上 下
35 / 272

35 顰蹙かいました

しおりを挟む
 公爵家の執務室は、日当たりがよく、部屋の中が明るくなるよう作られている。
 小春日和と言えるその日、軽い眠気を催しながらドリアンは考え事をしていた。

 カイドがまとめてきた初代当主とその妻と、それに絡んだ王家の秘密がかなり衝撃的だった。

─誰までに広げるか。

 侍女のメイベル以外のドレイファス付には知らせたほうがよいか。
一度皆を集めて、きちんと情報を共有しよう。

 執事のマドゥーンを呼ぶと、なるべく早く時間を調整するよう伝えたが、タンジェントがソートルベから戻るのがいつになるかはっきりしないようだ。

 タンジェントが戻るまでニ、三日。
もっと頭を整理しておこう。ドリアンは、嫡男を守りながら領地を発展させるためにできることを考え始めた。

 まだ時間があると思っていたドリアンの期待を裏切るように、その夜タンジェントとモリエールが帰還した。


─コンコン!
「失礼いたします」
マドゥーンが執務室へ顔を出した。

「あの、タンジェントがモリエールと戻りました」
「え?早いな」
「はい、詳細は聞いておりませんが、明日モリエールだけもう一度ソートルベに向かうそうです」
「そうか?何かあったのかな」
「呼びますか?」

 ドリアンは首を横に振り、明朝にとだけ言った。


 その頃、タンジェントたちは馬車を作業小屋まで乗り入れて、せっせと荷物を下ろしていた。主にミルケラがだが。

「すっごいな、何このスピナル草!どれだけ入ってるんだ?」

敷布にパンパンに入った緑の山に驚いたが、次の敷布に気づいて捲ると

「うわっ!なんだよコレ!っぶわっかじゃねえか、豆ばっかり何こんなに買ってんだよ」

さや豆が枝ごと詰め込まれていた。
引っ張り出すと、奥にもう一つの包み・・・

「嘘だろ、今度はなんだよ、もう!
あ、トモテラだ!俺トモテラ好きなんだよ、これはうれしいなー」

最後のトモテラだけ、ミルケラの好意的な声が聞こえてきたが、概ね買い過ぎだ!という非難の声だった。

「アイルム、土が乾かないように水分足したいんだが、頼めないか?」

ミルケラのボヤきに外に出てきたアイルムが頷き、「ちょっと湿ればいいか?」というと、指先から細やかな水滴を飛ばす。
みるみる敷布がしっとりして、根元に張り付いていく。

「こんなもんかな?」
「おお、ありがとう」
「まさかと思うけど、これ全部買ってきたのか?」

アイルムの呆れた視線がタンジェントを射るが、
「だって、土付き根っこ付きだぞ!」と、ドヤ顔だ。

 (こどもか?)

モリエールを含めた三人が、一斉にタンジェントを見た。



 厩舎に馬を戻して、明日また借りる手筈を整えたモリエールが小屋に戻ると、タンジェントが二日間の買物とヨルトラ・ソイラスが合流することを説明した。

「モリエールをそのまま置いてこようかと思ったんだが、そうすると誰かが馬車乗ってまた行かなくちゃならんだろ?早く植え替える準備したかったから、モリエールに無理させて悪いんだが、とんぼ返りしてもらうことにしたんだ」
「いや、師匠の迎えなんだから喜んで行かせてもらうよ」

 モリエールは疲れも見せず、相変わらずニコニコしている。

「それで一部屋増設したいから、ミルケラに頼んでもいいかな?」

 もちろん!とミルケラが親指をぐっと出してみせた。

「じゃあ、今夜は早く寝て、また明日頼むな」



 翌朝も朝からよく晴れた。
モリエールはふかふかの布団でぐっすり眠れたようで、すっきりした顔で元気に出かけて行った。

 残った三人の庭師は、まず根っこについていた土の鑑定から始める。
アイルムがそれを元に、作業小屋の横に積まれた様々な枯れ葉や土、時には虫の死骸などを荷車に放り込んでいく。
 畑用にただ耕しただけの土地にそれを漉き込み、タンジェントがまた鑑定してと、調整を繰り返し、適性を高めるのだ。

