンジー」
 叫び声が庭園に響いた。
パタパタとこどもの足音が近づいてくる。
右に左に金髪を揺らしながら。

「うっわ!何これー?」

 目の前に現れたスライム小屋に、大きく見開いた目は釘付けだ。
製作者のミルケラが扉を開けて中に入れてやると、あっつーい!と遠慮なく叫ぶ。
 外から見ると、おとなの腰ほどの高さにぼんやりと金の塊が動くのが見える。
小さな手のひらをスライムに押しつけているようで、ピタッと張り付いたそれがとてもかわいい。
ルジーも一緒に入ったが、すぐに暑すぎる!と出てきた。

「ドレイファス様、スライム小屋ってこんな感じで合ってるか?」

 汗を拭き、風にあたりながらルジーが小屋の中に声をかけると、「うん!こんな感じかも」と元気な返事がかえってきた。

「やったな!」

 ルジーが目配せしてきたが、形になったのはミルケラの手柄だ!そう言うとミルケラが、乾燥スライムを買うと決めたタンジェントの手柄だ!と譲ってくる。

「じゃあみんなのお手柄だね」

 小屋から出てきた天使、ドレイファスの一言でみんなニッコリとまとまることができたのだった。

「ドリアン様にも見せたいな、これ」
「しかし、使い途がわからん。まず暑すぎるだろ?こんな暑い中にペリル植えてどうするんだっていうの」
「うん、それは俺もわからん。いまはな。おいおい何か思いつくだろうから様子を見ようぜ」

 ルジーはドレイファス様についてから、ちょっとやさしく気が長くなったと思う。以前ならもっと苛ついただろうに。
 その変化は、情報室で市井に潜入するにはよろしくないかもしれないが、一人の人間としては好ましいものだった。少なくともタンジェントはそう感じていた。

「タンジー、畑行ってもいい?」
小首を傾げて聞いてくるのが可愛すぎる。
「もちろん。足元気をつけて」
最後まで聞かずに飛び出してしまう。

 遠目に見守っていると、ペリルの畑の中を歩いてはときどきしゃがみ込む。

「あ!つまみ食いしてるんじゃないか?」

 ルジーが目ざとく気づいて笑う。侍女のメイベルがいたらお行儀悪い!と烈火のごとくお怒りになるだろうが、ここは気楽な男所帯だ。多少土がついていようが、食べる前に吹けば飛ぶくらいのものなので、2個3個くらい摘んでもどうって言うことはない。

 ドレイファスは、ペリルの次にトモテラの畝に行った。こちらは定着するかどうか、まだまったく未知のものである。とりあえず、まだ萎れていないというのが朗報というくらいか。
 そろそろとトモテラに近づいたドレイファスの動きを見ていると、どうやら一つもいで口に入れたようだ。その頬が上下しているのがわかった。

「うまそうに食べてるな」
 庭の男たちは、あたたかい目で小さな主を見守った。

 いろいろつまんで満足したらしいドレイファスが屋敷に戻ると、漸く庭師たちの庭園と畑の手入れが始められるのだ。

 朝と同じように、土を根を葉を花を確認して歩く。少しでも不安のあるものは札を立てておき、まめに様子を見る。どうしようもないものはそっと抜き去るのだが、諦めるものは一本でも少なくしたい。
 一本でも多く根を下ろし、来年に繋げてほしいと庭師たちは願っていた。


 夕方、ドレイファスは家庭教師の面談とやらで来られなかったので、大人たちが静かに水やりを終わらせた。
 日が落ちる少し前、作業小屋の横まで小さな馬車が横付けされ、御者台からモリエールが飛び降りて扉を開けると、ヨルトラ・ソイラスが中から手を振るのが見えた。

「ただいま!」
「おかえり。ヨルトラ、よく来てくれた!」

 タンジェントが誰よりも先に手を差し出し、固い握手を交わした。
ミルケラ、アイルムも続いて握手し自己紹介をしている。
 馬車から荷物をおろす間に日が落ちて、庭園も畑も闇に沈んでしまったため、案内はまた明日。部屋に荷物を入れると、まずは夕食を食べようと共に食堂へ向かうことにした。


 厨房を覗くと、今夜はボンディは留守のようだ。紹介は明日にもちこしとなった。
トレーを五人分用意してもらうと、ヨルトラの分もモリエールが持ってテーブルに着く。
今夜のメニューも、スープと野菜と腸詰めの煮物と固いブレッド、小鉢のサラダだ。

