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36 スライム小屋の試作

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 執務室でドリアンは、呼んだはずの者が来ないことに苛立っていた。

「マドゥーン、タンジーはどうした?」
「朝とはおっしゃいましたが、時間指定はありませんでしたので、手が空いたときに来るのでは?」

 さらりと返され、ドリアンは思い出す。
そうだった。何時と言わなかった自分が、言葉が足りなかったということだ。
 いや、世間的にはそこは執事が汲みとれよと言われるところなのだが、ドリアンは執事マドゥーンに口では敵わない。幼少からの付き合いでイヤというほどわかっているので、無駄なことはしないことにしている。

「マドゥーン、マトレイドとルジーにタンジーと来るよう言ってくれ。あと茶をくれないか」

 苛ついてもしかたない。
そのうち来ることは間違いないのだから。



 その頃、庭師たちは少し遅めの朝食を取っていた。

「そういえば、ドリアン様に呼ばれてるんだった。食べ終えたら執務室へ行ってくるよ」
「じゃあ俺、増築してる」

 ミルケラがことも無げに言う。
どれだけ器用なんだろう?と、ふとタンジェントはまだ大工や家具職人の面談をしていないことを思い出した。
 ぶっちゃけ、ミルケラさえいれば当分いらないんじゃないだろうか?
作業小屋の増築と、さっきのスライム小屋が終わったら、穴掘り棒と水やり樽を相談してみようと。




─コンコン!
マドゥーンがギギッと扉を開け、中に通してくれる。

「ああ、タンジー」
ドリアンは心なしか疲れた顔をしている。
「お呼びとうかがい、罷り越しました」
マトレイドとルジーも来ていた。

「これをカイドがまとめてきた」
それだけ言うと紙綴りをよこした。
「マトレイドもまだだろう?座って、目を通せ」

 カイドの少し右にあがるクセ字で書き込まれた紙綴りには、既にドリアンを十分悩ませただろうことが書き連ねられていた。

 読めば読むほど。
マトレイドたち情報室の者はもちろんだが、政治や貴族の縦横に疎いタンジェントであっても、公爵家の立ち位置に憂いを覚えたほどだ。

 【神の眼】が与えるだろう影響の大きさに。

「ドレイファス付きとしている者たちには、これを共有したいと考えている」

「なかなかに重いですね」
「いやか?」
「いえ、ドレイファス様を護らねばならない理由がわかりますから必要でしょう」

 ドリアンが表情は変えずに、視線を上げて三人を見つめる。
視線がぶつかるとお互い大きく頷いた。

 空気が重い。

「あの、ヨルトラ・ソイラスが来てくれることになりました」

 タンジェントが思いついたようにまったく違う話題を発すると、「え!」とドリアンの口が動く。

「庭園の造作には関わらないと言ってあります」
「それでいいと言ったのか?」
「はい。あの足では仕事もなかなか難しいようで。願ってもない条件だと喜んでいました」

 そうか、と言うと窓の外に視線をやった。

「タンジーがいいと思ったなら、それでいい」
「はい、ありがとうございます。
ところで、これからいくつかのことを同時並行で試す予定です。
作物は一年で一巡と考えると時間がかかりますが、それ以外の物に目処が立つかも知れません」
「それは、良い報せだな」

 タンジェントは答える前に微笑んで見せた。
空気が変わり、ほっとしたのはタンジェントだけではなかった。

「ソイラスが来たら、ドレイファス付きを全部集めて、スキルなどすべて話そう」
「畏まりました」
「また何か進捗があったら報せてくれ」




 作業小屋に戻ると、ミルケラはすでに木材を並べていた。
 四人の部屋の隣りではなく、入口のすぐ横に増築するつもりのようだ。
「あ、おかえりタンジー」
ミルケラはすでに汗まみれだ。
アイルムは今日は庭園で仕事をしている。

「ミルケラ、一人でやっているのか?」
「ああ、庭園だって見てやらないとだしな」

 しみじみ思うが、コイツ本当にいい奴だ・・・。

「入口に近いところに増築するのか?」
「足が悪かったら、家の奥より出入りしやすいところがいいだろ?」

ミルケラ!
仕事が早くて器用で気が利いて、やさしくていい奴。
こんなヤツが世の中にいていいのか、オイ!

