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27 新しい仲間ミルケラ・グゥザヴィ

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 庭師の面談を無事に終え、三人を雇うことに決めた。
 ドリアンは数年先を見て、必要な人材をと言っていたのでタンジェントが決断したが、ほか二人も同じ意見だったので問題はなさそうだ。

 ただ現在はみんな働いている屋敷に住み込みしている。タンジェントのように公爵邸近くに実家があるわけではなく、また屋敷の寮棟に空き部屋がないことから、タンジェントが使っている作業小屋を増築することにした。

 ここでは土木士と呼ばれる土魔法の使い手に建物の基礎や外壁、間取りに合わせた内壁と屋根などの骨格を作ってもらい、扉や部屋の造作を大工や家具職人が作るのが一般的な家の建て方だ。
 だが作業小屋は、いらない間伐材を組んでタンジェントが建てたログハウスなので、増築もすべてタンジェントがやる羽目になった。

 ひとりでやるのは大変だ、ということで。
特に引き継ぎもないという身軽なミルケラを、増築工事が終わるまでタンジェントの部屋に泊めるということで、すぐに来てもらうことにした。
 今回採用された三人は、マトレイドが報せに向かったその足で神殿に連れて行き、既に契約を交わしているので、その点も安心だ。

 公爵邸内の森で伐採し、薪や家具などに使えるよう乾燥させていた木材を、タンジェントとミルケラが荷車に載せ、作業小屋まで運ぶ。
 今の作業小屋に、個室を四つ増やすよう繋げて組んでいくのだが、ミルケラの手際が良すぎて数日かかると見ていたのが二日でほぼ終わってしまった。
 ありえないスピードだ!
驚きまくったタンジェントに、ミルケラは、身体強化できるので力仕事は任せてくれとニッカリ笑った。

 工事の間は危ないのでドレイファスの水やりはお休みにしてもらっていた。
 ベリルが枯れちゃう!と珍しくわんわん泣いたが、タンジェントが部屋まで行って、絶対ちゃんと水やりするので工事が終わるまで待っててくれるよう頼み込んだ。

 あとは家具職人に寝台や机などの家具を入れてもらえば、庭師たちにいつでも来てもらえる。
 ドレイファスの水やりも再開してよさそうだと、厨房の前で顔を合わせたルジーに伝えると

「あー、早く終わって助かったぁ!ドレイファス様、機嫌悪くて大変だったんだよなー」

 ルジーは早く知らせてやろうと言ってトレーを片づけると、階段を駆け上がって行った。



 タンジェントが報告を済ませ、厨房で二人分の夕食をトレーに乗せて、作業小屋へ戻ると。
 なんと!ミルケラが残りの廃材で寝台を組み立てているではないか!

「これ、細かくして薪にでもしようって言ってたけど、寝台くらいなら作れそうだと思って」

 唖然としながら、できたばかりの寝台に腰掛けてみたが、ギシリとも言わない。

─ミルケラ!君は素晴らしい儲けものだ!─

口にはしなかったが、タンジェントは心の中でそう叫んでいた。

「実家は家具なんてそうそう買えなかったから、なんでも自分で作ってたんだ」

 ケロリと言うのだから。
タンジェントが歓びに打ち震えているのを、勝手なことをして怒っていると勘違いして謝ってきたが、とんでもない!
 タンジェントはその手を力強く握り、「これからもよろしく頼む」とブンブン振り回したのだった。

 夕食を食べ終えると、さっさと片付けて茶も淹れてくれ、そして、自分の荷物から使い古した薄ーい布団のような敷物を取り出した。
 二日間タンジェントの部屋に泊めていたが、部屋ができたとなれば話は変わる。
できたての個室にできたての寝台を運び入れ、古い布団らしきものを寝台に敷き、ミルケラは初めての自分だけの部屋をぐるりと見回した。

「あ、石ガラスがあるから窓をつけよう」

 タンジェントに声をかけられたミルケラは、石ガラスの窓!と喜び、すぐ取り付けて部屋の中で飛び跳ねた。

─なんか、こどもみたいな男だな─

 タンジェントにあたたかい目で見られているとも知らずに。

「そうだ、明日から公爵家ご嫡男のドレイファス様が朝夕と水やりにいらっしゃるので、紹介しよう」

 この二日、ミルケラの目に触れないよう、畑の前に土魔法で塀を囲っていた。神殿契約を済ませているので見られても問題はないのだが、まずは小屋の拡張が優先だった。畑についていろいろ聞かれるのは面倒くさいと、塀を作り、自分ひとりで水やりをしていたのだが、このままではドレイファスが畑に入れない。

 まだ部屋で歓びのダンスを繰り広げるミルケラを放置し、タンジェントは畑の前に下りてきた。
 月明かりに照らされた畑の端にしゃがみ、土の塀に魔力を流して平らに崩していく。