「うん、うまいね」
 ヨルトラも褒めた。塩味がしっかりついているなんて贅沢だ!とも。

「塩味?前にアイルムが言ってたな」
「そうそう、言った。なあ?もしかして、塩が高いからうっすら味つくくらいにしか普通は使えないって知らないのか?」
「・・・・・(そうなのか)」
「図星かよ」
「あの、言い訳するつもりはないが、公爵領内には岩塩が採れる山があるんだよ。公爵が管理してて自領と王都以外では売れないようにしているんだけど、ここでは塩はそんなに高いものじゃないんだ。町の食堂でだって、しっかり味がついたものが食べられるよ」

 アイルムたちが来てそろそろ一月は経つが、こんな話をいまさらするほど、植物の話しかしていなかったようだ。落ち着いたら一度、みんなと領内を回ろうということになった。

 作業小屋へ戻ろうという時、食堂へマドゥーンがやって来た。ちょうどいいとヨルトラを紹介する。

「これで庭師の皆さんはお揃いになりましたか?」
「ああ、予定の庭師は全員」
「ソイラス様がここにいらっしゃるということは、当然神殿契約はお済ませということでよろしいですね」

 モリエールがコクコク頭を振っている。

「では。ええ、今回は庭師の皆様だけではなく、情報室分室の皆様も全員で顔合わせを致しますので、朝食後の八刻に広間に集まってください」

 マドゥーンの話しにさほど意味も感じず、軽くはいはいと返事をして、みんなで小屋へ戻った。


 ヨルトラは自分の部屋の扉につけられた名札をしげしげと見つめている。五人程度、部屋を間違えるわけはないが、ミルケラが面白がって作った名札を掛けてある。
 ヨルトラの部屋に乱雑に置かれたものの荷解きはまだだが、すぐ使う物だけはモリエールが出したようで、既に多少の生活感が生まれ始めていた。

 

 各自の部屋へと戻るなか、タンジェントはミルケラに声をかけて引き止めると茶を淹れ、2つのカップをテーブルに置いた。

「ミルケラ、今日のスライム小屋は素晴らしかった」
「いやいや、前にチラっと聞いたのってあんな感じかなーと思っただけで。なんかうまくいってよかったよ」

 そう謙遜するが、とんでもない能力だとタンジェントは賞賛の眼差しを向けた。

「変なこと聞くが。ミルケラは庭師になりたくてなったのか?」
「んー。たまたま兄上が庭師になっていて、修行させてくれるというので厄介になったというのが正解かな。家には残れなかったから、一人前になれるなら何でもよかったというと、理想に燃えるタンジェントやモリエールたちに怒られそうだが」
「いや、大丈夫さ。なあ。ミルケラは庭師も悪くないと思うが、大工や家具職人には興味ないか?」
「はは、そうきたか。クビか?そうだよな、ソイラス様が来たらひとり余分だもんなあ、俺なんか」

 いつも陽気なミルケラが悲しげに俯く。

「ち、違う違う違う!早まるなよ」

 タンジェントは、まったく反対に受け取られて大いに焦った。

「よく聞け。ほんとによく聞いてくれ!
公爵領ではこれからいろいろな物を創り出していこうとしているんだ。そのひとつが畑。そして畑の作業をより効率よくするための道具も生み出したいと考えている。俺の穴掘り棒!」

 タンジェントは立ち上がり、倉庫にかけてあった穴掘り棒を手に戻ってきた。

「ああ、それめちゃくちゃ使いやすいよな」
「こういうのを、これから作っていきたいと、実は大工か家具職人を雇おうと思っていたんだが。
・・・・・わざわざ雇わなくてもミルケラなら作れちゃうんじゃないかと思ってな」

 ん?とミルケラが顔を上げる。

「ミルケラが庭師になりたいというなら、もちろんこのままでいいんだ。いつもすごく助かってる。でも庭師に拘りがそれほどないというなら、仕事の半分でもこういう物作りをしてみてはどうかと思ったんだ。
 ぶっちゃけ、ミルケラって物作りの才能すごいと思うから。
しばらくやってみてから、よりやりたい方を選んでもいいんじゃないかな」

 目を数回パチパチとさせ、ハッとしたミルケラがようやくにっこり笑った。

「タンジェント!ありがとう。俺、庭師は嫌いじゃないが、スライム小屋とかベッドとか作るほうが楽しかった・・・
何か作れるものがあれば、やってみたいよ」

 タンジェントとミルケラの思惑が、ぴったりとはまった瞬間だった。

 ニヤっと笑ったタンジェントが、部屋から紙を一枚持ってきて、ミルケラに渡す。
ドレイファスがカミノメで見た穴掘り棒と水やり樽の絵だった。

「穴掘り棒は、俺の頭でもまあまあできたんだが、水やり樽はどうにもわからないんだ」
「なあ、この絵は誰が?」
「もう言っても大丈夫だろうな。うちの小さな主さ。あ、神殿契約忘れずにな!」

 こうしてタンジェントは、ひとつの重荷をびっくり顔のミルケラへ引き継ぐことに成功した。
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