 タンジェントは、ミルケラが公爵家に来てくれて本当によかったと神に何度目かの感謝をした。

「一緒にやろう!」

 材木を担ぐと、一緒に積み始める。
二人でやるとあっという間に、窓のない真四角な部屋が出来た。
 ここからはミルケラが一人でやる方が早い。棚を作り、手すり付の寝台まで。

 その間にタンジェントは石ガラスをはめた木枠を作っている。
 ふと見ると早送りでもしたのかと思いたくなるほどのスピードで早々に手があいたミルケラは、組んだばかりのログハウスの壁に、全く迷いを見せることなくノコギリをいれていた。

 タンジェントが作り上げた小さな窓を、ミルケラが開けた窓枠に嵌め込むと、ぴったりだ!
 測ったわけでもないのに?とタンジェントが驚くと、ミルケラはなんてこともないという感じで言った。

「うん、タンジェントが作ってる窓枠を見たから、合わせて穴を開けただけだよ」

 タンジェントは言った。
言わずにいられなかった。

「ミルケラ!おまえ本当に天才じゃないか?」



 部屋の増築が終わると、庭園と畑をタンジェントとアイルムが。ミルケラはスライム小屋の試作と分かれて作業を始めた。

 タンジェントとアイルムが早朝に植えた、三種類の作物たちの様子を鑑定してまわる。早くも萎れ始めたものが数本。復活してくれることを願い、もうしばらく様子を見る。
 土をなるべく本来に近くなるよう調整したが、それで必ず根付くわけではない。何かプラスの作用があって、初めて定着するようなので油断はできないのだ。

 ソートルベに出発する前、オーガンジーをかけたペリルの蕾は膨らみかけている。ヨルトラ・ソイラスが来るまで咲かずにいてくれるだろうか。花をこすり合わせたら実ができた理由を知っているだろうか。
 タンジェントはあと数日が待ちきれなくて、つい畑をウロウロしてしまっていた。


 ミルケラはというと。
乾燥スライムを長いナイフを使って薄く平らに削っていた。すべて平らにすると、同じ大きさに切りそろえ、蝋をスライムの保護のために塗りつけてみる。
 長い長方形の木に切れ込みをいれて一枚また一枚と薄く整えられた乾燥スライムが差し込まれ。
 そうして大きさの違う壁用三枚と屋根用一枚で計四枚の格子ができあがった。
 最後に組み立て始めた一枚は、真ん中が扉に設えられて蝶番で開閉できるようになっている。
 仕上がると日当たりのよい作業小屋の裏手に、格子四枚と格子戸一枚を運んだ。

 扉をつけた格子戸と、大きさを合わせた三枚を四角くなるように立てかけて四隅を留める。
屋根用格子をその上に乗せると四方すべてを細かく留め、屋根も壁も半透明という不思議な小屋のようなものが建ち上がった。

─所謂ビニールハウスもどき。ビニールのない世界なのでイメージに近かった乾燥スライムを使っているが、もとの世界のものよりはるかに頑丈で、しかも安く作れたことは誰も知らない─

 扉を開けてミルケラが中に入ってみると、石ガラスに比べたら透明度は低い乾燥スライムだが、日の光と熱は十分すぎるほど内部に伝えている。
 風もない室内は、ただ暑い。
 スライム越しに外を見ようとすると、タンジェントと思われるぼんやりした影が近づいてくるのが見えたので、扉を開けたら外から生温い風が吹き込んだ。
汗ばんだミルケラにはそれすら心地よい。

「おおお?なんだこれ?」アイルムが口を開けて覗き込む。
「これ?スライム小屋か?」
「うん、タンジーから聞いたイメージで、乾燥スライムでやれるとしたらこんな感じかなと思って」

 中に入り込んだアイルムが声をあげる。
「すっげぇ暑い!」
すぐ出てきたが、額にはうっすら汗が浮かんでいる。タンジェントももちろん体験した。
 想像以上に暑かった!

「ちょっとドレイファス様のところに行ってくるよ」

 タンジェントはスライム小屋と銘打った本人に見てもらおうと、屋敷に迎えに行った。
階段を上がりきる前に、頭上から声が響く。
「あれ?タンジーがどうしたんだ?」
「ドレイファス様は?」
「今、マナーの先生来てて、頑張ってるところだ。で?」
「そうだったのか。ミルケラがスライム小屋を作ってくれたから見てもらおうと思って来たんだが」

 それを聞いて、眠そうだったルジーがパッと表情を変えた。

「スライム小屋!マジか?見たい!戻ってきたらすぐ行くから!」
興味津々、軽い興奮状態だ。
「じゃ、あとでな。作業小屋の裏手にあるから」


 庭ではまだ、ミルケラたちがスライム小屋を出たり入ったりしていた。
小屋のまわりが水で濡れているのはなぜだ?
訊ねる前にアイルムが、
「水かけても、漏れもないんだよこれ!こんなに暑くなければ住めそうだ。秘密基地とかどうよ?」

 楽しんだらしい。

「雨の耐久性がまだわからないんだよな。まあ水吸って不具合でたら、乾燥スライムを取り替えればいいだけなんだが。しかし、一体これ何のために作ったんだろう?」

 ミルケラの疑問は、そのままみんなの疑問でもある。答えは小さな主しか知らないのだから。
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