 畑に余計な土が入らぬように、畑のまわりに余計な土が溜まってドレイファスが転んだりしないように気をつけながら塀を固めていた土を崩す。

 しばらくすると、ミルケラが来る前の状態に戻すことができた。

 これでまた、小さな主がうれしそうに駆け回る姿が見られる!
タンジェントは満足して、作業小屋へと戻っていった。



 翌朝。
早く起き出したタンジェントは、ミルケラの着替えが終わるのを待ち、外へ誘った。

 扉を開け放ち、ミルケラが外に目をやると、昨夜まで確かにあった土塀がきれいさっぱり消え失せて、緑の畑と空へ上っていく太陽が見える。

「えええっ?なんで?なんだっ!」

 目を見開いたミルケラがタンジェントを振り返ると、びっくりした?とにこやかに笑っている。

「度肝抜かれましたよ!ってか、こんなの見て驚かないやつはいねえっ!」

「すまんすまん。これがミルケラに神殿契約してまで来てもらうことになった、公爵家の秘密のひとつだ」

 タンジェントの声を背に、ミルケラは畑に下りていく。

「うそ、これペリル?うそ、なんでペリル?」

 目を見開いたまま振り返り、うわ言のように呟いているミルケラを面白そうに眺め、タンジェントは切り出した。

「畑を一から作っている」

 おかしなものを見たような顔で、ミルケラがタンジェントを見つめる。

「なんで?だってペリルなんか森で取り放題なのに?」

「だよな。ペリルだけじゃなく、野菜や果実は生えているところを見つけた者が農地として、毎年収穫し、生えなくなったら他を探す。畑を見つければ一攫千金。だけど俺達はそんな自然任せじゃなく、土を整え、自ら植物を植えて増やそうとしている」

「植えて増やす?」

「そうさ」

 ミルケラはしゃがみこみ、土に触れた。
そこにあるペリルは、森に実るペリルとなんら変わりがないように見える。森のペリルはいつも同じところに茂みを作るが、畑と呼べるほど大きく群生するわけではないので、どこかの農会が声高に自分のものだということもなく、季節になれば誰でも気軽に摘み取ることができる。
それをわざわざ畑に?
野菜や果実は勝手に生えてくるものなのに?

「ペリルだけじゃない。この前見つけたサールフラワーも、増やせないか試し始めたところなんだ」

「増やす?自分たちで?」

「そうさ」

 ミルケラは、頭がパンクした。

(植物を増やすってどういうことだろう?
兄上に聞いてみ・・・あ!神殿契約!
そうか、それでか!公爵家の秘密と言っていた。もし本当に畑を自分の手で作れたら、すごい利益になる・・・?)

 ミルケラは、自分が何かとてつもないことに関わったことに気づいた。それは男爵家の八男という、どんなにがんばっても日の目を見ることがなかった自分に与えられたチャンスだと。

「ぉぉおおお、ワクワクしてきたあぁぁ」

 ミルケラの絶叫にタンジェントは、彼がこの世界の非常識に一緒に立ち向かう決意をしたとわかって、機嫌よく笑った。

 朝食に行こうかと思っていたタンジェントだが。待ちきれなかったのか、いつもよりかなり早く、ぴょんぴょんしながらドレイファスがやって来た。グレイザールはいない。撒いてきたようだ。

「ッターンジーッ!」

 主という名の小動物が飛びついてきた。

「ペリルは元気だったあ?」

「ドレイファス様、ペリルは元気だから安心してくれ」

 ニッコニコである。
アパタイトブルーの瞳が、タンジェントの後ろにいたミルケラにとまった。

「だれ?」

 タンジェントが、ミルケラの肩を押してドレイファスの前に立たせる。

「新しい庭師のミルケラです」

 ミルケラに向かい、小さな主を紹介する。

「ドレイファス・フォンブランデイル様と、護衛のルジー・バルモンドだ」

「ミルケラ・グゥザヴィと申します。よろしくお願いいたします」

 大きな声でハキハキと挨拶をし、ガバッと頭を下げた。

「ミルケラ、よろしくに」

 あ、噛んだ!

 ルジーはこっそり吹いたが、小さな主が美しいアパタイトブルーの瞳を瞬かせるのを初めて見たミルケラは、ぼーっと立ちすくんだ。

「ねええ、ペリルにお水あげるう!」

 ドレイファスのかん高い声に、引き戻される。

「まあ、よろしくな。あ、俺のことはルジーでいいよ」

 ルジーはそれだけ言うと、樽に走り出したドレイファスを追いかけて行った。


 いつものように、ひと株ごとに丁寧に水を回しかけてやる。
ドレイファスが自ら水やりをしているのを見て、ミルケラはたいそう驚いたようだ。

「これを始めたのは、ドレイファス様の一言がきっかけなんだ。あんなに小さいけど、ペリルを大切に育ててるのさ。だからミルケラもよろしく頼むな」

 ミルケラは、もちろんだと言わんばかりに大きく頷いた。
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