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22 賑やかなペリル畑

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 公爵邸のペリル畑では、毎朝夕に水を撒く小さなご嫡男様の姿が見られるようになった。

「ペリルさんたち、こんにちは!
はーい、ごはんですよお」

 話しかけながら、樽から小さなお椀で汲んだ水を、土を流さないよう丁寧に回しかけていく。やり始めて数日だがすっかり慣れたものだ。

 昨日からドレイファスとルジーは、公爵家次男のグレイザールとその侍女リンラも伴ってきている。
 
 前はくっついて過ごしていたお兄様が、近頃まったく遊んでくれなくなったとさびしがっていたところ、護衛と出かけるお兄様を見かけ、ぼくも一緒に行く!と大泣きしながら追いかけて収集がつかなくなってしまったのだ。
 ドレイファスは弟に畑で水やりするだけだと教えたが、自分もお兄様とやる!といって、テコでも動かない。
 根負けというか、意外と子供に弱いルジーの方が情に負けて一緒にやって来ることになった。

 グレイザールは父ドリアンと同じ黒目黒髪、良く似た顔立ちで、三歳児ながらフォンブランデイル公爵家らしさを漂わせている。
 真似っ子大好きな年頃でもあり、お兄様がルジーについて歩くように(護衛だからルジーがくっついて歩いているのだが)、グレイザールもお兄様にくっついて歩きたかったのだ。

 そうはいってもドレイファスは大切なペリル畑にグレイザールを入れさせない。水やりもさせない。畑の縁で見ているだけね!と念を押して、すべて自分でやっている。

 侍女のリンラは、ドレイファス自らの水やり姿が意外だったらしく、最初はかなり驚いていたが、今日は冷静に日傘でグレイザールを日焼けから守り、まめに汗を拭いて汗疹を防ぐ職務を全うしている。

「ぼくもやりたいのーっ」

 グレイザールは昨日と同じようにドレイファスにお願いする。

「グレイはまだ小さいからできないの」

 断るドレイファスも、昨日と同じ。
顔立ちはあまり似ていないが、こういうところを見ると実に兄弟らしい。

 タンジェントは、ああなぁんて微笑ましいんだ!癒やされる!とちいさな二人を眺めるのがお気に入りになった。

 この数日で変化したのは、このように畑にやって来る顔触れと、ペリルの茎を鉢から出して畑へ植えたことだ。
 毎日タンジェントが鑑定して根っこの伸び具合を確認し、まだ少し早いか迷いつつも半分植えてみたのだ。残りはまた鉢の中で根を伸ばしているところで、時期をずらして植えるつもり・・・だった。
 そのときはまだグレイザールは来ていなかったので、使命感に燃えたドレイファスがサクサク植えることができたから、そんな悠長なことを考えていたのだが。今となっては、あの時にやってしまえばよかったと後悔していたりもする。残りを植えるときは、真似っ子小僧がまた大騒ぎしそうな予感がした。

 そんなタンジェントの悩みなどまったく気にせず、ドレイファスはペリルに話しかけたり鼻歌を歌ったりしながら楽しそうに水を撒いている。

「タンジー!ペリルちゃんと育ってる?」

 ドレイファスはタンジェントのことを、ルジーに倣ってタンジーと呼ぶようになった。
そして一日に何度も、ペリルが育っているか訊ねる。聞かれたら、ちゃんと鑑定して答えてやるのだが、そうするととってもうれしそうに、タンジーありがとう!と言うのだ。

今やペリル畑は【可愛い!】と【楽しい!】の無限ループと化していた。



「そういえば、ロイダルと穴掘り棒のこと話したか?」
「ああ、マトレイドに言われたって来てくれた。見つかり次第連絡くれるらしい」

 ルジーの問いに答えたところで、ふと気になっていたことを思い出す。

「そういえばルジーさ、メイベル嬢のことどうするんだ?」

 タンジェントど直球の質問に、ルジーがパッとこちらを見て、またパッと顔を背けた。
リンラも姉の名に反応して、こちらを見る。

「バ、バ、バ、バカ、そっ、それはあのド、ドリアン様が、か、考えろっていうから、か、か・・・」

 真っ赤なルジーができあがったのを、リンラが零れ落ちそうなほど見開いた瞳で凝視している。
それは、赤くなったルジーが意外なのか、ルジーがメイベルの話題で赤くなったことが意外なのか。タンジェントは少し気になったが、ルジーを誂いたかったわけではないので、早々に話をかえてやった。
リンラたちには聞こえないよう、小声で。