 スピナル草を植えるための一画を作り終えると、トモテラの一画を作り始める。最後がさや豆だ。

 ただ、ペリルやサールフラワーのように、移植前提で採取したわけではないから、たくさん土がついているわけではない。根っこも切れたりしている。
 土を作り、少し置いてから植えたいところではあるが、土の適性をある程度高めたらダメもとでそのまま植えてみることにしていた。

 一本でも二本でも定着してくれたら。
季節を終えたとき、枯れるのか?枯れたあとがどうなるのかを知りたいと願いを込めながら、タンジェントはそっと根元に土を寄せた。


「あーっ!タンジーがいるーっ!」
こどもの甲高い声が畑に響き、ドレイファスが走ってきた。

 ドーン!と、タンジェントは思わずよろめくほどの勢いでドレイファスが飛びついてくる。

「ドレイファス様、大きくなったんじゃないか?」

 あまりの威力に頭のてっぺんから足のつま先まで見やるが、三日しか立っていないのだからそんな差もあるわけがない。

「おかえり。早かったな」
ルジーもいつもどおりだ。

「これを持ってくるのに、急いで帰ってきたんだ。ドレイファス様はちゃんと水やりしてくれてたかな?」

「うん。ちゃんとやってたよ。お水やってくるねっ」

 パタパタと畑に走っていく後ろ姿は、やっぱり少し大きくなったような気がした。

 そうだ!タンジェントはみやげを思い出して、ドレイファスが水やりをしている間に、紙包みを手に取って畑に戻ってくる。

「なんだ、それ」ルジーが目ざとく見つけて聞いてきたので、チラッと見せてやった。
「なんだ、それ?」
わからなかったらしい。

「終わったよー!」

 ほめてほめてとしっぽを振りながら金色のこいぬが、いや、ドレイファスが走ってきた。
 もちろん、いつものように頭をぽんぽんして、三日ぶりの柔らかい金髪をこっそり楽しむタンジェントだ。

「ドレイファス様、これみやげだ」
「だから、それ何だよ?」

ニヤっと笑うと、乾燥スライムさと教えてやった。

「乾燥スライム?」
「そう、スライム小屋の実験にどうかと思ってな」
ドレイファスが大きく目を見開いて、やりたーい!と叫んだ。

 紙包みを開いて、カッチカチに乾いて固くなったスライムを取り出して見せる。
ミルケラたちにも聞こえたようで、戻ってきてみんなで日に透かしたり叩いてみたりと一通りやって。少し考え込んだミルケラが何か思いついたようだ。

「これ、濡れたらどうなるんだ?」
「うん、一度乾いたらこのままらしい」

そっか!と言うと、もう一度スライムを日に透かして見直すと言った。

「これ、ピーラーかナイフで削れないかな?平らに」

「平らにしてどうするんだ?」
「うん、なんていえばいいかな、石ガラスみたいに平らにして木枠に嵌めて繋げたら、前に言ってた小屋みたいにできるんじゃないかと思って」

「ミ、ミルケラ!おまえ天才かも!」

 ルジーがミルケラの手を握ってぶんぶん振った。

 スライム小屋は、ルジーがドレイファスから聞いた物の中でも謎が深いものの一つだったのだ。だが、ミルケラの話を聞いて初めて、イメージが出来た。
この、すっきりとした爽快感ときたら!

「そんなたいしたもんじゃないけどな。これ見て思いついたんだ!」
「ちなみに、乾燥スライムは干せば作れるんだそうだ」
「じゃあ、自家生産も可能ってことか!いいなそれ!」

 大人たちが盛り上がっているとき、ドレイファスは畑の端に植えられたトモテラに気づいて、そっと一つの実をもいだ。

 青くさいが、少し酸味を感じさせるおいしそうな香りがして、我慢できずに服の端で擦ってこっそり齧りつく。
 プシャっと弾け、口元から水滴が溢れて頬にも広がったが気にしない。口いっぱいに瑞々しい果汁が広がった。

「あ!これおいしい!」

 うっかり小さく呟いたそれをタンジェントに聞きつけられ、あ!ドレイファス様つまみ食いしてるぞ!と追いかけられたが。
 初めて生で食べたトモテラが、ドレイファスは大好きになった。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

処理中です...