「そろそろ残りのペリルを植えようと思うんだが。明日グレイザール様を撒いてこられるかな?」

「あ?あ、ああ。俺がドレイファス様を抱いて抜け出してしまえば大丈夫だろう。また一緒にやりたいって大泣きするだろうからなぁ」

「うん。それもそうなんだが。なあ、今さらで悪いんだが、リンラ嬢は大丈夫なんだよな?」
 
「ん?あ!そういうことか!グレイザール様とノエミ様の侍女侍従も、屋敷に部屋を持つ者から先にすべて神殿契約を済ませたと聞いている」

「ドリアン様、徹底したな」

「まあ、そこが甘いとドレイファス様の危険が高まるからな。ちなみに既に出入り業者が入れるところも制限された。
表向きはマーリアル様がご懐妊されたのでそれを理由に、公爵邸では茶会やパーティーはしないと決めたらしい。
公爵邸に賓客を招いて、もし泊まりたいと言われても迂闊に宿泊させるわけにもいかなくなるだろう?別地に屋敷を建てることを検討し始めたらしいぞ。そのうちこっちが別宅扱いになるかもしれんな」

「そこまでやる?すごいな」

「マドゥーンがマトレイドに、ドリアン様は親馬鹿って言ったそうだからな。そこまでやっちゃうんだよ」

 水やりが終わったらしいドレイファスが、ルジー!ターンジー!と呼びながら手を振っている。
「グレイザール様にも手を振ってやれよ」とルジーが零すか否かというタイミングで、無視されたと感じたグレイザールが泣き始めた。
凄まじい声だ。
リンラが宥めるが。

「侍女殿は大変だな」

「そうだなぁ。ドレイファス様はあまり泣かないからメイベル嬢は楽そうだがな」

「そんなこというとまたメイベル嬢に怒られるぞ」

 さっきまで真っ赤な顔で噛みまくっていたくせに、ルジーはニヤッとすると、口元に人差し指をあてシーッと言った。

「タンジー!」

ドレイファスが走って飛びついてくる。

「おおっと、どうした?ドレイファス様」

「そういえば、お花のヒゲヒゲはどうするの?」

「うん、それも近いうちにやってみようと思ってる」

「ぼくやりたい!」

「もちろん!」

 ドレイファスが言うところのヒゲヒゲすりすりは、何の目的で行うのかがわからないため、タンジェントは念のために今咲いている花ではなく、これから咲く花で試すつもりだ。どの花にそれをやったかがわかるよう、リボンなどで目印につけたほうがいいかもなど、いくつか試したいことを考えていた。

 花は今のところ、毎日あちこちで咲いては枯れを繰り返しているので、やろうと思えばいつでもできるのだが、できればグレイザールがいないときを狙いたい。
 スライム小屋みたいなのが用意ができていれば、もっと完璧だったが、今やれることをやるしかないと、ルジーがグレイザールを撒いてきてくれたら決行しようと決めた。




 こどもたちが午後の水やりを終えて屋敷に戻り、日が落ちると作業小屋は信じられないほど静かになる。

 厨房で夕餉を分けてもらったタンジェントは、作業小屋に戻りひとりで食べ終えた。

 今夜は資料室で借りた本を読む。
まだあまり進んでいないのだが、ザッと見る限りやはり師匠が教えてくれなかったのではないようだ。茎を土に挿しておくと根が伸びてくるとか、土を整えて植物を植えれば畑を作れるなどの知識はどこにも載っていない。
 まあ、貴族の庭園の本だから畑の野菜について書かれてなくても仕方ないかもしれないが、花についてもまったく触れられていない。
茎を挿して増やすことが花でも応用できたら・・・。わざわざ山に入らずとも、畑でも庭園でもいくらでも作り上げることが可能になるのに。

 元々師匠から教えられていた程度のことが、庭師の常識ということで間違いなさそうだとわかったことで、タンジェントは自分のまわりにドレイファスが溢れさせている情報の内容は、自分自身の安全すらも脅かしかねないと気がついた。
 怖くはない。
ひとりで山に踏み入る庭師はたいていある程度のレベルの冒険者でもある。自分の身は自分で守れるとは思うが、ただ自分が安全なら良いわけではない。
ドレイファスや秘密を共有する仲間の安全も守られなければ意味のないものになってしまう。

 そんなことを考えるようになるなんて、まるで、自分も情報室の一員にでもなったかのような錯覚を覚える。

 この公爵邸は、これから人の出入りも徹底的に管理されるようになるだろう。
それはもちろん安心できるが、念のために庭へは鍵魔法で入れるものを限定してはどうだろう。ドレイファス様を守るため慎重すぎることはないだろうから、マトレイドとルジーと相談してみることにしよう。
 そこまで考えをまとめると、やっと本を閉じ、ロウソクを消した。
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